振り返るといつもの君がいたような気がした。僕が助けた少女は有名なシンガーソングライターだった。『君の歌と僕の夢……。』

上条 樹

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君と組手

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「押忍!失礼いたします。瀧山《たきやま》亮介《りょうすけ》と申します」 翌日、俺は指定された「樹心館」という空手道場を訪ねる。その道場は、家から近くにある食品スーパーの二階の貸しスタジオを借りて空手の指導をしているそうだ。

「ああ君が・・・・・・・瀧山君か、神山監督から聞いているよ。僕がこの道場の館長を務めている竜野《たつの》だ。よろしく」そう言うと責任者らしき男性が握手を求めてきた。

「押忍。よろしくお願いいたします」俺はその手を握り返す。その手を握り返す彼の握力は尋常なものではなかった。「い、痛い!痛いです!」俺は思わず悲鳴を上げる。

「あっ!すまないつい・・・・・・・」握手していた手を離した。「ああ、そうだ。うちの道場では挨拶が普通におはよう、こんにちは、こんばんわ、さよならだ。威圧的な挨拶は使わないように指導しているんだ」意外だった。俺が所属していた道場もそうだし、知り合いの空手家も皆挨拶は押して忍ぶを意味する押忍であった。押忍を否定する空手家は初めてであった。

「解りました。でも正直僕も普通の挨拶のほうがしっくりきます」

「そうだろう、下手に子供に教えるとどこでもかしこでも押忍、押忍とうるさいからな」竜野師範は豪快に笑った。「道場生も集まってきたから、君は道着持ってきているのか?」師範はすでに空手着を身に付けている。

「はい一応・・・・・・・」高校生の頃に使っていた空手着を持ってきていた。

「そうか、それじゃあ更衣室で着替えておいで」師範に言われるまま、俺は更衣室に向かい道着に着替える。本来俺は弐段を頂戴しているのだが、白帯を用意していた。

「ほう、君はきちんと礼儀を弁《わきま》えているな」師範は感心するような顔をして俺の白帯を見た。久しぶりに通す空手着に黒帯を締めるには何となく抵抗があった。後で聞いた話によると他の道場で取った黒帯を俺が腰に巻いてきたら、足腰が立たないほどボコボコにしてやるつもりだったそうだ。師範に命じられるまま、道場生に混ざり基本のけいこを始める。多少流派によっての差があるが、俺も経験者なので一応はそれなりの動きが出来ているはずである。

「よし、君の実力は大体わかった。北浜!こっちにこい」師範は道場生の一人に視線を向けた。

「はい!」北浜という名のと思われる男が近づいてくる。少し俺よりも背は低いが、筋肉が程よく付いたいい体をしている。

「二人、組手をやってみたまえ。講釈を垂れるよりは、初めは身を持って体験するといい」

 俺達は道場の中央で向かい合った。

「それでは、正面に礼」北浜が道場に正面に向かってお辞儀をする。俺も彼の行動を真似する。「お互いに礼」今度は俺の方を見てお辞儀をする。もちろん同じように俺もお辞儀をする。「構えて!」師範の言葉に反応して俺は両拳を握り脇を締めて所謂、フルコンタクト空手の構えを取り、北浜を見た。彼は俺とは全く違う構えをしていた。右手を目いっぱい引いて脇の下に固定し、左手は手刀の形、その人差し指と親指の間から俺の顔をじっと見つめる北浜の片目が見える。それはまるでハンターがスコープ越しに獲物を見るような目であった。

「はじめ!!」師範の声が響く。

 俺は軽くステップを踏みながら近づきジャブのように左拳を繰り出す。北浜は自分の距離をキープするように移動する。左拳、右拳、もう一度左拳、そして右下段回し蹴りからの、左上段回し蹴り。最もスタンダードなコンビネーションであろう。北浜は器用にかわしながら体を沈めて、脇から真っすぐに右拳を俺の鳩尾に繰り出した。空手の基本的な攻撃技、逆突きであった。上段蹴りで片足を上げている俺は身動きが出来ずにまともにしの攻撃を食らった。腹部に強烈ば激痛が走る。俺の体はそのままくの字になって床に倒れこんだ。

「北浜、もう少し様子を見ろよ。瀧山君、大丈夫か?」悶絶する俺に師範が確認する。

「だ、大丈夫です・・・・・・・」空手をやっている者が大丈夫か?と聞かれたらその返答は大丈夫ですしかない。俺は呼吸を整えながらゆっくりと立ち上がる。

「ほう・・・・・・・、北浜、お前は大丈夫か?」そりゃ大丈夫だろう。おれの攻撃などカスってもいないのだから・・・・・・・。

「はい、大丈夫です」北浜は少しだけ長めの髪をかき上げる。その仕草がひどく鼻に付く。

「よし、もう一ラウンドだ」師範は嬉しそうに微笑んだ。
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