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lll.ニューリアン王国、セルジオ王国
勝手な王様1
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自然と目が覚めるには早い時間なのかもしれん。シーツを手繰り寄せて寝返りを打ったがどうにも寝付けずに起きることに決めた。
カーテンを開けて窓も開ける。朝寒の冷気を肌に受け、風のない早朝の空を眺めた。山の方は雨が降っているのか濃霧がかかっている。
酒を飲みすぎた覚えは無いんだが頭が痛い。
朝食に呼ばれるまで体でも動かしていれば解消するだろう。メルチに来てからそれが俺の日課だったのである。
伸ばせるところは伸ばし、回せるところは回していると、頭の方も回転を良くするようだ。
今日やる事や、これから起こりうる出来事などがどんどん浮かんできて、今日も働くぞという気持ちになった。
「……よし」
体の準備が整えばそろそろ着替えに入るとする。
昨晩の舞踏会により持ち越しになっていた仕事を自室の机で片付けているとノックが鳴った。
メイドが朝食の時間であると告げてくる。腹ペコであった俺はメイドと共に食事場へと足を運んだ。だが……だ。
「いつもと違うな」
席について運ばれてきた料理を見て俺は告げる。
これでも料理が出来ない俺なりに気を遣った言い方だ。今まで出されていたものが優れているとするならば、今日の料理は明らかに劣っていた。
「お体に優しいものをお召し上がりになった方が良いと申されておりますので」
メイドが言うには誰かの意向であるとそういうことだ。
普段から別にめちゃくちゃな物を食っていたわけでも無い。調理師が作ったものを食べていただけだからな。
今日の朝食は一見だと色はほぼ緑。野菜を野菜で巻いて焼いてあるものや、野菜を野菜のソースに付けて食べるものなど、とにかく野菜を食べさせたい思いが伝わってくる。
「マルク王か……」
彼は自家製の農園を持っていた。
野菜作りにハマっていると言いながら、自身は朝からうまそうにベーコンを食べていたのが印象的だったが、まあそれは良い。
試しに野菜を野菜で巻いたものを頂いてみる。
「……」
素朴な味だ。野菜の味しかせん。他の料理も似たようなものである。調味料は塩しか使っていなさそうだ。憶測だがな。
味はどうあれ体に良いのは間違いない。ありのままの素材を堪能する良い機会だと思うことにして、皿のものは全て腹の中に入れた。
懐中時計を確認すると良い頃合いであった。今日は出掛けの用事があってこの後すぐに旅立つ。
「あのっ……バル様」
「ん?」
皿を下げに来たメイドが話しかけてきたのだと思った。何も考えずに返事をしたが、しかし側に立つ者の顔を見上げてみればエセルであった。
「あ、あれ。お前か。別の者に呼ばれた気がしたのだが」
その時が、エセルが初めて俺のことを名前で呼んだ瞬間であったことに、俺は気付かないで過ごしてしまう。
「お口に合いましたでしょうか?」
エセルが体の前で指を絡めてもじもじとしながら言った。
いったい何の話だと最初は思う。いや、ここでは料理の味を聞いているんだとは無論分かってはいた。
だが頭の中には、マルク王の丸い手に握られた野菜たちの光景が長く離れてくれなかったのだ。
「これは、お前が作ったのか?」
ようやく行き着いた予感を問うてみるとエセルは素早く頷いた。
そうと分かれば味が薄かろうが無かろうが関係ない。
「悪くは無い……美味かった」
エセルは心底ホッとしたようであった。
急にこんなことをし出すのには彼女の身に何か起こったのかと気になる。だが時間も時間だった。
長話出来ない断りを入れようとすると先にエセルが喋る。
「馬車の準備は出来ています。荷物も全て運んでおきましたので。バル様はこのまま向かってください」
気の利いた話であった。
「いや……荷物を持っていく時間ぐらいは余裕を見ていたのだが」
「あっ、えっと。それから旅路は、朝のうちにベンブルクを通過してカイロニアへ入ります。そこから汽車に乗り換えていただき、セルジオで宿泊。翌朝に会談ですので」
実に詳しく述べられるのを俺は「おう」としか返事が出来なかった。
よくは分からんのだが、エセルに見送られて玄関の方に手ぶらで向かうこととなる。
玄関ポーチではエセルが言った通りに馬車が一台止まっており、馬もすでに繋がれている状態であった。
俺が早朝に荷造りした荷物も運び込まれているし、何より一段とご機嫌なマルク王が俺のことを待ち構えていた。
「おはようございます」
「おはよう。こっちの気候はカラッと乾いていて良いね」
昨夜は随分と楽しんだはずであるが酔い残りも疲れも全く無い。むしろ肌のツヤが増しているようにも思えた。
「やあ。エセルさん。おはよう」
マルク王が俺の背後に手を上げるから驚いて振り返る。先ほど見送ってくれたエセルがまたここでも見送りに顔を出していた。
俺とマルク王は馬車に乗り込み、彼女の手を振る姿を見届けながらこの城の領地を出ていく。
「いったい何があったんだ……」
「エセルさんかい? 悩んでいるみたいだったから僕がアドバイスをあげたんだよ」
そうして内容は隠さずに全て打ち明けられる。おそらくエセルに言った言葉をそのまま聞かされた。
「良い妻の極意はこれだ。まずは朝食を作ってあげること。健康的な野菜を中心にね。味付けは薄味に限る。身の回りの世話はメイドがやってくれるからって手を抜いてはダメだ。主人の予定もちゃんと頭に入れておくように。出掛ける前には必ず玄関で見送るのを忘れてはならない。帰りも同様だ」
「いや、あの。私とエセルはもう夫婦では無いので……」
「恋人だろう? 夫婦と何が違う? いずれ一緒になるだろう?」
確かにそう言われれば、俺も恋人とは何なんだろうと考えさせられてしまった。
「親しい仲なのに王子で呼ぶのもおかしいから名前で呼ぶようにと言ってあげたよ。新鮮だったかい?」
俺は少し心当たりがあり、唸るのと合わせて「なんとなく」と答えていた。
エセルが俺のことを何と呼んでいたかは、今ここでは思い出せなかったのである。
このままエセルが今後もあの調子でいられるのは、俺としてはあまり良い気がしない。
しかし俺の気持ちとは正反対に、マルク王は自分が良い影響を与えたと思い込んでいる。困ったものだ。城に帰ったらエセルには何とか言ってやらんとな……。
「ベンブルクに着いたら美味い串焼きの店があるんだっ」
長い旅路を旅行のように捉え、ここでもどこでもマルク王だけは楽しそうで何よりだ。
こうした二人だけの長時間移動は初めてである。
何だか色々寄り道させられていらん時間を食いそうだ。愛想笑いをする心の内では早速げんなりしていた俺であった。
カーテンを開けて窓も開ける。朝寒の冷気を肌に受け、風のない早朝の空を眺めた。山の方は雨が降っているのか濃霧がかかっている。
酒を飲みすぎた覚えは無いんだが頭が痛い。
朝食に呼ばれるまで体でも動かしていれば解消するだろう。メルチに来てからそれが俺の日課だったのである。
伸ばせるところは伸ばし、回せるところは回していると、頭の方も回転を良くするようだ。
今日やる事や、これから起こりうる出来事などがどんどん浮かんできて、今日も働くぞという気持ちになった。
「……よし」
体の準備が整えばそろそろ着替えに入るとする。
昨晩の舞踏会により持ち越しになっていた仕事を自室の机で片付けているとノックが鳴った。
メイドが朝食の時間であると告げてくる。腹ペコであった俺はメイドと共に食事場へと足を運んだ。だが……だ。
「いつもと違うな」
席について運ばれてきた料理を見て俺は告げる。
これでも料理が出来ない俺なりに気を遣った言い方だ。今まで出されていたものが優れているとするならば、今日の料理は明らかに劣っていた。
「お体に優しいものをお召し上がりになった方が良いと申されておりますので」
メイドが言うには誰かの意向であるとそういうことだ。
普段から別にめちゃくちゃな物を食っていたわけでも無い。調理師が作ったものを食べていただけだからな。
今日の朝食は一見だと色はほぼ緑。野菜を野菜で巻いて焼いてあるものや、野菜を野菜のソースに付けて食べるものなど、とにかく野菜を食べさせたい思いが伝わってくる。
「マルク王か……」
彼は自家製の農園を持っていた。
野菜作りにハマっていると言いながら、自身は朝からうまそうにベーコンを食べていたのが印象的だったが、まあそれは良い。
試しに野菜を野菜で巻いたものを頂いてみる。
「……」
素朴な味だ。野菜の味しかせん。他の料理も似たようなものである。調味料は塩しか使っていなさそうだ。憶測だがな。
味はどうあれ体に良いのは間違いない。ありのままの素材を堪能する良い機会だと思うことにして、皿のものは全て腹の中に入れた。
懐中時計を確認すると良い頃合いであった。今日は出掛けの用事があってこの後すぐに旅立つ。
「あのっ……バル様」
「ん?」
皿を下げに来たメイドが話しかけてきたのだと思った。何も考えずに返事をしたが、しかし側に立つ者の顔を見上げてみればエセルであった。
「あ、あれ。お前か。別の者に呼ばれた気がしたのだが」
その時が、エセルが初めて俺のことを名前で呼んだ瞬間であったことに、俺は気付かないで過ごしてしまう。
「お口に合いましたでしょうか?」
エセルが体の前で指を絡めてもじもじとしながら言った。
いったい何の話だと最初は思う。いや、ここでは料理の味を聞いているんだとは無論分かってはいた。
だが頭の中には、マルク王の丸い手に握られた野菜たちの光景が長く離れてくれなかったのだ。
「これは、お前が作ったのか?」
ようやく行き着いた予感を問うてみるとエセルは素早く頷いた。
そうと分かれば味が薄かろうが無かろうが関係ない。
「悪くは無い……美味かった」
エセルは心底ホッとしたようであった。
急にこんなことをし出すのには彼女の身に何か起こったのかと気になる。だが時間も時間だった。
長話出来ない断りを入れようとすると先にエセルが喋る。
「馬車の準備は出来ています。荷物も全て運んでおきましたので。バル様はこのまま向かってください」
気の利いた話であった。
「いや……荷物を持っていく時間ぐらいは余裕を見ていたのだが」
「あっ、えっと。それから旅路は、朝のうちにベンブルクを通過してカイロニアへ入ります。そこから汽車に乗り換えていただき、セルジオで宿泊。翌朝に会談ですので」
実に詳しく述べられるのを俺は「おう」としか返事が出来なかった。
よくは分からんのだが、エセルに見送られて玄関の方に手ぶらで向かうこととなる。
玄関ポーチではエセルが言った通りに馬車が一台止まっており、馬もすでに繋がれている状態であった。
俺が早朝に荷造りした荷物も運び込まれているし、何より一段とご機嫌なマルク王が俺のことを待ち構えていた。
「おはようございます」
「おはよう。こっちの気候はカラッと乾いていて良いね」
昨夜は随分と楽しんだはずであるが酔い残りも疲れも全く無い。むしろ肌のツヤが増しているようにも思えた。
「やあ。エセルさん。おはよう」
マルク王が俺の背後に手を上げるから驚いて振り返る。先ほど見送ってくれたエセルがまたここでも見送りに顔を出していた。
俺とマルク王は馬車に乗り込み、彼女の手を振る姿を見届けながらこの城の領地を出ていく。
「いったい何があったんだ……」
「エセルさんかい? 悩んでいるみたいだったから僕がアドバイスをあげたんだよ」
そうして内容は隠さずに全て打ち明けられる。おそらくエセルに言った言葉をそのまま聞かされた。
「良い妻の極意はこれだ。まずは朝食を作ってあげること。健康的な野菜を中心にね。味付けは薄味に限る。身の回りの世話はメイドがやってくれるからって手を抜いてはダメだ。主人の予定もちゃんと頭に入れておくように。出掛ける前には必ず玄関で見送るのを忘れてはならない。帰りも同様だ」
「いや、あの。私とエセルはもう夫婦では無いので……」
「恋人だろう? 夫婦と何が違う? いずれ一緒になるだろう?」
確かにそう言われれば、俺も恋人とは何なんだろうと考えさせられてしまった。
「親しい仲なのに王子で呼ぶのもおかしいから名前で呼ぶようにと言ってあげたよ。新鮮だったかい?」
俺は少し心当たりがあり、唸るのと合わせて「なんとなく」と答えていた。
エセルが俺のことを何と呼んでいたかは、今ここでは思い出せなかったのである。
このままエセルが今後もあの調子でいられるのは、俺としてはあまり良い気がしない。
しかし俺の気持ちとは正反対に、マルク王は自分が良い影響を与えたと思い込んでいる。困ったものだ。城に帰ったらエセルには何とか言ってやらんとな……。
「ベンブルクに着いたら美味い串焼きの店があるんだっ」
長い旅路を旅行のように捉え、ここでもどこでもマルク王だけは楽しそうで何よりだ。
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