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Ⅱ.籠れぬ冬
ニューリアン王国からの呼び出し2
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「お前さん、他国の者かね」
年を食った声で言われたかと思えば、さっきの隣のじじいであった。彼は帽子のつばを持ち上げて目線を送り、自分が話しかけたのだとアピールしてきている。
「気になるニュースがあったようだのう。熱心にそこだけ読んでおったからすぐに分かったぞ」
このじじい、眠りこけっているのかと思ったら、俺のことをコソコソと観察していたらしい。
俺の素性がバレると厄介であるから、少しだけ新聞で顔を隠しておく。
「そう言うあんたもよそ者なんじゃないのか」
「なあに。私はこの宿に住み着いておる老いぼれよ」
「嘘をつけ」
俺は新聞の隙間から顔を覗かせると、じじいの持ち物である革製のトランクを一瞥した。
住み着いている割には荷物はトランクひとつと少ないし、もっと言えば紐でぶら下げている浅靴などこの地域では使い物にならん。
じじいに意思が伝わったと分かれば俺はまた新聞の裏に隠れた。
「若いのに物が分かりそうな男だ」
じじいは勝手に俺のことを認めたらしかった。それで気を良くしたのか急によく喋りだす。
「私は最南から北上してきた。つい数日前にはそこに書かれている陥落した国に居たんだが、いやぁ運が悪くてのお。偶然にも何か戦争の最中に居合わせてしまって、しばらく国から出られんかった……」
災難だったと語るのは、もちろん俺も参加した……というか実は俺が主犯の、打倒ネザリア・カイリュの合戦のことを言っているのだと思われる。
じじいが話を止めていると、新聞を貫通してフレーバー付きの高価なタバコの匂いが漂った。薄紫の煙も見えていた。
「皇族御用達のタバコだぞ。お前さんもどうかね」
言いはするが、じじいは見せびらかしたいだけで一本渡すなどはしてこない。「それでだ」と続きの話の方がしたいようだ。
「そのテダムとか言う王子。長男のくせに王位継承権を弟に奪われるなんて情けないだろう? そんな余り物の人材に支配されるものかと国民は怒っている。……まあ、通りがかりの老人でも同情くらいはしてやるさ。それに弟の方は戦略者だが女ったらしときた」
「市民はどっちもしっくり来んのだな」
「そうそうみんな勝手なもんだ。あれは違うこれも違うと言いながら、選り好みばかりしておるわい」
じじいは何だか面白がっているようであった。旅人なのだから客観的に観賞していられるのだろう。
「最近は王権剥奪の動きも活発だな。国を統治するのはいよいよ誰になるか分からんぞ?」
最後は好奇心を露わにしながらじじいは語った。
そこへカイセイがやって来た。部屋の用意が出来た旨を手短に伝え、先に階段を登って宿泊棟へと行った。
見ると新聞の隙間からシワシワの手のひらが差し出されている。情報料を支払えということである。
俺は懐からニューリアンのコインを数枚サイドテーブルに置いて席を立つ。
「新聞代だ。良い暇つぶしをどうも」
新聞は頂いておき、俺もカイセイの後を追う。
階段を登りながらロビーを見ると、じじいはもうコインをポケットに入れた後であった。そしてサイドテーブルには、俺が拝借した新聞と同じものがまた置かれている。
「新聞なんて買っていたんですか。珍しい」
ベッドの上に投げてあった新聞をカイセイは手に取り言った。
「ロマナに読まされているからな。今だけは情報通だぞ」
「今だけでなく、ずっと情報通で居て欲しいですよ」
皮肉を垂れながら、カイセイはベッドの脇で新聞を広げている。
俺はベッドの上で毛布をまとい丸くなっていた。部屋の中にある暖炉は薪の節約だと張り紙がしてあり、この時間は機能していないからだ。
「こちらの方がスイナ様ですか?」
カイセイが俺の方に記事を向けてきた。
ぼやけた写真の中に並ぶ顔のひとつを指さして問うた。
「多分そうだろう」
即答しておく。モザイク画のようなものをじっくり見る気にもならん。
カイセイはその写真を再び自分の方に戻すと、何を思ってかまじまじと見つめていた。婚約者になりかけた人物が好みとかけ離れていたのかと思うとそうでは無い。
「綺麗な方ですね」
カイセイが小声でボソッと呟いた。
「あの家系に綺麗じゃない女性など居ない」
「えっ。まあ、そうですけど……」
一度は顔を上げたものの、また写真に目を落としている。思うにカイセイは写真に見入っているのであった。まさかと俺は密かに驚いていた。
山脈に沿って旅路は進み、窓の景色はいよいよ町の風景に変わっていた。
レンガや漆喰を使ったカントリー調な家々が並んでいる。すでに雪かきは終わっているようだ。石畳の道が見えていた。
こんな冷たい季節にも関わらず外に出ている住民たちをチラホラ見受けられた。
男達は薪を割り、女性らは干し野菜をこしらえているのだ。特に飢えた様子もなく平和で順調な暮らしを送っているらしい。
馬車はこのまま街へと入っていくわけで、当然家や人が増えると賑やかになっていく。だがそれでも他の国に比べればだいぶと落ち着いていた。
メルチ王国のように観光地化していることも無く、旧ネザリアのように四階建ての建物が建っていることも無い。
この様子をたいへん平和で良いなと俺は思うが、もしかしたらリュンヒンやその父オルバノ王なら、この変化しない国をあまり褒めないかもしれないな。
「懐かしいのではないですか」
俺がぼんやり考えていると何故か嬉しそうにカイセイに言われた。俺が景色を見ながら懐かしさに浸っているのと勘違いされたようである。
「こちらに来るのは何年ぶりになるのですか?」
「さあな。だいぶ昔で覚えていない」
本心を言ったまでだ。
俺はシャーロットのもとへは進んで足を運ばないので、ニューリアンを訪れるのは婚約者を得るずっとずっと前以来であった。
そして良い思いもしていないから記憶薄である。
カイセイの方は今回が初めての訪問だ。
新しい場所に浮足立つようなタイプではないが興味はあるらしい。さっきからよく窓の外を眺めている。
年を食った声で言われたかと思えば、さっきの隣のじじいであった。彼は帽子のつばを持ち上げて目線を送り、自分が話しかけたのだとアピールしてきている。
「気になるニュースがあったようだのう。熱心にそこだけ読んでおったからすぐに分かったぞ」
このじじい、眠りこけっているのかと思ったら、俺のことをコソコソと観察していたらしい。
俺の素性がバレると厄介であるから、少しだけ新聞で顔を隠しておく。
「そう言うあんたもよそ者なんじゃないのか」
「なあに。私はこの宿に住み着いておる老いぼれよ」
「嘘をつけ」
俺は新聞の隙間から顔を覗かせると、じじいの持ち物である革製のトランクを一瞥した。
住み着いている割には荷物はトランクひとつと少ないし、もっと言えば紐でぶら下げている浅靴などこの地域では使い物にならん。
じじいに意思が伝わったと分かれば俺はまた新聞の裏に隠れた。
「若いのに物が分かりそうな男だ」
じじいは勝手に俺のことを認めたらしかった。それで気を良くしたのか急によく喋りだす。
「私は最南から北上してきた。つい数日前にはそこに書かれている陥落した国に居たんだが、いやぁ運が悪くてのお。偶然にも何か戦争の最中に居合わせてしまって、しばらく国から出られんかった……」
災難だったと語るのは、もちろん俺も参加した……というか実は俺が主犯の、打倒ネザリア・カイリュの合戦のことを言っているのだと思われる。
じじいが話を止めていると、新聞を貫通してフレーバー付きの高価なタバコの匂いが漂った。薄紫の煙も見えていた。
「皇族御用達のタバコだぞ。お前さんもどうかね」
言いはするが、じじいは見せびらかしたいだけで一本渡すなどはしてこない。「それでだ」と続きの話の方がしたいようだ。
「そのテダムとか言う王子。長男のくせに王位継承権を弟に奪われるなんて情けないだろう? そんな余り物の人材に支配されるものかと国民は怒っている。……まあ、通りがかりの老人でも同情くらいはしてやるさ。それに弟の方は戦略者だが女ったらしときた」
「市民はどっちもしっくり来んのだな」
「そうそうみんな勝手なもんだ。あれは違うこれも違うと言いながら、選り好みばかりしておるわい」
じじいは何だか面白がっているようであった。旅人なのだから客観的に観賞していられるのだろう。
「最近は王権剥奪の動きも活発だな。国を統治するのはいよいよ誰になるか分からんぞ?」
最後は好奇心を露わにしながらじじいは語った。
そこへカイセイがやって来た。部屋の用意が出来た旨を手短に伝え、先に階段を登って宿泊棟へと行った。
見ると新聞の隙間からシワシワの手のひらが差し出されている。情報料を支払えということである。
俺は懐からニューリアンのコインを数枚サイドテーブルに置いて席を立つ。
「新聞代だ。良い暇つぶしをどうも」
新聞は頂いておき、俺もカイセイの後を追う。
階段を登りながらロビーを見ると、じじいはもうコインをポケットに入れた後であった。そしてサイドテーブルには、俺が拝借した新聞と同じものがまた置かれている。
「新聞なんて買っていたんですか。珍しい」
ベッドの上に投げてあった新聞をカイセイは手に取り言った。
「ロマナに読まされているからな。今だけは情報通だぞ」
「今だけでなく、ずっと情報通で居て欲しいですよ」
皮肉を垂れながら、カイセイはベッドの脇で新聞を広げている。
俺はベッドの上で毛布をまとい丸くなっていた。部屋の中にある暖炉は薪の節約だと張り紙がしてあり、この時間は機能していないからだ。
「こちらの方がスイナ様ですか?」
カイセイが俺の方に記事を向けてきた。
ぼやけた写真の中に並ぶ顔のひとつを指さして問うた。
「多分そうだろう」
即答しておく。モザイク画のようなものをじっくり見る気にもならん。
カイセイはその写真を再び自分の方に戻すと、何を思ってかまじまじと見つめていた。婚約者になりかけた人物が好みとかけ離れていたのかと思うとそうでは無い。
「綺麗な方ですね」
カイセイが小声でボソッと呟いた。
「あの家系に綺麗じゃない女性など居ない」
「えっ。まあ、そうですけど……」
一度は顔を上げたものの、また写真に目を落としている。思うにカイセイは写真に見入っているのであった。まさかと俺は密かに驚いていた。
山脈に沿って旅路は進み、窓の景色はいよいよ町の風景に変わっていた。
レンガや漆喰を使ったカントリー調な家々が並んでいる。すでに雪かきは終わっているようだ。石畳の道が見えていた。
こんな冷たい季節にも関わらず外に出ている住民たちをチラホラ見受けられた。
男達は薪を割り、女性らは干し野菜をこしらえているのだ。特に飢えた様子もなく平和で順調な暮らしを送っているらしい。
馬車はこのまま街へと入っていくわけで、当然家や人が増えると賑やかになっていく。だがそれでも他の国に比べればだいぶと落ち着いていた。
メルチ王国のように観光地化していることも無く、旧ネザリアのように四階建ての建物が建っていることも無い。
この様子をたいへん平和で良いなと俺は思うが、もしかしたらリュンヒンやその父オルバノ王なら、この変化しない国をあまり褒めないかもしれないな。
「懐かしいのではないですか」
俺がぼんやり考えていると何故か嬉しそうにカイセイに言われた。俺が景色を見ながら懐かしさに浸っているのと勘違いされたようである。
「こちらに来るのは何年ぶりになるのですか?」
「さあな。だいぶ昔で覚えていない」
本心を言ったまでだ。
俺はシャーロットのもとへは進んで足を運ばないので、ニューリアンを訪れるのは婚約者を得るずっとずっと前以来であった。
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