クランクビスト‐終戦した隠居諸国王子が、軍事国家王の隠し子を娶る。愛と政治に奔走する物語です‐ 【長編・完結済み】

草壁なつ帆

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lll.エシュ神都、パニエラ王国

手紙‐神都の王‐

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 真昼の風を受けて紙の端がペラペラめくられている。
 別に飛び散りはしないにしても、視界の隅でチラチラと動くものがあれば気になってしまう。
 窓を閉めようかとそちらに目を向ければ澄み切った青空がそこにあった。
 少し屈んで見てみれば、地表を焼くかのような太陽と出会ってこの目がやられている。
 体感では夏の真ん中だと感じるが、暦上ではもう夏も終わりそうだ。
 また雪の冬が来るのかと思えば、この目を焼いた太陽でさえも愛しく思った方が有意義なのかもしれん。
 もっと南下した国に渡り住んだなら、夏と冬がちょうどいい割合で過ごせる場所がありそうなんだが……どうしたものか。
「……」
 今日はとにかく静かな執務室だ。
「バル様」
「うわっ!?」
 突然近くで呼ばれて肩が跳ねてまで驚いた。
「地面から浮いて歩いてるのかお前は!!」
 例により足音を響かせないルイスが立っている。
 ルイスは俺の言っていることが理解できないでいて、数回瞬きをしたのちに「どういう意味ですか」と生真面目に聞いてきた。
 そんなことはどうでも良いと言い張る本人は少々気恥ずかしい。
「バル様。申し上げたいことがございます」
 生真面目なままで見つめながら言われた。
「な、なんだ……」
 窓の青空でさえ映すような透き通った瞳で見つめられると、えも言えぬ気持ちになってしまうのだが……。
「早く言え。勿体ぶるな」
「実は」
「おや、ルイス様。お勤めご苦労様でございます」
 開けっぱなしの扉からタイミング悪く現れたのはリュンヒンの世話係であった。
 世話係は曲げきった膝をプルプル震わせながら、シルバートレイに茶を乗せて運んできたのだ。
 それはあまりにも無茶な行為であり、俺が机から飛び出す前にルイスの手によってトレイが取り上げられる。
「ああ……申し訳ございません」
 恐縮する世話係を無視して、ルイスはその茶を自ら振舞っていた。俺の席と、実は同室していたアルバートの席にだ。
 まるで慣れているような手つきでティーカップに良質な茶が注がれる。
 ふわりと優雅な匂いが立つも、アルバートはいつまでも自分の世界に入り込んだままで気付かんようだった。
「彼は何を?」
 問いかけたルイスから、軽くなったポットを世話係がこっそり奪った。
 そして世話係はルイスに答えてやる前に「ふぉっふぉっふぉ」と愉快そうに笑っている。
「スキルアップです。パニエラへ通訳者として同行するために頑張っていらっしゃいます」
「通訳者……」
「ええ」
 世話係には何が嬉しいのか知らんのであるが、それはまるでひ孫を慈しむかのような柔らかい眼差しを向けていた。
 ルイスは立ち尽くしたままでアルバートの本を眺めているだけだ。
 物欲しそうに指を咥えたりはしない。相変わらずの無表情である。その方も何を思っているのか知らん。
 俺は構わずに入れたての茶をすすっている。俺の申し立てでメルチの特産茶を飲まずに済むことは大変ありがたいことだ。
「……はあ。美味い」
「さようでございますか。ありがとうございます」
 飲み干してしまえば世話係の手から次の分が足された。
「で? 申したいこととは何だ?」
 ルイスがアルバートを眺めるのをやめた。しかし、こちらを向いて「それは」と言ったところでまた邪魔が入ってしまう。

 兵士の者が俺宛の手紙を届けに来てくれたのであった。
 俺はこの時間まで暇を潰すような気持ちで仕事をしていたのだ。ようやく手元にやってきた数枚を順々に送れば、これもようやく待ちに待った手紙が混じっている。
「おい、アルバート。カイセイから手紙が来てるぞ」
「えっ! 師匠が僕に!?」
 よっぽど好きな名であるのか、アルバートは「カイセイ」を聞いただけで勉強に没頭していたところから顔を上げたらしい。
 だが次の瞬間には目の前に因縁の相手がいるのに気づいて、もう机の下に身を潜めている。
 俺がアルバートの方を向いた時にはヤツは姿を消した後だった。
 十枚近くある手紙の中から重要なものは二つのみ。カイセイから俺宛で届いているものは後で見るとして、俺が待ち侘びていた手紙はエシュ王国からの手紙である。
 真っ白な封筒に簡素な文字が綴られているだけの味気ない手紙だ。
 内容も上部を撫でるかのようなもので人が書いているとは思えん。しかし手書きであるので誰かが書いているのは確かだ。
 文章の最後にはいつも「シルヴァー」という名前で締めくくられていた。
 エシュ王国の王の名はエシュに決まっているから、このシルヴァーという人物は側近に近しい人物なのかもしれない。
 それに九カ国首脳会談では白髪でひょろりとした男と出会っている。それがエシュならシルヴァーは何者であるのか予想は尽きることがなかった。
 文章を黙読し終わるといつもその事ばかり考えていた。
 しかし今は、手紙からそっと視線を外せば物をよく知っていそうな男が居るではないか。
「……ルイス」
「はい」
「シルヴァーという人物を知っているか? エシュ王国の者だと思うのだが」
 チラッと顔を見てやっても、向こうは動揺するとか得意げになるとか何も無い。
「シルヴァー殿はエシュ王国の王ですが」
「ん? 王の名はエシュだろう」
「はい。シルヴァー殿はエシュ王国のエリシュなので」
「エリシュ? んん??」
 今俺の手に持っていた物がティーカップであったなら、握る力の加減を誤って割ってしまうところであった。
 手紙なら割れはしないが、代わりにグシャッとひとまとまりにされている。
 そこへ「おっほん!」と喉を整える最年長が一歩前に出てきた。
「エシュという国は、エシュ王国と呼ばれる場合と、エシュ神都と呼ばれる場合で代表者の呼び名が変わるのです」
 なにやら詳しそうである。説明をしてくれるようなら、ここは有り難く聞いておこう。
「どういうことだ?」
「はい。エシュ王国にはその通り『王』が国の代表者を務めておいでです。ところがエシュ神都となれば王は存在致しません。神都の上に立つ者は『エシュ』という神の名を授かるお方。そして、そのエシュの言葉を人間に伝える役割の者を『エリシュ』と呼ぶのでございます」
「……では、シルヴァー王は二番手なのか?」
「信者の方々にとってはそのお考えでよろしいかと。しかしエシュが人前に現れることは決してありません。なので信者の方でも、エリシュであるシルヴァー様をエシュと呼ぶこともあるのですよ」
 分かりそうであったのに最後にややこしくされた。
「そこは混同しても良いんだな?」
「エシュとエリシュは一心同体とされていますので」
 ややこしくされた上に、もっとややこしくしてくるではないか。
 俺の曲がっていく首を見かねてか、ここで黙りっぱなしであったルイスが口を開く。
「エシュとエリシュの関係は神話上の話です」と切り捨てた上に「要するに」とまとめられた。
「世間体ではシルヴァー殿を代表者扱いにしてありますが、裏ではエシュという別人が彼の手綱を握っているということです」
「ああ……」
 雨をも降らせそうだった曇天が急に晴れたかのようだ。
 もうこれ以上は何も入れたくないと塞ぎ込んでいた脳が、ルイスの話だけスッと染み込ませていく。
「大ボスが居るのだな」
「その通りです」
 話はようやく掴めた。
 知らずに握り潰してしまった手紙をもう一度開いてみる。俺が会談を取り付けたいという願いに対して、丁重に事を運びたいと断り文句が並んでいるのだ。
「あちらは時間をかけたいと言っている。こっちはなるべく急ぎたいのだが……」
 この手紙も三通目だ。こんなに時間のかかる話になるとは思わなかった。
「手っ取り早くパニエラに向かえば良かったか」
「それは不可能です」
「ああ。分かっている。遠征部隊に聞いた。関所が一箇所しかないのだろう? それもエシュの領地内に」
 おかしな話だ。自国の門を隣国に任せてあるとは全くどうかしている。
 内部は他国から支配されるし、外部からの貿易関連も他国任せ。
「それは本当に国なのか?」
 本心で出てくる疑問だった。
 王なら自分の国を自分で運営するのが普通だろう。そうに違いないと思う俺にはとうてい理解が届かない。
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