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lll.ロンド小国、旧ネザリア
新たな始まり
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「苦難であったな」
そう、重苦しい声は言う。しわがれた年寄りが孫を励ますかのように、言い方自体には優しさがあった。
伝統ある形式にこだわり抜かれたカイロニア王国迎賓館。昼であっても電気をつけているが、窓の外の方が明るいからだろうか、部屋の中は薄暗く感じる。
話し合いの人物は、主賓のトートタス大臣、それからその隣にはベンブルク王国代表レッセル国議長だ。
丸型のテーブルであっても順位はつけられ、その三者の中で俺は下座に座らされていた。
「……苦難ですか」
「ああ。まことに惜しい人物を亡くしてしまった」
大臣は少し俯いた。しかしそれは自身のタバコに火をつける為にそうしただけのことだ。
ふわりと煙が天井方向へ広がっていく。
「メルチの王の死因は戦死だ。いさぎよく勝利国の要件を飲み込むのが筋だろう」
大臣のタバコを持たない方の手は、机に置かれた誓約書の上にあった。
レッセル国議長は血色の悪い顔をしかめて腕を組む。
ベンブルクはリュンヒンを討った勝利国であるのだが、カイロニアとの関係上では格下のようで発言は控えている。
しかしただ一言「お前の出る幕では無い」とだけ、俺にはどうしても言いたかったらしい。
大臣が唸る。
「クランクビストを追放された君が偶然空いた王座に座るなど、いったい何処の国が認めてくれると思っている? ニューリアンか? セルジオか? その席は、若い者が友達作りの延長で軽々しく触れられるようなものでは無い!」
大臣は最後に力強く言った。ガラス窓にも衝撃が走るほどのものであった。
張り詰めた空気感の中、ゆるりと上がっていく煙を視界の端に置き、俺は二人に告げる。
「私は王座には座りません。それとあなた方には、王座が何かとは語られたく無い」
「なに?」
二国の代表者がそれぞれの睨み方をしてくる。
「リュンヒンが死んだのは不慮の事故です。誓約する理由には該当しないでしょう」
大臣を見つめて言えば、相手は銀歯を覗かせて不敵な笑みを浮かべた。
「……百歩譲ってそうだとして。民衆の中には君がリュンヒン殿を殺めたと考える者もいるようだが」
「それは違うと説得します」
「ふん。考え無しだな」
期待はずれであると大臣は背中を背もたれにつけた。
静寂の時の中で、部屋にある大時計の針がカチカチと鳴る。
程よい長さで燃え残るタバコを大臣はガラス皿に押し付けた。すぐさま側に置いてある箱から新しいものを取り出そうと手を伸ばす。
しかし大臣は一瞬迷い、タバコは箱ごと握って自身のポケットに仕舞うことにしたようだ。
「今回は見逃してやる」
「トートタス殿!」
「レッセルよ、案ずるな」
大臣は手の甲でレッセル国議長を制した。
「若造に大した事は出来まい」
当人を目の前にして嫌味を言う。
誓約書を国議長の目の前へと滑らせると、話し合いは終わりだと大臣が勝手に椅子から立ち上がっていた。
「後悔したな」
大臣が去る前に俺は口を滑らせる。
常に余裕を持った大臣だ。静かに「態度に気を付けたまえ」と叱った。
「そちらこそ気を付けろ」
俺は大臣と同じく椅子から立ち上がる。
「今世はまだ王位が最高位だ」
ベンブルクがよこした誓約書類は卓上に置いたままで、俺は国の代表者二名に背を向けて部屋を出る。
* * *
メルチ城の一角にある執務室である。これからはここが俺の職場だ。
家具はリュンヒンの父オルバノ元王の趣味であるアンティーク調のものが揃い、天井にはその婦人イアリス妃が好むシャンデリアで飾られている。
リュンヒンの趣味に合わせたものは何も無い。それも仕方がないだろう。なにせ彼が王になってから日が浅すぎた。
祖国から持ち出した俺の荷物は使用人達に運ばせて、俺はこの部屋の中を物色している。
国民名簿から貿易や生産に関わる帳簿まで、あらゆる書類を出してはめくるの繰り返し。
メルチならクランクビストのニ十数倍は人が暮らしている。その分資料も膨大であった。
なので一つの本棚を確認した時点で諦めた。
「はあ……」
窓のところに立って外を眺める。
城の領地の向こうにメルチの華やかな街が見えていた。
街にも幾つか城があるのかと思うほど、大きな建物がちらほら見えた。
理想では、俺は冬に雪の降らない土地でのうのうと過ごせる旅がしたかったはずである。
しかしそんな旅路は数時間程度で終着となったわけだ。
「バル様。お荷物は全て運び込むのでよろしいのですよね?」
「ああ。まだ寝る部屋も決めていないからな。全部入れておいてくれ」
使用人が言うのに窓に目を向けながら返事をするが、使用人は煮え切らない様子であった。
それを背中に感じ取り、何かあったのかと俺は振り返る。
「あと半分同じくらいあるのですが……」
この執務室はいつのまにか木箱や包みで溢れかえっており、出口を塞ぐ直前であった。
「これ全部が俺の荷物か?」
「……はい。全てクランクビストから運ばれたものです」
手配は城の者に任せてきた。たぶんカイセイが何とかするだろうと勝手に思って安心しきっていたのである。
だが思った倍以上の荷物の量だ。中身は確認していないが、俺一人でこれだけの物や服を所持していただろうか。
「入り切らんものは廊下に並べておいてくれ」
「かしこまりました」
使用人は急いで他の者に知らせに行く。
部屋の中には俺一人になり、何が入っているか分からん荷物を確認しようかと少し迷っていた。
「いや、億劫だ。今日はやめておこう」
それで仕事机に腰掛けている。椅子の良し悪しはよく分からん。だが俺はこの椅子に座った瞬間気に入った。
ふとこの仕事机にチェストが備わっていることに気がつく。
三段の引き出しがあり、その真ん中の引き出しには四つの数字が彫られたダイアルが付いていた。
まさか、と思ってとりあえずはそのまま引き出しを軽く引いてみる。ダイアルの数字は何か知らんが意味ありげな数字であったので、まさか。と思った。
そして俺は鼻を鳴らす。当たり前だ。部外者には開かせないための鍵なのだ。主人不在でもちゃんと役割は全うしているようだった。
そう、重苦しい声は言う。しわがれた年寄りが孫を励ますかのように、言い方自体には優しさがあった。
伝統ある形式にこだわり抜かれたカイロニア王国迎賓館。昼であっても電気をつけているが、窓の外の方が明るいからだろうか、部屋の中は薄暗く感じる。
話し合いの人物は、主賓のトートタス大臣、それからその隣にはベンブルク王国代表レッセル国議長だ。
丸型のテーブルであっても順位はつけられ、その三者の中で俺は下座に座らされていた。
「……苦難ですか」
「ああ。まことに惜しい人物を亡くしてしまった」
大臣は少し俯いた。しかしそれは自身のタバコに火をつける為にそうしただけのことだ。
ふわりと煙が天井方向へ広がっていく。
「メルチの王の死因は戦死だ。いさぎよく勝利国の要件を飲み込むのが筋だろう」
大臣のタバコを持たない方の手は、机に置かれた誓約書の上にあった。
レッセル国議長は血色の悪い顔をしかめて腕を組む。
ベンブルクはリュンヒンを討った勝利国であるのだが、カイロニアとの関係上では格下のようで発言は控えている。
しかしただ一言「お前の出る幕では無い」とだけ、俺にはどうしても言いたかったらしい。
大臣が唸る。
「クランクビストを追放された君が偶然空いた王座に座るなど、いったい何処の国が認めてくれると思っている? ニューリアンか? セルジオか? その席は、若い者が友達作りの延長で軽々しく触れられるようなものでは無い!」
大臣は最後に力強く言った。ガラス窓にも衝撃が走るほどのものであった。
張り詰めた空気感の中、ゆるりと上がっていく煙を視界の端に置き、俺は二人に告げる。
「私は王座には座りません。それとあなた方には、王座が何かとは語られたく無い」
「なに?」
二国の代表者がそれぞれの睨み方をしてくる。
「リュンヒンが死んだのは不慮の事故です。誓約する理由には該当しないでしょう」
大臣を見つめて言えば、相手は銀歯を覗かせて不敵な笑みを浮かべた。
「……百歩譲ってそうだとして。民衆の中には君がリュンヒン殿を殺めたと考える者もいるようだが」
「それは違うと説得します」
「ふん。考え無しだな」
期待はずれであると大臣は背中を背もたれにつけた。
静寂の時の中で、部屋にある大時計の針がカチカチと鳴る。
程よい長さで燃え残るタバコを大臣はガラス皿に押し付けた。すぐさま側に置いてある箱から新しいものを取り出そうと手を伸ばす。
しかし大臣は一瞬迷い、タバコは箱ごと握って自身のポケットに仕舞うことにしたようだ。
「今回は見逃してやる」
「トートタス殿!」
「レッセルよ、案ずるな」
大臣は手の甲でレッセル国議長を制した。
「若造に大した事は出来まい」
当人を目の前にして嫌味を言う。
誓約書を国議長の目の前へと滑らせると、話し合いは終わりだと大臣が勝手に椅子から立ち上がっていた。
「後悔したな」
大臣が去る前に俺は口を滑らせる。
常に余裕を持った大臣だ。静かに「態度に気を付けたまえ」と叱った。
「そちらこそ気を付けろ」
俺は大臣と同じく椅子から立ち上がる。
「今世はまだ王位が最高位だ」
ベンブルクがよこした誓約書類は卓上に置いたままで、俺は国の代表者二名に背を向けて部屋を出る。
* * *
メルチ城の一角にある執務室である。これからはここが俺の職場だ。
家具はリュンヒンの父オルバノ元王の趣味であるアンティーク調のものが揃い、天井にはその婦人イアリス妃が好むシャンデリアで飾られている。
リュンヒンの趣味に合わせたものは何も無い。それも仕方がないだろう。なにせ彼が王になってから日が浅すぎた。
祖国から持ち出した俺の荷物は使用人達に運ばせて、俺はこの部屋の中を物色している。
国民名簿から貿易や生産に関わる帳簿まで、あらゆる書類を出してはめくるの繰り返し。
メルチならクランクビストのニ十数倍は人が暮らしている。その分資料も膨大であった。
なので一つの本棚を確認した時点で諦めた。
「はあ……」
窓のところに立って外を眺める。
城の領地の向こうにメルチの華やかな街が見えていた。
街にも幾つか城があるのかと思うほど、大きな建物がちらほら見えた。
理想では、俺は冬に雪の降らない土地でのうのうと過ごせる旅がしたかったはずである。
しかしそんな旅路は数時間程度で終着となったわけだ。
「バル様。お荷物は全て運び込むのでよろしいのですよね?」
「ああ。まだ寝る部屋も決めていないからな。全部入れておいてくれ」
使用人が言うのに窓に目を向けながら返事をするが、使用人は煮え切らない様子であった。
それを背中に感じ取り、何かあったのかと俺は振り返る。
「あと半分同じくらいあるのですが……」
この執務室はいつのまにか木箱や包みで溢れかえっており、出口を塞ぐ直前であった。
「これ全部が俺の荷物か?」
「……はい。全てクランクビストから運ばれたものです」
手配は城の者に任せてきた。たぶんカイセイが何とかするだろうと勝手に思って安心しきっていたのである。
だが思った倍以上の荷物の量だ。中身は確認していないが、俺一人でこれだけの物や服を所持していただろうか。
「入り切らんものは廊下に並べておいてくれ」
「かしこまりました」
使用人は急いで他の者に知らせに行く。
部屋の中には俺一人になり、何が入っているか分からん荷物を確認しようかと少し迷っていた。
「いや、億劫だ。今日はやめておこう」
それで仕事机に腰掛けている。椅子の良し悪しはよく分からん。だが俺はこの椅子に座った瞬間気に入った。
ふとこの仕事机にチェストが備わっていることに気がつく。
三段の引き出しがあり、その真ん中の引き出しには四つの数字が彫られたダイアルが付いていた。
まさか、と思ってとりあえずはそのまま引き出しを軽く引いてみる。ダイアルの数字は何か知らんが意味ありげな数字であったので、まさか。と思った。
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