クランクビスト‐終戦した隠居諸国王子が、軍事国家王の隠し子を娶る。愛と政治に奔走する物語です‐ 【長編・完結済み】

草壁なつ帆

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lll.ニューリアン王国、セルジオ王国

クランクビストを潰せば良い

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「秘境だとか言われても中身はただの湿気った田舎町だ。先駆けで奇襲しちまえばとりあえずお前の心配する事にはならねえだろ。なあ?」
 こちらに問いかけられてハッとさせられる。
「あ、ああ……」
「まあ、戦意の無ぇ国を攻め落とすってのが若干、後味が悪いかもしれねぇが」
 戦の天才と呼ばれた男の脳内にはすでに滅んだクランクビストがあるようだ。大した仕事でも無いと言いたいのか暇そうに天井を見つめていた。
 そこで俺に「バル君」とささやくようにマルク王が呼んでいる。困っている様子を作り笑顔で誤魔化す顔がある。
「僕もこの男と同じ意見かな。もちろん君にも気持ちがあるとは思うんだけどね」
 つまり、戦王の奇策だったのでは無かったわけだ。
 欲しいものは戦いに勝つことで得る。正当な手法だが、これでは俺がネザリアで仕留めたカイリュの方針と同じだ。
「……他の方法では」
「これが時間も兵力もかけずに解決できる一番の方法だよ」
 戦う以外の勝負を見つけ出したという王の意見だった。
「祖国を襲えということですか」
「……」
 懸念材料を直接的な言葉で開示してみれば、寄り添おうとしてくれていたマルク王が消え入るような唸り声を出している。
 煮え切らん俺に対するアルゴブレロのイライラが揺さぶられる膝に現れていた。
「じゃあよぉ」と、筋張った手が力強く机の上に出される。
「お前にはある意味借りがあったということにして、俺んとこの軍隊を派遣してやる。それで借りは無しってことで丸肉との誓約も解消だ」
「ま、丸肉!?」
 踏ん反り返っていたアルゴブレロが勢いで卓上に上半身ごと乗り上げてくる。自身の腹の肉を気にする王のことは、どこかへ弾き飛ばさんとする勢いだ。
「リュンヒンって若王もそのつもりだったろうしなぁ?」
 瞳に宿らせるギラギラした輝きを見せつけるかのように顔を近付けられた。
 こちらは一旦口を閉じ、奥歯を噛み締めてからアルゴブレロへ問う。
「それは挑発と捉えて良いのですか」
「そう捉えたきゃそうしてみろ」
 正直、図体のデカさでも格の大きさでも、俺はこのセルジオの王には劣るのである。しかしここでは身を引くことは出来ない。
「こ、こらこら。そこ同士でやり合ってどうするんだ」
 アルゴブレロには座りなさいと指示を出すマルク王であるが、それ以上動こうという気は無さそうだ。
「バル君だって今必死に自分の道を探しているんだ。もっと気を遣った言い方があるだろう」
「うるせえ! 俺はこのぬる湯に溺れた野郎が気に食わねえ!」
 その一喝だけで、マルク王は賢く両手を膝の上に仕舞っていた。
「ぼけっとした顔してんじゃねえよ!! たかが一人おとしめただけの共謀で絆でも芽生えると思ったか!? 勘違いしてんじゃねえ!!」
 アルゴブレロの唾は俺に掛かっていた。
 ぬる湯などという酷い侮辱も越えていく叱責が続く。
「自分の道だァ? 気を遣えだァ? そんな甘ぇことやってっから、こんなくクソみてぇなゴミが生まれんだ! いいか。王ってのはなぁ、貴族じゃ無ぇ。悠長に茶でも飲んでいたいなら二度と俺の目の前に現れんな!!」
 そうして手付かずであった資料が初めて使われた。
 留め具ごと俺の顔に飛んできて、おそらくこの頬を切って行っただろう。
「……大丈夫かい? バル君」
 マルク王が無惨な形で落ちた資料を拾い上げている。それを机の上に再び戻してあとは何も言わずにいた。
 アルゴブレロもまた無口で椅子にのけぞっている。俺が貴族で茶を欲しているなら今すぐに退席しろと、そのような状況で満ちてあった。
 退席はしない。そして俺は戯言に惑わされもせん。
「クランクビストとメルチは近親国です」
「それが何だ。うちと丸肉もソレだが。俺はいつでも滅ぼせる準備はしてある」
 マルク王の顔を伺えば顔を逸らされた。
「そいつの国もそうだ。隠れてコソコソ動き回っているからな。そっちの方が悪いことでも企んでいるんじゃねえか?」
 アルゴブレロが言及した。
 マルク王は口をつぐむのに徹しており、しきりに水を飲むだけである。
 今までならニューリアンの脅威を信じなかっただろうが、直近に銃が撃てると知って印象が変わっていたところだ。
 マルク王の反応から見てもあながち的外れじゃ無いらしかった。
「お前が友人だとか思っているそいつも立場が変われば考え方も変わるってもんだ。良かったな。友情が壊れる前に死別できて」
 勝手なことを告げるアルゴブレロは何を見ているのか、真上の天井を見上げている。


 * * *


 それから何に乗って、どの道を通ってメルチに帰ったのかは覚えていない。仕切りに考えていたのはリュンヒンのことだった。
 思い返せば俺のことを避けるような場面が多くあったような気がしてくる。いや、こんな夜であるから余計にそう思わせてくるのかもしれない。
 例えば、帰り際に「来てくれて嬉しかったよ」と言われたのは、もう会うつもりがないという意思表示だったのではないか。
「聞かない方が良いんじゃないかな」その言葉が今もくすぶり続けている。
 俺には探らせたくない何かがあるのだと気が付いていたはずだ。なのに何故、真相を迫ることをしなかった?
 それはもしかして俺やエセルやクランクビストを救うものなのかと、勝手に期待したからでは無いのか。
「くそっ!」
 座席に拳を振り落とす。一度では足りず、何度かそうした。
 駆ける馬車の中でひとり座席をどれだけ殴ったか。なのに痛むのは拳とこの身の内部なのだ。
 ひたすら苦しくなって力無く横たわると、目から流れる水が鼻筋を越えて落ちた。
 一粒落ちると後を追うようにもう一粒が流れていく。これは己の不甲斐なさに流れる雫である。
 アルゴブレロの話を鵜呑みにするわけでは無い。だが一つの仮定として、旧友を一度も疑わなかったのは俺の格が足りていないということになる。
 しかし親しい者を疑うことが出来るか。ましてや死んでしまったのだぞ。
「……」
 まだ眠らぬ街の明かりがこの馬車の中まで明るく照らしていた。俺はその明るみから逃げるように車内の端により、小さくまとまって顔を隠している。
 俺は今夜、見失った。
 自分がメルチにやって来た理由を。死んだリュンヒンに突き動かされて、いったい俺は何をせねばならんと思って動いていたのだろうか。
 そして俺は知った。
 俺はメルチの人間では無いということを。
 祖国クランクビストは俺にとって必ず守らなくてはならない国であったということを痛感した。
 この国の夜は俺には明るすぎる。電気など使わず夜には真っ暗になるような場所が落ち着くのだ。
 しかしそうと分かれば俺の居場所はいったい何処にあるというのだ。
「おかえりなさいませ」
 メルチ城に馬車が到着する。電灯が照らされる下でリュンヒンの世話係に迎えられた。
「遅い帰宅でお疲れでしょう。今日は早めにお休みになられて下さい」
「……ああ。ありがとう」
 重い足取りで馬車を降り、城内へ入ろうとすると一人の女性が駆け寄ってきた。
「バル様、おかえりなさい」
 暖かみのある笑顔を向けるエセルでさえも、今の俺にとっては眩しく見える。
 軽くその頭に手のひらを乗せたのち俺は横を通って行った。
「悪い。今日は疲れた」
 彼女のおやすみを聞くこともなく自室へと向かう。
 たしか外は夜風が吹いていたかと思う。日照りの暑さを思わせるような生ぬるい風だった。
 しかし彼女の結った髪ではその風になびくことは無い。そうやって最後の居場所でさえ失われていくのか。
 この身が空になるような感覚を残したままで、俺はもうこの目を閉じてしまうことにした。
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