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Ⅱ.拓かれる秘境国
交渉‐思想の違う王ら‐
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ニューリアン国土最南端の荒野地帯。
ここは真冬の道が悪い中で馬車を走らせた記憶が新しい。
それが今はどうだ。
しっかり土の道が見えているから馬車は安定しているし、ところどころか細い野花が咲いて野ウサギまで駆け巡っているではないか。
俺はこういう旅路が一番好きなのである。まあ大体の人間がそうだと思うが。
「一度ニューリアンに寄ってから馬に乗り換えます」
「ああ、分かっている」
あれだけ俺が国を抜けるのを嫌がっていたカイセイだが、出発してみるとやけに段取りが良い。
そういえば、あれからカイセイとスイナの文通は再開したとのことを聞いていた。
良好な関係を築けており、このあと会えるのが嬉しいのか? と、俺は心の中で尋ねた。
この狭い空間で、身内の浮いた話を聞くのも何となく嫌だと思ったから口には出さない。
「あの話、マルク王が許して下さるでしょうか」
不意にカイセイがつぶやいた。自身の結婚話を、では無い。これから俺の方から持ちかける案件のことを心配している。
「五分五分といったところだな。一応マルク王の意向には沿ってあるが、あの人は古い風習を続けたがる性分だ」
だが、あの会議を欠席するほどの何かが起こっているはずである。
それによりマルク王の考え方も変わっていれば良いなと、こちらは期待に賭けていた。
「王は分からんが、シャーロットはおそらく賛成してくれるだろう」
「そうでしょうか?」
「そうだ」
ここで不安を募らせていても仕方がない。
「しっかし何の音沙汰も無いな。この向こうで戦が起きているとは信じられん」
俺は窓から外を見て言う。
荒野は荒れた土地で作物を育てるのには不向きである。
不向きであるから人も住まん。ただひとつ、そんな中にぽつんと建つ宿舎小屋を見送っただけだ。
あれは情報売りの老人と少し話をした宿である。
じじいは旅人であった。もう他所の国に移動したのだろうか。
「戦地となっているのはセルジオ内の川辺だけど聞いています」
「南北を分けている川のことか」
「はい。そこまで激化していないのではと予想していますが」
ふーん。と鼻を鳴らしながら俺はずっと窓の外ばかり覗いている。
メアネル家御殿。この馬車はまたあの庭で豪華な歓迎を受けた。
今回こそは家族総出であり、丸々としたマルク王もご満悦な笑顔で迎えてくれた。
新しく生まれた命を抱く婦人にも挨拶が出来たし、とりあえず前回の埋め合わせのようなものはその場で叶った。
きしむ廊下をシャーロットが案内しながら進んで行く。
「大事なお話ってわたくしとの結婚話かしら?」
振り返りながらはにかむ美人の姫君に、俺は「アホか」と言っている。
朝食の匂いが残る広間の席で、俺とカイセイはマルク王と対面した。
シャーロットは席を外している。俺の監視役二号は椅子には座らず俺の背後に立っているようだ。
「難しい顔つきだな。景気づけにワインでも開けようか?」
「いえ。我々はこのあとすぐに発ちますので」
せっかくの誘いにカイセイがピシャリと断った。
もう少し優しい言い方をすれば良いのにと俺は思うし、マルク王も若干気まずそうにタジタジになる。
「じゃ、じゃあ水を……」
マルクの指示で使用人が部屋を出て行った。
三人分のグラスが運ばれてくるまで実に静かである。
うちの者のせいで張り詰めてしまった空気だ。俺から先に話し始めることにする。
「こんなに早くまた会えるとは思いませんでしたよ」
軽く笑顔を作って言うと、マルク王も固まっていた表情が和らいだようだ。
「いや僕もそう思っていた」
ワッハッハといつもの調子で大笑いを響かせた。
グラスを運んだ使用人も、良かったとばかりにスキップしながら部屋を出る。
「早速……と、行きたいのですが、その前に私は王に聞きたいことがあります」
「ああ良いとも。何でも聞きなさい」
「九カ国首脳会議でキースを代理にさせたのは不思議でたまりません。あれはアルゴブレロへの挑戦状か何かですか?」
聞くとまたマルク王は腹を抱えて笑った。
ひとしきり笑ったあと瞳を光らせて「“アルゴブレロ王”と呼ばねばならんな」と叱る。
「すみません。名が長いので」
「まあ分からなくも無いから別に良いんだけども。ただしヤツのことを侮ってはいけないよよ? あんな脳筋に見えてアルゴブレロは若い時から戦の天才と呼ばれた男だ。『セルジオ王に読めぬ戦略無し』これは迷信じゃない。恐ろしいのはその奇能が老いた今も劣っていないところさ」
セルジオ国王アルゴブレロのことを良く知らない俺達に、マルクは少し説明を加えた。
「鉄壁の国は、何も兵士が凄腕というだけでは無いんだ。鋭く計算尽くされた脳で敵兵の上を描いていけるアルゴブレロの力あってこそ。その力を見込んで兵士は最もヤツのことを信頼し、個人の腕も上げるし、軍隊としての団結力も築いていけるのさ」
壮大に語ったあとはテーブルの上のナッツに手を伸ばし、小指を除いた四本の指で掴んだだけを一気に口の中に放り投げている。
平和主義を持つマルク王から、軍隊の話が出てくるのは若干意外であった。
ナッツをぼりぼりと噛み砕きながら「尊敬しなきゃいけないよ」と言うが、その姿勢のせいで楽観的に見えた。
「お二人は仲がよろしいでのすか?」
疑問に思ったらしくカイセイの方から聞いている。
俺も同じだ。やけに褒めるから付き合いがあるのかと驚いていたところであった。
「大嫌いだ。声も聞きたくない」
マルク王にとって顔を合わせる以前の問題だそうである。
ここは真冬の道が悪い中で馬車を走らせた記憶が新しい。
それが今はどうだ。
しっかり土の道が見えているから馬車は安定しているし、ところどころか細い野花が咲いて野ウサギまで駆け巡っているではないか。
俺はこういう旅路が一番好きなのである。まあ大体の人間がそうだと思うが。
「一度ニューリアンに寄ってから馬に乗り換えます」
「ああ、分かっている」
あれだけ俺が国を抜けるのを嫌がっていたカイセイだが、出発してみるとやけに段取りが良い。
そういえば、あれからカイセイとスイナの文通は再開したとのことを聞いていた。
良好な関係を築けており、このあと会えるのが嬉しいのか? と、俺は心の中で尋ねた。
この狭い空間で、身内の浮いた話を聞くのも何となく嫌だと思ったから口には出さない。
「あの話、マルク王が許して下さるでしょうか」
不意にカイセイがつぶやいた。自身の結婚話を、では無い。これから俺の方から持ちかける案件のことを心配している。
「五分五分といったところだな。一応マルク王の意向には沿ってあるが、あの人は古い風習を続けたがる性分だ」
だが、あの会議を欠席するほどの何かが起こっているはずである。
それによりマルク王の考え方も変わっていれば良いなと、こちらは期待に賭けていた。
「王は分からんが、シャーロットはおそらく賛成してくれるだろう」
「そうでしょうか?」
「そうだ」
ここで不安を募らせていても仕方がない。
「しっかし何の音沙汰も無いな。この向こうで戦が起きているとは信じられん」
俺は窓から外を見て言う。
荒野は荒れた土地で作物を育てるのには不向きである。
不向きであるから人も住まん。ただひとつ、そんな中にぽつんと建つ宿舎小屋を見送っただけだ。
あれは情報売りの老人と少し話をした宿である。
じじいは旅人であった。もう他所の国に移動したのだろうか。
「戦地となっているのはセルジオ内の川辺だけど聞いています」
「南北を分けている川のことか」
「はい。そこまで激化していないのではと予想していますが」
ふーん。と鼻を鳴らしながら俺はずっと窓の外ばかり覗いている。
メアネル家御殿。この馬車はまたあの庭で豪華な歓迎を受けた。
今回こそは家族総出であり、丸々としたマルク王もご満悦な笑顔で迎えてくれた。
新しく生まれた命を抱く婦人にも挨拶が出来たし、とりあえず前回の埋め合わせのようなものはその場で叶った。
きしむ廊下をシャーロットが案内しながら進んで行く。
「大事なお話ってわたくしとの結婚話かしら?」
振り返りながらはにかむ美人の姫君に、俺は「アホか」と言っている。
朝食の匂いが残る広間の席で、俺とカイセイはマルク王と対面した。
シャーロットは席を外している。俺の監視役二号は椅子には座らず俺の背後に立っているようだ。
「難しい顔つきだな。景気づけにワインでも開けようか?」
「いえ。我々はこのあとすぐに発ちますので」
せっかくの誘いにカイセイがピシャリと断った。
もう少し優しい言い方をすれば良いのにと俺は思うし、マルク王も若干気まずそうにタジタジになる。
「じゃ、じゃあ水を……」
マルクの指示で使用人が部屋を出て行った。
三人分のグラスが運ばれてくるまで実に静かである。
うちの者のせいで張り詰めてしまった空気だ。俺から先に話し始めることにする。
「こんなに早くまた会えるとは思いませんでしたよ」
軽く笑顔を作って言うと、マルク王も固まっていた表情が和らいだようだ。
「いや僕もそう思っていた」
ワッハッハといつもの調子で大笑いを響かせた。
グラスを運んだ使用人も、良かったとばかりにスキップしながら部屋を出る。
「早速……と、行きたいのですが、その前に私は王に聞きたいことがあります」
「ああ良いとも。何でも聞きなさい」
「九カ国首脳会議でキースを代理にさせたのは不思議でたまりません。あれはアルゴブレロへの挑戦状か何かですか?」
聞くとまたマルク王は腹を抱えて笑った。
ひとしきり笑ったあと瞳を光らせて「“アルゴブレロ王”と呼ばねばならんな」と叱る。
「すみません。名が長いので」
「まあ分からなくも無いから別に良いんだけども。ただしヤツのことを侮ってはいけないよよ? あんな脳筋に見えてアルゴブレロは若い時から戦の天才と呼ばれた男だ。『セルジオ王に読めぬ戦略無し』これは迷信じゃない。恐ろしいのはその奇能が老いた今も劣っていないところさ」
セルジオ国王アルゴブレロのことを良く知らない俺達に、マルクは少し説明を加えた。
「鉄壁の国は、何も兵士が凄腕というだけでは無いんだ。鋭く計算尽くされた脳で敵兵の上を描いていけるアルゴブレロの力あってこそ。その力を見込んで兵士は最もヤツのことを信頼し、個人の腕も上げるし、軍隊としての団結力も築いていけるのさ」
壮大に語ったあとはテーブルの上のナッツに手を伸ばし、小指を除いた四本の指で掴んだだけを一気に口の中に放り投げている。
平和主義を持つマルク王から、軍隊の話が出てくるのは若干意外であった。
ナッツをぼりぼりと噛み砕きながら「尊敬しなきゃいけないよ」と言うが、その姿勢のせいで楽観的に見えた。
「お二人は仲がよろしいでのすか?」
疑問に思ったらしくカイセイの方から聞いている。
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