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Ⅱ.王位継承者
犬を探して遭難しかける1
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それからアルバートは見つからない。
最初はなんとなく見かけたら声を掛けておこう程度のものだったのであるが、あろうことかなんと捜索三日目の朝がやって来てしまった。
兵も動かし国中を捜索させる中、俺の中にはもうアルバートは死んだ説すら浮上している。
「死にませんよ。アレは這いつくばってでも生き残ります」
そう確信持って言うのはカイセイだった。
人の生死について、カイセイは朝の仕事をこなす手を止めずにさらりと言った。
「あいつも一応人なのだぞ!? 何かあれば命ぐらい落とすだろう!」
逆に俺の方が熱心にアルバートに思いを寄せており声も大きくなっていた。
だが言葉の端々を見れば、どっちが良心的なのかは比べがたい。
「アレは人ではありません」
カイセイの判を押す音がトスッと書斎に響く。
手元に集中しているせいで間違った言葉が発せられたのだ。
そうでなければさすがにアルバートが可哀想でならん。ヤツはカイセイを師匠と呼んで尊敬しているからな。
カイセイの仕事分が最後の一枚を終え、山積みの一番上に置かれた。
「午後には私も見回りに出てみます。ですがこれだけ探しても居ないということは、他国に渡ったとしか考えられませんけどね」
インクで汚した手を拭きながら傍の窓から外を眺めている。
そこから見えるのは街では無くて森である。
「それか遭難しているか……ですが」
「城に帰ってくるのにわざわざ森の中を通ってくる奴がいるか」
と、俺は口にしたものの、可能性は無きにしもあらずと思うのだった。
夏が近づく季節の森は一層深まっていることだろう。見上げても城が見えんのかもしれん。
まあ冬なら凍死必至であるが、夏ならなんとかなるであろう。
やれやれと溜息をついていたらノックが鳴った。いつものごとく兵士が大量の用紙を運び込んできた。
とりあえず午後には捜索に出ることにして、ひとまずこの仕事を済ましておこうと俺も手を動かしだしている。
こんな事態にならなければアルバートのこともひた隠しにするつもりであった。
「おーい。アルバート。生きているのかー?」
茂った森に足を踏み入れる前に、俺は探している姿勢を見せるために一応呼びかけている。
その後いくら待っても返事のようなものは聞こえない。
風が吹いて木々が揺れるだけで、アルバートの居場所を教えてくれるでも無い。
「はぁ。気が重い」
本心を口にして、俺は森の中へ進む小道の残骸を歩き出した。
冬場は除雪が行われて行きやすい道であったのだが、今はほとんど手入れがされていなかった。
それもそのはずだ。あの頃はこの先にある小屋にて人をかくまっていたからな。
その人……リトゥが去ったとなれば用無し。通る人が居なければ道を作る必要も無いというわけだ。
時には護身用ナイフを取り出して道を作って歩く。
「アルバートとはどんな人物ですか」
「ん?」
俺は何か聞かれたと思い後ろを振り返った。
自分の要件しか喋らん監視役が、聞き逃した俺にもう一度同じことを伝えた。
「アルバートの事が気になるか……」
当然だろうな。
兵士総出に加えて王子も自ら出向くほどの男など、一体どれほど優れた人間だろうと気になるに決まっている。
「城の兵士だ。……うちの最強兵力なのだが抜けているところがあってな」
苦し紛れに一部嘘をついた。
「最強?」
「ああ。コバエ並みだ」
「……」
監視役は喋らなくなった。
彼の中で疑問が晴れて満足したのか、それとも理解が追いつかなくなり考えないことにしたのかは分からん。
そんなことより今は、めざましいほどに成長を遂げた草らに手こずって大変なのである。
「付いて来るだけじゃなく、お前も手伝え」
だが監視役はあくまでも監視するだけであった。
小道の残骸を超えるとそこから先はもう樹海だ。
一本の道筋があるのとは違うため、いきなり目の前は大木に当たっている。
もうここからは右も左も無い。俺より何百年も長く生きている大きな木が不規則に立っているのだ。
立ち尽くしているとどこからか獣の雄叫びのような声が響いた。
この季節だからな。熊でも鹿でも居るだろう。
「はぁ……。どうして俺がヤツのために命を張らねばならない?」
大きな独り言だ。
だんだん億劫になってくると何故か不思議と、ヤツは生き延びているんじゃないかという気がしてくるものだ。
別に必死になって探さなくてもいずれ帰って来るだろう。
「深い場所は他の者に任せて、俺達は近場をぐるぐる巡るだけでとどめておこう」
カイセイもこの森に入っていると思う。
別行動をとったのは、不意にリトゥやエセルの話題を溢してしまいそうだと思ったからである。
俺は茂みの少ない場所を選んで歩いた。
時々アルバートの名を呼びかけて立ち止まり、誰の声も聞こえないのを確認してまた歩いていく。
どの木々の隙間を縫っていても見覚えのあるような無いような景色が続いた。
監視役には言わなかったのであるが俺は正直、方向感覚を失っていた。
「バル様、ネザリア城よりエセル様がご到着されます」
森の精が幻聴を囁いてくるのだろうか。この森では居合わせていない兵士の声である。
それが聞こえた事により俺の意識は幻聴の方へと移っていった。
今となっては遠い昔のような記憶が蘇る。
……大雨が降る午後にカイセイが俺のことを呼びに来た。
雨のせいで道が悪かったと聞く。様々なトラブルの末に二時間も遅れて到着しそうだと言う。
午前のうちに着替えを済ませたせいで、空いた時間に書斎に籠もるのも嫌で窓の外を眺めて過ごしていた。
「よく降るな」
そう呟いても城中どこもかしくも慌ただしく動いており、相槌をうってくれる者も居なかった。
雨天のため玄関で馬車を迎えるのは無しとなる。
ぼーっと眺めていた窓からは敷地内に入ってくる馬車が見えていた。
……あれに俺の結婚相手が乗ってきたのか。と、他人事のように思えて頬杖をついたままであった。
雨の中、滞在期間中の荷物を運び入れる者を観察した。
馬車から降りてくる重要人物は傘で顔が見えなかった。だが城の中に入って行ったのは途中まで見ていた。
「バル様。ネザリア・カイリュ王がご挨拶をと申し上げておりますので」
「ああ、今行く」
俺はマントを翻してカイセイの待つ廊下へと向かった。
「くれぐれも失礼の無いようにお願いしますよ」
「分かっている。さすがに今日に限ってはしゃんとしているだろう」
冷えた廊下を足早に歩き、顔合わせの応接間へと急ぐ。
ちなみにカイセイは、この手のお願いをもう三ヶ月間も顔を合わせるたびに言ってきたはずだ。
最初はなんとなく見かけたら声を掛けておこう程度のものだったのであるが、あろうことかなんと捜索三日目の朝がやって来てしまった。
兵も動かし国中を捜索させる中、俺の中にはもうアルバートは死んだ説すら浮上している。
「死にませんよ。アレは這いつくばってでも生き残ります」
そう確信持って言うのはカイセイだった。
人の生死について、カイセイは朝の仕事をこなす手を止めずにさらりと言った。
「あいつも一応人なのだぞ!? 何かあれば命ぐらい落とすだろう!」
逆に俺の方が熱心にアルバートに思いを寄せており声も大きくなっていた。
だが言葉の端々を見れば、どっちが良心的なのかは比べがたい。
「アレは人ではありません」
カイセイの判を押す音がトスッと書斎に響く。
手元に集中しているせいで間違った言葉が発せられたのだ。
そうでなければさすがにアルバートが可哀想でならん。ヤツはカイセイを師匠と呼んで尊敬しているからな。
カイセイの仕事分が最後の一枚を終え、山積みの一番上に置かれた。
「午後には私も見回りに出てみます。ですがこれだけ探しても居ないということは、他国に渡ったとしか考えられませんけどね」
インクで汚した手を拭きながら傍の窓から外を眺めている。
そこから見えるのは街では無くて森である。
「それか遭難しているか……ですが」
「城に帰ってくるのにわざわざ森の中を通ってくる奴がいるか」
と、俺は口にしたものの、可能性は無きにしもあらずと思うのだった。
夏が近づく季節の森は一層深まっていることだろう。見上げても城が見えんのかもしれん。
まあ冬なら凍死必至であるが、夏ならなんとかなるであろう。
やれやれと溜息をついていたらノックが鳴った。いつものごとく兵士が大量の用紙を運び込んできた。
とりあえず午後には捜索に出ることにして、ひとまずこの仕事を済ましておこうと俺も手を動かしだしている。
こんな事態にならなければアルバートのこともひた隠しにするつもりであった。
「おーい。アルバート。生きているのかー?」
茂った森に足を踏み入れる前に、俺は探している姿勢を見せるために一応呼びかけている。
その後いくら待っても返事のようなものは聞こえない。
風が吹いて木々が揺れるだけで、アルバートの居場所を教えてくれるでも無い。
「はぁ。気が重い」
本心を口にして、俺は森の中へ進む小道の残骸を歩き出した。
冬場は除雪が行われて行きやすい道であったのだが、今はほとんど手入れがされていなかった。
それもそのはずだ。あの頃はこの先にある小屋にて人をかくまっていたからな。
その人……リトゥが去ったとなれば用無し。通る人が居なければ道を作る必要も無いというわけだ。
時には護身用ナイフを取り出して道を作って歩く。
「アルバートとはどんな人物ですか」
「ん?」
俺は何か聞かれたと思い後ろを振り返った。
自分の要件しか喋らん監視役が、聞き逃した俺にもう一度同じことを伝えた。
「アルバートの事が気になるか……」
当然だろうな。
兵士総出に加えて王子も自ら出向くほどの男など、一体どれほど優れた人間だろうと気になるに決まっている。
「城の兵士だ。……うちの最強兵力なのだが抜けているところがあってな」
苦し紛れに一部嘘をついた。
「最強?」
「ああ。コバエ並みだ」
「……」
監視役は喋らなくなった。
彼の中で疑問が晴れて満足したのか、それとも理解が追いつかなくなり考えないことにしたのかは分からん。
そんなことより今は、めざましいほどに成長を遂げた草らに手こずって大変なのである。
「付いて来るだけじゃなく、お前も手伝え」
だが監視役はあくまでも監視するだけであった。
小道の残骸を超えるとそこから先はもう樹海だ。
一本の道筋があるのとは違うため、いきなり目の前は大木に当たっている。
もうここからは右も左も無い。俺より何百年も長く生きている大きな木が不規則に立っているのだ。
立ち尽くしているとどこからか獣の雄叫びのような声が響いた。
この季節だからな。熊でも鹿でも居るだろう。
「はぁ……。どうして俺がヤツのために命を張らねばならない?」
大きな独り言だ。
だんだん億劫になってくると何故か不思議と、ヤツは生き延びているんじゃないかという気がしてくるものだ。
別に必死になって探さなくてもいずれ帰って来るだろう。
「深い場所は他の者に任せて、俺達は近場をぐるぐる巡るだけでとどめておこう」
カイセイもこの森に入っていると思う。
別行動をとったのは、不意にリトゥやエセルの話題を溢してしまいそうだと思ったからである。
俺は茂みの少ない場所を選んで歩いた。
時々アルバートの名を呼びかけて立ち止まり、誰の声も聞こえないのを確認してまた歩いていく。
どの木々の隙間を縫っていても見覚えのあるような無いような景色が続いた。
監視役には言わなかったのであるが俺は正直、方向感覚を失っていた。
「バル様、ネザリア城よりエセル様がご到着されます」
森の精が幻聴を囁いてくるのだろうか。この森では居合わせていない兵士の声である。
それが聞こえた事により俺の意識は幻聴の方へと移っていった。
今となっては遠い昔のような記憶が蘇る。
……大雨が降る午後にカイセイが俺のことを呼びに来た。
雨のせいで道が悪かったと聞く。様々なトラブルの末に二時間も遅れて到着しそうだと言う。
午前のうちに着替えを済ませたせいで、空いた時間に書斎に籠もるのも嫌で窓の外を眺めて過ごしていた。
「よく降るな」
そう呟いても城中どこもかしくも慌ただしく動いており、相槌をうってくれる者も居なかった。
雨天のため玄関で馬車を迎えるのは無しとなる。
ぼーっと眺めていた窓からは敷地内に入ってくる馬車が見えていた。
……あれに俺の結婚相手が乗ってきたのか。と、他人事のように思えて頬杖をついたままであった。
雨の中、滞在期間中の荷物を運び入れる者を観察した。
馬車から降りてくる重要人物は傘で顔が見えなかった。だが城の中に入って行ったのは途中まで見ていた。
「バル様。ネザリア・カイリュ王がご挨拶をと申し上げておりますので」
「ああ、今行く」
俺はマントを翻してカイセイの待つ廊下へと向かった。
「くれぐれも失礼の無いようにお願いしますよ」
「分かっている。さすがに今日に限ってはしゃんとしているだろう」
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