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Ⅱ.籠れぬ冬
強引な教育係‐さらに思いがけなく再会‐
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「さてと」
ここで思い出話を語っている暇は無いのだと、ロマナがヒールの底で地面を二回鳴らした。その音で活が入れられ、俺とエセルとカイセイはロマナの方に注目する。
仕事の顔になったロマナが腕を組んで言う。
「私が王妃に頼まれた仕事は二件。まずはエセル君」
「は、はい!」
「君は姫である前に皇族としての教育を十分に受けられていない。王妃は君に公務に参加できるよう基本知識を全て教えるようにと言ってきた。だからこれからエセル君は国事を身につけてもらうよ。いいね?」
二人目は俺である。当然その流れになることは分かっていた。
「バル君には大事な大事な仕事を任せるようにと王妃からの伝言だ」
「首脳会談に出席してこいって事だろ」
「そうだよ。偉いじゃないか。ちゃんと自分の責任を分かっているなんて」
ロマナに頭を撫でられそうになりサッと避けた。
「この首脳会談はこの国の未来にとって、とっても大事なイベントだ。だからバル君にはちゃんと隣国の状況を理解してもらって、作戦を立てないといけないって王妃の方針さ」
そこでロマナは急に脇腹を肘で突いてくる。
「バル君、新聞なんて読まないだろ?」
念押しの一言が俺には効いた。悔しいが口を出ようとしていた断り文句は嚥下させられてしまった。
王位につく気も毛頭ないもので、隣国の動きやらは全く情報を得ていなかったから仕方がない。
否応なしに俺もロマナに教わることになってしまう。
「では二人共よろしく。じゃあ部屋を変えよう」
「えっ!?」
せっかく暖めた部屋なのに移動するのかと俺は驚いていた。
ロマナはそんな俺に「忘れたの?」と言い、怪しく光る瞳で意味深にニヤついた。一瞬だけまるで悪い魔女のような顔をしたロマナは、その後スマートな足取りで部屋を出ていく。
「さあ、ついて来たまえ」
爽やかに声をかけると、先にカイセイ、それからエセル、最後に俺の順で廊下へ出た。
一行はロマナに続いてとある部屋を目指した。その中で俺だけは足取りが重い。
まさか十年前のことを忘れるわけがない。あのような地獄はもう二度と味わうことは無いと思っていたのに最悪だ。
含みを持たせたままでロマナは一行を引き連れて別の部屋に移動した。
特に何でもない扉が構えるその部屋は、かつて俺とカイセイが閉じ込められ勉学を叩きつけられた思い出の部屋だった。
これはロマナのイタズラな悪意であった。それが分かるように、ロマナがさっきからずっと俺に向けてニヤニヤと笑ってくるのだ。
「未来を見極めるには過去を知らなきゃ始まらない。そして過去を学ぶには当然これくらいの……」
と、言いながら両開きの扉をロマナが押し開けた。
ここは城の中では割と小さな部屋だったと思う。机と椅子を2セット横並びにすると狭くなってしまうくらいだったか。
そんな狭い部屋の内部が露わになる。真っ先に目に飛び込んできたのは大量の本であった。
まるで本が部屋を食っているかのごとく溢れていた。書斎机の椅子を引く範囲以外は、全て本だと思ってもらえれば良い。
それも殴れば人を気絶させられそうなくらいの分厚い本が多数だ。
なお、室内には足の踏み場も無いから、扉の前で全員立ち往生していた。
俺とカイセイは絶句していた。
「すごい……エーデンさんの部屋みたい」
エセルは感動すると共に、汚部屋に住まう博士幽霊の名を口に出していた。
確かに、物が部屋中に溢れるという点は散らかった部屋に変わりはなかった。しかしこの光景に俺的には気になるところがある。
本は乱雑に散らばっているのではなく、床板から積み上げられた本の山となっていた。高さは色々だが、一番高いものでは俺の目線の高さくらいはありそうだ。
一冊の分厚い本をレンガのように扱い、互い違いに重ねた芸術点の高い作品みたいだった。
「ロマナがこれをこしらえたと?」
俺はちらっとロマナを盗み見た。
腰に手を当てたポーズでスッキリと立ち、やけに清々しそうに本の山を眺めているが、俺の記憶ではこんな手の込んだことをするような人物では無かったと思う。
なぜだろうと俺だけが首を傾げていると、廊下の奥の方からバタバタと音が騒がしい。
「ロマナさーん!」
親しみを込めた嬉しそうな声が聞こえて、四人は一斉にその方を見た。
そこでは積み本から足が生えた生物がこちらに向かって走っていた。
積み本生物は俺達のもとで止まり、しばらく荒い息を聞かせていたが、やがて本の脇から男が顔を出す。
「バル様お久しぶりです!」
糸目を細くし笑わせて、とても元気そうであった。
「アルバートか。生きていたのか」
俺の吹き込みによって亡命した後、敵陣ネザリア兵士として再会した男である。
いっときは彼の熱意を見込んで、エセルのボディーガードとして傍に置いていた時期もあった。それも何だかんだで自国に戻ったのかと思っていたが、どうしてまたここに現れている?
カイセイが俺の傍に寄り、小さく告げた。
「ある朝、ちゃっかり帰っていたそうです」
「帰っていた?」
「ええ。たぶんエセル様が帰還された後に一人で」
「……」
俺はアルバートの様子を眺めている。
ヤツは大量の本をバランスよく抱えたまま足元の悪い部屋に入っていった。そして持ち込んだ分厚い本をどうするかというと、例の芸術的な山の上に丁寧に積み上げだした。
「他の兵士は受け入れたのか?」
聞くとカイセイが首を横に振った。
「彼が城から出たことを兵士は全員知らなかったと言っています。朝礼に現れなかったのも、サボり性な彼の気まぐれかと思っていたそうで、気にも止まらなかったと」
「呆れた……」
俺の目の前で未完成だった本の山がひとつ完成した。職人魂を光らせたアルバートは完成品を満足そうに眺めている。
積んだところは妙な角度でバランスを取り、グラグラ揺れているが崩れることはなかった。
俺は今にも崩れてしまえと願っていたところだったのに無念だ。
「君は働き者だな。頑張ってくれたまえ」
芸術には一切も触れず、奴の働きぶりだけを評価するのはロマナである。
この二人こそ接点は無いはずだが、まさかアルバートもロマナによって廊下でスカウトされたのだろうか。
見ていると既にロマナはアルバートを使いこなしているようでもあった。
「ロマナさん、あともう少しで運び終わりますよ!」
「よーし良い子だ。骨身を惜しまず運びなさい」
「わっかりました!!」
アルバートは駆け足で廊下を去っていった。その姿はまさに犬。
意外にロマナとは気が合うんじゃないかと思いつつ、消えるまで後ろ姿を見送っていた。
ここで思い出話を語っている暇は無いのだと、ロマナがヒールの底で地面を二回鳴らした。その音で活が入れられ、俺とエセルとカイセイはロマナの方に注目する。
仕事の顔になったロマナが腕を組んで言う。
「私が王妃に頼まれた仕事は二件。まずはエセル君」
「は、はい!」
「君は姫である前に皇族としての教育を十分に受けられていない。王妃は君に公務に参加できるよう基本知識を全て教えるようにと言ってきた。だからこれからエセル君は国事を身につけてもらうよ。いいね?」
二人目は俺である。当然その流れになることは分かっていた。
「バル君には大事な大事な仕事を任せるようにと王妃からの伝言だ」
「首脳会談に出席してこいって事だろ」
「そうだよ。偉いじゃないか。ちゃんと自分の責任を分かっているなんて」
ロマナに頭を撫でられそうになりサッと避けた。
「この首脳会談はこの国の未来にとって、とっても大事なイベントだ。だからバル君にはちゃんと隣国の状況を理解してもらって、作戦を立てないといけないって王妃の方針さ」
そこでロマナは急に脇腹を肘で突いてくる。
「バル君、新聞なんて読まないだろ?」
念押しの一言が俺には効いた。悔しいが口を出ようとしていた断り文句は嚥下させられてしまった。
王位につく気も毛頭ないもので、隣国の動きやらは全く情報を得ていなかったから仕方がない。
否応なしに俺もロマナに教わることになってしまう。
「では二人共よろしく。じゃあ部屋を変えよう」
「えっ!?」
せっかく暖めた部屋なのに移動するのかと俺は驚いていた。
ロマナはそんな俺に「忘れたの?」と言い、怪しく光る瞳で意味深にニヤついた。一瞬だけまるで悪い魔女のような顔をしたロマナは、その後スマートな足取りで部屋を出ていく。
「さあ、ついて来たまえ」
爽やかに声をかけると、先にカイセイ、それからエセル、最後に俺の順で廊下へ出た。
一行はロマナに続いてとある部屋を目指した。その中で俺だけは足取りが重い。
まさか十年前のことを忘れるわけがない。あのような地獄はもう二度と味わうことは無いと思っていたのに最悪だ。
含みを持たせたままでロマナは一行を引き連れて別の部屋に移動した。
特に何でもない扉が構えるその部屋は、かつて俺とカイセイが閉じ込められ勉学を叩きつけられた思い出の部屋だった。
これはロマナのイタズラな悪意であった。それが分かるように、ロマナがさっきからずっと俺に向けてニヤニヤと笑ってくるのだ。
「未来を見極めるには過去を知らなきゃ始まらない。そして過去を学ぶには当然これくらいの……」
と、言いながら両開きの扉をロマナが押し開けた。
ここは城の中では割と小さな部屋だったと思う。机と椅子を2セット横並びにすると狭くなってしまうくらいだったか。
そんな狭い部屋の内部が露わになる。真っ先に目に飛び込んできたのは大量の本であった。
まるで本が部屋を食っているかのごとく溢れていた。書斎机の椅子を引く範囲以外は、全て本だと思ってもらえれば良い。
それも殴れば人を気絶させられそうなくらいの分厚い本が多数だ。
なお、室内には足の踏み場も無いから、扉の前で全員立ち往生していた。
俺とカイセイは絶句していた。
「すごい……エーデンさんの部屋みたい」
エセルは感動すると共に、汚部屋に住まう博士幽霊の名を口に出していた。
確かに、物が部屋中に溢れるという点は散らかった部屋に変わりはなかった。しかしこの光景に俺的には気になるところがある。
本は乱雑に散らばっているのではなく、床板から積み上げられた本の山となっていた。高さは色々だが、一番高いものでは俺の目線の高さくらいはありそうだ。
一冊の分厚い本をレンガのように扱い、互い違いに重ねた芸術点の高い作品みたいだった。
「ロマナがこれをこしらえたと?」
俺はちらっとロマナを盗み見た。
腰に手を当てたポーズでスッキリと立ち、やけに清々しそうに本の山を眺めているが、俺の記憶ではこんな手の込んだことをするような人物では無かったと思う。
なぜだろうと俺だけが首を傾げていると、廊下の奥の方からバタバタと音が騒がしい。
「ロマナさーん!」
親しみを込めた嬉しそうな声が聞こえて、四人は一斉にその方を見た。
そこでは積み本から足が生えた生物がこちらに向かって走っていた。
積み本生物は俺達のもとで止まり、しばらく荒い息を聞かせていたが、やがて本の脇から男が顔を出す。
「バル様お久しぶりです!」
糸目を細くし笑わせて、とても元気そうであった。
「アルバートか。生きていたのか」
俺の吹き込みによって亡命した後、敵陣ネザリア兵士として再会した男である。
いっときは彼の熱意を見込んで、エセルのボディーガードとして傍に置いていた時期もあった。それも何だかんだで自国に戻ったのかと思っていたが、どうしてまたここに現れている?
カイセイが俺の傍に寄り、小さく告げた。
「ある朝、ちゃっかり帰っていたそうです」
「帰っていた?」
「ええ。たぶんエセル様が帰還された後に一人で」
「……」
俺はアルバートの様子を眺めている。
ヤツは大量の本をバランスよく抱えたまま足元の悪い部屋に入っていった。そして持ち込んだ分厚い本をどうするかというと、例の芸術的な山の上に丁寧に積み上げだした。
「他の兵士は受け入れたのか?」
聞くとカイセイが首を横に振った。
「彼が城から出たことを兵士は全員知らなかったと言っています。朝礼に現れなかったのも、サボり性な彼の気まぐれかと思っていたそうで、気にも止まらなかったと」
「呆れた……」
俺の目の前で未完成だった本の山がひとつ完成した。職人魂を光らせたアルバートは完成品を満足そうに眺めている。
積んだところは妙な角度でバランスを取り、グラグラ揺れているが崩れることはなかった。
俺は今にも崩れてしまえと願っていたところだったのに無念だ。
「君は働き者だな。頑張ってくれたまえ」
芸術には一切も触れず、奴の働きぶりだけを評価するのはロマナである。
この二人こそ接点は無いはずだが、まさかアルバートもロマナによって廊下でスカウトされたのだろうか。
見ていると既にロマナはアルバートを使いこなしているようでもあった。
「ロマナさん、あともう少しで運び終わりますよ!」
「よーし良い子だ。骨身を惜しまず運びなさい」
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