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Ⅰ.ネザリア・エセルの使命
彼女の趣向2
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エセルがそっと俺の方を振り返るので、ちゃんと紹介をする。
「この人は正真正銘、本物のエーデン・ロヴェルトだ」
「ん? いかにも?」
自分のことを正真正銘とか言われ戸惑っているエーデンと、顔を真っ赤にして震えているエセルを交互に見て、俺だけが腹がよじれるほど笑っていた。
たいへん愉快な気持ちでいたが、本題の古本を俺はエーデンに突きつけなければならんと思い出す。というか、著者が現代に生きているのだから古本と呼ぶのは違うのか。
「お前、いつの間にこんなことをしてた?」
エーデンは目を細めており、この本が何であるかをようやく理解すると含み笑いをする。
「……部下が欲しがりましてな」
「その割にはえらく楽しんでいるではないか。本当に部下に読ませたいなら使う言語が間違っている。ちゃんと若者が読める文字にしろ」
適当なページを開いてエーデンに向けた。古い言語を指摘すると、エーデンは「いやはや」と照れくさそうに頬を掻いていた。何も褒めているわけではない。
「ちょっとした遊び心じゃないですか」
「その遊びが過ぎていると言っている。10部以上も書く暇がどこにある」
「いやいや、たまの息抜きも必要でしょう」
「息抜きだらけだお前の人生は!」
なんてエーデンと言い合っていたが、そうだエセルのことをすっかり置いてけぼりにしてしまっていた。
エセルは口を開けたままで石のように固まっていたままだった。
「おーい、大丈夫か」
目の前で手をかざしてやると、エセルは魔法が解けたように瞬きを始める。
息を吹き返したエセルは肩を上下させて懸命に息を吸っていた。その間で切れ切れに言葉を発する。
「……ほ、ほんとうに、エーデン博士なんですか。私てっきり、もっとお年を召した方かと……思って」
何を勘違いしたのかエーデンは少し照れ臭そうにする。
「君たちよりは少し年寄りですよ」
実物が応答してくれた! と、エセルは感動した。
俺は足を置ける場所を探しながら室内へ踏み込んだ。許可も取らずに辺りの紙をどかすと、思った通り高そうな革製ソファーが現れた。
そこにエセルを誘導して座らせ、俺も横に座ることにする。
「なんだか一層散らかっていないか? さすがにこれでは何も出来ないだろう」
「ええ、そうなんですよ。最近ヤツが来ませんからね……」
他人事を貫きエーデンはしんみりとした。別に本人が掃除さえすれば済むことなのだが、この男は何でもかんでも自分以外の人間にさせたがる。
エーデンはエセルにティーカップを渡していた。いつの間に何処から淹れたのか、フレーバーティーの甘い香りがこの汚部屋に漂う。
そういうことだけ自ら進んでやるのだな、と思って俺は横目で見ていた。なにせ茶は俺には回ってこない。
「それで、今日はご挨拶に?」
エーデンが聞く。ここに来た目的は、エセルがファンだと言うから現存の本物を紹介してやろうと思っただけだ。が、今もっと良いことを思いついた。
このだらしなさを見るに、きっと人手を与えるとエーデンは喜ぶだろうと考えた。
「今日はエセルを紹介しがてら様子を見に来ただけだ。しかしかなり忙しいみたいだな」
「ええ、それはもう。寝ているのやら起きているのやら区別が付かないくらいです」
「ならば助手が欲しいだろ」
「いやぁ助手はいりません。仕事しろと言われるだけですから」
俺はエーデンと一緒にハハハと笑う。
「じゃあ、仕事しろと言わない助手はどうだ?」
「そんな人はいませんよ」
そう言うと思ったから打って付けの人物を紹介しよう。傍でティーカップに口を付ける、このエセルの肩をぽんと叩く。
「エセルにお前を手伝わせよう」
「わっ、私ですか!?」
気配を消していたエセルが、急に表に出され慌てている。
「むむむむ無理ですよ! せ、専門知識とか無いですし!」
「エーデンの言うことだけ手伝えば良い。例えばこの部屋を片付けるとか身の回りのことだ。なあ。どうだ、エーデン?」
動揺しているエセルとは打って変わって、エーデンの方は冷静に吟味しているようであった。
顎を触りながら唸っているが「良いかもしれませんね」と溢していた。手伝いが王子の妻であることに後ろめたさは一切も無いようである。
「バ、バル様! こんなことを私から言うのは間違っているかもしれませんが! 王妃様がお怒りになったり」
「大丈夫だ。王妃には俺から言っておく」
「そそそそういう問題では無いと思います!!」
エセルが俺の袖を掴んでぐいぐい引いてくる。
憧れの人物の下で働けるのなら嬉しいと思うのだが、何故エセルはここまで拒んでいるのかが分からない。
「……見せつけますねえ」
この一部始終を傍観していたエーデンがニヤニヤしている。
「違う!」「違います!」
同時の反応は大いに笑われた。
結果、エセルはエーデンを手伝うことが決まった。エセルは決まった後も色々言ってきた。
「そんなに嫌なのか?」と聞くと、どうやらそういうわけでは無いらしい。
「女性の心理は複雑なものなのです。王子もこれを期にもう少し学ぶと良いですね」
何故か知ったように言うエーデンにも学んで欲しいものが多々あるが、まあそれは追々エセルから伝えてもらうとしよう。
「いかん。長居しすぎた」
壁掛けの時計を見やって俺は席を立つ。
「スケジュール調整などはエーデンと話し合ってくれ。俺は王妃のところに行かなきゃならない」
じゃあ。と俺はこの部屋にエセルを置いて出た。急ぎ足でまた宮廷館に戻る。
「この人は正真正銘、本物のエーデン・ロヴェルトだ」
「ん? いかにも?」
自分のことを正真正銘とか言われ戸惑っているエーデンと、顔を真っ赤にして震えているエセルを交互に見て、俺だけが腹がよじれるほど笑っていた。
たいへん愉快な気持ちでいたが、本題の古本を俺はエーデンに突きつけなければならんと思い出す。というか、著者が現代に生きているのだから古本と呼ぶのは違うのか。
「お前、いつの間にこんなことをしてた?」
エーデンは目を細めており、この本が何であるかをようやく理解すると含み笑いをする。
「……部下が欲しがりましてな」
「その割にはえらく楽しんでいるではないか。本当に部下に読ませたいなら使う言語が間違っている。ちゃんと若者が読める文字にしろ」
適当なページを開いてエーデンに向けた。古い言語を指摘すると、エーデンは「いやはや」と照れくさそうに頬を掻いていた。何も褒めているわけではない。
「ちょっとした遊び心じゃないですか」
「その遊びが過ぎていると言っている。10部以上も書く暇がどこにある」
「いやいや、たまの息抜きも必要でしょう」
「息抜きだらけだお前の人生は!」
なんてエーデンと言い合っていたが、そうだエセルのことをすっかり置いてけぼりにしてしまっていた。
エセルは口を開けたままで石のように固まっていたままだった。
「おーい、大丈夫か」
目の前で手をかざしてやると、エセルは魔法が解けたように瞬きを始める。
息を吹き返したエセルは肩を上下させて懸命に息を吸っていた。その間で切れ切れに言葉を発する。
「……ほ、ほんとうに、エーデン博士なんですか。私てっきり、もっとお年を召した方かと……思って」
何を勘違いしたのかエーデンは少し照れ臭そうにする。
「君たちよりは少し年寄りですよ」
実物が応答してくれた! と、エセルは感動した。
俺は足を置ける場所を探しながら室内へ踏み込んだ。許可も取らずに辺りの紙をどかすと、思った通り高そうな革製ソファーが現れた。
そこにエセルを誘導して座らせ、俺も横に座ることにする。
「なんだか一層散らかっていないか? さすがにこれでは何も出来ないだろう」
「ええ、そうなんですよ。最近ヤツが来ませんからね……」
他人事を貫きエーデンはしんみりとした。別に本人が掃除さえすれば済むことなのだが、この男は何でもかんでも自分以外の人間にさせたがる。
エーデンはエセルにティーカップを渡していた。いつの間に何処から淹れたのか、フレーバーティーの甘い香りがこの汚部屋に漂う。
そういうことだけ自ら進んでやるのだな、と思って俺は横目で見ていた。なにせ茶は俺には回ってこない。
「それで、今日はご挨拶に?」
エーデンが聞く。ここに来た目的は、エセルがファンだと言うから現存の本物を紹介してやろうと思っただけだ。が、今もっと良いことを思いついた。
このだらしなさを見るに、きっと人手を与えるとエーデンは喜ぶだろうと考えた。
「今日はエセルを紹介しがてら様子を見に来ただけだ。しかしかなり忙しいみたいだな」
「ええ、それはもう。寝ているのやら起きているのやら区別が付かないくらいです」
「ならば助手が欲しいだろ」
「いやぁ助手はいりません。仕事しろと言われるだけですから」
俺はエーデンと一緒にハハハと笑う。
「じゃあ、仕事しろと言わない助手はどうだ?」
「そんな人はいませんよ」
そう言うと思ったから打って付けの人物を紹介しよう。傍でティーカップに口を付ける、このエセルの肩をぽんと叩く。
「エセルにお前を手伝わせよう」
「わっ、私ですか!?」
気配を消していたエセルが、急に表に出され慌てている。
「むむむむ無理ですよ! せ、専門知識とか無いですし!」
「エーデンの言うことだけ手伝えば良い。例えばこの部屋を片付けるとか身の回りのことだ。なあ。どうだ、エーデン?」
動揺しているエセルとは打って変わって、エーデンの方は冷静に吟味しているようであった。
顎を触りながら唸っているが「良いかもしれませんね」と溢していた。手伝いが王子の妻であることに後ろめたさは一切も無いようである。
「バ、バル様! こんなことを私から言うのは間違っているかもしれませんが! 王妃様がお怒りになったり」
「大丈夫だ。王妃には俺から言っておく」
「そそそそういう問題では無いと思います!!」
エセルが俺の袖を掴んでぐいぐい引いてくる。
憧れの人物の下で働けるのなら嬉しいと思うのだが、何故エセルはここまで拒んでいるのかが分からない。
「……見せつけますねえ」
この一部始終を傍観していたエーデンがニヤニヤしている。
「違う!」「違います!」
同時の反応は大いに笑われた。
結果、エセルはエーデンを手伝うことが決まった。エセルは決まった後も色々言ってきた。
「そんなに嫌なのか?」と聞くと、どうやらそういうわけでは無いらしい。
「女性の心理は複雑なものなのです。王子もこれを期にもう少し学ぶと良いですね」
何故か知ったように言うエーデンにも学んで欲しいものが多々あるが、まあそれは追々エセルから伝えてもらうとしよう。
「いかん。長居しすぎた」
壁掛けの時計を見やって俺は席を立つ。
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