最後の女王‐暗殺兵クロスフィルとテレシア女王による命の賭け。メアネル王家最後の血は誰に注がれる?王の時代の最終章‐【長編・完結】

草壁なつ帆

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ニューリアンの未来

新しい朝が明ける1

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 空が白み始めている。風が一切も吹かない朝になった。
 何も考えられないまま、俺はようやくテレシア女王の髪を撫でるのをやめる。
「マリウス。メアネル・テレシアが息を引き取った……」
 俺は女王を抱えてベッドに運んだ。夜中は汗で濡れていた肌ももう乾き切ってしまっている。毒の苦しさを我慢したのに表情は穏やかだ。
 眠っているようにしか見えないテレシア女王を、じっと見下ろしたままでいた。するとノックが鳴って人が入ってきた。
「クロスさん。お疲れ様です」
 どこかにあった通信機から合図を聞いたマリウスだ。何人かのセルジオ兵士を引き連れて遺体回収にやってきた。
「あとは頼んだ。俺は先に戻ってる」
「あっ、はい!」
 ベッドに男が数人で揃い、大きな刃や箱や袋を用意しているところは見ていたくない。


 セルジオ城に戻り、俺はしばしの休憩をとった。自室に入ってタバコに火をつけたんだ。後味の悪い仕事だったが、このタバコだけはいつもよりも美味く感じた。
 焼きついた光景が思い浮かんでしまうばかりで、もうずっと何も考えられないと思ったが。そうはいかない。
 マリウスが指揮したセルジオ兵士は仕事が早かった。二本目を吸い終わる直前にこの部屋に現れて、王のところへ運び終えたと連絡をしてくれる。
 俺にはまだやることがあった。
 扉が閉まり切る前に俺も外に出て王の間へと足を運ぶ。
 大成果を収めていてもいつも通り静かな場所だ。何も浮き足だったことなんて無い。扉をノックしたらアルマンダイト王の落ち着いた声で「入れ」と言われた。

 中にはアルマンダイト王とディレイトもいる。
 机の上に真四角の箱が置いてあった。もう中身は確認したらしく、さっそくニューリアン統治に向けての作戦会議が始まっていたらしい。
「ご苦労だった」
「はい」
 話のやり取りはそれだけだ。別に俺も礼の言葉や報酬が欲しかったわけじゃない。
 道具は仕事をこなして然るべき。そんな風に思ってるんだろう。俺の父親は……。
「アルマンダイト王」
 俺が呼びかけると、机から顔を上げることなく「なんだ」とだけ答えてる。
「もうひとつ献上したいものがあります」
 俺は机の上に置いてある箱と同じものを横に置いた。そこで始めて王は顔を上げた。俺の顔も初めて見た。
 すると王はニヤリと笑う。その後ろからディレイトもこっちを見てる。
「私の成果は以上です」
「なんだ。リーデッヒの首もついでに取ってきたか?」
 不穏な笑みを浮かべながら王が腰を上げ、その木箱の蓋を取った。……が、期待は外れだったようだ。
「空だが?」
「ええ。その箱には……」
 刃が降り掛かるのも見えていない。
「アンタの首を入れるんです」
 ゴンッと硬いものがぶつかる音。一度で首の骨が折れないことなんて俺もディレイトも知っている。仕事が早いのはマリウスの部隊だけじゃないんだ。
 机の上からゴロンと転がり落ちたもの。俺は気持ち悪くて触りたくない。しかしディレイトはボールを拾うのと同じ容量で易々と持ち上げた。
「箱が小さいな。女王の顔がいかに小さかったのかが分かる」
 奴は鼻で笑いながら、切り落とした首を箱の中に無理やり詰め込んで蓋をした。
「おつかれ、クロスフィル」
「ああ。ディレイト。はぁ……」
 一気に気が抜けた。立っているのもしんどくなり、その場に座ったが、それでも足りなくて仰向けになって寝転んだ。
「疲れた」
 急に腹の減りも思い出して天井が回ってる。
 その間、片付けはディレイトがした。汚い血で汚れた机や絨毯は買い直したいだとか、亡き王の名前で書かれた資料も使い物にならないとかって嘆いてた。
「クロスフィル。今も王座には興味ないだろ?」
「興味ない。それはお前の方の因縁だ」
「良かった。もしかしたらもうひとつ箱が必要かなって思って」
 椅子が軋む音が鳴る。
 俺は上体を起こした。机の上に伏してあった父親の体はもう片付けられており、王座の椅子にはディレイトが座っていた。
「うん。悪くない。この椅子は保留だ」
 ここを自分の部屋にするための査定をしてるみたいだな。
「ところでクロスフィル。随分と時間がかかったじゃないか。朝帰りだなんて、はしたないぞ?」
「……それは新王としての叱咤なのか、友人としての嫉妬なのかどっちだ?」
「あははは!」
 ディレイトは愉快そうに笑う。その笑い声は他にも伝染する力を持っていて、絶えていた俺にも効いた。どうしてか、こんな牢獄みたいな部屋で一緒になって笑っている。
「女に弱くなったな。お前」
「何のことだか」
 あはは、と、部屋の外まで声が漏れて出ていただろうか。
 

 *  *  *


 アルマンダイトが死んだ。次はディレイトがセルジオの王になる。これは若い兵士二人による暗殺だと騒いでも、セルジオ国内では誰も驚かない。

 メアネル・テレシアが死んだ。遺体はセルジオに回収され、生首を公開することによってニューリアン王国が滅んだということを知らしめた。同時にセルジオのものになったことが事実として広まった。
 混乱は逃れられない。そうなることを俺は知っている。だから新王ディレイトに「頼みがある」と、あれからすぐに話をしたんだ。
 内容は新聞記事になって出回った。貴族の手に渡ってから平民にも。


 穏やかな気候と天気に恵まれている。場所は元ニューリアン。メアネル家が何百年も住み続けた古い屋敷だ。使用人は全員出ていき、ニューリアン兵士は解散した。俺がただひとりで部屋の中に入り浸り、残った資料と睨み合っている。
『特別隊』なんてものをテレシア女王が作り、先代の王が残してきた遺品とともに未来をたくされたが。隊員は残念ながら俺ひとりだ。
 しかし話し声は流れていた。セルジオから持ってきたラジオが勝手に喋っていた。
「エシュ神都が、ニューリアンの難民を受け入れると発表してから混雑が続いています。現段階ではおそらくニューリアン人口の四分のいちが入国手続きを済ませたのでは無いかとの統計が出ています」
 ……と、まあ。想定内の動きになってる。セルジオの領地になって戦争に出向くことになるよりは、見知らぬ神を拝める生活の方が遥かに良いだろ。
「しかしながら。セルジオ領地になったこの土地に残りたいという少数派も、徐々に増え続けているとのことです。その理由として先週に新王ディレイト氏より発表された内容が……」
 ラジオが一方的に喋るだけの部屋にノックが鳴った。
 俺は顔を上げて閉まった扉を見つめるが、まさか透けて奥が見えるわけじゃなく。ラジオを止めて「どうぞ」と平然を装いながら答える。
「失礼します」
 丁寧に言ってから。かかとをコツコツと鳴らしながらやってきたのは女だった。
「お前かよ」
「不服ですか」
「いや。来るならガレロかと思ってた」
 正直に驚いた。しかし相手……ジャスミンはなんということもなく、ただ姿勢を正して立っている。ニューリアンの軍服じゃなく、白いシャツを身につけて。
「記事の内容が本当かどうか確認しに来ました」
 そして俺が見ていた資料の上に堂々と新聞紙を広げた。ある場所を指でなぞりながら記事を読み上げ、加えて言いつけた。
「西領セルジオつまり元ニューリアン域の責任者はあなた。アルマンダイト・クロスフィルが指揮し、これによって一部変更を成す。ニューリアン兵士を解散。それからセルジオ駐屯地を解体。そして民衆内で最も話題なのは土地の改名です」
 続け様に地図を指でさした。俺が興味がないと目を逸らそうとすると「見てください!」とでかい声で言われた。
「都市を『シエルレッテ』港を『エブ』他に『スィーナ』『キヒラ』そして。ここ……リリュードの農地です。名前を『テルシヤ』に変えたのですね。意図的としか思えません。シャーロット、エバ、スイナ、キエラ、そしてテレシアという名前は、ニューリアン国内で知らない人はいない偉業を成した人物たちです」
「偶然だろ」
「偶然なわけがありません。何を考えていらっしゃるのですか」
 そして次は『兵士募集』という文字にも。穴が開きそうなくらい強く指で叩いてさした。
「あなたは何を目論んでいるのですか」
 ジャスミンは言い方を変えて俺に尋問をゆすってくる。



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