クランクビスト‐終戦した隠居諸国王子が、軍事国家王の隠し子を娶る。愛と政治に奔走する物語です‐ 【長編・完結済み】

草壁なつ帆

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lll.ロンド小国、旧ネザリア

二度目の交渉

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 再び、ロンドにあるテントをめくれば、中で待っていた男はニヤリと笑っていた。
 俺の後にテダムが続き、エセルもテントの中に入る。その順番でエレンガバラの正面の席に座り一行は緊張していた。
 エレンガバラはテダムとエセルにも俺の時と同様に茶を配った。
「飲まねえと始まらねえ。さあ乾杯だ!」
 そちらの作法にならって四つの椀がぶつかり合う。
「……お酒じゃ無いんですね」
 テダムは椀の中をじっと見つめる素振りを見せていて、相手方の失礼にならないよう隠れて匂いを嗅いでいたみたいだ。
 椀の茶を一気に飲み干したエレンガバラが「そんな金があるかよ」と笑っている。
「アンタらのおかげでこっちは金も稼がせて貰えねぇの。ったく。何とかしてくれよ」
「何とかと言われましても、私はその規定を作った側ではありませんので」
 あくまでもテダムは旧ネザリア国王カイリュの滅んだあとの指導者だ。団結する国々に意見できるような権力は持っていなかった。
「……だよな」
 思った以上に筋肉馬鹿では無いエレンガバラである。そのことは既にわきまえているようだ。
「じゃあバルに自給自足のアドバイスでも貰うかな」
 また親しげに名前で呼ばれた俺は答えたくなく、目線をどこかへ逸らしていた。
 デキる指導者は自ら進んで話の舵を取り始める。
「バル殿の同盟書はお読みくださいましたか?」
「ああ。読んだとも。まったく俺に都合のいい事ばっか並べやがって怖いねぇ~」
 エレンガバラはわざとらしく身震いをして見せてくる。
「同意は得られませんか」
 テダムは下を向いて何か考えているようであった。ここは二国話し合いだろうと思い、俺は意見するのを控えてある。
「では、うちとの貿易を始めるのはどうでしょうか。穀物と部品を売りますので、武器を製造して下さい」
「おいおい。それは型破りにも程があるだろうが。規定は変えられねえって言ったばっかじゃねえか」
「規定はこの際無視です」
 真剣に物申すテダムに「まじかよ……」とエレンガバラが引いている。
「こいつが王で平気なのか?」
 これはエレンガバラが心配して俺に小声で話す内容だ。俺からは苦い顔しか返せん。
 あまりに常識外れの提案をしたテダムであるが、彼は揺るぎない信念を瞳に宿らせてエレンガバラから目を離さないでいた。
 野獣はそういうものが苦手で見ていられなくなった。
「はあ。もうメチャクチャだ。俺はもう巻き込まれるのはゴメンなんだよ」
 背もたれに倒れ込んで頭を抱えられてしまったのだ。
 ついでに尻のところに敷いていたらしいヤツの分の同盟書類をテーブルの上に投げ打ちつける。
 それには確かにページをめくった形跡があった。
 しかも、この一晩でそんなに汚れるか? というほど、読み古された古書のように擦り切れてもいた。
 書類に目を落としていた俺が再び前を見てみれば、エレンガバラは横向きに小さく膝を抱えている。下品にも靴のまま椅子の上に足を乗せていた。
 その体勢のまま何やらゴニョゴニョと言い出した。
「……権力者ってのはそんなに偉いのかねぇ。金だか使命だか知らねえが、何か与えさえすれば自分の思い通りに動くと思ってやがる。人間はお前らの道具じゃ無え! ……頼むから好き勝手にさせてくれよ」
 大男であるのに子供のようであった。
「そうではない」
 テダムに代わり俺が説得を試みるもヤツの心の鍵は開けられん。
 ますます折り畳んだ足を引き寄せるエレンガバラに、頭をこまねく王家の二人。
 だがこの中にはもう一人、王家の血を持たない者がいる。
「人は、与え合って生きていくんだと思います」
 そうだ。エセルだ。
 第三者が口を挟んでも知らん顔のエレンガバラに、エセルは告げた。
「この方々はあなたを利用なんてしません。国民の皆さんが平和に暮らせるように協力したいのです。大事なのは自分の利益では無く、人々の幸せです」
 そう言い切られると、エレンガバラは膝を抱えていた腕を脱力させた。真下に腕をだらけさせていてデカデカと溜息をついた。
「……と、召し使いが乞うてるが?」
 試すような口ぶりで言う。
 エセルの身なりから勘違いをされたようだが、ここでは正体を正さん方が身のためだろうと飲み込んでおいた。
 しかしエレンガバラの目がエセルに向くとなると、俺もテダムも急に緊張感が走る。
「お嬢さんよぉ。この二人のことを信頼しているのは分かるんだが、人々の幸せ? で、俺が心打たれると思ったのかい」
「思います。だってあなたはこの国の王なのでしょう?」
「お前!?」
 大男の手のひらが俺を制した。
 両足を地面に下ろして何やら不敵な笑みを浮かべ出す。
「なかなか度胸のある召し使いじゃねえか。けど、あえて教えておいてやるが、お嬢さんが思っているよりも世の中みんな王族万歳じゃ無いんだぜ? 俺もその中の一人よ。この国の"王"なんて呼ばれ方をされちゃぁ、はらわたが煮えくり返ってしゃあねぇ」
 エレンガバラは終始落ち着いて物を言い、黙ればエセルの顔色を見てやろうと覗き込んでいた。
 エセルがその眼圧に耐えかねて目線を逸らせば、ヤツは大きく口を開けて吠えるみたいに笑う。
「まっ。馬鹿丸出しで『王様、王様』言ってる輩にとって俺なんかは反逆者だ。正義の反対は悪だとよ」
 それが傑作だとテントが揺れるほどに笑っていた。
「お嬢さんには分かんねえだろう」
 エセルはそっと顔を上げる。
「分かりますよ。私も同じだったので」
「あ?」
「傲慢な王が何もかも取り上げていく国に私も居たのです。心底恨んで殺したいと思っていたけれど私には出来なかった過去もあります。だけど、反逆者と呼ばれても、まんまと利用されても、誰かを憎む気持ちでは未来は変えられないと、今の私は断言できます」
「……」
 エレンガバラはゆっくりとまた横に顔を背けていた。
 きっとテダムと同様の瞳を見ていられなくなったのである。
 それか、もしやエレンガバラ自身にエセルと同等の感情があり、くすぶられたのだろうか。
 これまでのやり取りを思い返してみれば、ヤツは王族を嫌っているようではあるが、規定で縛り上げる国々に一泡吹かせたいという考えでは無かったと思う。
「そうかよ……」
 何か呟いたかと思えば「そうかよ!!」と急に腹の底から声を上げるし、テーブルも平手で叩きだすしでビックリする。
「じゃあ、お前がそこまで言うなら取り引きはこうだ!」
 勢いのままにエレンガバラはエセルの細い腕を掴み上げた。テーブルを挟んで持ち上げられる腕にエセルは辛そうな表情をする。
「同盟は組んでやる。ただしこのお嬢さんを俺に寄越しな」
 俺が何か言う前にそう告げられた。
「なあに。遊んで捨てようなんて思っちゃいねぇさ。せっかく王子様方に貰ったんだから大事にするよ」
「くっ……」
 やはり俺が選んだ交渉の相手は間違いだった。
 何が起こるか分からんと警戒していたはずが油断した。
「わ、わかりました……」
 腕を痛がるエセルが自ら身投げしようとする。
 エレンガバラはニヤリと歯を見せて笑った。
「良かったな。俺の子が産めるんだぜ?」
 掴む手が離れると、エセルは相手側に行こうと椅子から体を引き剥がす。
 ここで止めなければと思った。
「申し訳ございません。彼女は私の大切な方なので渡せません」
 エセルが椅子から離れることができず、身動きも効かないのは隣のテダムが彼女の手を繋ぎ止めるからである。
 咄嗟の事とはいえ僅かに頬を赤らめるエセルを見て、エレンガバラはまた違う意味でのニヤけ顔になった。
「召し使いに手ぇ出すなんてイヤらしいねぇ」
 テダムは反応することなく、エセルに顔を寄せて「座っていなさい」と諭すように言っている。
 からかっても面白味のないテダムには、話しかけるのも馬鹿げているとエレンガバラは思ったらしい。
 突然、自らテーブルに投げつけていた同盟書類を掻っさらい、殴るようにして自身のサインを書きだした。
「今回きりだ。その召し使いの度胸に免じてな」
 書き終えると、渡すのとは異なる投げ方で俺に書類が渡ってきた。
 俺は「お、おお」と意味不明な声を出しながら、胸にぶつかって床に落ちた書類を拾い上げている。
 何はともあれ同盟は組まれた。
 エセルも無事であるし一安心なのかと、俺は知らずに溜息が出ている。

 その帰り。ネザリアへ帰国する者を関所のところで見送った。
 馬の手綱を持つのはテダムであり、エセルとは二人乗りであった。
 憂うでも羨ましがるでも無いが、なんだか妙な気持ちを抱えながら俺は檻の中から見守る。
「やあっ」との掛け声で馬は尻を向けて掛けて行った。
 だがその寸前に、テダムが俺に一瞬だけ向けた視線が冷酷そのもののようで、たまらず俺から目線を逸らしてしまったのだ。


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