クランクビスト‐終戦した隠居諸国王子が、軍事国家王の隠し子を娶る。愛と政治に奔走する物語です‐ 【長編・完結済み】

草壁なつ帆

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Ⅰ.進む国/留まる国

情報屋の女1

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 よくよく晴れた空はまさしく祝う日にふさわしい。暖かな風に舞う花達もまるで喜んで踊っているかのようである。きっと全てがこの特別な日を祝福するだろう。
 いくら宴が嫌いな俺でもこの日ばかりは上等なジャケットを身に着けた。きちんとネクタイを付けて靴まで揃えた気合の入れようだ。隣ではドレスアップしたエセルが肉料理を頬張っている。
 野外で立食パーティーなんて洒落たことをするなと思いつつ、まあ今日は素直に上手い飯をご馳走になろうと思う。それでシェフがステーキを焼いているところに俺も並んだ。ジュウジュウと掻き立てる音と匂いがする。
「エセル殿」
「あっ、テダム様!」
 傍から声が聞こえて見ると、エセルのもとにテダムが行くのが見えた。テダムは白の軍服を着用している。そして傍に連れているのは彼の妻だ。艶の良い黒髪をまとめ上げた後ろ姿が見える。
 ここからでは彼らが何を話しているかは聞き取れない。あとからカイセイも合流してきて四人で和気あいあいと話し笑う様子だけが見て取れた。あちらのことが気にはなるが、列が進むごとに俺はここから離れられなくなる。なにせ俺はこの肉を受け取らねばならない。
「やあ。バル殿」
 名を呼ばれ肩に手を置かれた。俺は振り返る。
「リュンヒンか」
 カッチリ決め込んだリュンヒンを前に一瞬誰だか分からなかった。
「こんなに早くまた会えるなんてね」
「ああ。呼んでくれてありがとう。それからおめでとう」
「なんだい。それじゃまるで僕が結婚したみたいじゃないか」
 リュンヒンは頭を掻きながら苦笑する。
 そうだ。今日はテダムの結婚式なのだ。青や黄色のバルーンが揺れ、花かごを持った少女が来賓に配り、子犬は芝生を駆け回って、料理人はジュウジュウ飯を焼く。これら全てはこの日のテダムを祝うためにある。
「急に決まったと聞いたから驚いたぞ。婚約者がいたなんて一言も言ってなかっただろう」
「ああ……まあ、色々急に動いたからね。予定も色々すっ飛んだのさ」
 ふーん。と思いながら、俺の順番になり分厚い牛の肉を皿に受け取った。そのままリュンヒンに手を引かれ、人の少ないところに引きずり込まれた。俺はそこで肉を食いながら耳だけで話を聞いている。
「ネザリアの件なんだけど……悪いんだけど乗ろうと思う」
 やはり思っていた通りに事が動くようだ。契約書はこの後に出すつもりだと、少々苦しい顔をして言われた。それはつまり今後は、俺達がこうして気軽に会うことが出来ないと言うことである。
「そうか。でも正しい判断だ。応援している」
 しんみりならずに言うとリュンヒンは急に俺に抱きついてきた。俺は瞬間で人目を気にしたのと肉を守るのに必死であったが、リュンヒンは友との別れを惜しんでいるのである。俺だって肉さえ手に持っていなければ、その背をそっと叩いてやっても良かったのだ。
「それでさ……」
 そのままの状態で続けられる。
「君にある人を紹介しようと思う」
「ある人?」
「君にだけだ。エセルさんにもカイセイにも内緒だよ。僕らだけの秘密にしておいて欲しい」
 力のこもった包容が解かれるとリュンヒンが真剣な目を向けた。俺はしかと頷いてそれを飲み込んだ。

 リュンヒンと落ち合ったのはその日の晩である。エセルは良いとして、カイセイを巻くのは大変であった。あれは生真面目なので俺を一人で行かせるのに強く反対していた。だが、リュンヒンとの最後の晩酌だと言うと渋々許してくれたのだ。
 俺はひとりで夜のメルチ城内をうろつき、人目を忍んでエントランスに向かった。すでに俺を待っていたリュンヒンが柱のもとに立っていた。俺に気付くと彼は外に指を差し、待たせてあった馬車に乗りこむ。俺も後に続いて馬車に乗った。
 テダムの祝日に際して街も賑わいでいた。ダンスに酒に花火に歌。夜であっても皆、広場に出てきて騒ぎ明かすつもりだ。この騒ぎの中に馬車はゴトゴト揺れながら入っていく。
 俺はその楽しむ様子を窓からじっと覗き見ている。馬車の中だけはずっと静かであった。きっと俺は、この機会を逃すともう言えなくなりそうだ。
「リュンヒン」
「なんだい」
 反対側の窓を見やるリュンヒンが冷たく答える。
「お前を気楽だと言って悪かった」
 しっかり顔を向けて言うが、リュンヒンはそのまま肩だけ小刻みに震わせて三回ほど微笑した。窓に目をやりながら口だけで言う。
「もう良いんだ。腹は立ったけど君に仕返しはしたし。僕だってもういい大人だ。あらゆることを飲み込んででも前に進まなくっちゃね……」
 哀愁を漂わせながら最後は彼の独り言のようなものを口にしたと思う。あらゆるものは何なんだ。前に進むとはどういう意味だ。と、ここで彼に聞き出すのは、彼の言う大人というのに反する気がして俺はそっと胸に仕舞っておく。
 俺は再び視線を窓の外に移した。そこには賑わいはもう無くて、電灯の明かりだけが定期的に通り過ぎるだけであった。
 外が暗い闇になると窓には俺の顔が映し出される。そいつはいつの間にか大人になっていた。リュンヒンやテダムはそれぞれの道へ進もうとしている。俺はどうだろう。進むことを躊躇ってばかりではないかと考えていた。

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