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Ⅱ.王位継承者
口止め
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雨上がりの旧ネザリアの街を行く。
歩きながら、カイリュが死ぬ前に訪れたのが最初で最後であったと思い出した。
「特に変わることも無いか」
そのように呟きながら四階建ての巨大な建物に沿って歩く。
時刻は早朝である。人気が少ないのはそのためかどうかは分からない。
道端にはいくつもの看板が掲げてあった。これは初めてここを訪れた時には見なかったものだ。
テダムの政権を否定するような言葉が綴られている。
それもいくつかの団体が用意したものだと思われた。多種多様な文句を掲げていた。
歩みを進めていると道端に座り込む人物が目につくようになる。
顔を伏せているか、沈みきった表情をしているかのどちらかであった。
職や家を失った放浪者なのだろうか。俺は横目でチラと眺めるだけで先に進んでいく。
何人かの人物は靴音に顔を上げて俺のことを見ていたが、そうしない人物のことはあまり想像したくは無いものだ。
少し顔を高くして見ると懐かしきネザリア城が見えていた。
このまま城に乗り込む気もないのでどうにかしてエセルの居場所を聞き出さなくてはならない。
するとこの道の先で放浪者に水を与えている少女を目にする。
「おい、ちょっと」
近付いて声を掛けると少女が振り返った。
「人を探しているんだが」
だが少女は反応を示さないのである。
ポカンと口を開けたまま、澄んだ瞳で見つめられている。
「人が多くいる場所に行きたいのだ」
ゆっくりと口の動きが分かるようにして伝えた。
この国は諸国を縫い合わせたような国だ。言葉を知らない子供もいるかと後になってから思った。
「……みんな」
俺がこまねいていたら少女が言う。
そしてこの道の奥を指さしていた。
「みんな?」
聞き返すと少女はうなずいていた。
もう一度「みんな」と俺に伝えてくれる。
「とにかく先に行けばみんながいるんだな」
勝手にそうこじつけ、俺は先へと早足で歩いて行った。
少女は褒美を欲しがりもせずに、俺が去ったら放浪者へ再び水を与えていた。
この通りはだんだん湾曲していき、そのうちに二つの道に分かれている。
しかし迷いはしなかった。左手の道には放浪者と世話をする者が多く溢れていたからだ。
その向こうには立派そうな建物があり、教会であるシンボルが掲げられていた。
俺は立ち止まったままでしばらくそのシンボルを眺めている。
エセルが陥落したネザリアで何かしたい、と言ったのはこういうことだろうかと考えていた。
まあ、とにかく人に聞かなくてはと俺は左手の道へ歩いていった。
「お待ちなさいな。バル王子」
こんな場所で突然、俺の名を呼ばれたことで立ち止まってしまった。
特に誰かが後ろを歩いているのも感じていなかったのだ。
声は近い場所からした気がする。
「やっぱり来たのね……」
その声が何者か分かる前に、俺は袖を引かれて建物の隙間に引きずり込まれていた。
陽も当たらぬ路地で出会ったのは、この場所に似合わんドレス姿の女性であった。
その顔は知っている。しかし少しやつれているようだ。
「リトゥか」
「ええ。覚えておいて頂けて光栄ですわ」
その割には礼のひとつもしない。
「こんなところで何をしているのだ」
「あ、あなたには関係の無いことよ。詮索なんてしないで頂戴」
リトゥはプイッと顔を背けた状態で続ける。
「目覚ましいご活躍のようですわね。独身身分に戻ったからって、気分も晴れやかになったのではなくって?」
相変わらず俺に対しての当たりが強い。
だがエセルとともに城に居た時に比べれば、そよ風のようなものだ。
ここでいがみ合って遊んでいる時間は無い。
思わぬ人物と出会えたことは俺にとって好都合である。早々に話を切り出した。
「エセルが連れて行かれたと聞いて飛んできたのだ。あいつはあそこにはもう居ないのか?」
しばらくそっぽを向いたままのリトゥであった。
背筋を正して向こうの何かを見ているのではなく、ただ単に俺から目を背けているだけだ。
それにリトゥは何か言おうか、やめようかと口を小さく開けたり閉じたりしている。
「言わんのなら行くからな」
路地から通りに出るように動くと「ちょっと!」とリトゥが袖を持つ。
「あそこにはもう居ないわ」
「じゃあ何処に行った?」
「……」
ずっと袖を持たれているのもおかしいと気付き、俺から腕を振って払い除けている。
リトゥは俯いて黙ってしまった。
「知らないというわけでは無さそうだな」
念を押せばリトゥは閉じた口元に力を入れている。
「し、知っているわよ……でも私は何も話しません」
「そうか。口止めされているのか」
リトゥはまた急に口をつぐんだ。
こいつはエセルやアルバートよりも分かりやすいかもしれん。
「エセルが誰のもとに行ったのかだけ教えておけ」
「言いませんわ」
「まさかお前はそんな悪党の一味なのか?」
「そんなはずは! ……そんなはずはありません」
俺は「ふーん」と腕を組んで言っている。
とにかく分かったことは、エセルは別に深刻な状況でも無いということだな。
それは安心できたとして、リトゥの行動は一体何なのか明らかにしたい。
「お前のことをセルジオで見かけたぞ。メルチの兵も一緒に居たではないか。どういう繋がりが出来たのだ。親戚か何かだったか?」
俺は壁に背中をもたれながら問うた。
またはぐらかされると厄介だと思い「あくまでも確認だ。先の行動に支障が出んようにな」と付け足しておく。
「……調べが進んでいるような言い方ですわね」
「情報機構の特待兵士と仲良くなってしまってな。アレが優秀なのもので大変助かっている」
しかしリトゥはフンッと鼻で笑った。
「それは嘘ですわ。あなたがあの事を知っていたら、ここまで駆けつけて来ませんもの」
得意顔になって勿体つけられてしまうと気になるではないか。
問い詰めようとすると「何も話さないわよ」と先に言われて制されてしまう。
それが逆に怪しまれると理解できずに言っているのか分からん。
「まあ、拾われた先で上手くやっているなら俺は構わんがな。お前があんまり相手を信用できんのなら早めに離れておいた方が身の為だぞ。エセルもそこに居るのならなおのことだ」
俺は背中を離していて、さあ帰ろうかと思った。
その雰囲気はリトゥも感じ取ったようだ。
去るのかと驚けばこんなことを聞いてくる。
「私があそこで何をしていたか聞かないの?」
「言いたいなら自分で話せば良い」
「それだと難しいのよ……」
「……」
俺は女心が分からんもので、何を言ってやればいいのやら黙り込んでいた。
「とにかくエセル様には会わないで」
視線を逸らしてリトゥが言った。
「なぜ俺がお前の言うことを聞かなくてはならない」
「それがエセル様のためだからよ」
理由を問うと、詳しくは話せないみたいな言い方で濁されてしまった。
これもあの上の者に口止めをされているのであろう。
「それと……」
偶然再会した割には俺に話したいことが積もりに積もっているようだ。
俺は嫌々だが、とりあえずは最後まで話を聞く姿勢でいる。
だが相手はいつまで経っても煮え切らん。
「自分から切り出したのならスッと言え」
「そ、その……帰り道にはくれぐれも気をつけて」
「なんだその物騒な注意は」
「シェード・リュンヒンにも、気を付けてちょうだい」
面を食らっていた俺であったが、その名をはっきりと聞かされればこの身ごと凍てついたようになる。
リュンヒンのことは薄々浮かんではいたのだ。
「どう……気をつけろと」
暗がりの路地裏にそれ以上の会話は無かった。
表通りに出れば晴れた雨上がりの空が広がっている。
まるでリトゥがくれた要らぬ予言は気にするなと言われているようであった。
いや、まさか嵐の前の静けさとも取るべきなのだろうか。
歩きながら、カイリュが死ぬ前に訪れたのが最初で最後であったと思い出した。
「特に変わることも無いか」
そのように呟きながら四階建ての巨大な建物に沿って歩く。
時刻は早朝である。人気が少ないのはそのためかどうかは分からない。
道端にはいくつもの看板が掲げてあった。これは初めてここを訪れた時には見なかったものだ。
テダムの政権を否定するような言葉が綴られている。
それもいくつかの団体が用意したものだと思われた。多種多様な文句を掲げていた。
歩みを進めていると道端に座り込む人物が目につくようになる。
顔を伏せているか、沈みきった表情をしているかのどちらかであった。
職や家を失った放浪者なのだろうか。俺は横目でチラと眺めるだけで先に進んでいく。
何人かの人物は靴音に顔を上げて俺のことを見ていたが、そうしない人物のことはあまり想像したくは無いものだ。
少し顔を高くして見ると懐かしきネザリア城が見えていた。
このまま城に乗り込む気もないのでどうにかしてエセルの居場所を聞き出さなくてはならない。
するとこの道の先で放浪者に水を与えている少女を目にする。
「おい、ちょっと」
近付いて声を掛けると少女が振り返った。
「人を探しているんだが」
だが少女は反応を示さないのである。
ポカンと口を開けたまま、澄んだ瞳で見つめられている。
「人が多くいる場所に行きたいのだ」
ゆっくりと口の動きが分かるようにして伝えた。
この国は諸国を縫い合わせたような国だ。言葉を知らない子供もいるかと後になってから思った。
「……みんな」
俺がこまねいていたら少女が言う。
そしてこの道の奥を指さしていた。
「みんな?」
聞き返すと少女はうなずいていた。
もう一度「みんな」と俺に伝えてくれる。
「とにかく先に行けばみんながいるんだな」
勝手にそうこじつけ、俺は先へと早足で歩いて行った。
少女は褒美を欲しがりもせずに、俺が去ったら放浪者へ再び水を与えていた。
この通りはだんだん湾曲していき、そのうちに二つの道に分かれている。
しかし迷いはしなかった。左手の道には放浪者と世話をする者が多く溢れていたからだ。
その向こうには立派そうな建物があり、教会であるシンボルが掲げられていた。
俺は立ち止まったままでしばらくそのシンボルを眺めている。
エセルが陥落したネザリアで何かしたい、と言ったのはこういうことだろうかと考えていた。
まあ、とにかく人に聞かなくてはと俺は左手の道へ歩いていった。
「お待ちなさいな。バル王子」
こんな場所で突然、俺の名を呼ばれたことで立ち止まってしまった。
特に誰かが後ろを歩いているのも感じていなかったのだ。
声は近い場所からした気がする。
「やっぱり来たのね……」
その声が何者か分かる前に、俺は袖を引かれて建物の隙間に引きずり込まれていた。
陽も当たらぬ路地で出会ったのは、この場所に似合わんドレス姿の女性であった。
その顔は知っている。しかし少しやつれているようだ。
「リトゥか」
「ええ。覚えておいて頂けて光栄ですわ」
その割には礼のひとつもしない。
「こんなところで何をしているのだ」
「あ、あなたには関係の無いことよ。詮索なんてしないで頂戴」
リトゥはプイッと顔を背けた状態で続ける。
「目覚ましいご活躍のようですわね。独身身分に戻ったからって、気分も晴れやかになったのではなくって?」
相変わらず俺に対しての当たりが強い。
だがエセルとともに城に居た時に比べれば、そよ風のようなものだ。
ここでいがみ合って遊んでいる時間は無い。
思わぬ人物と出会えたことは俺にとって好都合である。早々に話を切り出した。
「エセルが連れて行かれたと聞いて飛んできたのだ。あいつはあそこにはもう居ないのか?」
しばらくそっぽを向いたままのリトゥであった。
背筋を正して向こうの何かを見ているのではなく、ただ単に俺から目を背けているだけだ。
それにリトゥは何か言おうか、やめようかと口を小さく開けたり閉じたりしている。
「言わんのなら行くからな」
路地から通りに出るように動くと「ちょっと!」とリトゥが袖を持つ。
「あそこにはもう居ないわ」
「じゃあ何処に行った?」
「……」
ずっと袖を持たれているのもおかしいと気付き、俺から腕を振って払い除けている。
リトゥは俯いて黙ってしまった。
「知らないというわけでは無さそうだな」
念を押せばリトゥは閉じた口元に力を入れている。
「し、知っているわよ……でも私は何も話しません」
「そうか。口止めされているのか」
リトゥはまた急に口をつぐんだ。
こいつはエセルやアルバートよりも分かりやすいかもしれん。
「エセルが誰のもとに行ったのかだけ教えておけ」
「言いませんわ」
「まさかお前はそんな悪党の一味なのか?」
「そんなはずは! ……そんなはずはありません」
俺は「ふーん」と腕を組んで言っている。
とにかく分かったことは、エセルは別に深刻な状況でも無いということだな。
それは安心できたとして、リトゥの行動は一体何なのか明らかにしたい。
「お前のことをセルジオで見かけたぞ。メルチの兵も一緒に居たではないか。どういう繋がりが出来たのだ。親戚か何かだったか?」
俺は壁に背中をもたれながら問うた。
またはぐらかされると厄介だと思い「あくまでも確認だ。先の行動に支障が出んようにな」と付け足しておく。
「……調べが進んでいるような言い方ですわね」
「情報機構の特待兵士と仲良くなってしまってな。アレが優秀なのもので大変助かっている」
しかしリトゥはフンッと鼻で笑った。
「それは嘘ですわ。あなたがあの事を知っていたら、ここまで駆けつけて来ませんもの」
得意顔になって勿体つけられてしまうと気になるではないか。
問い詰めようとすると「何も話さないわよ」と先に言われて制されてしまう。
それが逆に怪しまれると理解できずに言っているのか分からん。
「まあ、拾われた先で上手くやっているなら俺は構わんがな。お前があんまり相手を信用できんのなら早めに離れておいた方が身の為だぞ。エセルもそこに居るのならなおのことだ」
俺は背中を離していて、さあ帰ろうかと思った。
その雰囲気はリトゥも感じ取ったようだ。
去るのかと驚けばこんなことを聞いてくる。
「私があそこで何をしていたか聞かないの?」
「言いたいなら自分で話せば良い」
「それだと難しいのよ……」
「……」
俺は女心が分からんもので、何を言ってやればいいのやら黙り込んでいた。
「とにかくエセル様には会わないで」
視線を逸らしてリトゥが言った。
「なぜ俺がお前の言うことを聞かなくてはならない」
「それがエセル様のためだからよ」
理由を問うと、詳しくは話せないみたいな言い方で濁されてしまった。
これもあの上の者に口止めをされているのであろう。
「それと……」
偶然再会した割には俺に話したいことが積もりに積もっているようだ。
俺は嫌々だが、とりあえずは最後まで話を聞く姿勢でいる。
だが相手はいつまで経っても煮え切らん。
「自分から切り出したのならスッと言え」
「そ、その……帰り道にはくれぐれも気をつけて」
「なんだその物騒な注意は」
「シェード・リュンヒンにも、気を付けてちょうだい」
面を食らっていた俺であったが、その名をはっきりと聞かされればこの身ごと凍てついたようになる。
リュンヒンのことは薄々浮かんではいたのだ。
「どう……気をつけろと」
暗がりの路地裏にそれ以上の会話は無かった。
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