72 / 172
Ⅱ.籠れぬ冬
ニューリアン王国からの呼び出し1
しおりを挟む
天まで届きそうな高峰はすっかり雪に覆われている。山頂どころか足元の農地までもすでに真っ白であった。
町や森にも雪は吹雪くし、川などはとっくに凍てついているのに、こんな時期に馬車を走らせるのはトンチンカン過ぎて笑えない。
足元が道なのか崖なのかも分からん命知らずの馬車は走り、そこにはまさに俺とカイセイが乗せられているのである。
当然、馬車に暖房器具などは搭載されていない。木板の壁の向こうは雪晒しなのだから、中は冷凍庫並みに冷えている。
「こんな季節でなければもっと良かっただろうに……」
「さっきから文句ばっかりですね」
「ばっかりとか言うな」
カイセイと対面位置に座り、双方白い息を出しながら会話をした。
男同士互いを見つめるのも気色が悪いので、両サイドに設けられた小窓にそれぞれ目を向けている。
俺の方からは、雪雲に飲まれかけた山脈が見えていた。あの山の向こうが自国であり、迂回ルートをまわって今は反対側の位置に来ているのだ。
ここはニューリアン王国の領地。シャーロットの家であるメアネル家が治める土地である。
さらにはこの馬車もシャーロット家からわざわざ派遣されたものだ。何があったか知らんが急に『迎えをよこすからすぐに来い』との連絡が来たので向かっていた。
シャーロットも考えたものだ。要求だけでは俺が動きたがらないのを知っている。
「ふわぁ……」
大きなあくびを連発していると突然尻が浮いた感覚になる。馬車が跳ね上がって大きく揺れたのだ。馬のいななきとともに急停車し、何事かとカイセイが御者に声をかけていた。
「すみません。何かに乗り上げてしまったようで。ちょっと車輪を確認して参ります。少しお待ち下さい」
俺にも御者の若い声は届いてくる。
御者が点検しに行くのを見計らい、俺は大きく傾いていた身をゆっくり起こした。
「もう何度目だ。ちゃんと日没までに着くのか?」
カイセイは答えずに懐中時計を確認した。小窓から雪の様子を眺めたりするところを見ると、どうだろう……と言っているようなものである。
再び馬車が動き出し、またしばらく走ると事故に見舞われて止まっている。
どうにか雪山遭難だけは避けたいが、泥の舟に乗ってしまった以上どうすることも出来ない。
予定の時刻は過ぎたが昼のうちには宿に到着した。
ニューリアン国境付近の小さな田舎宿である。すでに部屋は取ってあるので関係者が手続きにあたっていた。
しかしそれにしてもあの王家は大金を持っているはずなのに、これまたずいぶんと庶民的な宿を手配されてしまったものだ。
観賞用の植物は下の方から枯れかけているし、掃除も念入りでは無いな……。
「こんな季節なのですから。仕方が無いですよ」
不意にカイセイがこんなことを言い出している。まさか俺の考えを読み取り言ってきたのかと怖かった。
カイセイは受付の者に呼ばれてその方へ向かった。俺もこの宿の行き届いていない部分を探すのをやめ、近くのソファーに座って待つ。
ロビーは意外にも客でひしめき合っており、俺が座った席は空いている最後のひとつだった。
デキる側近が言った通り、こんな真冬間近に開いている店など少ない。おおよそここの客人はこの宿を拠点にする旅人か、もしくは外の吹雪から一時的に避難して来た者なのだろう。
旅人は独り者が多い。グループでも多くて三人までだ。耳を澄ませていると様々な国なまりの言語が聞こえてきた。
手続きは長く暇だ。手持ち無沙汰な俺の傍に良いものを見つける。
「おい、そこの」
俺は隣の薄汚れたじじいに声をかけた。鼻頭まで深く帽子をかぶっているから、寝ているのか死んでいるのかは分からん。
「その新聞借りてもいいか?」
「ん? ……あ、ああ」
一応返事は貰ったので俺はサイドテーブルに置かれた新聞を手に取った。
今朝の日付の新聞だ。出版はニューリアンらしい。
俺はわざわざ別国の新聞まで取り寄せるような情報通では無いからな。ニューリアンの情勢については今ここで初めて目を通す。
「どれどれ……」
大きなニュースとして取り上げられているのは、シャーロットの妹であるスイナの生誕祭が行われたということだ。
歳は十三。今季から公務も積極的に始めていくようだ。ミントカラーのドレスを着て、好物のチーズタルトを食したなど下らんことが長々と綴られている。
特段大したことは書いていない。というか、姫君の誕生祭も俺にとっては大したことではないのだがな。
それでも一応全文読んだのは、このスイナという人物がカイセイを振った相手だろうと思うからである。
「しっかし安い新聞会社は写真を引き伸ばしがちだ。いったい誰が誰だか分からん」
新聞に文句を言いながら次々ページをめくった。
ニューリアンは平和主義を掲げる落ち着いた国であるから、特に大きな事件もこれといって無い。めくれどめくれど本当に無い。
そんな中、見落としそうなところにネザリアについての記事を見つけた。もう新聞を手放しそうな勢いすらあったので危なかった。
カイリュを撃ってからというもの、こうした世間への公表を見るのは初めてである。
少し……いやだいぶ、気になっている。
ーー王国、共和国、小国を合わせて二十七国も吸収した旧ネザリア帝国である。
帝国は、メルチ王国新国王シェード・リュンヒンの奇襲によって滅んだ。
主導のリュンヒン氏は旧ネザリア帝国の手中にある国々と陰謀的同盟を組み、同盟軍はいっきに集中砲火。
その裏には巨大なバックボーンがあったとも噂されるが現時点で不明。
旧ネザリア領土は彼の兄であるシェード・テダム氏が引き継ぎを行った。
しかしテダム氏による新政治は失敗だ。
難民を抑えられず旧ネザリアは無法地帯と化す。
さらに反乱軍による暴動が続き、市民兵士問わず約六百人もの負傷者も出ている。
なお、この件にメルチ王国オルバノ元王は一切の関与もしないとシェード・リュンヒンは公言。
オルバノ元王とその夫人イアリス妃は未だ表に現れないーー
だ、そうである。
……大変そうだ。その一言に尽きた。
リュンヒンの図らい通りに、俺の名前や国名は一度も出て来なかった。
この悲惨さしか語っていないこの記事が、もしも丸々俺の方へ投げかけられていたとしたら、今ごろ国ごと破滅していたに違いない。テダムには悪いが助かった。
次にあいつに会ったら感謝の言葉で労っておこう。きっとテダムは死にそうな顔で「どういたしまして」と言うと思う。
それまでは生きていてくれよと、俺はささやかに願った。
町や森にも雪は吹雪くし、川などはとっくに凍てついているのに、こんな時期に馬車を走らせるのはトンチンカン過ぎて笑えない。
足元が道なのか崖なのかも分からん命知らずの馬車は走り、そこにはまさに俺とカイセイが乗せられているのである。
当然、馬車に暖房器具などは搭載されていない。木板の壁の向こうは雪晒しなのだから、中は冷凍庫並みに冷えている。
「こんな季節でなければもっと良かっただろうに……」
「さっきから文句ばっかりですね」
「ばっかりとか言うな」
カイセイと対面位置に座り、双方白い息を出しながら会話をした。
男同士互いを見つめるのも気色が悪いので、両サイドに設けられた小窓にそれぞれ目を向けている。
俺の方からは、雪雲に飲まれかけた山脈が見えていた。あの山の向こうが自国であり、迂回ルートをまわって今は反対側の位置に来ているのだ。
ここはニューリアン王国の領地。シャーロットの家であるメアネル家が治める土地である。
さらにはこの馬車もシャーロット家からわざわざ派遣されたものだ。何があったか知らんが急に『迎えをよこすからすぐに来い』との連絡が来たので向かっていた。
シャーロットも考えたものだ。要求だけでは俺が動きたがらないのを知っている。
「ふわぁ……」
大きなあくびを連発していると突然尻が浮いた感覚になる。馬車が跳ね上がって大きく揺れたのだ。馬のいななきとともに急停車し、何事かとカイセイが御者に声をかけていた。
「すみません。何かに乗り上げてしまったようで。ちょっと車輪を確認して参ります。少しお待ち下さい」
俺にも御者の若い声は届いてくる。
御者が点検しに行くのを見計らい、俺は大きく傾いていた身をゆっくり起こした。
「もう何度目だ。ちゃんと日没までに着くのか?」
カイセイは答えずに懐中時計を確認した。小窓から雪の様子を眺めたりするところを見ると、どうだろう……と言っているようなものである。
再び馬車が動き出し、またしばらく走ると事故に見舞われて止まっている。
どうにか雪山遭難だけは避けたいが、泥の舟に乗ってしまった以上どうすることも出来ない。
予定の時刻は過ぎたが昼のうちには宿に到着した。
ニューリアン国境付近の小さな田舎宿である。すでに部屋は取ってあるので関係者が手続きにあたっていた。
しかしそれにしてもあの王家は大金を持っているはずなのに、これまたずいぶんと庶民的な宿を手配されてしまったものだ。
観賞用の植物は下の方から枯れかけているし、掃除も念入りでは無いな……。
「こんな季節なのですから。仕方が無いですよ」
不意にカイセイがこんなことを言い出している。まさか俺の考えを読み取り言ってきたのかと怖かった。
カイセイは受付の者に呼ばれてその方へ向かった。俺もこの宿の行き届いていない部分を探すのをやめ、近くのソファーに座って待つ。
ロビーは意外にも客でひしめき合っており、俺が座った席は空いている最後のひとつだった。
デキる側近が言った通り、こんな真冬間近に開いている店など少ない。おおよそここの客人はこの宿を拠点にする旅人か、もしくは外の吹雪から一時的に避難して来た者なのだろう。
旅人は独り者が多い。グループでも多くて三人までだ。耳を澄ませていると様々な国なまりの言語が聞こえてきた。
手続きは長く暇だ。手持ち無沙汰な俺の傍に良いものを見つける。
「おい、そこの」
俺は隣の薄汚れたじじいに声をかけた。鼻頭まで深く帽子をかぶっているから、寝ているのか死んでいるのかは分からん。
「その新聞借りてもいいか?」
「ん? ……あ、ああ」
一応返事は貰ったので俺はサイドテーブルに置かれた新聞を手に取った。
今朝の日付の新聞だ。出版はニューリアンらしい。
俺はわざわざ別国の新聞まで取り寄せるような情報通では無いからな。ニューリアンの情勢については今ここで初めて目を通す。
「どれどれ……」
大きなニュースとして取り上げられているのは、シャーロットの妹であるスイナの生誕祭が行われたということだ。
歳は十三。今季から公務も積極的に始めていくようだ。ミントカラーのドレスを着て、好物のチーズタルトを食したなど下らんことが長々と綴られている。
特段大したことは書いていない。というか、姫君の誕生祭も俺にとっては大したことではないのだがな。
それでも一応全文読んだのは、このスイナという人物がカイセイを振った相手だろうと思うからである。
「しっかし安い新聞会社は写真を引き伸ばしがちだ。いったい誰が誰だか分からん」
新聞に文句を言いながら次々ページをめくった。
ニューリアンは平和主義を掲げる落ち着いた国であるから、特に大きな事件もこれといって無い。めくれどめくれど本当に無い。
そんな中、見落としそうなところにネザリアについての記事を見つけた。もう新聞を手放しそうな勢いすらあったので危なかった。
カイリュを撃ってからというもの、こうした世間への公表を見るのは初めてである。
少し……いやだいぶ、気になっている。
ーー王国、共和国、小国を合わせて二十七国も吸収した旧ネザリア帝国である。
帝国は、メルチ王国新国王シェード・リュンヒンの奇襲によって滅んだ。
主導のリュンヒン氏は旧ネザリア帝国の手中にある国々と陰謀的同盟を組み、同盟軍はいっきに集中砲火。
その裏には巨大なバックボーンがあったとも噂されるが現時点で不明。
旧ネザリア領土は彼の兄であるシェード・テダム氏が引き継ぎを行った。
しかしテダム氏による新政治は失敗だ。
難民を抑えられず旧ネザリアは無法地帯と化す。
さらに反乱軍による暴動が続き、市民兵士問わず約六百人もの負傷者も出ている。
なお、この件にメルチ王国オルバノ元王は一切の関与もしないとシェード・リュンヒンは公言。
オルバノ元王とその夫人イアリス妃は未だ表に現れないーー
だ、そうである。
……大変そうだ。その一言に尽きた。
リュンヒンの図らい通りに、俺の名前や国名は一度も出て来なかった。
この悲惨さしか語っていないこの記事が、もしも丸々俺の方へ投げかけられていたとしたら、今ごろ国ごと破滅していたに違いない。テダムには悪いが助かった。
次にあいつに会ったら感謝の言葉で労っておこう。きっとテダムは死にそうな顔で「どういたしまして」と言うと思う。
それまでは生きていてくれよと、俺はささやかに願った。
0
あなたにおすすめの小説
白い結婚だったので、勝手に離婚しました。何か問題あります?
夢窓(ゆめまど)
恋愛
「――離婚届、受理されました。お疲れさまでした」
教会の事務官がそう言ったとき、私は心の底からこう思った。
ああ、これでようやく三年分の無視に終止符を打てるわ。
王命による“形式結婚”。
夫の顔も知らず、手紙もなし、戦地から帰ってきたという噂すらない。
だから、はい、離婚。勝手に。
白い結婚だったので、勝手に離婚しました。
何か問題あります?
なぜ、私に関係あるのかしら?
シエル
ファンタジー
「初めまして、アシュフォード公爵家一女、セシリア・アシュフォードと申します」
彼女は、つい先日までこの国の王太子殿下の婚約者だった。
そして今日、このトレヴァント辺境伯家へと嫁いできた。
「…レオンハルト・トレヴァントだ」
非道にも自らの実妹を長年にわたり虐げ、婚約者以外の男との不適切な関係を理由に、王太子妃に不適格とされ、貴族学院の卒業式で婚約破棄を宣告された。
そして、新たな婚約者として、その妹が王太子本人から指名されたのだった。
「私は君と夫婦になるつもりはないし、辺境伯夫人として扱うこともない」
この判断によって、どうなるかなども考えずに…
※ 中世ヨーロッパ風の世界観です。
※ ご都合主義ですので、ご了承下さい、
※ 画像はAIにて作成しております
つまらない妃と呼ばれた日
柴田はつみ
恋愛
公爵令嬢リーシャは政略結婚で王妃に迎えられる。だが国王レオニスの隣には、幼馴染のセレスが“当然”のように立っていた。祝宴の夜、リーシャは国王が「つまらない妃だ」と語る声を聞いてしまい、心を閉ざす。
舞踏会で差し出された手を取らず、王弟アドリアンの助けで踊ったことで、噂は一気に燃え上がる――「王妃は王弟と」「国王の本命は幼馴染」と。
さらに宰相は儀礼と世論を操り、王妃を孤立させる策略を進める。監視の影、届かない贈り物、すり替えられた言葉、そして“白薔薇の香”が事件現場に残る冤罪の罠。
リーシャは微笑を鎧に「今日から、王の隣に立たない」と決めるが、距離を取るほど誤解は確定し、王宮は二人を引き裂いていく。
――つまらない妃とは、いったい誰が作ったのか。真実が露わになった時、失われた“隣”は戻るのか。
お飾り王妃の死後~王の後悔~
ましゅぺちーの
恋愛
ウィルベルト王国の王レオンと王妃フランチェスカは白い結婚である。
王が愛するのは愛妾であるフレイアただ一人。
ウィルベルト王国では周知の事実だった。
しかしある日王妃フランチェスカが自ら命を絶ってしまう。
最後に王宛てに残された手紙を読み王は後悔に苛まれる。
小説家になろう様にも投稿しています。
「がっかりです」——その一言で終わる夫婦が、王宮にはある
柴田はつみ
恋愛
妃の席を踏みにじったのは令嬢——けれど妃の心を折ったのは、夫のたった一言だった
王太子妃リディアの唯一の安らぎは、王太子アーヴィンと交わす午後の茶会。だが新しく王宮に出入りする伯爵令嬢ミレーユは、妃の席に先に座り、殿下を私的に呼び、距離感のない振る舞いを重ねる。
リディアは王宮の礼節としてその場で正す——正しいはずだった。けれど夫は「リディア、そこまで言わなくても……」と、妃を止めた。
「わかりました。あなたには、がっかりです」
微笑んで去ったその日から、夫婦の茶会は終わる。沈黙の王宮で、言葉を失った王太子は、初めて“追う”ことを選ぶが——遅すぎた。
【完結】捨て去られた王妃は王宮で働く
ここ
ファンタジー
たしかに私は王妃になった。
5歳の頃に婚約が決まり、逃げようがなかった。完全なる政略結婚。
夫である国王陛下は、ハーレムで浮かれている。政務は王妃が行っていいらしい。私は仕事は得意だ。家臣たちが追いつけないほど、理解が早く、正確らしい。家臣たちは、王妃がいないと困るようになった。何とかしなければ…
私と子供より、夫は幼馴染とその子供のほうが大切でした。
小野 まい
恋愛
結婚記念日のディナーに夫のオスカーは現れない。
「マリアが熱を出したらしい」
駆けつけた先で、オスカーがマリアと息子カイルと楽しげに食事をする姿を妻のエリザが目撃する。
「また裏切られた……」
いつも幼馴染を優先するオスカーに、エリザの不満は限界に達していた。
「あなたは家族よりも幼馴染のほうが大事なのね」
離婚する気持ちが固まっていく。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる