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青い珊瑚礁
海へ
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私は二人に支えられながら車椅子に乗る。スロープを降り切るまでは看護師さんも付き添った。そこからは男の子と二人きり。
さっきも病室で二人で話していたのに、後ろで車椅子を押してくれていると、なんだか心臓が自分のものじゃ無いみたいにドキドキして落ち着かない。
もしかしてもう一度手術しなくちゃいけないのかな……。怖いな。
「着いたよ」
ホールに入ってからずっと私が視界に入れていた青い絵画。その目の前に車椅子が停められた。人の通り道の真ん中に停めちゃったから私だけ少し慌てていた。
「この絵、見たことある?」
その間に男の子が聞いてきた。
「あ、あるよ? 一番最初ここに来た時にずっと見てた」
「良い絵だよね」
「うん。そ、そうだね」
久しぶりに見たけどやっぱりこの絵が好き。でも、その前に車椅子をもう少し端の方に移動させたいと思ってタイミングをうかがっている。
「これ、俺の親戚が描いたんだ」
「えっ!? そうなの!?」
「顔も名前も知らないけどさ」
すると車椅子が動いて、少し後ろに下がった。そこにソファーがある。お父様が居眠りをしていた場所。男の子は腰を下ろしたみたい。
「君の親戚でもあるよ」
「ええっ!?」
「人類はみんな元を辿ればひとつの家族から生まれてるから」
「ああ。そういうことか」
てっきり、私と男の子が親戚同士なのかと思った。……いや、親戚同士なのか。じゃなくって、もっと近しい親戚なのかと思ったって意味。
私と男の子は黙って絵を眺めた。その間、病院の玄関扉が時々開き、生ぬるい夏の風が入って左頬に温度を伝えてくる。チラッとそっちによそ見をすれば、帽子を使って顔を仰ぐ人たちが来院していた。
「いっぱい人がいるだろ?」
「ひゃっ!?」
私が飛び上がってしまったのは、男の子が急に耳打ちで話すからだ。
びっくりしたのは男の子もだって目を丸くして一度は固まった。でも続けて男の子は私に耳打ちしたくて顔を寄せた。心臓は相変わらずドキドキするけど今度は驚かずに声が聞ける。
「今入って来た人も、あそこで寝てる人も、受け付けのおばさんも。みんな死ぬから大丈夫」
「……う、うん」
男の子は気を使ってくれたのかもしれないけど。こうも、みんな死ぬって言われると、なんだか可哀想になってきた。
すると今度は耳打ちじゃなくって普通の声で男の子は言った。「あの絵さ」から始まった。私も来院の人たちじゃなくって絵に目を向けることにした。
「珊瑚礁の下って、死んだ珊瑚礁がいっぱい積み重なってるんだ。死んだ珊瑚の上に新しい珊瑚が出来てどんどん広がって行くんだよ。そのうち海の上まで突破して、陸を作ったりする」
その話を聞いた私は、男の子がどんな仕掛けのある話をしているのか当てようと思った。
「意味分かった?」
「……ごめん」
分からなかった。
「うーん」
男の子はイラついて頭を掻いている。
「えっと、だから。珊瑚礁は死んでも、またそれを基盤にして新しい命を作るから……。えいえんふめつってこと」
急に難しいことでまとめられた。
「えいえんふめつ?」
「そう。えいえんにふめつ」
「えいえんにふめつ。それって『に』が間に入ると何か意味が変わるの?」
「……うん? 何の話してんの?」
十回の手術が終わった。私は生きていた。ずっと病院に居なくちゃいけないことはなく、定期的に入院しに戻ってくるだけでいいと言われた。
「大きくなったわね~」と、いつもの看護師さんには毎回言われる。だけど自分では分からない。青春の意味もまだよく分からない。
受け付けホールに珊瑚礁の絵画がまだある。やっぱり好きな絵だと思って眺めても変わりはないけれど「永遠不滅」の意味を知ってから見てみると、なんだか目線が高くなったように思えた。
あの男の子には会えていない。だけど、新しい男の子とは出会った。
「珊瑚礁って見たことある?」
驚かそうと思ってわざとそっと近づいて声をかける。この男の子は、あの時の男の子よりも随分と歳が上だ。お兄さんって呼んだ方が合っていると思う。
「旅人さん?」
やっぱり、旅人さんの方が可愛いから好き。でも、私もこのお兄さんと一緒にこれから旅人になるんだから、旅人さんと呼ぶのはやめなくっちゃね。
お兄さんは珊瑚礁の絵が気になっていたみたいだった。その気持ちは私も同じ。またここへ帰ってくるまで、目に焼き付けておかなくてはいけない。
「いつか珊瑚礁を見るの」
「へえ。見たい、じゃなく?」
「見るの」
珊瑚礁の中に私の骨を埋める。もしもお兄さんにそれを話したら、一緒に着いて来てくれなくなるのかな。別に聞かれていないし、話すつもりも無いけれど。
「なかなか良い絵よね」
青い絵の具と白い絵の具で描かれた、見事な珊瑚礁の絵画。
「分かって言ってるのか?」
「何が?」
さて。立ち話もここまで。私は旅に出る。カバンをお兄さんに預けたらもう病院なんか飛び出してやる。
青い珊瑚礁を探して、冬の海を巡る旅へ。
さっきも病室で二人で話していたのに、後ろで車椅子を押してくれていると、なんだか心臓が自分のものじゃ無いみたいにドキドキして落ち着かない。
もしかしてもう一度手術しなくちゃいけないのかな……。怖いな。
「着いたよ」
ホールに入ってからずっと私が視界に入れていた青い絵画。その目の前に車椅子が停められた。人の通り道の真ん中に停めちゃったから私だけ少し慌てていた。
「この絵、見たことある?」
その間に男の子が聞いてきた。
「あ、あるよ? 一番最初ここに来た時にずっと見てた」
「良い絵だよね」
「うん。そ、そうだね」
久しぶりに見たけどやっぱりこの絵が好き。でも、その前に車椅子をもう少し端の方に移動させたいと思ってタイミングをうかがっている。
「これ、俺の親戚が描いたんだ」
「えっ!? そうなの!?」
「顔も名前も知らないけどさ」
すると車椅子が動いて、少し後ろに下がった。そこにソファーがある。お父様が居眠りをしていた場所。男の子は腰を下ろしたみたい。
「君の親戚でもあるよ」
「ええっ!?」
「人類はみんな元を辿ればひとつの家族から生まれてるから」
「ああ。そういうことか」
てっきり、私と男の子が親戚同士なのかと思った。……いや、親戚同士なのか。じゃなくって、もっと近しい親戚なのかと思ったって意味。
私と男の子は黙って絵を眺めた。その間、病院の玄関扉が時々開き、生ぬるい夏の風が入って左頬に温度を伝えてくる。チラッとそっちによそ見をすれば、帽子を使って顔を仰ぐ人たちが来院していた。
「いっぱい人がいるだろ?」
「ひゃっ!?」
私が飛び上がってしまったのは、男の子が急に耳打ちで話すからだ。
びっくりしたのは男の子もだって目を丸くして一度は固まった。でも続けて男の子は私に耳打ちしたくて顔を寄せた。心臓は相変わらずドキドキするけど今度は驚かずに声が聞ける。
「今入って来た人も、あそこで寝てる人も、受け付けのおばさんも。みんな死ぬから大丈夫」
「……う、うん」
男の子は気を使ってくれたのかもしれないけど。こうも、みんな死ぬって言われると、なんだか可哀想になってきた。
すると今度は耳打ちじゃなくって普通の声で男の子は言った。「あの絵さ」から始まった。私も来院の人たちじゃなくって絵に目を向けることにした。
「珊瑚礁の下って、死んだ珊瑚礁がいっぱい積み重なってるんだ。死んだ珊瑚の上に新しい珊瑚が出来てどんどん広がって行くんだよ。そのうち海の上まで突破して、陸を作ったりする」
その話を聞いた私は、男の子がどんな仕掛けのある話をしているのか当てようと思った。
「意味分かった?」
「……ごめん」
分からなかった。
「うーん」
男の子はイラついて頭を掻いている。
「えっと、だから。珊瑚礁は死んでも、またそれを基盤にして新しい命を作るから……。えいえんふめつってこと」
急に難しいことでまとめられた。
「えいえんふめつ?」
「そう。えいえんにふめつ」
「えいえんにふめつ。それって『に』が間に入ると何か意味が変わるの?」
「……うん? 何の話してんの?」
十回の手術が終わった。私は生きていた。ずっと病院に居なくちゃいけないことはなく、定期的に入院しに戻ってくるだけでいいと言われた。
「大きくなったわね~」と、いつもの看護師さんには毎回言われる。だけど自分では分からない。青春の意味もまだよく分からない。
受け付けホールに珊瑚礁の絵画がまだある。やっぱり好きな絵だと思って眺めても変わりはないけれど「永遠不滅」の意味を知ってから見てみると、なんだか目線が高くなったように思えた。
あの男の子には会えていない。だけど、新しい男の子とは出会った。
「珊瑚礁って見たことある?」
驚かそうと思ってわざとそっと近づいて声をかける。この男の子は、あの時の男の子よりも随分と歳が上だ。お兄さんって呼んだ方が合っていると思う。
「旅人さん?」
やっぱり、旅人さんの方が可愛いから好き。でも、私もこのお兄さんと一緒にこれから旅人になるんだから、旅人さんと呼ぶのはやめなくっちゃね。
お兄さんは珊瑚礁の絵が気になっていたみたいだった。その気持ちは私も同じ。またここへ帰ってくるまで、目に焼き付けておかなくてはいけない。
「いつか珊瑚礁を見るの」
「へえ。見たい、じゃなく?」
「見るの」
珊瑚礁の中に私の骨を埋める。もしもお兄さんにそれを話したら、一緒に着いて来てくれなくなるのかな。別に聞かれていないし、話すつもりも無いけれど。
「なかなか良い絵よね」
青い絵の具と白い絵の具で描かれた、見事な珊瑚礁の絵画。
「分かって言ってるのか?」
「何が?」
さて。立ち話もここまで。私は旅に出る。カバンをお兄さんに預けたらもう病院なんか飛び出してやる。
青い珊瑚礁を探して、冬の海を巡る旅へ。
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