クランクビスト‐終戦した隠居諸国王子が、軍事国家王の隠し子を娶る。愛と政治に奔走する物語です‐ 【長編・完結済み】

草壁なつ帆

文字の大きさ
119 / 172
Ⅱ.王位継承者

旧友2

しおりを挟む
「リュンヒン! 返事をしろ!!」
 草をかき分け、大木の根元や枝葉の陰にも目を向けた。
 しかしどこにもリュンヒンは居ない。
「リュンヒン!」
「……」
 うめき声であった。
「リュンヒン! どこだ!!」
 一瞬だけ聞こえたような気がした音のもとを探す。
 怪我を負った敵兵である可能性もある。しかし俺はリュンヒンかもしれんと思い込んで声をかけ続けた。
 そして見つけた。
 大木の根元に転がっていた旧友だ。
「生きているか、リュンヒン!」
「あ……ああ。うう……!」
 かろうじて返事をしたが苦痛に大量の汗をかいている。
「はぁ……生きているよ。大丈夫だ……」
「大丈夫なものか。今にも死にそうだ」
 リュンヒンは苦笑するが、体に痛みが走り苦しがった。
 俺は了解を得ずにその体の痛むところを探った。
 前には二ヶ所の出血するところがある。リュンヒンの近くに二本の矢が転がり落ちていた。おそらく自分で抜いたのだ。
 背中にも三本の矢が今も刺さったままだ。
 するとリュンヒンがひとりでにハハハと力無く笑っている。
「敵兵は惜しいことをしたよ……ただの歩兵だと勘違いして放置していった……」
「神はお前にまだ生きろと言ったんだ」
「ハハハ……神なんか信じないくせに。ううっ!!」
 突然の首を締められた鳥のような声は、俺がこの渾身の力でリュンヒンの身をキツく縛ったからである。
 良いものが無くて俺の上着で止血しようとしたが、きっとこれではあまり意味を成していない。
「……それにしても何故君は来たんだ」
「お前んところの兵士が通してくれたからだ。名前はデギ……忘れたが良い奴そうだった」
「ジギルスか……良心な男だよ。ちゃんと名前を覚えてやってくれ」
 小話をしているとまたどこかで銃声が鳴り響いた。今回の音は数回の単発ではなく、複数名が撃ち合うようなものだった。
「これでは迂闊に動けんな」
「君が馬鹿みたいに僕の名前を叫んでいた方がヒヤヒヤしたけどね」
 リュンヒンは皮肉を口にし歯を見せて笑った。
 少しは元気が出たのかと俺も安心して苦笑で答えた。

「君にはこんな姿は見られたくなかったよ」
「強がりも程々にしろ。俺がいくら心配したと思っている」
「……お人好し過ぎるよ。君も、エセルさんもだ」
「エセル?」
 だがリュンヒンは口を閉じた。
 でもまあ後で聞けば良いと思って俺も追求はしなかった。
 静かになるとホトトギスの声がこの森によく響く。気持ちの良い晴天はいつまでも続いており、木の葉の影をキラキラと輝かせていた。
 森林浴には最適な今日であるが、俺は時々のんびりしそうになる自分に気を入れ直している。
「お前のところの兵士は全然現れんな」
 捜索中では幾人出会ったのであるが、ここからは声さえも聞こえて来ない。
 時々鳴る銃声もどこか遠い場所のようであった。
「当たり前さ。僕に何かあった時は10分後に切り上げろと言ってある」
「はああ?!」
 リュンヒンも「なんて声出しているんだい」と腹を痛めながら笑っていた。
 俺は大いに舌打ちを鳴らした。何を悠長に怪我人の側で鳥の声など聞かされていたのかと腹が立って仕方がない。
「城に帰るぞ」
 イライラするが置いていくわけにもいかん。
 リュンヒンの腕を俺の肩に回しておぶって戻る。
 しかしヤツは怪我人のくせに嫌だともがくから「そんなことならこれを撃つ」と、こっそり取り上げておいた閃光弾入りの銃をちらつかせた。
「こいつを空に打ち上げればメルチ兵士は喜んで駆けつけてくるだろう」
 加えてネザリアの方からも援軍がやってくるだろうがな。俺は得意顔も見せつけている。
 リュンヒンは脱力してため息をついた。
「そんなことされちゃ台無しだよ」
 抵抗する気を無くして、ちゃんと俺におぶられることにしたようだ。

 方角はリュンヒンが知っている。
 その方向へ進めば戦いの名残のない美しい森の中になった。
「僕はね……」
 リュンヒンは俺におぶられていても、力の無い声でいつまでも喋っていた。
「君の国のことが心配だよ……アレンよりも、君の方が指導者に向いている……」
「それはもう何度も言っているだろう。俺は王にはならん」
 もう三度もこの話をする。
 やはり止血がうまくいっていない。俺の両手にまで生温いものが垂れている感覚があった。
 だんだんと弱々しくなる声を聞いていても俺は話しかけ続けた。
「それよりカイセイが不憫でならん。あいつの方が愛国心があって正義感が強いだろう?」
「……」
 五秒ほど歩いても返事が無い時はわざとらしく少し揺らしたりした。
「……そうだね。カイセイはいつ結婚するんだろう……」
「そうか。言っていなかったか。シャーロットの妹のスイナという姫がいてな、ずいぶん長いこと文通を続けているみたいだ。相手の方はカイセイを気に入っているみたいだが、あれがあれだからな」
 背中越しにフフと短く笑う声が聞こえた。
 森が開けてきた。滲んでいる視界に木柵と思われる影も見えだす。
「あれは! バル様!! リュンヒン様!!」
 そこに兵士も居たようで俺のことを見つけて駆け寄ってきた。
 すぐにリュンヒンを背中から下ろしその兵士に託したが、手遅れであったと兵士の状態からして気付く。
「バル様、ご無事で!」
 リュンヒンの蘇生にかかりっきりになる中、疲労した俺を抱きしめるのはカイセイだった。
 カイセイは力が抜ける俺の体をしっかりと受け止め、その場に一緒にへたりこんだ。
 項垂れる俺の頭をぐっと引き寄せて「私も泣きます」と。そう言ってくれた。



 *  *  *


「狙いはリュンヒン様と、そこに向かうバル様でした」
 駆けつけた理由を話すカイセイが、我が城では真意に迫ったようである。
「兄上が言ったのか」
「はい。あわよくば、という形でベンブルクと連携していたようです」
 兄上は俺がメルチに向かうだろうと元々踏んでいたらしい。
 それでベンブルクは退散後にも少しの兵士を残していたのか、と俺は考える。
「……俺は国を出ると思う。お前はどうする」
「私は王妃様の手足です。自国のために残ります」
 まるで用意していたかのようなブレのない返事をカイセイはした。
 いやきっと、カイセイは王妃に仕えると決めた時からずっとこうなのであろう。
「そうか。では別れだ」
 我が城の門を手前に俺は言う。
 そこをくぐれば直接王妃の部屋へと参ろうかと思っていた。
 しかしその前に「バル王子」とカイセイが呼び止めた。
 世話になったことの礼なら聞いてやらねばと、俺は立ち止まり振り返った。
「国境を越えても友人で良いですよね?」
「友人?」
 するとカイセイがすぐに肩を落としている。
「やっぱり覚えていないですか。あなたが側近を付けるのが嫌だから『友人でいてくれるなら構わない』と言ったんですよ」
「なんて格好付けたがる男だ、そいつは」
 まさか自分のことだとは思えず鳥肌まで立っている。
「あなたです。いつも格好付けたがるじゃないですか」
「俺がか?」
 首を傾げて頭を掻いていた。
 カイセイは呆れたようにため息を吐くと「もう良いです」と言う。
「あちらでもお元気で。暇があればお手紙を書きますね」
 ひらひらと手を振りながら俺の横をすり抜けていく。
 それをぼーっと見ていたらカイセイは振り返る。
「早く来てください。王妃様のところへ行きますよ。私も報告しなければならないんですから、ご一緒に」
「お、おう」
 俺はもう帰ることの無いこの城の門を、急かされながら越えていった。
 こんな時にも雲ひとつ陰らない。
 何かを始めるにはうってつけの青空が、祖国を出ていくその時にも俺の頭上には広がっている。

しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

白い結婚だったので、勝手に離婚しました。何か問題あります?

夢窓(ゆめまど)
恋愛
「――離婚届、受理されました。お疲れさまでした」 教会の事務官がそう言ったとき、私は心の底からこう思った。 ああ、これでようやく三年分の無視に終止符を打てるわ。 王命による“形式結婚”。 夫の顔も知らず、手紙もなし、戦地から帰ってきたという噂すらない。 だから、はい、離婚。勝手に。 白い結婚だったので、勝手に離婚しました。 何か問題あります?

なぜ、私に関係あるのかしら?

シエル
ファンタジー
「初めまして、アシュフォード公爵家一女、セシリア・アシュフォードと申します」 彼女は、つい先日までこの国の王太子殿下の婚約者だった。 そして今日、このトレヴァント辺境伯家へと嫁いできた。 「…レオンハルト・トレヴァントだ」 非道にも自らの実妹を長年にわたり虐げ、婚約者以外の男との不適切な関係を理由に、王太子妃に不適格とされ、貴族学院の卒業式で婚約破棄を宣告された。 そして、新たな婚約者として、その妹が王太子本人から指名されたのだった。 「私は君と夫婦になるつもりはないし、辺境伯夫人として扱うこともない」 この判断によって、どうなるかなども考えずに… ※ 中世ヨーロッパ風の世界観です。 ※ ご都合主義ですので、ご了承下さい、 ※ 画像はAIにて作成しております

つまらない妃と呼ばれた日

柴田はつみ
恋愛
公爵令嬢リーシャは政略結婚で王妃に迎えられる。だが国王レオニスの隣には、幼馴染のセレスが“当然”のように立っていた。祝宴の夜、リーシャは国王が「つまらない妃だ」と語る声を聞いてしまい、心を閉ざす。 舞踏会で差し出された手を取らず、王弟アドリアンの助けで踊ったことで、噂は一気に燃え上がる――「王妃は王弟と」「国王の本命は幼馴染」と。 さらに宰相は儀礼と世論を操り、王妃を孤立させる策略を進める。監視の影、届かない贈り物、すり替えられた言葉、そして“白薔薇の香”が事件現場に残る冤罪の罠。 リーシャは微笑を鎧に「今日から、王の隣に立たない」と決めるが、距離を取るほど誤解は確定し、王宮は二人を引き裂いていく。 ――つまらない妃とは、いったい誰が作ったのか。真実が露わになった時、失われた“隣”は戻るのか。

完結 辺境伯様に嫁いで半年、完全に忘れられているようです   

ヴァンドール
恋愛
実家でも忘れられた存在で 嫁いだ辺境伯様にも離れに追いやられ、それすら 忘れ去られて早、半年が過ぎました。

お飾り王妃の死後~王の後悔~

ましゅぺちーの
恋愛
ウィルベルト王国の王レオンと王妃フランチェスカは白い結婚である。 王が愛するのは愛妾であるフレイアただ一人。 ウィルベルト王国では周知の事実だった。 しかしある日王妃フランチェスカが自ら命を絶ってしまう。 最後に王宛てに残された手紙を読み王は後悔に苛まれる。 小説家になろう様にも投稿しています。

「がっかりです」——その一言で終わる夫婦が、王宮にはある

柴田はつみ
恋愛
妃の席を踏みにじったのは令嬢——けれど妃の心を折ったのは、夫のたった一言だった 王太子妃リディアの唯一の安らぎは、王太子アーヴィンと交わす午後の茶会。だが新しく王宮に出入りする伯爵令嬢ミレーユは、妃の席に先に座り、殿下を私的に呼び、距離感のない振る舞いを重ねる。 リディアは王宮の礼節としてその場で正す——正しいはずだった。けれど夫は「リディア、そこまで言わなくても……」と、妃を止めた。 「わかりました。あなたには、がっかりです」 微笑んで去ったその日から、夫婦の茶会は終わる。沈黙の王宮で、言葉を失った王太子は、初めて“追う”ことを選ぶが——遅すぎた。

【完結】捨て去られた王妃は王宮で働く

ここ
ファンタジー
たしかに私は王妃になった。 5歳の頃に婚約が決まり、逃げようがなかった。完全なる政略結婚。 夫である国王陛下は、ハーレムで浮かれている。政務は王妃が行っていいらしい。私は仕事は得意だ。家臣たちが追いつけないほど、理解が早く、正確らしい。家臣たちは、王妃がいないと困るようになった。何とかしなければ…

私と子供より、夫は幼馴染とその子供のほうが大切でした。

小野 まい
恋愛
結婚記念日のディナーに夫のオスカーは現れない。 「マリアが熱を出したらしい」 駆けつけた先で、オスカーがマリアと息子カイルと楽しげに食事をする姿を妻のエリザが目撃する。 「また裏切られた……」 いつも幼馴染を優先するオスカーに、エリザの不満は限界に達していた。 「あなたは家族よりも幼馴染のほうが大事なのね」 離婚する気持ちが固まっていく。

処理中です...