最後の女王‐暗殺兵クロスフィルとテレシア女王による命の賭け。メアネル王家最後の血は誰に注がれる?王の時代の最終章‐【長編・完結】

草壁なつ帆

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女王の命は誰の手に?

道中−没落した中心国−

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 トンネルを抜けた。三台の車には護衛要員、荷物、人物が乗っていて、平地を真っ直ぐに南下している。このままカイロニア域を少し入ってネザリア領地へと目指すようだ。
「ゲイン・リーデッヒだ。お見知り置きを」
 助手席から隠すことなく身を明かした。わざわざ体を捻って後部座席まで握手を求めてきたが、残念ながら俺からは何も掴ませまいと拒否をする。こういう態度にテレシア女王は困っていたが、リーデッヒは上機嫌になる。
「思春期だな。男子はこれぐらい反抗的で良い」
「……」
 ……俺のことは、本当にテレシア女王の弟という立場で話が進んでいる。
 確かに、リーデッヒや女王より歳下ということもあって、弟の範囲に指定しておくのは不自然でもなかった。
 しかし、メアネル家の中に男児が生きていて、突然フッと現れたことは異端すぎる不自然が拭えない。
 俺からは何も言わないが二人の会話がされている。
「戴冠式はもう済んだのかい?」
「いいえ。まだクロノスが生活に慣れていませんので」
「そうかそうか。まあ急ぐことでもないね。戴冠式に出る頃には僕もそれなりの地位を付けているはずだ。良い政治家として共に邁進しようじゃないか」
 馬車の時のガレロもそうだが。どうしても進行方向を向いていたくないみたいだ。シートベルトを付けていても、どうやって後ろの俺の顔を見てやろうと体を捻ってくる。
 出身国、職業、その辺は語らないものの。リーデッヒの訛らない言語がどうも聞き慣れなく、顔の彫りも少しは異国の色を映しているみたいだ。やっぱりアスタリカ軍勢の一員で決め掛かっても良いだろう。
「クロノス。ちゃんと返事をしなさい」
「……」
 ふん、と息を鳴らして薄黒色の窓を見やる。何も話してやらない、と決めている。
「……似ていないな」
 ぼそりと、リーデッヒは当然のことを口にした。
「髪色もまるで違う。見るからにセルジオ系だ」
 女王が動揺させられずに答える。
「わたくしの父はセルジオにて生まれた男です。そして男児にはメアネル家特有のこの髪色が遺伝しにくいようですの」
 視界の端で女王の黄金色の髪が動いていた。それに見入るリーデッヒの顔もちらっと見た。
「この髪は呪いとも言われますわ。男児の命を吸いながら伸びているのだとか。過去にはメアネル家の男兄弟が亡くなった後、この髪が伸びなくなったという話も伝わっております。わたくしの髪はまだ伸び続けるようですけれど」
 そっぽ向いていた俺だが、頭の上に何か載せられる。感覚的に女王の手で撫でつけられたみたいに思って、すぐに払い除けた。
 こうしたメアネル家の伝説は多々ある。気味が悪いとしか思えない俺よりも、外国から来たリーデッヒにとっては刺激的なんだろう。この悲観話を美しいと捉えてる。
「まるで精霊や女神の世界を覗いているようだ。気高いメアネル家とその国ニューリアンはこの星の宝なのかもしれないな」
「勿体無いお言葉ですわ」
「過剰に言っているんじゃない。僕はこの大陸に渡ってくるまでは空想物語の話だと思って聞いていた。君に出会って、本当に女神に出会えたと思ったんだ。今でもそう思っている」
「まあ」
 ……人の恋ほど見ていたくないものは無いんだって。道中はまだまだ長い。この車に乗り合わせたことを後悔している。

 恋の胸焼けを打ち消すには政治がいい。乗り心地だけを考えたら快適な車の旅でよくよく頭を動かせる。リーデッヒが振り返って来ない限り。女王も俺に話しかけることもないしな。
 戦争疲れしたカイロニアの街。どれくらい倒壊したんだろうと思っていても、やっぱりあえて避けた道を通っていくらしい。それは女王への気遣いなのか、もしくはアスタリカ軍のメンツを保つ配慮なのかは不明。
 創造神エルサを奉るエルシーズの発祥地……そのカイロニア王国が、海外の勢力に制圧されたとなると、いよいよ時代が変わろうとしているのを感じざるを得ない。
 街中にある神殿の屋根がどの角度からでも突出して見えていたと思うが、それも今は見えないみたいだ。
「……」
「……」
 あんなに会話が続いていた二人でも一旦黙って静かになっていた。
 セルジオ王国にとっても、ニューリアン王国にとっても、さらにこれから向かうネザリア王国にとっても。カイロニア没落は目を逸らしがたいニュース。これを攻軍アスタリカ当事者リーデッヒは何と思って過ごしているんだろうか……。
「……」
 これから行う五カ国首脳会議でよくよく話される内容になるんだろう。
「さあ、そろそろネザリアが見えてくるよ」
 俺の心配をよそに、リーデッヒが胸を弾ませながら言った。この男が前方の新しい景色に見入っている時、女王はまだ流れていくカイロニアの街を見ているみたいだった。
「どうだいクロノス君。ネザリアの街並みだ。感想を聞かせてごらんよ。今日はずっとだんまりでいるつもりかい?」
 そうだよ。と、思ったけど、窓に向いたまま女王が静かに二回鼻をすする。俺に何か言って答えろと催促している。話を合わせるのが俺の仕事だってことも、そろそろ言いたいんだろうな。
「そうですねー……」
 言いながら景色を見る。あれだけ栄えていたものが消えたカイロニアが過ぎて、さらに同等の建物が建つエリアに入っている。高層ビルが立ち並ぶ街並みは立派で、しかしスラムと化した裏通路も交互に目についた。
 信号で車が止まった間は側のホテルが派手だ。アートで飾ったエントランスでゲストを招き入れるが、通行人にぶつかって婦人はよろめいている。
 怪我もなく、婦人が笑顔でいて、通行人が軽く謝罪をした。それから婦人が何事もなくホテル内へ入ったら、通行人の仕事は上出来だろう。金銭か情報を上手くスれたようで路地裏へと消えていった。
 その一部始終が印象を作った。
「……生き急いでいる感じがする」
 急成長をしようとして何かの勢力に負け、無法地帯と化しながらも他国の成長に劣ってはいけない。……ネザリア王国っていう場所は、徴兵時代から聞いていた通りそんな感じだ。
「クロノス君!! 君はなんて最高なんだ!!」
「えっ!?」
 突然の大声にびっくりしたら、さらに助手席のリーデッヒとまっすぐ目が合うから二度驚いた。
「は!?」
 首を一周回せない限りあり得ない。だからリーデッヒは体ごとこっちを向いていた。ヘッドレストを抱きしめて身を乗り出し、おかしなことに、おいおいと泣きながら俺を見ていた。
「クロノス君!! 君は良い政治家になるだろう!! 僕は……僕は、君のような見る目ある男子と出会えて光栄だ……!! 幸せだ!!」
 運転手が怒ってる。もうじき動くからちゃんと座れと。リーデッヒの部下らしいから言い方はもっと下からだけど。リーデッヒは涙を拭いながら「ごめんよぉ」と言って席に戻った。
 こんなに感情的に動く奴が軍隊の司令官で良いのかよ。
 俺は女王と目が合う。何か言ってくれると思ったら、しかし一瞬で逸らされた。




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