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Ⅱ.王位継承者
旧ネザリアへ‐荒波の港‐
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アルバートはあらかじめ何やら作戦を持っていたらしいが、ここまで来たならどうでも良い。俺は行き来する人の中で一番親しい者を探し出す。その方が早かろう。
業者や商人よりも兵士の方が断然話が進みやすい。俺は積み荷の指示を行う兵士を見つけた。
「よう。調子はどうだ」
ふらっと近づいて持っていた資料を覗き込んでやると、兵士は俺だと気付いて飛び上がった。
「バ、バル様! 視察ですか!?」
「いや、ちょっと頼みたいことがあってな。急遽ネザリアに渡りたいのだ。今日船は出せるのか?」
雨より風がゴウゴウ唸る中で俺は問うた。
兵士の答えは「出ます」と即答であった。
それは正気なのかと。囚人でも乗せて転覆させる気なのかと、俺は皮肉無しにそれも尋ねている。
「陸上ルートが途絶えているので、テダム様管轄域には海上ルートでしか物資を運べません。致し方が無いのです」
兵士は理由を話すと、自ら何かを察して眉間にしわを寄せた。
「恐れ入りますがバル様。入国にはリュンヒン様の……」
「了解は得ていない」
「……それはまずいですよ」
俺を周りの人間から隠すよう端へと追いやり、兵士は切羽詰まる声で告げた。
「我が国は応戦中です。もしあなたに何かあれば大変な事になりますよ」
「大丈夫だ。ちょっと船の端に居座らせてもらうだけで関わりはしない」
「船の航路も一部ベンブルクの海域付近を通るのです。無事に目的地に到着出来る保証も出来ません」
「ああ。それでも向かいたいのだ。テダムの管轄域にな」
兵士は反論するのをやめて急に黙る。
どうしたかと思えば商人がこの兵士を尋ねて来たようだ。
俺は素性がバレないよう後ろを向いて誤魔化して過ごした。
商人は振り分け番号を告げた後、荷物積みが終わったとの報告をする。それを背中越しに聞いた。
「了解。出港には合図を出しますので待機を」
兵士の指示を受けると商人はここから離れた。
俺は大船へと駆けて行くその背中をずっと見送っている。
風に煽られ転がってきた樽に行く手を阻まれる様子を眺めて、他人事のように苦笑していた。
「お聞きしてもよろしいですか?」
二人きりになると兵士は俺に言ったようだ。
「ん?」
「……旧ネザリアへ。何をなされに行くのですか」
低く真剣な声で問われた。
俺とは信頼関係が築かれていると思っていたのに相当警戒されているようで笑える。
「恋人の顔が見たくなっただけだが。それだと理由にならんか?」
「こ、恋人ですか!?」
兵士は大変に驚いたようだ。
「旧ネザリアに恋人がいらっしゃったのですか」
「それ以外の何がある」
俺がキッパリ言うと、しかし兵士は相変わらず困惑気味であった。
それほど俺がモテんと言いたいのかと言い寄れば、兵士はぷるぷると顔を横に振る。
「詮索は致しませんので」
「ああ、よろしく頼む」
しかし俺に恋人がいるのはそんなに驚かれることなのだろうか。
あまり良い気がしないな。
「で、さっきのがネザリア行きの船なんだろう?」
俺は兵士が持つ予定表を覗き込んだ。
船の出発予定時刻とはもう五分ほど過ぎてしまっている。
この兵士がわざわざ気を利かせて出発を送らせてくれているのだ。
「あれに乗れば良いんだな」
歩き出したらまだ何かあるのか待てと言われた。
「仮に潜伏されていたことにしても、あなた程の方をぞんざいに扱ったのではメルチの美徳に反します。ですので何卒」
「分かった。ちゃんと優待されてやるからもう行かせてくれ」
兵士との話が終わったかと思われた。
しかし俺はもうひとりの存在をすっかり忘れていたのである。
この兵士を親しい名で呼ぶ声がする。俺も一緒に声のする方を振り返って見た。
ふたりのメルチ兵士である。
それから両脇を拘束されたアルバートが中間にいた。
「港でうろつく怪しい男を捕らえました」
一体お前は何をやっているのだと心の中で思い、その念が俺の顔にも出ていたのかもしれない。
アルバートは俺の顔を見上げるやいなや、ゆっくりと、ゆっくりと目を逸していった。
「お連れの方ですか?」
もちろんそれを視野に入れて俺に尋ねてくると思った。
だがすまない、アルバート。
お前にしか出来ないことがあるのだ、許せ。
「知らんな」
「連行しろ」
アルバートは俺の顔を一度も見ることなく連れて行かれた。
「一応関所にも連絡をしておこう。二日前に姿を眩ませた男かもしれない」
ふたりの兵士はそのように話し合いをしていた。
おそらくその男とアルバートは関所に到着すると一致してしまうのだろう。
……命が惜しいがアイツはよくやった。
俺はネザリアへ向かう大船に乗り込む。
兵士や商人には裏から話が通されており、形上は俺が勝手に乗り込んでいたという体だ。
風は幾分か弱まりつつあった。
これだと丸二日ほどで到着すると兵士は言う。
出港の鐘が鳴らされる。
それから遠くなろうとする港では、捕らえた男が逃げ出したと騒ぎ始めているようだ。
業者や商人よりも兵士の方が断然話が進みやすい。俺は積み荷の指示を行う兵士を見つけた。
「よう。調子はどうだ」
ふらっと近づいて持っていた資料を覗き込んでやると、兵士は俺だと気付いて飛び上がった。
「バ、バル様! 視察ですか!?」
「いや、ちょっと頼みたいことがあってな。急遽ネザリアに渡りたいのだ。今日船は出せるのか?」
雨より風がゴウゴウ唸る中で俺は問うた。
兵士の答えは「出ます」と即答であった。
それは正気なのかと。囚人でも乗せて転覆させる気なのかと、俺は皮肉無しにそれも尋ねている。
「陸上ルートが途絶えているので、テダム様管轄域には海上ルートでしか物資を運べません。致し方が無いのです」
兵士は理由を話すと、自ら何かを察して眉間にしわを寄せた。
「恐れ入りますがバル様。入国にはリュンヒン様の……」
「了解は得ていない」
「……それはまずいですよ」
俺を周りの人間から隠すよう端へと追いやり、兵士は切羽詰まる声で告げた。
「我が国は応戦中です。もしあなたに何かあれば大変な事になりますよ」
「大丈夫だ。ちょっと船の端に居座らせてもらうだけで関わりはしない」
「船の航路も一部ベンブルクの海域付近を通るのです。無事に目的地に到着出来る保証も出来ません」
「ああ。それでも向かいたいのだ。テダムの管轄域にな」
兵士は反論するのをやめて急に黙る。
どうしたかと思えば商人がこの兵士を尋ねて来たようだ。
俺は素性がバレないよう後ろを向いて誤魔化して過ごした。
商人は振り分け番号を告げた後、荷物積みが終わったとの報告をする。それを背中越しに聞いた。
「了解。出港には合図を出しますので待機を」
兵士の指示を受けると商人はここから離れた。
俺は大船へと駆けて行くその背中をずっと見送っている。
風に煽られ転がってきた樽に行く手を阻まれる様子を眺めて、他人事のように苦笑していた。
「お聞きしてもよろしいですか?」
二人きりになると兵士は俺に言ったようだ。
「ん?」
「……旧ネザリアへ。何をなされに行くのですか」
低く真剣な声で問われた。
俺とは信頼関係が築かれていると思っていたのに相当警戒されているようで笑える。
「恋人の顔が見たくなっただけだが。それだと理由にならんか?」
「こ、恋人ですか!?」
兵士は大変に驚いたようだ。
「旧ネザリアに恋人がいらっしゃったのですか」
「それ以外の何がある」
俺がキッパリ言うと、しかし兵士は相変わらず困惑気味であった。
それほど俺がモテんと言いたいのかと言い寄れば、兵士はぷるぷると顔を横に振る。
「詮索は致しませんので」
「ああ、よろしく頼む」
しかし俺に恋人がいるのはそんなに驚かれることなのだろうか。
あまり良い気がしないな。
「で、さっきのがネザリア行きの船なんだろう?」
俺は兵士が持つ予定表を覗き込んだ。
船の出発予定時刻とはもう五分ほど過ぎてしまっている。
この兵士がわざわざ気を利かせて出発を送らせてくれているのだ。
「あれに乗れば良いんだな」
歩き出したらまだ何かあるのか待てと言われた。
「仮に潜伏されていたことにしても、あなた程の方をぞんざいに扱ったのではメルチの美徳に反します。ですので何卒」
「分かった。ちゃんと優待されてやるからもう行かせてくれ」
兵士との話が終わったかと思われた。
しかし俺はもうひとりの存在をすっかり忘れていたのである。
この兵士を親しい名で呼ぶ声がする。俺も一緒に声のする方を振り返って見た。
ふたりのメルチ兵士である。
それから両脇を拘束されたアルバートが中間にいた。
「港でうろつく怪しい男を捕らえました」
一体お前は何をやっているのだと心の中で思い、その念が俺の顔にも出ていたのかもしれない。
アルバートは俺の顔を見上げるやいなや、ゆっくりと、ゆっくりと目を逸していった。
「お連れの方ですか?」
もちろんそれを視野に入れて俺に尋ねてくると思った。
だがすまない、アルバート。
お前にしか出来ないことがあるのだ、許せ。
「知らんな」
「連行しろ」
アルバートは俺の顔を一度も見ることなく連れて行かれた。
「一応関所にも連絡をしておこう。二日前に姿を眩ませた男かもしれない」
ふたりの兵士はそのように話し合いをしていた。
おそらくその男とアルバートは関所に到着すると一致してしまうのだろう。
……命が惜しいがアイツはよくやった。
俺はネザリアへ向かう大船に乗り込む。
兵士や商人には裏から話が通されており、形上は俺が勝手に乗り込んでいたという体だ。
風は幾分か弱まりつつあった。
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