クランクビスト‐終戦した隠居諸国王子が、軍事国家王の隠し子を娶る。愛と政治に奔走する物語です‐ 【長編・完結済み】

草壁なつ帆

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Ⅰ.最後の宴

彼女との距離

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 そして忘れてならないのは、俺からエセルにシャーロットの件を伝えることだ。ふざけすぎたアルバートに制裁を下すのも俺にとって大事な目的であったが、これでしばらくの間は身動き出来んだろうと思うと俺はにやけてしまうのが隠しきれない。
 さすがにあの子犬が現れる事は無いだろうが一応、念の為、万が一に備えて駆け足でエセルのところへ向かった。
 真っ先にエーデンの部屋を尋ねたが、そこには寝起きの幽霊しかおらずエセルは居なかった。違ったかと急いで扉を閉めようとする俺に「ちょっとお待ちなさい」と声がかけられる。
「なんだ。こっちは急いでいる」
「エセルさんに会いにいくんでしょう」
 ソファーの上でシーツがもぞもぞ動き、手首から上だけ見せて指が西の方をさしていた。方角をさしているのかと思っていたら違った。
「そこの資料室の鍵を持っていった方が良いですよ」
「資料室?」
 鍵? 俺は壁に吊るしてある鍵の中から資料室の物を選び取った。俺に何の関係があるのかと考えたが、まさかと思いエーデンの方を見ると、すでに指はシーツの中に仕舞われて、スースーと寝息まで鳴らしている。

 資料室とひとえに言っても無数にあるぞ。など心配する必要も無かった。何故なら俺が選び取った鍵にはメモが貼られていて、親切に資料室までの地図が手書きで添えてあったからだ。
 エーデンはどうしてもその部屋に俺を連れて行きたいのだそうで、そこに何があるのかは考えんでも分かるが一体どういうつもりなんだろうか。
 俺は迷路みたいな通路を地図通りに進んで、ついに扉の前に来た。このメモを無くしてしまえば二度と帰れなくなりそうなややこしい道順であった。とりあえず大事にポケットにしまっておく。
 ドアノブを回してみると、鍵がかかっていて開かない。ノックして声をかけたり、エセルの名前も呼んでみたが、中からの反応は無かった。ますますハテナである。
 まあ、エーデンのとおりに鍵を使って扉を開けてみよう。あまり使い込まれてもいない鍵である。スムーズに回り、カチャリと音を鳴らした。
 資料室の中は非常に綺麗に整理されており、白を基調とした戸棚に紙資料や薬品などが並べてあった。匂いも気にならない。窓から日差しが差しているが、これも白く柄のないカーテンで遮られ、丁度いい明かりとなっている。
 で、エセルが居るかと思っているが、棚の間を歩いているとちゃんと出会えた。
「エセルか。こんなところで何している?」
 本当に何をしているのか疑問である。エセルは棚の間に囲まれて椅子に座っていた。本でも読んでいたらまだ分かるのだが、特に何かを持っているということも無くだ。
「エーデンさんがここが安全だと仰ったので」
「安全? 何かあったのか?」
 心配になり聞くと、エセルは深刻な顔をして答えた。
「人攫いが出たとエーデンさんが」
「ひ、人攫い!?」
「庭の方で男性を抱えて走って行く者を見たそうです」
「え……」
 それって、俺のことじゃなかろうか。と頭を過る。ちなみに詳しいことは知らないとエセルは言っていた。あまり詮索せずに「それは危険だな」とだけ言っておいた。
「そうだ、アルバートは」
「アルバートさんですか? たぶんお昼休憩かと思いますが」
 どうにも嫌な予感が拭えないので、この部屋の鍵をわざわざ内側からかけておいた。それをエセルが不思議そうに見ていたが説明はしてやらん。
 俺はようやく落ち着けると思って、エセルの隣の床にどっかり座った。これにエセルが慌てている。
「あっ、王子。そんな、どうぞ椅子に掛けて下さい」
「良いんだ。この方がゆっくり出来そうだ」
 静かであるし暖かなこの空間は妙な安心感があった。高い棚に囲まれているのが良いのだろうか。俺は溜息を長く吐き、壁に背をもたれさせて目を瞑っている。
 色々考えたエセルは、椅子から降りて俺の横にぺたりと座ることにしたようだ。二人で並んでボーッと出来る時間はいつぶりなんだろう。心が溶けていきそうであった。
「こんな時間は久しぶりですね」
 俺が思っていた事をエセルが口にした。
「実は私、最近王子とお話出来ていないなと思っていたんです。まさかこんなところで出会えるなんて。もしかしてエーデンさんはキューピットなんでしょうか」
 うふふと笑うエセルの声を聞いている。
 あれがキューピットなもんか。こんな所に鍵をかけて閉じ込めておくなど人攫いのすることだろう。などとは言わない。
「そうだな。俺も同じことを思っている」
 こう言うとエセルが嬉しそうであったから、俺は満足できた。

「も、元婚約者ですか……」
「そんな畏まるような相手でも無い。気さくだし多分仲良く出来ると思う」
 話を聞いたエセルは身構えているようだった。
「婚約の件は二年も前に破棄されているし、俺には既に妻がいるからどうという事は無いと……思うのだが、一応その、シャーロット姫はなんというか、積極的な性格でな……」
 言い方がよく分からず、後の方はもやもやとなる。
「積極的……で、出会い頭にハグとか」
「……そういう感じだ」
 自分から言い当てておいて、エセルは顔を少し赤くしていた。
 ふいに風が強くなり窓がガタガタ音を立てた。これに二人してビクリと肩を震わせ、早まる心臓の鼓動が何となく気まずい雰囲気を作り出した気がする。
 尻の位置を動かすのに手を付いたら、これもキューピットエーデンの仕業なのだろうか、偶然エセルと指同士がぶつかった。
「すまん」
「い、いえ」
 エセルは別の方を向いており、俺は膝を抱えて俯いている。どうしようか迷った結果、エセルの白く細い小指をちょんとつまむことにした。驚いたのだろう、小指は一瞬だけピクリと動いた。
 無言の時の中でエセルは嫌がるどころか、つままれた小指を動かしたりして遊び返してきたのだ。俺の決死の行動は二人を引き付け、良い雰囲気を作り出せたのかもしれない。
 しかし頭の中ではアルバートに言われた言葉がどうしても消えず、俺は素直に喜んでもいられなかった。
「アルバートとかなり仲良くなっているみたいだが、何か言われたりしてないか」
 俺からボソッと言う。エセルが指を動かすのを止めた。きっと心当たりがあるのだ。
「あの、アルバートさんから愛の告白をされてしまいました」
 そういうことだろうと思った。
「ちゃんと断ったんだろうな」
「ええっと……返事はいらないと言われて」
 はぁ。と俺が溜息をついた時だ。扉の向こうで喧しく名を呼ぶ声が聞こえてきた。アイツめ、まさか感付いてここまで来たというのか。
「エセル様ー! エセル様ー! どちらにいらっしゃいますかー!」
 エセルがその人物の名を口にしようとしたから、俺は咄嗟に手で抑えてしまう。
 声はアルバートだ。どたどた走る音が近くなったり遠くなったりし、ついにはこの部屋のドアノブをガチャガチャ鳴らした。内側から錠をしてあるし、扉の鍵は俺の手の中にあるからまさか入ってくるなど無いとは思うが。
 アルバートは俺達のことには気づかず、遠くの方へ行ったようだ。声や足音が聞こえなくなると、俺もエセルも同時に肩を下ろしている。
「アイツには早いうちに断っておいてくれ。こっちは気が気じゃないんだからな」
「はい。わかりました」
 エセルはふふふと微笑みながら答えた。

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