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Ⅱ.拓かれる秘境国
監視役は見えないことにした
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それから三日後と、事態が進むのに思ったよりも早かった。
上階から中庭の様子を眺めながら片廊下を歩き、さあ今日も一日頑張ろうという気持ちで書斎に向かったのだ。
機密情報が詰まっている書斎の前にはいつも鍵守の兵士を置いており、いつものように朝の挨拶をした。
だが今日に限って兵士がぎこちないのである。
「来たか」
俺は察しが付いており堂々と扉を開いた。
「おはようございます。バル様」
「おはよう」
俺のことを振り返り見るカイセイがいる。
そこからスタスタと歩いて俺の目の前に来ると、ある記事を突きつけられた。
「見に覚えの無い内容なら良いのですが」
ハキハキとよく聞こえるように俺に言う。
示された記事にはこう記されていた。『メルチとクランクビストの密会』と。
俺が暇がてらメルチへ向かったことが、少し誇張されて書かれていたのである。
「密会では無い。プライベート訪問だ」
「やっぱりメルチに行っていたんですね!」
カイセイは頭を掻きながらワーワーと騒いでいる。
たぶんこの記事を初めて見た時にも喚き散らしたのだろう。それで鍵守の兵士がああだったのだ。
「別に良いではないか。リュンヒンも元気そうだったぞ」
俺は自分の席に座って腕を組んでいるが、怒るカイセイが机を割りそうな勢いで叩いた。
「良くありませんよ! 何のための監視が付いていると思っているんですか! あまり目立たないようにしなくてはな、とあなたが言っていたのを忘れたのですか!?」
「え? ……あー、そんなことを言ったか俺は」
「言いましたよ!!」
本当に覚えていないので、すっとぼけているわけでは無い。
「まあ一旦黙ってくれ。静かに記事を読ませろ」
そう言い再び新聞を構えていると、カイセイは言いたいことを噛み殺して黙ってくれた。
……で、なんだ。記事の内容をちゃんと見てみよう。
会議が終わったことで、また俺は何の情報も入れていなかったから新鮮味がある。
一面に大きく切り取られているのは、俺とリュンヒンが会ったことの内容だ。
俺がふらっと現れた事実に対して、記事はあらかじめ予定を合わせていたとの作り話をされていた。
我が国のトンネル工事についても触れてある。丁寧に『カイロニアとは不仲』の情報は的を得ているではないか。
メルチはというと、九カ国会議後ベンブルク代表レッセル国議長と会談。交渉は決裂。
メルチと旧ネザリアに挟まれた場所に位置するベンブルクは、両方角からの圧力が痛烈で悲劇だと大げさに書かれていた。
そんな中、最後の一文である。
『アルゴブレロ陥落はクランクビストとメルチの策略なのか』
あまり新聞に載ることのない自分の国の名を見つけた。だがその前後の文章に俺は唸る。
「アルゴブレロに何かあったのか?」
新聞から覗かせてここにいる人間に目を配った。
監視役はまさか答えるという姿勢も無いし、カイセイは自分の机に寄りかかったまま腕を組んでいる。
「真相はわかりませんが、酷い怪我を負わされたとだけは言えるでしょうね」
「なんだその曖昧な情報は」
逆に気になり、詳しく話せとカイセイに言った。
そうは言われても困るという表情をされた。
「セルジオは戦争中ですから、あまり情報は流したくないのではないでしょうか。加えて内々の問題で始まった戦いですし。アルゴブレロ王も相当な権力をお持ちです」
「なるほど。だから真相は分からんというわけだな。怪我を負わせたのはキースか?」
だとしたらキースのことは見直したいと思った。
「いやぁ……違うでしょう」
カイセイが少し苦しんでから言った。
まあ、そうだよな。と俺も手のひらを返している。
俺はそれから少しの間唸っていた。
「ダメですよ」
急に言うのはカイセイだ。
「俺に言ったのか」
「そうです。何か良からぬ気を起こしていませんか」
俺の側近という立場を借りた、王妃御用達の優秀兵士が言っている。
こいつは俺に従順な兵士ではなく、あくまでも王妃に仕える俺の監視役一号なのであった。
「……俺は絶えず監視されているのか」
項垂れていても、カイセイは再び「ダメですからね」と念を押してきた。
窓の外はよく晴れて出掛け日和だ。こんな日に閉じこもっているのは逆に悪である。
「なら、俺だけで行ってくる」
俺が席を立とうとすると、もちろんカイセイが引き止めてきた。
部屋の外に出させまいと立ちはだかるカイセイに俺は告げた。
「ちょっと様子を見てくるだけだ」
「いいえ。それもいけません。メルチに迷惑がかかります」
「それならリュンヒンは気にしていない」
カイセイが「えっ?」と気を抜かれた隙に、俺は通せん坊の横をすり抜けて扉のノブを握った。
「俺はリュンヒンから一つ教訓を得てきた」
指を立てて得意げに言う。
「監視役は見えないことにした。だ」
捨て台詞を気持ちよく吐くと、俺はワハハと笑いながら書斎を出る。
勢いに任せて階段を降りれば晴天のもとに降り立った。
春空である。少し濁りのある青空がそのうち夏を連れてくるのかと思うと心も晴れやかだ。
「お待ち下さい!」
と、清々しい気持ちで両手を広げていたら、背後からまだヤツが追ってきた。
「私も行きます。キース様が心配です」
カイセイは青空よりも俺のことばかりを見て言うのであった。
話がまとまったのなら善は急げだ。
「すぐに出発するぞ」
それぞれがそれぞれの準備を始める。セルジオまでは長い旅路になるからな。
上階から中庭の様子を眺めながら片廊下を歩き、さあ今日も一日頑張ろうという気持ちで書斎に向かったのだ。
機密情報が詰まっている書斎の前にはいつも鍵守の兵士を置いており、いつものように朝の挨拶をした。
だが今日に限って兵士がぎこちないのである。
「来たか」
俺は察しが付いており堂々と扉を開いた。
「おはようございます。バル様」
「おはよう」
俺のことを振り返り見るカイセイがいる。
そこからスタスタと歩いて俺の目の前に来ると、ある記事を突きつけられた。
「見に覚えの無い内容なら良いのですが」
ハキハキとよく聞こえるように俺に言う。
示された記事にはこう記されていた。『メルチとクランクビストの密会』と。
俺が暇がてらメルチへ向かったことが、少し誇張されて書かれていたのである。
「密会では無い。プライベート訪問だ」
「やっぱりメルチに行っていたんですね!」
カイセイは頭を掻きながらワーワーと騒いでいる。
たぶんこの記事を初めて見た時にも喚き散らしたのだろう。それで鍵守の兵士がああだったのだ。
「別に良いではないか。リュンヒンも元気そうだったぞ」
俺は自分の席に座って腕を組んでいるが、怒るカイセイが机を割りそうな勢いで叩いた。
「良くありませんよ! 何のための監視が付いていると思っているんですか! あまり目立たないようにしなくてはな、とあなたが言っていたのを忘れたのですか!?」
「え? ……あー、そんなことを言ったか俺は」
「言いましたよ!!」
本当に覚えていないので、すっとぼけているわけでは無い。
「まあ一旦黙ってくれ。静かに記事を読ませろ」
そう言い再び新聞を構えていると、カイセイは言いたいことを噛み殺して黙ってくれた。
……で、なんだ。記事の内容をちゃんと見てみよう。
会議が終わったことで、また俺は何の情報も入れていなかったから新鮮味がある。
一面に大きく切り取られているのは、俺とリュンヒンが会ったことの内容だ。
俺がふらっと現れた事実に対して、記事はあらかじめ予定を合わせていたとの作り話をされていた。
我が国のトンネル工事についても触れてある。丁寧に『カイロニアとは不仲』の情報は的を得ているではないか。
メルチはというと、九カ国会議後ベンブルク代表レッセル国議長と会談。交渉は決裂。
メルチと旧ネザリアに挟まれた場所に位置するベンブルクは、両方角からの圧力が痛烈で悲劇だと大げさに書かれていた。
そんな中、最後の一文である。
『アルゴブレロ陥落はクランクビストとメルチの策略なのか』
あまり新聞に載ることのない自分の国の名を見つけた。だがその前後の文章に俺は唸る。
「アルゴブレロに何かあったのか?」
新聞から覗かせてここにいる人間に目を配った。
監視役はまさか答えるという姿勢も無いし、カイセイは自分の机に寄りかかったまま腕を組んでいる。
「真相はわかりませんが、酷い怪我を負わされたとだけは言えるでしょうね」
「なんだその曖昧な情報は」
逆に気になり、詳しく話せとカイセイに言った。
そうは言われても困るという表情をされた。
「セルジオは戦争中ですから、あまり情報は流したくないのではないでしょうか。加えて内々の問題で始まった戦いですし。アルゴブレロ王も相当な権力をお持ちです」
「なるほど。だから真相は分からんというわけだな。怪我を負わせたのはキースか?」
だとしたらキースのことは見直したいと思った。
「いやぁ……違うでしょう」
カイセイが少し苦しんでから言った。
まあ、そうだよな。と俺も手のひらを返している。
俺はそれから少しの間唸っていた。
「ダメですよ」
急に言うのはカイセイだ。
「俺に言ったのか」
「そうです。何か良からぬ気を起こしていませんか」
俺の側近という立場を借りた、王妃御用達の優秀兵士が言っている。
こいつは俺に従順な兵士ではなく、あくまでも王妃に仕える俺の監視役一号なのであった。
「……俺は絶えず監視されているのか」
項垂れていても、カイセイは再び「ダメですからね」と念を押してきた。
窓の外はよく晴れて出掛け日和だ。こんな日に閉じこもっているのは逆に悪である。
「なら、俺だけで行ってくる」
俺が席を立とうとすると、もちろんカイセイが引き止めてきた。
部屋の外に出させまいと立ちはだかるカイセイに俺は告げた。
「ちょっと様子を見てくるだけだ」
「いいえ。それもいけません。メルチに迷惑がかかります」
「それならリュンヒンは気にしていない」
カイセイが「えっ?」と気を抜かれた隙に、俺は通せん坊の横をすり抜けて扉のノブを握った。
「俺はリュンヒンから一つ教訓を得てきた」
指を立てて得意げに言う。
「監視役は見えないことにした。だ」
捨て台詞を気持ちよく吐くと、俺はワハハと笑いながら書斎を出る。
勢いに任せて階段を降りれば晴天のもとに降り立った。
春空である。少し濁りのある青空がそのうち夏を連れてくるのかと思うと心も晴れやかだ。
「お待ち下さい!」
と、清々しい気持ちで両手を広げていたら、背後からまだヤツが追ってきた。
「私も行きます。キース様が心配です」
カイセイは青空よりも俺のことばかりを見て言うのであった。
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