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Ⅰ.進む国/留まる国
真夜中‐悪意のあるイタズラ‐
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「あなたもです! 二人して私を陥れて、ほんと最低です!!」
エセルの後ろ姿からカイセイが顔を覗かせる。いやいや俺もなんのこっちゃ分からん。と、俺だって首を左右に振っている。
「エ、エセル様。最低とはいったい何があって」
「しらばっくれたって無駄です! 全部知っているんですから!」
そのエセルが知っているらしい俺やカイセイの知らない最低話をここで聞かされることになった。しかもエセルは夫やその側近の最低ぶりを、健気に紙に書き留めていたらしい。それを手に持ちながら朗々と語られる。
「まず、バル王子には愛人が二名おられる」
「はあ??」
「最後まで聞いて下さい! 王子は、愛人が二名おられて、うちの一人は未亡人、もうひとりは成年前の生娘。結婚歴はありませんが関係を持った女性は多々。しかし皇室嫌いを理由に正式に婚姻を結ぶに至らず。本人の言葉曰く、まだまだ遊んでいたいし身を固めるには惜しいとのこと」
続いてカイセイのことになる。俺の話はとんだでっち上げ過ぎて、逆にカイセイの話も気になった。
「カイセイ様! 故国デルギアテから渡った元闇組織の一員です。亡命した父親を探してこの国に入りましたが腕を見込まれ城の兵に配属。現在は公務に扮して民の個人情報を売買し、闇組織との繋がりをそのままに、スパイとして他国の政治を裏で操作しています」
これで全部のようだ。エセルはこれらを綴った紙を下ろした。それで今度は、してやったりなドヤ顔をする。
「どうですか。あなた方の素性は全て分かっているのです。私をこの城に留めさせて、いったいどういうつもりなのか真実をお聞かせ下さい!」
当然この部屋はしんとなった。お聞かせ下さいと言われても、真実をと言われても、エセルの期待しているような、おっかない事実も何も俺達からは出せない。呆気にとられるばかりで、俺もカイセイも目をぱちくりさせていた。
「え、えっと……なんですって? バル様にあい、愛人?」
これはレア中のレアな、カイセイの超ド級の困惑した声である。またエセル越しに俺の方を見てくる。さっきと同じく首を左右にブンブン振り、それから今度は「無い無い」とも言った。まさかカイセイがエセルの話を信じているわけでも無い。
「いったい何処からそんな緻密な嘘話が湧いてくるんだ」
「嘘じゃありません。だってリュンヒン様から聞いたんです。リュンヒン様はお二人の古いお友達なんでしょう?」
プリプリ怒っているせいで顔を赤くしているエセルから、元凶の名が飛び出した。二回も聞いたから間違いない。これで途端に状況がはっきりした……ら、俺とカイセイは同時に噴き出して、部屋が揺れるくらい大笑いを響かせた。
もちろんエセルは怒り叫んでいるが、そんなことよりも笑いが止められない。
「俺に愛人? しかも未亡人と何だって? そんなもの信じさせられてお前は」
息が吸えないほどに笑うのは何年振りかと思う。また、カイセイも同じである。あいつがこんなに腹を痛めて笑っているのも、もう二度と無いかもしれない。
二人の男の笑い声は、おそらく廊下中に響き渡っていたことだろう。
俺とカイセイはどうにか落ち着いて、ようやく話が出来る状態になった。それでも両者ひいひい言っていて、時々思い出し笑いでこみ上げるくらいであった。
「はあ……エセル。俺に愛人なんて居ない。関係を持った女性だって居ない」
そう言うとエセルは涙目で訴えてくる。
「じゃ、じゃあリュンヒン様は、私に嘘を教えたって言うんですか」
俺は頷き、カイセイが「そうですよ」と言葉を添えた。そして次の言葉はカイセイからだ。
「こんな男に恋愛なんて出来るわけがないでしょう」
「ああ、そうだ。俺なんかに恋愛など繊細なこと出来るはずがない」
直接的な侮辱にも笑って乗れるほど俺は愉快であった。ワハハと笑い飛ばしたら、またエセルのあれを思い出してきてしばらく笑い続けた。それを非常に落胆しながらエセルは見ている。
「……そんな。一体何のために」
「安心しろ。からかわれただけだ」
腑に落ちないらしくムスッとされる。
「カイセイ様は?」
「はい?」
「スパイとか闇組織とかは嘘なんですよね?」
あんなに意気がっていたエセルが、まるで嘘であって欲しいみたいに聞くではないか。しかしカイセイという奴は、こういう時に限って悪い冗談を言うこともある。
「スパイ。闇組織ですか。……バル様。この件どのように答えましょうか?」
俺の愛人問題と違って、こちらはカイセイがすぐに否定しない。それをエセルが真摯に受け取って怖がっている。こんなやり方ではエセルが可愛そうだ。
「もう話してやればいい」
俺はゴーサインを出した。しかしそれが逆にエセルを一層怖がらせた。
「な、何を。何を話すんですか」
エセルがつらつら並べた話に比べれば、何も怖い話なんかじゃない。これについてはカイセイが自ら話し出す。
「私は元はただの兵士だったんですが、縁あって王妃様にお声をかけていただき今のようにバル様のお傍にいられるようになりました。形式ではバル様の側近という形なんですが、実際私がお仕えするのは王妃様でして、私は王妃様の命でバル様の行動を見張り王妃様にご報告する立場の人間なんですよ」
エセルはその先に恐ろしい話が待ち受けていると思ったようだ。だが話は意外とあっさりと終わり、エセルは拍子抜けのようであった。
「それが……スパイ?」
「ええ」
「や、闇組織は?!」
カイセイは少し唸っていたが「それは追々」とニッコリ微笑む。
「意地悪をするのもたいがいにしておけよ」
俺が口を挟むとすぐに訂正した。
「すみません。つい調子に乗ってしました。闇組織はリュンヒン様の嘘です。安心してください。ちなみに私の出身の件も全て逸話です」
エセルはその場に項垂れて全ての力が抜けたようであった。聞くと本心では全て嘘であって欲しいものばかりだったそうだ。そりゃそうだ。あんな極端な話ばかり真実だったなら、俺だって逃げ出してしまう。
「だがお前、ひとりで勝手に逃げ出そうとするのはもうやめろよ? 次同じことがあったら俺は探しに行かんし、兵も動かしてやらんからな」
エセルはその場であくびをしながら呑気な返事をした。全く反省もしていないなと、目を三角にしている俺にもそのあくびが移った。見るとカイセイもあくびだ。
外はもうすぐ夜明けのため青みがかっていた。稀に見ない実に面白い夜ふかしであった。
エセルの後ろ姿からカイセイが顔を覗かせる。いやいや俺もなんのこっちゃ分からん。と、俺だって首を左右に振っている。
「エ、エセル様。最低とはいったい何があって」
「しらばっくれたって無駄です! 全部知っているんですから!」
そのエセルが知っているらしい俺やカイセイの知らない最低話をここで聞かされることになった。しかもエセルは夫やその側近の最低ぶりを、健気に紙に書き留めていたらしい。それを手に持ちながら朗々と語られる。
「まず、バル王子には愛人が二名おられる」
「はあ??」
「最後まで聞いて下さい! 王子は、愛人が二名おられて、うちの一人は未亡人、もうひとりは成年前の生娘。結婚歴はありませんが関係を持った女性は多々。しかし皇室嫌いを理由に正式に婚姻を結ぶに至らず。本人の言葉曰く、まだまだ遊んでいたいし身を固めるには惜しいとのこと」
続いてカイセイのことになる。俺の話はとんだでっち上げ過ぎて、逆にカイセイの話も気になった。
「カイセイ様! 故国デルギアテから渡った元闇組織の一員です。亡命した父親を探してこの国に入りましたが腕を見込まれ城の兵に配属。現在は公務に扮して民の個人情報を売買し、闇組織との繋がりをそのままに、スパイとして他国の政治を裏で操作しています」
これで全部のようだ。エセルはこれらを綴った紙を下ろした。それで今度は、してやったりなドヤ顔をする。
「どうですか。あなた方の素性は全て分かっているのです。私をこの城に留めさせて、いったいどういうつもりなのか真実をお聞かせ下さい!」
当然この部屋はしんとなった。お聞かせ下さいと言われても、真実をと言われても、エセルの期待しているような、おっかない事実も何も俺達からは出せない。呆気にとられるばかりで、俺もカイセイも目をぱちくりさせていた。
「え、えっと……なんですって? バル様にあい、愛人?」
これはレア中のレアな、カイセイの超ド級の困惑した声である。またエセル越しに俺の方を見てくる。さっきと同じく首を左右にブンブン振り、それから今度は「無い無い」とも言った。まさかカイセイがエセルの話を信じているわけでも無い。
「いったい何処からそんな緻密な嘘話が湧いてくるんだ」
「嘘じゃありません。だってリュンヒン様から聞いたんです。リュンヒン様はお二人の古いお友達なんでしょう?」
プリプリ怒っているせいで顔を赤くしているエセルから、元凶の名が飛び出した。二回も聞いたから間違いない。これで途端に状況がはっきりした……ら、俺とカイセイは同時に噴き出して、部屋が揺れるくらい大笑いを響かせた。
もちろんエセルは怒り叫んでいるが、そんなことよりも笑いが止められない。
「俺に愛人? しかも未亡人と何だって? そんなもの信じさせられてお前は」
息が吸えないほどに笑うのは何年振りかと思う。また、カイセイも同じである。あいつがこんなに腹を痛めて笑っているのも、もう二度と無いかもしれない。
二人の男の笑い声は、おそらく廊下中に響き渡っていたことだろう。
俺とカイセイはどうにか落ち着いて、ようやく話が出来る状態になった。それでも両者ひいひい言っていて、時々思い出し笑いでこみ上げるくらいであった。
「はあ……エセル。俺に愛人なんて居ない。関係を持った女性だって居ない」
そう言うとエセルは涙目で訴えてくる。
「じゃ、じゃあリュンヒン様は、私に嘘を教えたって言うんですか」
俺は頷き、カイセイが「そうですよ」と言葉を添えた。そして次の言葉はカイセイからだ。
「こんな男に恋愛なんて出来るわけがないでしょう」
「ああ、そうだ。俺なんかに恋愛など繊細なこと出来るはずがない」
直接的な侮辱にも笑って乗れるほど俺は愉快であった。ワハハと笑い飛ばしたら、またエセルのあれを思い出してきてしばらく笑い続けた。それを非常に落胆しながらエセルは見ている。
「……そんな。一体何のために」
「安心しろ。からかわれただけだ」
腑に落ちないらしくムスッとされる。
「カイセイ様は?」
「はい?」
「スパイとか闇組織とかは嘘なんですよね?」
あんなに意気がっていたエセルが、まるで嘘であって欲しいみたいに聞くではないか。しかしカイセイという奴は、こういう時に限って悪い冗談を言うこともある。
「スパイ。闇組織ですか。……バル様。この件どのように答えましょうか?」
俺の愛人問題と違って、こちらはカイセイがすぐに否定しない。それをエセルが真摯に受け取って怖がっている。こんなやり方ではエセルが可愛そうだ。
「もう話してやればいい」
俺はゴーサインを出した。しかしそれが逆にエセルを一層怖がらせた。
「な、何を。何を話すんですか」
エセルがつらつら並べた話に比べれば、何も怖い話なんかじゃない。これについてはカイセイが自ら話し出す。
「私は元はただの兵士だったんですが、縁あって王妃様にお声をかけていただき今のようにバル様のお傍にいられるようになりました。形式ではバル様の側近という形なんですが、実際私がお仕えするのは王妃様でして、私は王妃様の命でバル様の行動を見張り王妃様にご報告する立場の人間なんですよ」
エセルはその先に恐ろしい話が待ち受けていると思ったようだ。だが話は意外とあっさりと終わり、エセルは拍子抜けのようであった。
「それが……スパイ?」
「ええ」
「や、闇組織は?!」
カイセイは少し唸っていたが「それは追々」とニッコリ微笑む。
「意地悪をするのもたいがいにしておけよ」
俺が口を挟むとすぐに訂正した。
「すみません。つい調子に乗ってしました。闇組織はリュンヒン様の嘘です。安心してください。ちなみに私の出身の件も全て逸話です」
エセルはその場に項垂れて全ての力が抜けたようであった。聞くと本心では全て嘘であって欲しいものばかりだったそうだ。そりゃそうだ。あんな極端な話ばかり真実だったなら、俺だって逃げ出してしまう。
「だがお前、ひとりで勝手に逃げ出そうとするのはもうやめろよ? 次同じことがあったら俺は探しに行かんし、兵も動かしてやらんからな」
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