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Ⅱ.籠れぬ冬
王の庭‐激励‐
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朝食後はマルク王の案内でとある場所に連れられていた。お世辞にも綺麗とは言えないような小屋である。
「これに着替えなさい。服を汚してしまっては申し訳ない」
「……これですか」
そこで王は俺に布地のものを渡してきた。広げて見ると長袖のついた裾の長い白服だった。ボタンも付いていないから着方としては上からすっぽり被ればいいのだろうか。
「メイドのエプロンですよね、これ……」
ワンピースという言い方もこれに該当するかもしれない。そしてもちろんフリル付きだ。
「汚れ仕事にはこれが一番良い」
そう言って躊躇いなく、マルク王は女性ものであるフリルのついたエプロンをお召になっていた。
俺も気は進まないが身につけることにする……。この狭い小屋の一角に姿見など置いていなくて本当に良かったと思った。
だがホッとする暇はない。次に俺はマルク王から金属のバケツにスコップを持たされたのだ。
道具棚に占拠されたこの狭い部屋はなんだろうと思っていたが、その先の扉を開ければすぐに分かった。
扉の向こうは外であった。別館の屋上部分につながっていた。
「僕の後を付いておいで」
王はそう言うが、俺は正直、躊躇した。
外に出るには空模様は最悪だ。吹雪とまではいかなくても雪はしんしんと降っているし、時々強い突風も吹き抜ける。
足元はだいたい雪で覆われていて危なっかしい。一応柵はあるが屋上の上で足を滑らせて転落なんかしたくは無い。
「おーい! こっちだー!」
少し進んだところで俺を呼んでいる。仕方無しに一歩ずつ着実にその方へ向かった。
先導するマルク王が足を止めると、横の雪山を手で掻き退け始める。
すると隙間から緑のものが見えだした。立派な葉っぱであった。
よく見ると一面雪原だと思った場所は畝のようなものを作っており、それが何なのか遅れて俺は気づいた。
「畑ですか」
「そう。柄にも無くだ。すっかりハマってしまってね」
畑は区画ごとに様々な種類の野菜が植えられているのだそうだ。
マルク王は手を赤くしながら積もった雪を掻き分ける。自慢だと艶の良い緑の葉を見せて説明してくれた。
この時期に収穫できる葉野菜や根菜が活き活きと育っている。
ただ……屋上はほとんど野ざらしなため、外套無しでは吹き付ける雪風に凍えるしかなかったのだ。
俺はとにかく失礼にならないよう口が震えるのを必死で抑えている。
マルク王はなぜか平気なようだ。とても楽しそうである。
「趣味があると人生変わるよ」
「そ、そうですか……」
大変ご満悦であるマルク王は、俺を引き連れてさらに奥へと進んだ。
「いやあ。寒かったねぇ」
そう言えるのはやっと雪風をしのげる場所に入ったからであった。三方を木板の壁に囲まれているだけでだいぶ違う。
マルク王は寒さは平気なのかと思っていた。しかし赤い両手をすり合わせて先程からしきりに吐息で温めている。
ここでは俺はマルク王の手伝いをするらしかった。
なんでも植物の成長に邪魔をする新芽があるのだとか。それを根本からポッキリ折って取り除いてくれと言われた。
なんだか悪い政治家にでもなったような気分だ。
二人で作業をしているとマルク王はいつまでも機嫌が良かった。
それでにこやかに語り始めた。
「植物というのは育て方次第でゼロにも百にもなるんだ。こんな作業も些細だと侮ってはいけないよ。僕は誠心誠意、愛情をかけて育ててあげる。みんな家族なんだね」
「は、はあ……」
みんな家族なんだね。と言われても……である。俺は冷たい人間なんだろうか。
「時間がかかるのはしかたが無い。色々試して君は君の国の持ち方を決めれば良い。いつか君でしか出来ない方法が見つかれば、急にしっくりとくるはずだ。手間と愛情を十分にかけてあげれば、いずれちゃんと答えが出るものなんだよ」
流すように聞いていた俺だったが思わず顔を上げた。
これは植物関係の名言を語られているのかと思っていたら、たしかに国と言ったような気がした。
残念ながらマルク王は語るのはやめてしまった。「そうそう」とマルク王は話を変えてくる。
「シャーロットから聞いたよ。君のところは大変だったそうじゃないか。あのネザリアの王を仕留めたなんて信じられないニュースだ。案外やるじゃないか。僕は君のことを褒めたいよ」
身に余る嬉しい言葉であるが、俺はあまり素直に喜べない。
「私は王族として自覚が足りていないと王妃にかなり叱られました。それにシャーロットにも」
「ああ。聞いたさ。世話をさせている者が血相を変えて伝えてきたとも」
娘が王子に手を上げたと言うのにこの父親は盛大な笑い声を響かせた。「笑い事じゃないんだけどな」と言う本人は、良く分かった上でも止まらないみたいだった。
笑うのが落ち着くとマルク王は涙を拭っている。
「でもバル君は別に気に病んでいないんだろ? シャーロットに何を言われようが、母にこっぴどく叱られようが、いつだって言いつけを守らないのが君だ」
マルク王は子供の頃から世話を焼いてくれた人物である。俺は返す言葉が見つからない。
「……まあ。これからどうするか、だよね。君の母だって何も失望したわけじゃないさ。ちょっとやり方は強引だったかもしれないけど、君らは若いから良いの良いの。少しぐらい荒波に揉まれた方が角が取れて滑らかに動けるよ」
王からの激励の言葉であった。
「シャーロットのやったことは親である僕の方にも多少罪はあるかな。あの子のことは特に厳しく教育してしまったからね」
そしてマルク王は自身の大きな腹をベチンと叩く。
「これで帳消しにしよう。さあ、殴って来なさい」
「いやいや出来ませんよ。王様ですから」
俺が拒否しても怒りはしない。ハッハッハとまた笑うだけだ。
こちらとしては時々冷や冷やする。
「これに着替えなさい。服を汚してしまっては申し訳ない」
「……これですか」
そこで王は俺に布地のものを渡してきた。広げて見ると長袖のついた裾の長い白服だった。ボタンも付いていないから着方としては上からすっぽり被ればいいのだろうか。
「メイドのエプロンですよね、これ……」
ワンピースという言い方もこれに該当するかもしれない。そしてもちろんフリル付きだ。
「汚れ仕事にはこれが一番良い」
そう言って躊躇いなく、マルク王は女性ものであるフリルのついたエプロンをお召になっていた。
俺も気は進まないが身につけることにする……。この狭い小屋の一角に姿見など置いていなくて本当に良かったと思った。
だがホッとする暇はない。次に俺はマルク王から金属のバケツにスコップを持たされたのだ。
道具棚に占拠されたこの狭い部屋はなんだろうと思っていたが、その先の扉を開ければすぐに分かった。
扉の向こうは外であった。別館の屋上部分につながっていた。
「僕の後を付いておいで」
王はそう言うが、俺は正直、躊躇した。
外に出るには空模様は最悪だ。吹雪とまではいかなくても雪はしんしんと降っているし、時々強い突風も吹き抜ける。
足元はだいたい雪で覆われていて危なっかしい。一応柵はあるが屋上の上で足を滑らせて転落なんかしたくは無い。
「おーい! こっちだー!」
少し進んだところで俺を呼んでいる。仕方無しに一歩ずつ着実にその方へ向かった。
先導するマルク王が足を止めると、横の雪山を手で掻き退け始める。
すると隙間から緑のものが見えだした。立派な葉っぱであった。
よく見ると一面雪原だと思った場所は畝のようなものを作っており、それが何なのか遅れて俺は気づいた。
「畑ですか」
「そう。柄にも無くだ。すっかりハマってしまってね」
畑は区画ごとに様々な種類の野菜が植えられているのだそうだ。
マルク王は手を赤くしながら積もった雪を掻き分ける。自慢だと艶の良い緑の葉を見せて説明してくれた。
この時期に収穫できる葉野菜や根菜が活き活きと育っている。
ただ……屋上はほとんど野ざらしなため、外套無しでは吹き付ける雪風に凍えるしかなかったのだ。
俺はとにかく失礼にならないよう口が震えるのを必死で抑えている。
マルク王はなぜか平気なようだ。とても楽しそうである。
「趣味があると人生変わるよ」
「そ、そうですか……」
大変ご満悦であるマルク王は、俺を引き連れてさらに奥へと進んだ。
「いやあ。寒かったねぇ」
そう言えるのはやっと雪風をしのげる場所に入ったからであった。三方を木板の壁に囲まれているだけでだいぶ違う。
マルク王は寒さは平気なのかと思っていた。しかし赤い両手をすり合わせて先程からしきりに吐息で温めている。
ここでは俺はマルク王の手伝いをするらしかった。
なんでも植物の成長に邪魔をする新芽があるのだとか。それを根本からポッキリ折って取り除いてくれと言われた。
なんだか悪い政治家にでもなったような気分だ。
二人で作業をしているとマルク王はいつまでも機嫌が良かった。
それでにこやかに語り始めた。
「植物というのは育て方次第でゼロにも百にもなるんだ。こんな作業も些細だと侮ってはいけないよ。僕は誠心誠意、愛情をかけて育ててあげる。みんな家族なんだね」
「は、はあ……」
みんな家族なんだね。と言われても……である。俺は冷たい人間なんだろうか。
「時間がかかるのはしかたが無い。色々試して君は君の国の持ち方を決めれば良い。いつか君でしか出来ない方法が見つかれば、急にしっくりとくるはずだ。手間と愛情を十分にかけてあげれば、いずれちゃんと答えが出るものなんだよ」
流すように聞いていた俺だったが思わず顔を上げた。
これは植物関係の名言を語られているのかと思っていたら、たしかに国と言ったような気がした。
残念ながらマルク王は語るのはやめてしまった。「そうそう」とマルク王は話を変えてくる。
「シャーロットから聞いたよ。君のところは大変だったそうじゃないか。あのネザリアの王を仕留めたなんて信じられないニュースだ。案外やるじゃないか。僕は君のことを褒めたいよ」
身に余る嬉しい言葉であるが、俺はあまり素直に喜べない。
「私は王族として自覚が足りていないと王妃にかなり叱られました。それにシャーロットにも」
「ああ。聞いたさ。世話をさせている者が血相を変えて伝えてきたとも」
娘が王子に手を上げたと言うのにこの父親は盛大な笑い声を響かせた。「笑い事じゃないんだけどな」と言う本人は、良く分かった上でも止まらないみたいだった。
笑うのが落ち着くとマルク王は涙を拭っている。
「でもバル君は別に気に病んでいないんだろ? シャーロットに何を言われようが、母にこっぴどく叱られようが、いつだって言いつけを守らないのが君だ」
マルク王は子供の頃から世話を焼いてくれた人物である。俺は返す言葉が見つからない。
「……まあ。これからどうするか、だよね。君の母だって何も失望したわけじゃないさ。ちょっとやり方は強引だったかもしれないけど、君らは若いから良いの良いの。少しぐらい荒波に揉まれた方が角が取れて滑らかに動けるよ」
王からの激励の言葉であった。
「シャーロットのやったことは親である僕の方にも多少罪はあるかな。あの子のことは特に厳しく教育してしまったからね」
そしてマルク王は自身の大きな腹をベチンと叩く。
「これで帳消しにしよう。さあ、殴って来なさい」
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