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確 執

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 朝、目が覚めるとすでに幸恵の機嫌は絶不調であった。

 なにかあったのかと尋ねたが、答えようとせず結局無言のままであった。仕方がないので、この場は戦場放棄して、そのまま仕事へ行く。まあ、喧嘩など日常茶飯事であるので、気にならなくなりつつあるのが本音なのだが……。

「先輩、幸恵さんと喧嘩したみたいですね」昼休みの時間、後輩の一馬が、なにやら嬉しそうに話しかけてくる。

「そ、それは……、なんでお前、そんな事を知っているんだ?」こいつは、人の嫁をなんだと思っているのか、俺に、遠慮も無しに幸恵と連絡を取ったりする。幸恵も幸恵で、こういうことの愚痴を、平気でこの男にするようだ。

「さっき昼休み前に、幸恵さんから電話あったんですよ。先輩の携帯に女の名前があったって、凄い剣幕で怒っていましたよ」なんだか嬉しそうに一馬は話し続ける。

「ダメですよ先輩、携帯に女の番号なんか登録してちゃあ、幸恵さんが、怒るのも無理ないですよ」一馬は、腕組みをしながら、勝手にウンウンと頷きながら納得している。

「携帯に、女の番号?」その言葉を聞いて俺はハッとする。まどか、まどかの番号か?
「浮気はいけませんよ、浮気は」一馬は、薄笑いを浮かべながら、自分の席へと移動していった。

 まったく、どの口が言うのかと俺は思いながら、携帯の情報を確認する。発信履歴に、まどかの名前があった。時間を見ると昨晩の九時頃であった。その時間、何をしていたか記憶を呼び起こす。

「風呂……」そうだ、その時間俺は風呂に入っていた。幸恵は、携帯が俺の手から離れたその時、携帯のアドレスをチェックしたのだ。

 まだ、彼女にも夫の交遊関係を気にする気持ちがあるのかと思ったが、やはり、勝手に携帯を見られた事に、フツフツと怒りが沸き上がってくる。

 それも、見つけた番号にコールするなんて、なんて嫉妬深いのだと呆れてみたりもした。

 ただ、幸恵とまどかが昨晩何かを話したのかと思うと、今日も仕事は手につかなくなってしまった。

 終業時間が過ぎ、少しの残業をしてから家に帰る。

 無言でドアを開けて、リビングへ。カップラーメンが置いてある。

 ネクタイを緩めながら、鍋に水を張り、湯を沸かす。我が家はオール電化で、熱伝導の効率がいいIHクッキングヒーターは、お湯が沸くのが早い。

カップラーメンに、お湯を注いだ後、椅子に腰を下ろして頭の後ろに頭を組んで、麺が柔らかくなるのを待つ。

「帰っていたの……」喉が渇いたのか、幸恵は寝姿でキッチンに現れた。冷蔵庫から冷水を取り出して、コップに注ぎごくごくと飲み干した。

「なんでもかんでも、一馬に言うなよ、ややこしい……」俺はカップラーメンが出来上がったのを確認して麺をすする。

「ふん、べつにいいじゃないの、だいたい携帯に女の名前で、ありもしない番号いれて」幸恵は、鼻で笑っていた。

「人の携帯を勝手に……、ありもしない番号だって……」幸恵の言葉に驚く。この番号はまどかと交換した番号で、デタラメではない。

「そんなの登録して、私への当て付けのつもり?私が焼きもちでも焼くと思ったの?本当に、小さい男……」幸恵は言いながら、いつも就寝している和室へ姿を消した。

 何かを言い返したい気持ちにもなったが、時間の無駄のような気がして聞き流すことにする。

「なんだって……」俺は携帯の発信記録を確認する。昨晩、九時十六分に、発信記録が残っている。しかし、まどかの携帯電話には繋がってないということか。

「ふー……」俺は意を決して、再信ボタンを押した。少しの沈黙の後、感情の無い女性の声でメッセージが、流れる。

『おかけになった電話番号は現在使われておりません』俺は脱力感と安堵感の両方に教われた。

 まどかの携帯につながらなかった事は、残念であったが、幸恵とまどかが話をしたわけでも無いということだ。

 俺は、一馬から幸恵が、俺の携帯を見たという話を聞いてから、今日はずっと、幸恵がまどかを傷つけるような事を、言ってはいないのかがずっと気にかかっていた。

 それはひとまず、取り越し苦労で終わりホッとする。しかし、携帯が使われていないとメッセージが流れるということは、あの時、手入力で行った番号入力が誤っていたのかもしれない。 

 むしろ、それが幸いしたというところだろか。

 俺はあの娘《こ》が傷つく姿は決して見たくないと本気で思った。
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