最後の女王‐暗殺兵クロスフィルとテレシア女王による命の賭け。メアネル王家最後の血は誰に注がれる?王の時代の最終章‐【長編・完結】

草壁なつ帆

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一刻を争う決断

階段下〜連行

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 大股で歩くガレロの後に続いている。階段に差し掛かると無言で降りだした。このまま一階に降りて、俺もアナーキーと一緒に外で走れと言われるんじゃないだろうか。
 そう思わせられながら階段が終わる。一階の凹んだ床を踏んだら、廊下の方じゃなく階段下へと回り込まされた。
 ただ奥まったところを道具置き場にしているだけの場所だ。薄暗い空間に小窓のささやかな光だけが入ってる。そこには何故かジャスミンがいる。
「ガレロさん」
「ああ」
 謎のやり取りを聞く。昼間からこんな狭いところで何をやっているんだ。男女の密会をするには埃っぽいし、いやらしい。
「仲人でもしろって?」
 俺が聞くと、見つめ合っていた二人がこっちを向いた。ガレロが睨みを利かせ、ジャスミンが嫌悪な顔で見てくる。
「な、なに……?」
 よく分からない。
 そこへバタバタと駆けてくる足音がやってきた。ただでさえ三人も寄り添って狭い場所に、そいつは粗い息遣いで駆け込んでくる。すると俺を見つけるなり急に足を止めたみたいだ。
「な、なんでコイツが居るっすか!?」
 俺のことを見てコイツと呼んだのはアナーキーだった。

「話したいことがある」
 そうガレロが言う。アナーキーには発言権が無いのか無視を決めたまま。ガレロが話したいことをここにいる全員に聞かせた。
「テレシア様の状態が良くない。ネザリア域での事件以来、ひとりで考え込まれていらっしゃる。日に日に食事量が減っていくのも心配だ。何か我々にも出来ることは無いだろうか」
 食事量について具体的な数字を説明した。これにジャスミンもアナーキーも深刻なものとして受け取ったらしい。アナーキーは樽の上に座り、両腕を組んで唸っている。
「どうしたものでしょうか……」
 こっちはジャスミンの漏らした声だ。
「お前はどう思っている?」
「……」
「……」
 誰も答えないな。
 それもそうだ。女王が寝込んだ原因を作ったのが、リーデッヒとジャスミンだからな。あの女王から情けをかけてもらったのか、命までは取られてないみたいだし。ここで張り切って具体案を出すほど図々しくなれないか。
「クロノス。答えろ」
「……え、あっ。俺?」
 何も考えてなく、そこのモップの洗い残しを気にかけてた。改めてガレロが俺と目を合わせて「お前は何か思うことがあるか?」と聞いてくる。
 何も思わない。
 俺が答えようとしたら、先にアナーキが遮った。
「何も思わないに決まってるっす。だって部外者っすよ?」
 主人の愛人を殺害しようとした重罪犯本人が、俺のことを顎で指して鼻で笑っている。でも、その通りだ。
「そうそう。部外者なんで。話の中に混ぜないでくれ」
 行こうとしたらガレロに腕を掴まれた。
「お前はクロノスだ。話に入る権利は十分ある」
「誰も間に受けてないくせに便利に使うな。権利は放棄だ」
「待て」
「離せよ」
 嫌だってもがいても、こいつの握力は怪力か。うんともすんとも動けない。むしろ俺の願いと裏腹に、道具置き場の奥まった闇に引きずり込まれていた。
「お前はテレシア様を救った」
「気持ち悪いこと言うな。離せって」
 しかしガレロのデカい顔がズイッと寄せられる。
「俺たちはお前に感謝したい」
「は、はあ?」
 やばいな。変な恩を売ったことになってる。……でも幸い、このチームにはバカが居るおかげで俺の逃げ道はいくらでもありそうだ。
「嫌っすよ。自分は感謝なんかしないっす」
「アナーキー!」
 ジャスミンがすぐに叱った。その女兵士もアナーキーと同罪なはずなんだけど。二人は執行猶予中か?
「よっと」と、アナーキーが樽から降りる。床に足が付くと目線はアナーキーの方が低い。しかし兵士とは思えない盗賊の輩みたいな風貌で俺を睨み上げてきた。
「どうだ。恐れ多くて動けないだろ」
「……?」
 アナーキーの何かが俺を動けなくしているわけじゃないんだけど?
「パンチでも喰らわせてやりますか。ガレロさん!」
 拳を振ったり引っ込めたりする素振りを見せつけてきた。こっちのバカは感謝と真反対に、恨みや辛みを俺にぶつけてやろうって魂胆か。人を恨むような脳も無さそうだが。
「じゃあ、行くっすよ!!」
 感謝されるよりは殴られ役の方がマシだ。
「二人ともやめてください」
 ジャスミンが割り入った。アナーキーの気合を入れたパンチは止められずに、空中を殴ってバランスを崩したら自らそこで転けている。
「お二人の案は失敗です。ガレロさんも離して下さい。私が説得します」
 ジャスミンに言われてガレロはすぐに手を離した。アナーキーの方も舌打ちを鳴らしながら衣服の埃を払ってる。案と言ったということは、何か俺を動かそうとして三人で作戦でも考えていたんだろうな。
「……へえ。デカブツもバカ猿も従えてるなんて。よっぽど信頼されてんだな」
「間違った考察をしないで」
 どこの毛色かも分からない瞳の色で、俺をギッと睨んでくる。全然可愛くない女だ。
「私たちはテレシア様の現状を知りたいんです。なのでクロノス。あなたが聞いて来て下さい」
「嫌だって。俺には関係ないって言ってんだろ?」
「国法第四条『メアネル家系に籍を置く本人の私的事情に関して、純血の親と子以外による介入または詮索を認めない』ニューリアンでは稀にない死刑処罰の対象です。国法第六条『ニューリアン国兵およびそれに属する機構は、メアネル家系に籍を置く本人の私的使用の部屋ないし書斎への出入りを禁ずる』こちらも破れば死刑を逃れられません」
「なんだよ。今度は説教でもされんの?」
「違います」
 あーもう。と、ジャスミンがイラつき、髪を耳にかける。その時の右手の指に包帯が巻かれているのが見えた。うっかり出してしまった怪我の手をジャスミンは気にしていない素振りで誤魔化すが、その包帯は再び後ろ手で隠されてる。
「とにかく。私たちにテレシア様の悩みを解決する術がありません。あなたに頼るしかないんです」
「死刑死刑と言ってた法律のせいで? 愛人殺害未遂の二人は生かされてるじゃないか」
 前のめりだったジャスミンがスッと身を引いた。アナーキーもその場に立ち尽くしてる。
「そ、それに関してはもう処罰は受けてあります」
「重罪で命を取らない処罰か。それは気になるな」
「……」
 奥歯を食いしばるジャスミンと、拳を握りしめるアナーキー。どっちも見ものだが、ジャスミンがため息を落としたことで解きほぐされてしまった。

「ガレロさん。私の案も失敗です。最終案でいきましょう」
「分かった」
「まだあんのか……よ!?」
 いきなりガレロが俺の腹に突進してきたかと思うと、次の瞬間には足が浮き上がってる。
「おいおいおいおい!?」
 俺はガレロの肩に担がれた。両手足を自在に動かせても、腹のところをがっつり抑えて持ち上げられている。
「なっ! 離せよ!!」
「ガレロさん行きましょう!」
 その姿勢のまま、俺の足が向いている方向へと進んだ。
 せっかく降りた階段を登っていく。ジャスミンが先導し、ガレロが俺を運び、アナーキーは俺の顔に向かって罵倒を吐きまくる。見事な連携を取れているようで、かなり幼稚な図になっていそうだ。
「ばーか! ばーか! どっから入り込んだ虫か知らないけど! この館にいる以上、オレが先輩だってことを忘れるなぁ!?」
「アナーキー! 大きな声を出さないで! 廊下に響いて聞かれるよ!?」
「えっ。まずっ!?」
 階段途中ですれ違う使用人も何事かとジロジロ見て立ち止まっていた。それをアナーキーが得意顔になりながら「自分の仕事に戻れ」なんて声掛けをしてる。それが俺に『仕事のできるオレ』をアピールしてるつもりだ。
 呆れている間にガレロが言う。
「ジャスミン。先に行け」
「了解です!」
 後方のバカに気を取られている間に階段を登り切っていたみたいだ。最悪だ。
「離せって言ってんだろうが!」
 背中を叩いても腹を蹴ってもガレロは動じない。背中も腹も石壁みたいに硬いし、機械で出来てんのかって思う。
 抵抗が効かないまま、俺が連れていかれる場所は察しがついてる。新しい景色は背中側で見えないが、廊下の一番端に大きな扉があるだろ、たぶん。それにジャスミンがノックをした後だ。
「テレシア様。クロノスが話があるとのことです」
 察しの通りに主人を嘯くようなことを告げてるのが聞こえた。
 ガレロの足だとあと十歩も歩かないうちにテレシア女王の部屋に到着するだろう。
「ガレロ。お前、言いつけてやるぞ」
「ああ。好きにしろ」
 短く言葉を交わした後、ガチャンと扉が開いた音がする。
「うわっ!?」
 俺は放り込まれた。着地体制も考えてくれず。麻袋を投げ捨てるみたいにして、女王の部屋の中に落とされたんだ。



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