最後の女王‐暗殺兵クロスフィルとテレシア女王による命の賭け。メアネル王家最後の血は誰に注がれる?王の時代の最終章‐【長編・完結】

草壁なつ帆

文字の大きさ
10 / 46
女王の命は誰の手に?

ネザリア王国

しおりを挟む
 この街の祝いムードに当てられてか雨は止んでいた。それでも曇天なのは変わらないが、市民全体が浮かれムードなんで皆傘を持たずに外に出てる。
 浅海の青緑を掲げた旗がヒュルヒュルと強風に吹かれていた。新しい事業をこのタイミングで起こし、国道沿いでは新装された店が連なっている。好景気の影響でどこもかしこも行列だ。
 ネザリア城を中心に栄えた街。城はもう観光地になっているが。相当栄えた王が暮らしていたかと思えばそうでもない。見栄えばかりで統治していた国だからな。
 どの角度でも見える城壁ととんがり屋根を眺めていたら、車は城を通り過ぎても南下した。そして新設された迎賓館の敷地へと入っていく。壊せる建物がたくさんあるから、五カ国首脳会議場の真隣に用意したみたいだな。

 ロータリーにて車が分かれていった。荷物を積んだ車はそっちの駐車場へ。人を乗せた方は会議場へ。集まるには丁度良い時間になっている。
 高級車が列になり、エントランスのボーイにて順番に案内されていくらしい。もちろん馬車なんて道中からここに至るまでひとつも見ていない。あんなもので登場したら逆に目立って仕方がないだろう。
 手旗の合図によって車を進めたらエントランスに到着。見えるように各国が送った生花や像などが飾ってある。ニューリアンが送ったものも、セルジオが送ったものもだ。
「さあ、エスコートしよう」
 意気揚々と降りたリーデッヒがテレシア女王の手を取って降車を手伝った。しかし彼の役目もここまで。それに俺もここから先は待機になる。五カ国首脳会議の会議室には入れない。
 扉までは女王の横にリーデッヒが付き添った。するとドアマンが一歩前へ。
「愛人、護衛の方はご遠慮いただきます」
 ネザリア国旗を胸に刻んだ兵士が立ちはだかった。「愛人」ときっぱり告げるあたり。俺に少し違和感を与えた。
 とはいえ二人は落ち着き払っている。こんなことは想定内だったみたいだ。テレシア女王は、残されていく俺とリーデッヒを振り返った。
「送ってくださり感謝いたします。では後ほどまた」
 丁寧にお辞儀をしたあと、会議場へと入って行った。
「……さぁて。どうやって時間を潰そうか。……って、おいおい。ひとりで何処に行く?」
 ガシッと腕を持たれるが、ブンと振って払う。
「他の代表者に見られるとややこしいので」
 俺は、大理石の床をカツカツ鳴らして車の進む方向へと歩いていく。いつまでも扉もとで留まっていると、会いたくない人物にも顔を見られるかもしれない。
「なるほど……」
 何がなるほどなのか独り言が聞こえ、すぐに追いかけてくる靴の音も近付いた。リーデッヒは俺の横にピッタリと付いて、早歩きに歩幅を合わせてきた。
「彼女の弟が現れたとなれば大混乱だ。姉思いの弟だね」
「……」
 まあ、女王が付いた苦しい嘘に騙されているならそれで助かる……か。

 残念ながらセルジオの軍事部はネザリア領域に駐屯地を置いていない。時間潰しにはマリウスの盗聴も楽しめるかと思ったがそれも叶わない。
「おーい。どこまで行くんだい?」
「……」
「ため息が多いな。大丈夫?」
 無意識のため息まで拾われる。
「疲れたなら歩いていないでカフェにでも入ろう?」
「……」
 この男が好きそうだと思ってショッピング街を目指してきたんだが。目に留まったものに興味を引かれているうちに姿をくらましてやろうとした作戦は失敗だった。
 ネザリアの地図も頭に入っていないし、道中で撒くのも難しい。あんまりフラフラ歩いていたら普通に道に迷いそうだ。不用意に裏道に入ったら何か問題でも起こされそうだし……。
 その時、時刻を告げる鐘が鳴った。ちょうど広場にあった時計台から時間も見れる。会議は始まったようだ。
「変な音だね」
「……」
 言う通りだ。何の金属を鳴らせた音なのか。聞き慣れない音に、俺もリーデッヒも足を止めてしまっている。
 この時刻が合図なのか、近くの店が続々と看板を出してきた。そういえば、ネザリアの南は工業が盛んな街だ。だから酒場が昼過ぎから開くと同期が話していたっけなと思い出す。
 その名残なのか? あの変な鐘の音と、こんな時間から開く店……。
 考えていると、ふとこの広場で見覚えのある軍服を見つけてしまう。赤い剣の紋章……あれはセルジオ軍兵で間違いない。会議中の待機でこの辺をうろついていてもおかしくないか。
「……カフェに入りましょう」
 すぐ側にあった店がちょうど店員が看板を持って外に出てきたところだ。それと入れ違うようにして店の中へと入った。リーデッヒも楽しそうに付いて来た。

 席は店の一番奥。俺からもリーデッヒからも自然な角度で窓の外が眺められる。
「即決したのは良いけど、ちょっと渋くないか? この店は」
「どうせならローカルなものを味わいたいと思いまして」
 民謡を流すような田舎食堂だった。ここなら観光客は入りたがらないだろう。窓から見える別の店では早くも行列を作っているところもあるが、ここは俺たちの他に二組客が入って来ただけで途絶えてる。
 セルジオ兵士が店を横切った。ひとりが窓から内部を覗いたが、あれは見たことがない新人兵士だったな。俺の顔も知らないはずだ。
 しかしうっかり俺の身がバレがされないように気を付けないと。リーデッヒと同行していることも知れたらややこしい……。
「決まった?」
「この盛り合わせにします」
「酒のつまみじゃないか。飲まずに食べるのか?」
「はい。減量中なので」
 注文はリーデッヒから店員へと伝えられる。サービスの少ない店員が去っていくと「軍兵士みたいだな」と、独り言を言いながらテーブルに向き直った。
 もちろんこの好景気に肌を出さない女店員がそう見えたのじゃなく、俺のことを言っている。
 テーブルから身を乗り出す勢いで、俺のことをまじまじ見つめてくる目がそう語っている。
「……君には色々と聞きたいことがたんまりとあるんだ。でも、よしておく。他人に根掘り葉掘り聞かれるのは気分を害すだろう?」
「まあ、そうですね」
 リーデッヒは身を乗り出すのをやめて、椅子に背中を付けてくれた。
「突然沸いて来た『弟』なんて信じ難いけどね。テレシアがそう言うなら信じるよ」
 それで普通にグラスの水を飲んでいる。
 よっぽど女王のことを気に入っているんですね。と、言いたい気持ちがあったが……やめておいた。無言で眺めていると、喉を潤したリーデッヒがまだ喋ってくる。
「なにせ僕もそうだ。周りには僕が自分のことを聞いて欲しくてたまらないように見えるらしいんだけど、こう見えて秘密主義なんだよ」
 ひとりでフフッと笑う。そしてまだ少し水が残るグラスを俺の方に傾けて来た。
「互いの秘密は尊重すべきだ」
 片側の眉を上げた。俺に、そうだろ? とでも問うみたいに。
「……」
 仕方がないから俺もグラスを持ち上げて相手のグラスに少し当てた。カチンと鳴った後、リーデッヒは嬉しそうに白い歯を見せて笑い、水は飲まずにそのままテーブルへと置く。
「あまり美味くない水だ。店選びを間違えたね」とも言って笑う。




(((毎週[月火]の2話更新
(((次話は明日17時に投稿します

Threads → kusakabe_natsuho
Instagram → kusakabe_natsuho
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

夫婦交換

山田森湖
恋愛
好奇心から始まった一週間の“夫婦交換”。そこで出会った新鮮なときめき

私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。

MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。

病弱な彼女は、外科医の先生に静かに愛されています 〜穏やかな執着に、逃げ場はない〜

来栖れいな
恋愛
――穏やかな微笑みの裏に、逃げられない愛があった。 望んでいたわけじゃない。 けれど、逃げられなかった。 生まれつき弱い心臓を抱える彼女に、政略結婚の話が持ち上がった。 親が決めた未来なんて、受け入れられるはずがない。 無表情な彼の穏やかさが、余計に腹立たしかった。 それでも――彼だけは違った。 優しさの奥に、私の知らない熱を隠していた。 形式だけのはずだった関係は、少しずつ形を変えていく。 これは束縛? それとも、本当の愛? 穏やかな外科医に包まれていく、静かで深い恋の物語。 ※この物語はフィクションです。 登場する人物・団体・名称・出来事などはすべて架空であり、実在のものとは一切関係ありません。

次期国王様の寵愛を受けるいじめられっこの私と没落していくいじめっこの貴族令嬢

さら
恋愛
 名門公爵家の娘・レティシアは、幼い頃から“地味で鈍くさい”と同級生たちに嘲られ、社交界では笑い者にされてきた。中でも、侯爵令嬢セリーヌによる陰湿ないじめは日常茶飯事。誰も彼女を助けず、婚約の話も破談となり、レティシアは「無能な令嬢」として居場所を失っていく。  しかし、そんな彼女に運命の転機が訪れた。  王立学園での舞踏会の夜、次期国王アレクシス殿下が突然、レティシアの手を取り――「君が、私の隣にふさわしい」と告げたのだ。  戸惑う彼女をよそに、殿下は一途な想いを示し続け、やがてレティシアは“王妃教育”を受けながら、自らの力で未来を切り開いていく。いじめられっこだった少女は、人々の声に耳を傾け、改革を導く“知恵ある王妃”へと成長していくのだった。  一方、他人を見下し続けてきたセリーヌは、過去の行いが明るみに出て家の地位を失い、婚約者にも見放されて没落していく――。

靴屋の娘と三人のお兄様

こじまき
恋愛
靴屋の看板娘だったデイジーは、母親の再婚によってホークボロー伯爵令嬢になった。ホークボロー伯爵家の三兄弟、長男でいかにも堅物な軍人のアレン、次男でほとんど喋らない魔法使いのイーライ、三男でチャラい画家のカラバスはいずれ劣らぬキラッキラのイケメン揃い。平民出身のにわか伯爵令嬢とお兄様たちとのひとつ屋根の下生活。何も起こらないはずがない!? ※小説家になろうにも投稿しています。

エリート警察官の溺愛は甘く切ない

日下奈緒
恋愛
親が警察官の紗良は、30歳にもなって独身なんてと親に責められる。 両親の勧めで、警察官とお見合いする事になったのだが、それは跡継ぎを産んで欲しいという、政略結婚で⁉

翡翠の歌姫-皇帝が封じた声【中華サスペンス×切ない恋】

雪城 冴 (ゆきしろ さえ)
キャラ文芸
宮廷歌姫の“声”は、かつて皇帝が封じた禁断の力? 翠蓮は孤児と蔑まれるが、才能で皇子や皇后の目を引き、後宮の争いや命の危機に巻き込まれる【詳細⬇️】 陽国には、かつて“声”で争い事を鎮めた者がいた。田舎の雪国で生まれ育った翠蓮(スイレン)。幼くして両親を亡くし孤児となった彼女に残されたのは、翡翠の瞳と、母が遺した小さな首飾り、そして歌への情熱だった。 宮廷歌姫に憧れ、陽華宮の門を叩いた翠蓮だったが、試験の場で早くもあらぬ疑いをかけられる。 その歌声が秘める力を、彼女はまだ知らない。 翠蓮に近づくのは、真逆のタイプの二人の皇子。優しく寄り添う“学”の皇子・蒼瑛(ソウエイ)と、危険な香りをまとう“武”の皇子・炎辰(エンシン)。 誰が味方で、誰が“声”を利用しようとしているのか。歌声に導かれ、三人は王家が隠し続けてきた運命へと引き寄せられていく。 【中華サスペンス×切ない恋】 ミステリー要素あり/ドロドロな重い話あり/身分違いの恋あり 旧題:翡翠の歌姫と2人の王子

女王ララの再建録 〜前世は主婦、今は王国の希望〜

香樹 詩
ファンタジー
13歳で“前世の記憶”を思い出したララ。 ――前世の彼女は、家庭を守る“お母さん”だった。 そして今、王女として目の前にあるのは、 火の車の国家予算、癖者ぞろいの王宮、そして資源不足の魔鉱石《ビス》。 「これ……完全に、家計の立て直し案件よね」 頼れない兄王太子に代わって、 家計感覚と前世の知恵を武器に、ララは“王国の再建”に乗り出す! まだ魔法が当たり前ではないこの国で、 新たな時代を切り拓く、小さな勇気と現実的な戦略の物語。 怒れば母、語れば姉、決断すれば君主。 異色の“王女ララの再建録”、いま幕を開けます! *カクヨムにも投稿しています。

処理中です...