最後の女王‐暗殺兵クロスフィルとテレシア女王による命の賭け。メアネル王家最後の血は誰に注がれる?王の時代の最終章‐【長編・完結】

草壁なつ帆

文字の大きさ
6 / 46
女王の命は誰の手に?

報酬

しおりを挟む
 芝生の上に六頭の馬が用意されている。三頭は馬車を引くようで、残り三頭は護衛兵士が前にひとり、後ろふたりで付いていくらしい。
「本当にあれで大丈夫なのか?」
 国道の端に佇み、メアネル屋敷を遠目に見ながら俺はマリウスに聞いているんだ。
 このままニューリアン王国にいたら平和ボケになると言っていた。数年この地に腰を下ろしているマリウスは、その異常をすでに受けているみたいで「大丈夫、大丈夫」とにこやかに答えている。
「先頭はガレロ大佐。後ろはジャスミンとアナーキー。ガレロは賞を取るくらいの槍使いですよ」
「や、槍!?」
 いにしえの話でもしているのかと疑う。セルジオでは徴兵時代に銃のテストで満点を取らなければ即帰されるんだぞ……。俺もマリウスも常にそれぞれどこかに銃を隠し持って歩いている。
「わぁ、ほら。あれですよ。怖い怖い」
 言ってる側から、そのガレロとかいう奴の自慢の槍が出てきたみたいだ。
 長い木の棒に斧みたいな形の刃物を取り付けた武器。それをぶんぶんと振り回して、何か動きでも確認しているように見えた。
「あれで銃弾を弾くって?」
「無理でしょう。でも、ニューリアンとはそういう国ですよ」
「はぁ……。治安が良いんだな」
 城壁も鉄柵も無い、王権敷地になる芝生の延長線で二人の男が立ち尽くしているんだ。暗殺機関所属の俺と、情報部のマリウスが……。
「バカンスだと思えば旅路が楽しくなるかもしれませんよ!」
「そんな気になれるか」
 俺はげんなりしていてしょうがない。
 こんな苦労が待っているなんて知ってれば、数時間前の返事はしなかった……。


*  *  *


 それは、まだ小雨が降っていた空の下。気乗りはしていないがメアネル家の屋敷へと向かった。ニューリアン駐屯地に身を置いていたら、嗅ぎつけられて可憐な手紙が俺宛てに届いたからだ。
 さすがにこの天気じゃ外で食事を取らないようで。女王は部屋の中に収まってる。
 書斎机に向いていて仕事でもしてたんだろう。俺が見えると両耳にかけていた髪を手で払った。
「どうぞお座りになって。……と言っても、あなたはあなたのしたいようにするのでしたっけ。あの朝からすぐに居なくなるので心配しましたわ。何をしていらっしゃったのですか?」
 静かな問いかけ。伏せ目だったのがこっちを向いた。
 暗殺者とターゲットで見つめ合っていると、俺の方は仕事脳になり、少し気を起こすべきかと迷ったりした。
 ふと、雨降りの窓の外で蝶が飛びにくそうにフラフラ見える。
「……何でもないですよ。仮眠と食事を取っていたんです。そうじゃないと死んじゃうでしょ」
 俺は得策じゃないなと我に帰った。
 対して女王の方も少し頭を使っていたらしい。
「……まあ。それでしたら引き止めませんわ」
 今日の女王の淡色の目には少し意思がありそうだ。
「テレシア女王。今、何か考え事が頭によぎったんですかね? 返事を変えたでしょう?」
「あら、あなたもでしょう? クロスフィル」
 双方、言葉の出だしが遅れたことに内心を探っている。まるで心理戦のように見つめながら。
 しかし早々と女王がため息を落とした。
「睨み合うのはやめましょう」
 ポットから紅茶を注いで勝手に飲んだ。
「リリュードの方へ行かれていたのでしょう? 良いお仕事が出来たようで、わたくしも嬉しいです。これで二週間は長生きできるわね」
 マリウスが言っていた通り。女王は他方から命を狙われていて、女王自身でも自覚があるようだ。
「俺に何とかしろと言ったんですよね?」
 試しに訊いてみたけど。当然女王が首を傾けた。
「言ったかしら? 身に覚えがありませんわ」
 そうだよな。女王はワインに毒が入ってることも、毒入りのワインがテーブルに乗ってることも話してない。
「でも、あなたが積極的に動かれたということは、あなたとわたくしの利害が一致したということではありませんか? 一緒に朝食の時間を過ごした甲斐がありました」
 ひと仕事が実ったとでも言いたげに聞こえる。悠々と紅茶を飲んでいるところも、俺が女王の休息に付き合わされているみたいだ。
「良いように言いますね。俺は自国の邪魔になるものを排除しただけです」
「セルジオらしい。愛国心がお強いのね」
「……」
 愛国心……? セルジオの軍兵に使う言葉には決まった言い方がある。女王はわざとそこを外してきた。聞き過ごせない俺に、わざわざこう付け足した。
「忠誠心と言ったら、あなたが怒ると思って控えたのですよ」
 ふふふと笑いながらカップを置く。「報酬をあげなくちゃね」と女王は言う。
 俺の報酬は女王の首だけなんだけど。女王が自分の首を綺麗に洗っておいてくれたわけじゃない。
「五カ国首脳会談が行われるわ。あなたもわたくしに付き添って同行しなさい」
 一枚の手紙を広げて俺に向けた。
「護衛をしろってことですね」
「ええ。今回は長い旅路になりますから」
 ニューリアン王国テレシア女王へ宛てた召集令状。
 カイロニア王国……は、載っていない。毎年会議開催国と定められていた安定の国は、先日アスタリカ軍に攻め入られて敗戦したばかり。
 そこで名を連ねるのは、ネザリア王国、エシュ神都、パニエラ王国、ニューリアン王国、そしてセルジオ王国か……。
「参加者の中に会いたくない人物がいるようですわね。わたくしの側に居ると知ったらお怒りになるかしら?」
「いや。状況を利用するだけでしょうね」
 近隣の国々で集まって行う会議。それぞれの足並みを揃えるための話し合いが行われる。俺の父親がセルジオ代表として会議に参加する。
 別に血縁関係を秘密にしていることもない。隣国の女王の手で握られるほどの情報でも無いはずだ。
 セルジオはニューリアンと違って血縁関係を大事にしないからな。だから俺も、あの人のことはもう他人と思って捨ててある。
「開催国はネザリア王国か。良いですよ。同行します」
 女王を殺せる機会があるかもしれない。


 ……と。あの時は油断していた。
 ニューリアン王国が古臭くて金無し国だってことをすっかり忘れてた。
 ネザリアへ行くなら汽車に乗って翌日の昼前には着く。そのつもりが馬車……。まさか夜通し走らせるわけがないだろうし、わざわざ宿をとってまでゆっくりゆっくり向かわないといけないのか。
 馬鹿げてる。
「はぁ……」
「バカンスですよ。クロスさん」
 俺のため息を聞いて心でも読めたか。マリウスが慰めてくる。




Threads → kusakabe_natsuho
Instagram → kusakabe_natsuho
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

夫婦交換

山田森湖
恋愛
好奇心から始まった一週間の“夫婦交換”。そこで出会った新鮮なときめき

私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。

MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。

病弱な彼女は、外科医の先生に静かに愛されています 〜穏やかな執着に、逃げ場はない〜

来栖れいな
恋愛
――穏やかな微笑みの裏に、逃げられない愛があった。 望んでいたわけじゃない。 けれど、逃げられなかった。 生まれつき弱い心臓を抱える彼女に、政略結婚の話が持ち上がった。 親が決めた未来なんて、受け入れられるはずがない。 無表情な彼の穏やかさが、余計に腹立たしかった。 それでも――彼だけは違った。 優しさの奥に、私の知らない熱を隠していた。 形式だけのはずだった関係は、少しずつ形を変えていく。 これは束縛? それとも、本当の愛? 穏やかな外科医に包まれていく、静かで深い恋の物語。 ※この物語はフィクションです。 登場する人物・団体・名称・出来事などはすべて架空であり、実在のものとは一切関係ありません。

次期国王様の寵愛を受けるいじめられっこの私と没落していくいじめっこの貴族令嬢

さら
恋愛
 名門公爵家の娘・レティシアは、幼い頃から“地味で鈍くさい”と同級生たちに嘲られ、社交界では笑い者にされてきた。中でも、侯爵令嬢セリーヌによる陰湿ないじめは日常茶飯事。誰も彼女を助けず、婚約の話も破談となり、レティシアは「無能な令嬢」として居場所を失っていく。  しかし、そんな彼女に運命の転機が訪れた。  王立学園での舞踏会の夜、次期国王アレクシス殿下が突然、レティシアの手を取り――「君が、私の隣にふさわしい」と告げたのだ。  戸惑う彼女をよそに、殿下は一途な想いを示し続け、やがてレティシアは“王妃教育”を受けながら、自らの力で未来を切り開いていく。いじめられっこだった少女は、人々の声に耳を傾け、改革を導く“知恵ある王妃”へと成長していくのだった。  一方、他人を見下し続けてきたセリーヌは、過去の行いが明るみに出て家の地位を失い、婚約者にも見放されて没落していく――。

靴屋の娘と三人のお兄様

こじまき
恋愛
靴屋の看板娘だったデイジーは、母親の再婚によってホークボロー伯爵令嬢になった。ホークボロー伯爵家の三兄弟、長男でいかにも堅物な軍人のアレン、次男でほとんど喋らない魔法使いのイーライ、三男でチャラい画家のカラバスはいずれ劣らぬキラッキラのイケメン揃い。平民出身のにわか伯爵令嬢とお兄様たちとのひとつ屋根の下生活。何も起こらないはずがない!? ※小説家になろうにも投稿しています。

エリート警察官の溺愛は甘く切ない

日下奈緒
恋愛
親が警察官の紗良は、30歳にもなって独身なんてと親に責められる。 両親の勧めで、警察官とお見合いする事になったのだが、それは跡継ぎを産んで欲しいという、政略結婚で⁉

翡翠の歌姫-皇帝が封じた声【中華サスペンス×切ない恋】

雪城 冴 (ゆきしろ さえ)
キャラ文芸
宮廷歌姫の“声”は、かつて皇帝が封じた禁断の力? 翠蓮は孤児と蔑まれるが、才能で皇子や皇后の目を引き、後宮の争いや命の危機に巻き込まれる【詳細⬇️】 陽国には、かつて“声”で争い事を鎮めた者がいた。田舎の雪国で生まれ育った翠蓮(スイレン)。幼くして両親を亡くし孤児となった彼女に残されたのは、翡翠の瞳と、母が遺した小さな首飾り、そして歌への情熱だった。 宮廷歌姫に憧れ、陽華宮の門を叩いた翠蓮だったが、試験の場で早くもあらぬ疑いをかけられる。 その歌声が秘める力を、彼女はまだ知らない。 翠蓮に近づくのは、真逆のタイプの二人の皇子。優しく寄り添う“学”の皇子・蒼瑛(ソウエイ)と、危険な香りをまとう“武”の皇子・炎辰(エンシン)。 誰が味方で、誰が“声”を利用しようとしているのか。歌声に導かれ、三人は王家が隠し続けてきた運命へと引き寄せられていく。 【中華サスペンス×切ない恋】 ミステリー要素あり/ドロドロな重い話あり/身分違いの恋あり 旧題:翡翠の歌姫と2人の王子

女王ララの再建録 〜前世は主婦、今は王国の希望〜

香樹 詩
ファンタジー
13歳で“前世の記憶”を思い出したララ。 ――前世の彼女は、家庭を守る“お母さん”だった。 そして今、王女として目の前にあるのは、 火の車の国家予算、癖者ぞろいの王宮、そして資源不足の魔鉱石《ビス》。 「これ……完全に、家計の立て直し案件よね」 頼れない兄王太子に代わって、 家計感覚と前世の知恵を武器に、ララは“王国の再建”に乗り出す! まだ魔法が当たり前ではないこの国で、 新たな時代を切り拓く、小さな勇気と現実的な戦略の物語。 怒れば母、語れば姉、決断すれば君主。 異色の“王女ララの再建録”、いま幕を開けます! *カクヨムにも投稿しています。

処理中です...