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Ⅱ.王位継承者
よく出来た側近
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兄上が戻ったことで俺の居場所は本格的に書斎のみとなった。
いや、以前からだいたい書斎に立てこもっていれば問題は無かったのだろうが、俺があれこれ動き過ぎたのである。
俺は陰の人間となり、これから国の頂点に立つ兄上とは違って地道な仕事を任されることになるだろう。
まあそれも良いかと飲み込んでおり、こちらは今日も判を片手に紙と睨み合っていた。
「いひぃ!!」
外は見事な曇天である。雨は降ったり止んだりだが雷が酷い。
ピカっと光ればすぐにドラム缶を階段に転がしたみたいな激しい音が鳴っていた。
季節の変わり目だな、と俺は思うだけで済んだのであるが……。
「いひぃぃい!!」
この変なものは声であるが俺の声では無いのだぞ。
雷鳴轟くたびに傍の兵士がうるさいのである。
「紙でも丸めて耳に突っ込んでいろ」
俺がそう言うと小さく「はい」と返事をする兵士であった。ちょうど新米で手が空いていると聞いたから、仕事を手伝えと引っこ抜いて来たのだ。
普段はハキハキと返事をするし行動もキビキビしていて好印象であった。のにだ、意外な弱点に今は後悔しかしていない。
また外が光る。
「い、いいい……」
ちらっと見てみると、俺の言った通りに紙を耳の穴に詰めたようだ。
しかしそんなものではこの轟音は掻き消せんだろう。助言をしてやった俺はそう思って呆れているのである。
「他の者と代わっても良いんだぞ」
この兵士はそう言うとこちらを振り返った。
「い、いいえ。ちゃんと任務は最後までやり遂げますので」
耳栓をしていてもしっかりと聞こえているのだ。
敬礼をした勢いで耳の物がポロリと落ちてしまい、それを拾ってまた詰め直している。
「……まあ、確かに。ベルガモがそう言ったんだろうがな」
これでは完遂するにも俺へのストレスがかかり過ぎるような気がする。
気を落としている間にも雷は空気を読むことが出来ない。兵士は震え上がるか、叫ぶのを我慢しておかしくなりそうであるか、だった。
あいにく城の中は新しい王政に移すための準備で慌ただしく、俺のもとに届いてくる用紙も恐ろしい数であった。
神も雷など落としていないで手伝いに来いと思うくらいだ。
「はあ」
ため息を吐いて、少し気を落ち着かせようと外の景色を見るため席を立つ。
窓辺に近付くと切羽詰まった声で兵士が俺の名を呼ぶのであった。
「危ないですよ!! 打たれてしまいますよ!?」
「大丈夫だ。それより仕事をサボるな? ベルガモに不真面目だったと言うぞ」
「そっ、それはいけません!」
急いで仕事に目を戻したようである。
「雷とは意外に地面に落ちる可能性は低い」
経験値から物を語り、俺は窓から町の屋根を見渡した。
一部で煙と火が上がっているようであった。いや、まさかなと思い、この事は俺だけの中で留めておこうと思ったのだ。
部屋の中にノック音が鳴る。
「バル様。カイセイ様が来られました」
それを聞くと「やっと来たか」と思わず口に出してしまう。
鍵守りの兵士にカイセイを中に入れるよう指示した。
扉が開くと何日かぶりに見たカイセイがやって来る。
「お久しぶりです……と言うのも何だか違う気がしますが」
カイセイもそのように言うくらいだ。
「ああ、まったくその通りだ。世話になりましたの一言や、そこの机を片付けるなども出来んくらいバタバタしているらしいな」
俺は新人兵士に使わせている机を顎で指して言う。
机の上や後ろの戸棚にはカイセイの物が置いてある。
カイセイは苦笑いをこぼしており、またその席に代役が座らされているのに少しは悪気を感じたみたいであった。
しかしその新人兵士の耳の穴に白い物が詰め込まれているのに気付くと、カイセイの態度はいつも通りに戻るのであるが。
「急に現れたのは俺に説教するためなのか」
「いいえ。大事な要件です」
カイセイは自身の机の引き出しからコルク製の耳栓を取り出した。そして新人兵士に手渡している。
「何だ要件は」
「少し確認して欲しいことがあるのです」
耳栓をはめた新人兵士は程よく周りの音を遮られたようだ。
雷が轟いても少し肩を震わせる程度で、叫ばずに過ごせるようになった。
「確認なら得意だ。こんなにも用紙が運ばれてくる」
「そんな自慢げに言われましても。ここではあれなので、一度外に出てもらえますか」
カイセイはこんな忙しい時に俺を外に連れ出した。
人気の無い廊下で立ち話でもされるのかと思えば結構歩かされることになる。
階段を上がらされて一番上までは行かなかった。
王妃のところでは無いのか。とりあえずカイセイの後を続いて歩いている。
「申し訳ございませんが、こちらの部屋でお願いします」
カイセイは言いながら足を止めた。
そこの扉を開いて俺に中に入るよう促してくる。
「ただの倉庫だろ。何か問題か?」
俺は部屋の中に不審なものが無いだろうかと見ながら足を入れた。
するとどうだ。扉がパタリと閉められて、立て続けに外から鍵など掛ける音が鳴ったのだ。
「お、おい」
廊下側の足音は至って落ち着いた足取りを奏でながら、だんだんと遠くなって聞こえなくなってしまった。
そんなカイセイを呼んで引き止めなかったのは、扉が閉められる際に隙間から差し込まれたメモを受け取ったからであった。
『突然のこと申し訳ございません。静かに待機でよろしくお願い致します』
綺麗めな文字で書かれている。
「アイツめ。主人が変わった途端になんて扱いをする」
言う割には腹はそんなに立っていない。
部屋の中を改めて見てみれば、倉庫なので棚や箱類が天井近くまでそびえ立っていた。だが、倉庫の割には隅々まで掃除がなされて床が光り輝いているのである。
それと窓際にはロイヤルなテーブルセットが運び込まれており、自分は場違いなんじゃないかと戸惑っているかのようだった。
椅子に膝掛け。テーブルにはポットとカップ。焼き菓子まで少し皿に盛ってある。
「ごゆるりと……か」
俺はテーブルの上にメモを置いて焼き菓子をひとつ齧った。
窓の外は小雨が降り出している。町の火事はどうにかなっただろうかとぼんやり思いを馳せたりした。
いや、以前からだいたい書斎に立てこもっていれば問題は無かったのだろうが、俺があれこれ動き過ぎたのである。
俺は陰の人間となり、これから国の頂点に立つ兄上とは違って地道な仕事を任されることになるだろう。
まあそれも良いかと飲み込んでおり、こちらは今日も判を片手に紙と睨み合っていた。
「いひぃ!!」
外は見事な曇天である。雨は降ったり止んだりだが雷が酷い。
ピカっと光ればすぐにドラム缶を階段に転がしたみたいな激しい音が鳴っていた。
季節の変わり目だな、と俺は思うだけで済んだのであるが……。
「いひぃぃい!!」
この変なものは声であるが俺の声では無いのだぞ。
雷鳴轟くたびに傍の兵士がうるさいのである。
「紙でも丸めて耳に突っ込んでいろ」
俺がそう言うと小さく「はい」と返事をする兵士であった。ちょうど新米で手が空いていると聞いたから、仕事を手伝えと引っこ抜いて来たのだ。
普段はハキハキと返事をするし行動もキビキビしていて好印象であった。のにだ、意外な弱点に今は後悔しかしていない。
また外が光る。
「い、いいい……」
ちらっと見てみると、俺の言った通りに紙を耳の穴に詰めたようだ。
しかしそんなものではこの轟音は掻き消せんだろう。助言をしてやった俺はそう思って呆れているのである。
「他の者と代わっても良いんだぞ」
この兵士はそう言うとこちらを振り返った。
「い、いいえ。ちゃんと任務は最後までやり遂げますので」
耳栓をしていてもしっかりと聞こえているのだ。
敬礼をした勢いで耳の物がポロリと落ちてしまい、それを拾ってまた詰め直している。
「……まあ、確かに。ベルガモがそう言ったんだろうがな」
これでは完遂するにも俺へのストレスがかかり過ぎるような気がする。
気を落としている間にも雷は空気を読むことが出来ない。兵士は震え上がるか、叫ぶのを我慢しておかしくなりそうであるか、だった。
あいにく城の中は新しい王政に移すための準備で慌ただしく、俺のもとに届いてくる用紙も恐ろしい数であった。
神も雷など落としていないで手伝いに来いと思うくらいだ。
「はあ」
ため息を吐いて、少し気を落ち着かせようと外の景色を見るため席を立つ。
窓辺に近付くと切羽詰まった声で兵士が俺の名を呼ぶのであった。
「危ないですよ!! 打たれてしまいますよ!?」
「大丈夫だ。それより仕事をサボるな? ベルガモに不真面目だったと言うぞ」
「そっ、それはいけません!」
急いで仕事に目を戻したようである。
「雷とは意外に地面に落ちる可能性は低い」
経験値から物を語り、俺は窓から町の屋根を見渡した。
一部で煙と火が上がっているようであった。いや、まさかなと思い、この事は俺だけの中で留めておこうと思ったのだ。
部屋の中にノック音が鳴る。
「バル様。カイセイ様が来られました」
それを聞くと「やっと来たか」と思わず口に出してしまう。
鍵守りの兵士にカイセイを中に入れるよう指示した。
扉が開くと何日かぶりに見たカイセイがやって来る。
「お久しぶりです……と言うのも何だか違う気がしますが」
カイセイもそのように言うくらいだ。
「ああ、まったくその通りだ。世話になりましたの一言や、そこの机を片付けるなども出来んくらいバタバタしているらしいな」
俺は新人兵士に使わせている机を顎で指して言う。
机の上や後ろの戸棚にはカイセイの物が置いてある。
カイセイは苦笑いをこぼしており、またその席に代役が座らされているのに少しは悪気を感じたみたいであった。
しかしその新人兵士の耳の穴に白い物が詰め込まれているのに気付くと、カイセイの態度はいつも通りに戻るのであるが。
「急に現れたのは俺に説教するためなのか」
「いいえ。大事な要件です」
カイセイは自身の机の引き出しからコルク製の耳栓を取り出した。そして新人兵士に手渡している。
「何だ要件は」
「少し確認して欲しいことがあるのです」
耳栓をはめた新人兵士は程よく周りの音を遮られたようだ。
雷が轟いても少し肩を震わせる程度で、叫ばずに過ごせるようになった。
「確認なら得意だ。こんなにも用紙が運ばれてくる」
「そんな自慢げに言われましても。ここではあれなので、一度外に出てもらえますか」
カイセイはこんな忙しい時に俺を外に連れ出した。
人気の無い廊下で立ち話でもされるのかと思えば結構歩かされることになる。
階段を上がらされて一番上までは行かなかった。
王妃のところでは無いのか。とりあえずカイセイの後を続いて歩いている。
「申し訳ございませんが、こちらの部屋でお願いします」
カイセイは言いながら足を止めた。
そこの扉を開いて俺に中に入るよう促してくる。
「ただの倉庫だろ。何か問題か?」
俺は部屋の中に不審なものが無いだろうかと見ながら足を入れた。
するとどうだ。扉がパタリと閉められて、立て続けに外から鍵など掛ける音が鳴ったのだ。
「お、おい」
廊下側の足音は至って落ち着いた足取りを奏でながら、だんだんと遠くなって聞こえなくなってしまった。
そんなカイセイを呼んで引き止めなかったのは、扉が閉められる際に隙間から差し込まれたメモを受け取ったからであった。
『突然のこと申し訳ございません。静かに待機でよろしくお願い致します』
綺麗めな文字で書かれている。
「アイツめ。主人が変わった途端になんて扱いをする」
言う割には腹はそんなに立っていない。
部屋の中を改めて見てみれば、倉庫なので棚や箱類が天井近くまでそびえ立っていた。だが、倉庫の割には隅々まで掃除がなされて床が光り輝いているのである。
それと窓際にはロイヤルなテーブルセットが運び込まれており、自分は場違いなんじゃないかと戸惑っているかのようだった。
椅子に膝掛け。テーブルにはポットとカップ。焼き菓子まで少し皿に盛ってある。
「ごゆるりと……か」
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