64 / 172
Ⅱ.籠れぬ冬
強引な教育係‐思いがけなく再会‐
しおりを挟む
嫌々で連れてこられた一室であるが、扉を開けると中にはすでに一人居た。暖炉の前でしゃがみこんでいた人物は、扉が開く音にこちらを見上げた。
俺はそれがエセルであると分かると、目が合った瞬間に廊下の壁に身を隠す。
「お、おい。なんでエセルがいるんだ!?」
カイセイも部屋の中を確認し、エセルには「お一人ですか?」などと聞いた。
「は、はい。ロマナさんがここで待っていてと」
ずいぶんと懐かしい声を壁越しに聞く。
声を聞いただけではエセルは追放にはならんだろうな、と俺は心底心配になった。
「ロマナがお二人を呼んだのでしたら、きっと追放にはなりませんよ」
俺の顔色を見てカイセイが言う。
「バル様はエセル様とお待ちください。私はロマナを探してきます」
それでカイセイは目星をつけた場所へと歩き出してしまった。
季節は真冬だ。氷の廊下でずっと立ちっぱなしというのは大変辛いことである。俺はそっと開けられた扉から部屋の中に入ることにした。
「失礼するぞ」
「ど、どうぞ」
自宅であるのに俺はよそよそしくし、中のエセルもどこか明後日の方向へ目線を避けていた。
部屋の中との温度差があると、無意識のうちに暖まりたいという仕草を出してしまう。
俺が両肩をさすった音を聞きつけたエセルが、暖炉の前を少し動いて場所を開けていた。
素直に冷えていた俺はそこの空いた場所へスッと寄り、エセルと同じくしゃがみ込んでいる。
「お、お久しぶりですね。……お元気でしたか?」
目線を外したままでエセルが言った。
ぎこちなさは俺もである。
「ああ……まあ普通だ。そっちは元気か?」
「はい! と、とっても元気でした!」
それ以上の会話は続かずに一旦終わる。
俺はパチパチと爆ぜる薪の音を聞いているとだんだん落ち着いたのだが、エセルの方は緊張したままずっと喋っていた。
気を遣ってしきりに笑っている。
新しい薪を焚べて炎が燃え移る様子を眺めていると、ふと静かであることに気付く。
しきりに喋っていたエセルが消えてしまったのかと思い、目線を横に向けると急にエセルと両目が合った。
お互いに肩を震わせて再び火が燃えるのを熟視している。
「あの……王子」
そういえばエセルは俺のことをそう呼んでいたな、と懐かしい気持ちがした。
「どうした?」
「ちょっと、お聞きしたいことが」
しかしそんなタイミングで別の声が入ってくる。
「おやおやお? 二人、良い感じじゃないの~?」
まさかカイセイなわけがあるか。
扉を見上げると隙間から中性的な顔が出ていた。かなりのご機嫌でニコニコと笑っている。
「やあバル君、ひさしぶり!」
およそ十年ぶりのその顔は、まるっきり当時のままですぐにロマナだと分かった。しかしよくよく考えると、十年も経ったのに同じ顔だとは恐ろしくもあるが。
そんなロマナは、舞台俳優のように両手を広げて部屋に堂々と入ってくる。
ジャケットにスラックスを履くという男らしさをまとったこの女性は、昔からとにかく目立ちたがり屋だった。
そのまま俺のもとへやってくると、敬愛のハグと見せかけて俺のことを抱きしめ高々と持ち上げた。そして次には自らグルグルと回転した。
おそらくロマンス小説などではアハハ、ウフフと男女が抱き合う感動シーンなんだと思うが……実際にされてみると全然違う。
「もう、ずいぶん大きくなっちゃって! 男らしくなったじゃないのー!」
身長差で負けている俺の足は浮いている。
「や……やめろぉ……」
ロマナだけがアハハと嬉しそうに、そして楽しそうに笑っていた。
ようやく下ろしてもらえた俺は地面に屈し、床に這いつくばっていた。
感動の再会は涙が込み上げるものではなく、別のものが胃から込み上げそうだったからだ。
「ちゃんと話せたかね?」
「あっ、はい……」
「声に自信が無いね」
「すみません……」
視界の端でロマナとエセルの会話がなされている。
二人はもう知り合いにはなっていたらしい。仲良しという感じの内容では無いように聞こえたが。
「お前らは先に会っていたのか」
俺が問いかけるとロマナが答えた。
「エセル君とは廊下ですれ違ったからスカウトしたんだ。何だかずいぶん思い悩んでいるお手伝いさんがいるなと思って声をかけてみたら、まさかエセル君だったなんてびっくりしたよ。バル君の元花嫁さんなら、もっと華やかさのある人かと思ったものさ。これじゃ平民と変わらないよね」
ロマナは流れるようにつらつらと言った。それから最後にはやれやれと両手を上げていた。
彼女の毒舌に怒ったり悲しんだりする人物はわりと多いだろう。敵を作りやすいタイプだと言える。
しかしエセルとは相性が良いようだった。
「すみません、もうちょっと努力します」
苦笑で対応できる穏やかさはロマナの上を行っているなと思った。
この二人は顔見知りになったものの自己紹介までには至っていないと言うから、よく知る俺の方からロマナを紹介してやる。
「ロマナはな、俺やカイセイの教育係だったのだ」
「教育係……学校の先生だったのですか?」
「いや、どちらかと言えば家庭教師みたいなものだな。俺は家柄、行事に出席しないといけなかったりして学校には通えなかったから、代わりに家で勉強を教えてもらっていた」
「なるほど」
「だが普通の学業とは一味違うぞ。国のあり方、歴史や地理や法律などは将来公務をするにあたって基本として全部教わった。他にも、食事のマナー、接待の仕方、茶の入れ方に踊りや歌まで歌わされるんだぞ」
聞いていたロマナは横で高らかに笑った。
「まるで私が少年バル君に酷いことをしたみたいに言うじゃないの」
「ああ、酷かったとも。なあカイセイ」
話を振ったカイセイはそうでもなかったという反応を見せている。
そうだあいつはロマナに教わるのが楽しみで仕方がないとか言うような変態であったことを思い出した。
次はエセルの紹介をしようとする。ところが、素早くロマナが話を制して止めた。
「エセル君のことは王妃からよーく聞いてきたよ。大丈夫。全部分かっている」
ロマナは俺に向かってウインクを投げかけてきた。
彼女の言う「全部」が、エセルがネザリアの姫であること以上の、本当に全部だということを伝えようとしているのだ。
一般市民から王家の陰謀によって引き抜かれ、隠し子の姫として偽って利用された経緯を、全て王妃から聞いたのだと思う。
「そうか。なら良い」
俺が了解するとロマナは微笑で返しただけだった。
俺はそれがエセルであると分かると、目が合った瞬間に廊下の壁に身を隠す。
「お、おい。なんでエセルがいるんだ!?」
カイセイも部屋の中を確認し、エセルには「お一人ですか?」などと聞いた。
「は、はい。ロマナさんがここで待っていてと」
ずいぶんと懐かしい声を壁越しに聞く。
声を聞いただけではエセルは追放にはならんだろうな、と俺は心底心配になった。
「ロマナがお二人を呼んだのでしたら、きっと追放にはなりませんよ」
俺の顔色を見てカイセイが言う。
「バル様はエセル様とお待ちください。私はロマナを探してきます」
それでカイセイは目星をつけた場所へと歩き出してしまった。
季節は真冬だ。氷の廊下でずっと立ちっぱなしというのは大変辛いことである。俺はそっと開けられた扉から部屋の中に入ることにした。
「失礼するぞ」
「ど、どうぞ」
自宅であるのに俺はよそよそしくし、中のエセルもどこか明後日の方向へ目線を避けていた。
部屋の中との温度差があると、無意識のうちに暖まりたいという仕草を出してしまう。
俺が両肩をさすった音を聞きつけたエセルが、暖炉の前を少し動いて場所を開けていた。
素直に冷えていた俺はそこの空いた場所へスッと寄り、エセルと同じくしゃがみ込んでいる。
「お、お久しぶりですね。……お元気でしたか?」
目線を外したままでエセルが言った。
ぎこちなさは俺もである。
「ああ……まあ普通だ。そっちは元気か?」
「はい! と、とっても元気でした!」
それ以上の会話は続かずに一旦終わる。
俺はパチパチと爆ぜる薪の音を聞いているとだんだん落ち着いたのだが、エセルの方は緊張したままずっと喋っていた。
気を遣ってしきりに笑っている。
新しい薪を焚べて炎が燃え移る様子を眺めていると、ふと静かであることに気付く。
しきりに喋っていたエセルが消えてしまったのかと思い、目線を横に向けると急にエセルと両目が合った。
お互いに肩を震わせて再び火が燃えるのを熟視している。
「あの……王子」
そういえばエセルは俺のことをそう呼んでいたな、と懐かしい気持ちがした。
「どうした?」
「ちょっと、お聞きしたいことが」
しかしそんなタイミングで別の声が入ってくる。
「おやおやお? 二人、良い感じじゃないの~?」
まさかカイセイなわけがあるか。
扉を見上げると隙間から中性的な顔が出ていた。かなりのご機嫌でニコニコと笑っている。
「やあバル君、ひさしぶり!」
およそ十年ぶりのその顔は、まるっきり当時のままですぐにロマナだと分かった。しかしよくよく考えると、十年も経ったのに同じ顔だとは恐ろしくもあるが。
そんなロマナは、舞台俳優のように両手を広げて部屋に堂々と入ってくる。
ジャケットにスラックスを履くという男らしさをまとったこの女性は、昔からとにかく目立ちたがり屋だった。
そのまま俺のもとへやってくると、敬愛のハグと見せかけて俺のことを抱きしめ高々と持ち上げた。そして次には自らグルグルと回転した。
おそらくロマンス小説などではアハハ、ウフフと男女が抱き合う感動シーンなんだと思うが……実際にされてみると全然違う。
「もう、ずいぶん大きくなっちゃって! 男らしくなったじゃないのー!」
身長差で負けている俺の足は浮いている。
「や……やめろぉ……」
ロマナだけがアハハと嬉しそうに、そして楽しそうに笑っていた。
ようやく下ろしてもらえた俺は地面に屈し、床に這いつくばっていた。
感動の再会は涙が込み上げるものではなく、別のものが胃から込み上げそうだったからだ。
「ちゃんと話せたかね?」
「あっ、はい……」
「声に自信が無いね」
「すみません……」
視界の端でロマナとエセルの会話がなされている。
二人はもう知り合いにはなっていたらしい。仲良しという感じの内容では無いように聞こえたが。
「お前らは先に会っていたのか」
俺が問いかけるとロマナが答えた。
「エセル君とは廊下ですれ違ったからスカウトしたんだ。何だかずいぶん思い悩んでいるお手伝いさんがいるなと思って声をかけてみたら、まさかエセル君だったなんてびっくりしたよ。バル君の元花嫁さんなら、もっと華やかさのある人かと思ったものさ。これじゃ平民と変わらないよね」
ロマナは流れるようにつらつらと言った。それから最後にはやれやれと両手を上げていた。
彼女の毒舌に怒ったり悲しんだりする人物はわりと多いだろう。敵を作りやすいタイプだと言える。
しかしエセルとは相性が良いようだった。
「すみません、もうちょっと努力します」
苦笑で対応できる穏やかさはロマナの上を行っているなと思った。
この二人は顔見知りになったものの自己紹介までには至っていないと言うから、よく知る俺の方からロマナを紹介してやる。
「ロマナはな、俺やカイセイの教育係だったのだ」
「教育係……学校の先生だったのですか?」
「いや、どちらかと言えば家庭教師みたいなものだな。俺は家柄、行事に出席しないといけなかったりして学校には通えなかったから、代わりに家で勉強を教えてもらっていた」
「なるほど」
「だが普通の学業とは一味違うぞ。国のあり方、歴史や地理や法律などは将来公務をするにあたって基本として全部教わった。他にも、食事のマナー、接待の仕方、茶の入れ方に踊りや歌まで歌わされるんだぞ」
聞いていたロマナは横で高らかに笑った。
「まるで私が少年バル君に酷いことをしたみたいに言うじゃないの」
「ああ、酷かったとも。なあカイセイ」
話を振ったカイセイはそうでもなかったという反応を見せている。
そうだあいつはロマナに教わるのが楽しみで仕方がないとか言うような変態であったことを思い出した。
次はエセルの紹介をしようとする。ところが、素早くロマナが話を制して止めた。
「エセル君のことは王妃からよーく聞いてきたよ。大丈夫。全部分かっている」
ロマナは俺に向かってウインクを投げかけてきた。
彼女の言う「全部」が、エセルがネザリアの姫であること以上の、本当に全部だということを伝えようとしているのだ。
一般市民から王家の陰謀によって引き抜かれ、隠し子の姫として偽って利用された経緯を、全て王妃から聞いたのだと思う。
「そうか。なら良い」
俺が了解するとロマナは微笑で返しただけだった。
0
あなたにおすすめの小説
白い結婚だったので、勝手に離婚しました。何か問題あります?
夢窓(ゆめまど)
恋愛
「――離婚届、受理されました。お疲れさまでした」
教会の事務官がそう言ったとき、私は心の底からこう思った。
ああ、これでようやく三年分の無視に終止符を打てるわ。
王命による“形式結婚”。
夫の顔も知らず、手紙もなし、戦地から帰ってきたという噂すらない。
だから、はい、離婚。勝手に。
白い結婚だったので、勝手に離婚しました。
何か問題あります?
なぜ、私に関係あるのかしら?
シエル
ファンタジー
「初めまして、アシュフォード公爵家一女、セシリア・アシュフォードと申します」
彼女は、つい先日までこの国の王太子殿下の婚約者だった。
そして今日、このトレヴァント辺境伯家へと嫁いできた。
「…レオンハルト・トレヴァントだ」
非道にも自らの実妹を長年にわたり虐げ、婚約者以外の男との不適切な関係を理由に、王太子妃に不適格とされ、貴族学院の卒業式で婚約破棄を宣告された。
そして、新たな婚約者として、その妹が王太子本人から指名されたのだった。
「私は君と夫婦になるつもりはないし、辺境伯夫人として扱うこともない」
この判断によって、どうなるかなども考えずに…
※ 中世ヨーロッパ風の世界観です。
※ ご都合主義ですので、ご了承下さい、
※ 画像はAIにて作成しております
つまらない妃と呼ばれた日
柴田はつみ
恋愛
公爵令嬢リーシャは政略結婚で王妃に迎えられる。だが国王レオニスの隣には、幼馴染のセレスが“当然”のように立っていた。祝宴の夜、リーシャは国王が「つまらない妃だ」と語る声を聞いてしまい、心を閉ざす。
舞踏会で差し出された手を取らず、王弟アドリアンの助けで踊ったことで、噂は一気に燃え上がる――「王妃は王弟と」「国王の本命は幼馴染」と。
さらに宰相は儀礼と世論を操り、王妃を孤立させる策略を進める。監視の影、届かない贈り物、すり替えられた言葉、そして“白薔薇の香”が事件現場に残る冤罪の罠。
リーシャは微笑を鎧に「今日から、王の隣に立たない」と決めるが、距離を取るほど誤解は確定し、王宮は二人を引き裂いていく。
――つまらない妃とは、いったい誰が作ったのか。真実が露わになった時、失われた“隣”は戻るのか。
お飾り王妃の死後~王の後悔~
ましゅぺちーの
恋愛
ウィルベルト王国の王レオンと王妃フランチェスカは白い結婚である。
王が愛するのは愛妾であるフレイアただ一人。
ウィルベルト王国では周知の事実だった。
しかしある日王妃フランチェスカが自ら命を絶ってしまう。
最後に王宛てに残された手紙を読み王は後悔に苛まれる。
小説家になろう様にも投稿しています。
「がっかりです」——その一言で終わる夫婦が、王宮にはある
柴田はつみ
恋愛
妃の席を踏みにじったのは令嬢——けれど妃の心を折ったのは、夫のたった一言だった
王太子妃リディアの唯一の安らぎは、王太子アーヴィンと交わす午後の茶会。だが新しく王宮に出入りする伯爵令嬢ミレーユは、妃の席に先に座り、殿下を私的に呼び、距離感のない振る舞いを重ねる。
リディアは王宮の礼節としてその場で正す——正しいはずだった。けれど夫は「リディア、そこまで言わなくても……」と、妃を止めた。
「わかりました。あなたには、がっかりです」
微笑んで去ったその日から、夫婦の茶会は終わる。沈黙の王宮で、言葉を失った王太子は、初めて“追う”ことを選ぶが——遅すぎた。
【完結】捨て去られた王妃は王宮で働く
ここ
ファンタジー
たしかに私は王妃になった。
5歳の頃に婚約が決まり、逃げようがなかった。完全なる政略結婚。
夫である国王陛下は、ハーレムで浮かれている。政務は王妃が行っていいらしい。私は仕事は得意だ。家臣たちが追いつけないほど、理解が早く、正確らしい。家臣たちは、王妃がいないと困るようになった。何とかしなければ…
私と子供より、夫は幼馴染とその子供のほうが大切でした。
小野 まい
恋愛
結婚記念日のディナーに夫のオスカーは現れない。
「マリアが熱を出したらしい」
駆けつけた先で、オスカーがマリアと息子カイルと楽しげに食事をする姿を妻のエリザが目撃する。
「また裏切られた……」
いつも幼馴染を優先するオスカーに、エリザの不満は限界に達していた。
「あなたは家族よりも幼馴染のほうが大事なのね」
離婚する気持ちが固まっていく。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる