最後の女王‐暗殺兵クロスフィルとテレシア女王による命の賭け。メアネル王家最後の血は誰に注がれる?王の時代の最終章‐【長編・完結】

草壁なつ帆

文字の大きさ
22 / 46
一刻を争う決断

見舞い−約束してくれ−

しおりを挟む
「僕からも君に聞きたいことがあるんだ。テレシアについてだ。君はどこまで話を聞いてる?」
「話? 何についての内容ですか」
「王位継承の話だよ。単刀直入に、君がニューリアンの次の王を継ぐ気なのかい?」
 なんだ、そっちのことか。とは、心の中だけで思ってる。このまま俺の素性を探られる流れになるのかと思った。
 とはいえ、この話は重要だろう。未亡人で後継者のいない女王……その弟なんだったら跡を継ぐのが一般的な道筋だ。だが、俺は勝手に他人の衣を着させられている身で、もちろん王の座なんかに興味すらない。
「クロノス君、どうかな?」
「はあ。考えたこともないです」
 するとリーデッヒにはこの場で呆れられた。
「僕が君に言った最後の言葉を忘れたようだね」
「『テレシア女王があんなに泣くとは思わなかった』でしたっけ」
「違う違う」
 リーデッヒにもらった血のりは懐に仕舞い、ベッドの脇に椅子を置いて座った。顔を見て話したいからそうして欲しいってリーデッヒに言われてのことだ。しかし寝たきりリーデッヒは真正面の天井しか見れない。
「もう一回言うよ」
 その姿勢のままで告げた。
「テレシアのことを君が守るんだ」
 タイミング悪く教会の鐘が鳴っている。カーテンを閉めた窓の向こうで、鳥がバサバサと羽ばたいていった。雑音に気は散ったが一応言葉は聞こえた。
「ああ、そういえば。そうんなことも言ってましたね」
「……」
 元気なリーデッヒなら、大事な言葉の受け取り方に怒ったかもしれないが。今は少し唸って不服を伝えて来るだけで済んだ。
「クロノス君。それも『嫌です』なんて言わないだろうな?」
 ぎくり。
「今、ぎくり。としてないよね?」
 顔は真正面を向いたまま。目玉だけで精一杯俺のことを見ようとしてくる。俺はその殺気立った視界から逃れるため、多少体を後ろに反らせたりした。
「はぁ……。今すぐ君を殴ってやりたいよ……。僕が動けるようになってからだ。それまで覚えておくといい」
「は、はい……」
 俺が女王を殺した暁には、俺はリーデッヒに殺されるんだろうな。と、ひっそり思う。
「覚えておいてもらうついでに僕と約束もしてくれ。君がテレシアのことをしっかり守るって約束をだ」
「……」
 黙っていたら、ゆっくりと鳴らす鐘の音がよく聞こえた。しかしそれも最後の鐘を鳴らし終えたみたいだ。川のせせらぎも届いてきそうなほど、この部屋は静かになった。
「約束してくれ。僕からの最後の頼みだよ」
 リーデッヒは最後やら頼みやら念押しが過ぎる。
「何から守るんです?」
 アスタリカ軍が何か情報を掴んであるのか? それとも近いうちに行動を起こすつもりなのか? リーデッヒはすぐに答えを出せた。
「全てだよ。テレシアを悲しませるものは全て排除してほしい」
「反王政の貴族たちを滅殺しろと言っているんですか?」
「うん……まあ、それも良いけど。それについては彼女は痛くも痒くもないんじゃないか?」
 ……確かに。むしろ女王の決断で、反王政の貴族が皆殺しに遭うということもあり得る。しかも残虐な処置に女王が悲しむこともないだろう。
「テレシアにはもっと耐えがたい苦痛があるんだ。僕でほんの一瞬の痛み止めになったかもしれないけど、今回の件で違うと分かった。メアネル家というのは、僕が思っていたよりも家族の絆を大事にしているみたいだ」
 リーデッヒの顔が無理やりこっちを向いた。油を差さない人形みたいに、首から変な音が鳴っていた。
「君が選ばれる」
「……はぁ。そうですか」
 真面目な目で断言されたが……。するとリーデッヒが困って眉を下げた。
「君は責任感を背負うのが下手だね。今は緊張したシーンだったろう? 固唾を飲み込んで頷く。主人公の心が入れ替わる瞬間だったじゃないか」
「俺に芝居の話をされても」
「ハッハッハ……うがっ。い、痛い……。とにかくだ。僕は君に負けたわけだから、いさぎよく身を引くよ。しっかりテレシア女王を支えることだ。いいね?」
 もう寝ると言って俺を部屋から追い出した。無理やり曲げた首は元に戻らなく、俺が扉を閉める瞬間までこっちを凝視していたから怖かった。
 
 歩いてどこに帰ろうかというところだが。病院から誰かが跡をつけている。下手な新聞記者ならすぐに気付けただろう。しかしどうやら相手は偵察が上手いらしい。影も反射も消していた。
 考えうるのはアスタリカの部隊。もしくは状況を見に来たセルジオ部隊でもあり得るのか。
 川の流れに逆流して歩いていると、その先にある情報部マリウスが常駐するセルジオ軍駐屯地を思い出せるが。また今日もそっちへ向かうのは無理だろう。


*  *  *


 今朝は珍しく朝刊が届く。不景気の影響で隔週になった新聞紙の見出し記事には、いつの間に撮られていたのか、俺と女王が馬車から降りるところの写真が使われていた。
『血統を超えた恋愛劇』や『愛人からの略奪愛』なんて書かれ方をしている。その方が金を持っている貴族が喜ぶからだ。リーデッヒが言っていたように、新聞という情報誌はもはや貴族の娯楽と化していた。
 ページを捲れば俺とガレロの写真も載ってある。内容は反吐が出るほど気色悪いから読まない。新聞紙は机の上に放った。窓からの風によって床に落ちたが知らない。
 正確な情報はマリウスが掴んでいるだろうが連絡を取り合う手段が無かった。窓から乾いた風を浴びていても、矢文が飛んでくるなんてことも無いな。いくら古風な文明で暮らすニューリアンだったとしてもな。
 城壁もない地続きの街を眺めている。今日も記者は忙しく早朝から駆け付け、ぞろぞろと南側へと回り込むみたいだ。南側に正面玄関があり、女王の部屋もそっち側にあるってことを何故だか知ってるらしい。
 教会の鐘が鳴り始めた。ここで過ごすと鐘の音ばっかり聞いてる気がする。宗派の信徒は祈りを捧げたりする時間だが。記者には関係ないみたいだな。
 それと別に、メアネル系領地内でもこの時間になって動き出す連中がいた。
 芝生の上に兵士が数人で掛け声と共に現れ出す。
 あれが中途の応募者か……。十人にも満たない数で体力作りに走っていた。
 新聞紙にも一応隣国の情勢について書いてあったか。
 どの国も軍力を上げる動きがあると書き記してあった。理由はもちろんリーデッヒの一件が取っ掛かりだが。きっと出版社は情報を掴めなかったんだろう。適当にありそうな理由が添えられてた。
 ニューリアンもその動きに便乗したんだろうが、この数だとチリのようなもんだろうな……。
「ん?」
 走っている男の中に知った奴がいた。先頭で特に張り切っている若い男だ。新人育成の長官なのかと思ったが、長官は別のところで号令をかけているし、その若い男も他と一緒に走らされているように見える。
「アナーキーか?」
 答えが分かったところで、この部屋にノックが鳴った。扉を開けて覗いてきたのはガレロだ。
「ちょっと来い」
 ドアを開けっぱなしにして先に行ってしまう。ちょうどいい。暇してたんだ。ついでにアナーキーが何をしてるのかも聞いてみよう。




(((毎週[月火]の2話更新
(((次話は明日17時に投稿します

Threads → kusakabe_natsuho
Instagram → kusakabe_natsuho
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

夫婦交換

山田森湖
恋愛
好奇心から始まった一週間の“夫婦交換”。そこで出会った新鮮なときめき

私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。

MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。

病弱な彼女は、外科医の先生に静かに愛されています 〜穏やかな執着に、逃げ場はない〜

来栖れいな
恋愛
――穏やかな微笑みの裏に、逃げられない愛があった。 望んでいたわけじゃない。 けれど、逃げられなかった。 生まれつき弱い心臓を抱える彼女に、政略結婚の話が持ち上がった。 親が決めた未来なんて、受け入れられるはずがない。 無表情な彼の穏やかさが、余計に腹立たしかった。 それでも――彼だけは違った。 優しさの奥に、私の知らない熱を隠していた。 形式だけのはずだった関係は、少しずつ形を変えていく。 これは束縛? それとも、本当の愛? 穏やかな外科医に包まれていく、静かで深い恋の物語。 ※この物語はフィクションです。 登場する人物・団体・名称・出来事などはすべて架空であり、実在のものとは一切関係ありません。

次期国王様の寵愛を受けるいじめられっこの私と没落していくいじめっこの貴族令嬢

さら
恋愛
 名門公爵家の娘・レティシアは、幼い頃から“地味で鈍くさい”と同級生たちに嘲られ、社交界では笑い者にされてきた。中でも、侯爵令嬢セリーヌによる陰湿ないじめは日常茶飯事。誰も彼女を助けず、婚約の話も破談となり、レティシアは「無能な令嬢」として居場所を失っていく。  しかし、そんな彼女に運命の転機が訪れた。  王立学園での舞踏会の夜、次期国王アレクシス殿下が突然、レティシアの手を取り――「君が、私の隣にふさわしい」と告げたのだ。  戸惑う彼女をよそに、殿下は一途な想いを示し続け、やがてレティシアは“王妃教育”を受けながら、自らの力で未来を切り開いていく。いじめられっこだった少女は、人々の声に耳を傾け、改革を導く“知恵ある王妃”へと成長していくのだった。  一方、他人を見下し続けてきたセリーヌは、過去の行いが明るみに出て家の地位を失い、婚約者にも見放されて没落していく――。

靴屋の娘と三人のお兄様

こじまき
恋愛
靴屋の看板娘だったデイジーは、母親の再婚によってホークボロー伯爵令嬢になった。ホークボロー伯爵家の三兄弟、長男でいかにも堅物な軍人のアレン、次男でほとんど喋らない魔法使いのイーライ、三男でチャラい画家のカラバスはいずれ劣らぬキラッキラのイケメン揃い。平民出身のにわか伯爵令嬢とお兄様たちとのひとつ屋根の下生活。何も起こらないはずがない!? ※小説家になろうにも投稿しています。

エリート警察官の溺愛は甘く切ない

日下奈緒
恋愛
親が警察官の紗良は、30歳にもなって独身なんてと親に責められる。 両親の勧めで、警察官とお見合いする事になったのだが、それは跡継ぎを産んで欲しいという、政略結婚で⁉

翡翠の歌姫-皇帝が封じた声【中華サスペンス×切ない恋】

雪城 冴 (ゆきしろ さえ)
キャラ文芸
宮廷歌姫の“声”は、かつて皇帝が封じた禁断の力? 翠蓮は孤児と蔑まれるが、才能で皇子や皇后の目を引き、後宮の争いや命の危機に巻き込まれる【詳細⬇️】 陽国には、かつて“声”で争い事を鎮めた者がいた。田舎の雪国で生まれ育った翠蓮(スイレン)。幼くして両親を亡くし孤児となった彼女に残されたのは、翡翠の瞳と、母が遺した小さな首飾り、そして歌への情熱だった。 宮廷歌姫に憧れ、陽華宮の門を叩いた翠蓮だったが、試験の場で早くもあらぬ疑いをかけられる。 その歌声が秘める力を、彼女はまだ知らない。 翠蓮に近づくのは、真逆のタイプの二人の皇子。優しく寄り添う“学”の皇子・蒼瑛(ソウエイ)と、危険な香りをまとう“武”の皇子・炎辰(エンシン)。 誰が味方で、誰が“声”を利用しようとしているのか。歌声に導かれ、三人は王家が隠し続けてきた運命へと引き寄せられていく。 【中華サスペンス×切ない恋】 ミステリー要素あり/ドロドロな重い話あり/身分違いの恋あり 旧題:翡翠の歌姫と2人の王子

女王ララの再建録 〜前世は主婦、今は王国の希望〜

香樹 詩
ファンタジー
13歳で“前世の記憶”を思い出したララ。 ――前世の彼女は、家庭を守る“お母さん”だった。 そして今、王女として目の前にあるのは、 火の車の国家予算、癖者ぞろいの王宮、そして資源不足の魔鉱石《ビス》。 「これ……完全に、家計の立て直し案件よね」 頼れない兄王太子に代わって、 家計感覚と前世の知恵を武器に、ララは“王国の再建”に乗り出す! まだ魔法が当たり前ではないこの国で、 新たな時代を切り拓く、小さな勇気と現実的な戦略の物語。 怒れば母、語れば姉、決断すれば君主。 異色の“王女ララの再建録”、いま幕を開けます! *カクヨムにも投稿しています。

処理中です...