最後の女王‐暗殺兵クロスフィルとテレシア女王による命の賭け。メアネル王家最後の血は誰に注がれる?王の時代の最終章‐【長編・完結】

草壁なつ帆

文字の大きさ
4 / 46
女王の命は誰の手に?

セルジオ軍兵のやり方1

しおりを挟む
 川沿いを上流の方へ歩いていく。その途中、進行方向から「おーい!」と手を振る男が現れた。何が嬉しくてそうするのか分からないが、こっちからも少しは手を振ってみた。
 その男は俺の方へまっすぐ走ってやってきた。立ち止まったら息を整えている。
 そいつは小ぶりな男で、俺を見上げると心からの満面の笑顔だった。俺は早速ウッと胸が気持ち悪くなり、川辺に咲く春の花の方がマシだとそっちに視線を移す。
「お久しぶりです! クロスさん!」
 切っていた視界に無理やり顔をねじ込んできた。
「うわっ!」
「クロスさん、僕もクロスさんの笑顔が見たいです!」
 ……え?
 その男は変なことを言ってきた。

「いやぁ、クロスさんと一緒に動けるなんて光栄です! 自分は徴兵してからクロスさんの噂話を聞きまくって憧れていました! なのに遠征、遠征、遠征……。もう二度と会えないかと思いましたよ!! クロスさぁぁん!!」
 腕を掴まれてぶんぶんと振られている。朝の散歩で歩いていた婦人には「仲が良いのね」なんて声を掛けられたが、この男は何か勘違いしたままで「はいです!」と元気に答えていた。
「あまり気安くしないでくれ」
「もう! そんな冷たいことを言わないでくださいよ! それよりも笑顔! 笑顔! 僕もクロスさんの笑顔が見たいです!」
「……」
 よく喋る男で困る。
「テレシア女王との朝食を見張ってたのか」
「はいっ! ニューリアン常駐情報部このマリウスにかかれば!」
 そう言ってから、自分の衣服につけている勲章バッジをトントンと指で突いて見せてくる。しかしそれはニューリアンの入国証でも情報機関の紋章でもない。見たことのない模様のバッジだ。
 それが俺にも付いていると指差してきた。
「なんだこれ」
 知らない間に、知らないバッジが付いてる。しっかりと針で止まっているから何らかの拍子にくっ付いたわけでも無さそう。
「僕のパン屋のバッジです」
「パン屋?」
「はい! パン屋を開くのが子供からの夢で!」
 なんで? 宣伝のためにわざわざ付けたのか?
「ニューリアンでは結構話題のお店なんですよ」と嬉しそうに言っているが。昨日と同じ軍服でパーティーではそれなりに人と話したし、バッジについて触れられたこともあったのに、誰も何も言ってこなかったぞ。
 不要なものだな。そう思って針を仕舞おうとすると、ほんの小さな基盤が仕込まれているのが見えた。
「あれです、あれです! 僕の店です! 可愛いでしょう?」
 見ると確かにバッジと同じ絵が看板に描かれている。『マリウスの麦畑』その店名に合わせた麦の絵だ。マリウスの画力にはやや問題がある。……だが、問題はそれよりこの基盤だろ……。
「情報部ですからね。いつどこで重要な話が聞けるか分かりません」
 パン屋からマリウスに視線を移すと、相変わらず満面の笑顔でいる。
「あっ! パン屋の話ですよ?」
 笑顔によるシワがより濃くなった。
 この小さな基盤を身内の部隊にも忍ばせて情報収集か。仕事が出来て偉いな、と言うべきか……。俺からは何も言わないでおいた。


 ニューリアン領地北。森林地帯に開かれた場所があり、その中に駐屯地がある。なお、川を挟んだ向こう岸に立派な城の壁が見えている。
「川を埋めたらセルジオ城の方が近いですよ」
 俺がそっちを見ているのに気付いてマリウスが言及した。確かに。テレシア女王が拠点に暮らす古屋敷は、もう下流の方に見えなくなっている。
 マリウスは開門の手続きを色々とやっていた。俺が到着したことも伝えてくれている。その間、小鳥がピチピチ鳴いていて平和だ。
 普段見慣れているはずの軍事基地だが、のどかな森の風景にどっしりと構える鉄の扉が物騒だなと感じた。
 門番の兵士、それからマリウスも。腕章にセルジオ王国の強さを象徴する赤い剣の紋章を身に付けてある。それも仰々しいなと思うほど。
 手続きの合間で待たされるとマリウスが度々声をかけてきた。
「ニューリアンに居ると平和ボケしますよ」
 同感だ。
「俺もパン屋を始めるかもしれないな」
「ははっ! クロスさんのお店の方が人気が出そうですね!」
 言っていると門が開き、俺の元にも腕章が渡された。別にこれを身につけて気が引き締まる思いはしないが、少し平和ボケが抑えられる気になる。

 訓練生のいないグラウンドを横断し、天井の低い個室に入った。そこは接客室であり、軍兵たちの休憩所でもある。テーブルの上は昨日のものかそれ以前か、何人かで晩酌をした後がそのままだ。カードゲームなんかも片付けられていない。
 俺はここで湯を沸かし、支給弁当を温めようと取り掛かるが。しかしそれにしても楽しい会話が聞こえているみたいだ。
 だが、この部屋に居るのは俺とマリウスの二人だけ。透明人間が酒を交わしているんじゃないかと怖くもなるくらい、会話はよく聞こえている。ただし音源はテーブルの上のスピーカーからだと分かる。
「誰と誰が喋ってる?」
「会食ですけど、主にリピン侯爵とアルメダ夫婦の商売取り引きです」
 マリウスが答えた。
「取り引き?」
 まさか、わざわざ俺のために聞かせるようと話している会話じゃない。情報部マリウスが基盤を仕組んで盗聴している内容かと思う。話は弾んでいて、婦人の笑い声もオッホッホと機嫌が良い。
 情報部が上から探らされている要件なのか……。会話内容を気に留めるよりも、俺は腹が減っていた。しかし、耳に入ってくる単語を繋いでいるだけでも、どうやら俺にも心当たりのある内容だと察しがついた。
 火の音がうるさく、弁当の暖まり具合も見ずにガス栓を閉めた。
 会食の明るい会話ではこう言葉が飛んでいる。『我々は幸運でしたな。女王の訃報も時期に届くでしょう』と。




Threads → kusakabe_natsuho
Instagram → kusakabe_natsuho
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

夫婦交換

山田森湖
恋愛
好奇心から始まった一週間の“夫婦交換”。そこで出会った新鮮なときめき

私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。

MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。

病弱な彼女は、外科医の先生に静かに愛されています 〜穏やかな執着に、逃げ場はない〜

来栖れいな
恋愛
――穏やかな微笑みの裏に、逃げられない愛があった。 望んでいたわけじゃない。 けれど、逃げられなかった。 生まれつき弱い心臓を抱える彼女に、政略結婚の話が持ち上がった。 親が決めた未来なんて、受け入れられるはずがない。 無表情な彼の穏やかさが、余計に腹立たしかった。 それでも――彼だけは違った。 優しさの奥に、私の知らない熱を隠していた。 形式だけのはずだった関係は、少しずつ形を変えていく。 これは束縛? それとも、本当の愛? 穏やかな外科医に包まれていく、静かで深い恋の物語。 ※この物語はフィクションです。 登場する人物・団体・名称・出来事などはすべて架空であり、実在のものとは一切関係ありません。

次期国王様の寵愛を受けるいじめられっこの私と没落していくいじめっこの貴族令嬢

さら
恋愛
 名門公爵家の娘・レティシアは、幼い頃から“地味で鈍くさい”と同級生たちに嘲られ、社交界では笑い者にされてきた。中でも、侯爵令嬢セリーヌによる陰湿ないじめは日常茶飯事。誰も彼女を助けず、婚約の話も破談となり、レティシアは「無能な令嬢」として居場所を失っていく。  しかし、そんな彼女に運命の転機が訪れた。  王立学園での舞踏会の夜、次期国王アレクシス殿下が突然、レティシアの手を取り――「君が、私の隣にふさわしい」と告げたのだ。  戸惑う彼女をよそに、殿下は一途な想いを示し続け、やがてレティシアは“王妃教育”を受けながら、自らの力で未来を切り開いていく。いじめられっこだった少女は、人々の声に耳を傾け、改革を導く“知恵ある王妃”へと成長していくのだった。  一方、他人を見下し続けてきたセリーヌは、過去の行いが明るみに出て家の地位を失い、婚約者にも見放されて没落していく――。

靴屋の娘と三人のお兄様

こじまき
恋愛
靴屋の看板娘だったデイジーは、母親の再婚によってホークボロー伯爵令嬢になった。ホークボロー伯爵家の三兄弟、長男でいかにも堅物な軍人のアレン、次男でほとんど喋らない魔法使いのイーライ、三男でチャラい画家のカラバスはいずれ劣らぬキラッキラのイケメン揃い。平民出身のにわか伯爵令嬢とお兄様たちとのひとつ屋根の下生活。何も起こらないはずがない!? ※小説家になろうにも投稿しています。

エリート警察官の溺愛は甘く切ない

日下奈緒
恋愛
親が警察官の紗良は、30歳にもなって独身なんてと親に責められる。 両親の勧めで、警察官とお見合いする事になったのだが、それは跡継ぎを産んで欲しいという、政略結婚で⁉

翡翠の歌姫-皇帝が封じた声【中華サスペンス×切ない恋】

雪城 冴 (ゆきしろ さえ)
キャラ文芸
宮廷歌姫の“声”は、かつて皇帝が封じた禁断の力? 翠蓮は孤児と蔑まれるが、才能で皇子や皇后の目を引き、後宮の争いや命の危機に巻き込まれる【詳細⬇️】 陽国には、かつて“声”で争い事を鎮めた者がいた。田舎の雪国で生まれ育った翠蓮(スイレン)。幼くして両親を亡くし孤児となった彼女に残されたのは、翡翠の瞳と、母が遺した小さな首飾り、そして歌への情熱だった。 宮廷歌姫に憧れ、陽華宮の門を叩いた翠蓮だったが、試験の場で早くもあらぬ疑いをかけられる。 その歌声が秘める力を、彼女はまだ知らない。 翠蓮に近づくのは、真逆のタイプの二人の皇子。優しく寄り添う“学”の皇子・蒼瑛(ソウエイ)と、危険な香りをまとう“武”の皇子・炎辰(エンシン)。 誰が味方で、誰が“声”を利用しようとしているのか。歌声に導かれ、三人は王家が隠し続けてきた運命へと引き寄せられていく。 【中華サスペンス×切ない恋】 ミステリー要素あり/ドロドロな重い話あり/身分違いの恋あり 旧題:翡翠の歌姫と2人の王子

女王ララの再建録 〜前世は主婦、今は王国の希望〜

香樹 詩
ファンタジー
13歳で“前世の記憶”を思い出したララ。 ――前世の彼女は、家庭を守る“お母さん”だった。 そして今、王女として目の前にあるのは、 火の車の国家予算、癖者ぞろいの王宮、そして資源不足の魔鉱石《ビス》。 「これ……完全に、家計の立て直し案件よね」 頼れない兄王太子に代わって、 家計感覚と前世の知恵を武器に、ララは“王国の再建”に乗り出す! まだ魔法が当たり前ではないこの国で、 新たな時代を切り拓く、小さな勇気と現実的な戦略の物語。 怒れば母、語れば姉、決断すれば君主。 異色の“王女ララの再建録”、いま幕を開けます! *カクヨムにも投稿しています。

処理中です...