クランクビスト‐終戦した隠居諸国王子が、軍事国家王の隠し子を娶る。愛と政治に奔走する物語です‐ 【長編・完結済み】

草壁なつ帆

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lll.クランクビスト

国議長の罠1

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「バル様。やはり館内ではエセル様は見つかりません」
 目覚めの悪い朝の上、よくない出来事も起こっていた。
「もう少し探せ」
「はっ!」
 出発のギリギリまで粘ると決めていた。だが、そうしてもエセルが俺の元に帰ってくるわけがないと思っている。昨夜の事があったからだ。
 それに彼女は自分で動ける。ただの子リスとはもう違うのだ。
 早朝の空はパニエラの方角を見ていた。
 薄ら雲が広く覆って白くさせている。雨を降らせる気力も感じられない空だった。
「雨が降らんのだったらセルジオに向かった方が良いと思うか?」
 俺は近くの兵士に声をかける。
 兵士は唸るだけでハッキリ答えられんようであった。
 ルイスもこの晩のうちにどこかへ消えたのだ。エセルと共にどこかに行ったのならそれが良いが、可能性は低いと見ている。
 開戦日は明日。このままメルチへ戻れば戦争が始まる前に戻れそうであった。
 しかしこのまま帰還しても、クランクビストとメルチの未来は薄暗いことに変わりは無い。とはいえ、セルジオに向かって追い返されるだけならメルチに戻った方がマシである。
 選択に悩んでいると鐘が鳴り出した。あらかじめ出発時刻と定めていた時間を知らせているのだ。
 やはりエセルは戻らんか……。
「出発だ。メルチに帰還する」
 兵士を二部に分け、エセル捜索班をその場に残して俺の馬は駆け出した。

 まだ眠る街を楽々と駆け抜けるとベンブルクへの関所の塔が見えてくる。
 カイロニアもベンブルクも栄えた街であるから、こんな時間でもすでに卸業者の荷車が数台も行き来していた。
 そんなところへ馬が駆けてくるからか、ベンブルクの関所兵は怖い顔になって立ちはだかる。
「バル様ご一行ですね?」
 その一言が、まるで悪党を突き止めたかのような言い方に聞こえた。
 通行証と身分証を差し向ければ、その場で身分証の方だけ手早く確認される。
「レイヴン・バル様。レッセル国議長がお話ししたいとお待ちです」
 こちらに拒否権は与えられない。「ご案内します」と、周りに聞こえぬよう静かに言ったのち背を向けて歩き出した。
「衛兵も同行で良いのか?」
 声を掛けたら少し肩を引く程度で振り返る。
「どうぞ」
 短く告げてまた歩き出した。
 怖い顔に加えて若干陰湿さをまとった兵士は、俺がちゃんと来ているかはいちいち確認しないようだ。
「……行くぞ」
 身を縮こまらせているメルチ衛兵に着いて来るように指示を出す。

 徒歩でなかなかの距離を歩いてベンブルクの城が現れた。あまり大きくは無く小さくまとまった城であった。
 俺たちの先を行く陰湿兵士は、この城について何も語らずに城門を越えて行った。
 その後を追って俺たちも中に入るが気持ちは連行者の心地である。通り過ぎるメイドくらい、少しは歓迎の意を表して欲しいのに全くだったからだ。
 廊下の装飾などに目を向けて歩いていると案内者を見失う。すぐに見つけた彼は一言も添えずに階段を登っていた。
 旅の苦労を労う言葉も、応接間での一服も、何も無いまま階段を登らされている。
 俺より衛兵らが震え上がっているのが感じられた。だがまあ、暗殺という文字が俺の頭にも浮かんでいないわけではない。
「では私はここで」
 扉に到着するなりその者は去っていく。
 来た道を戻るのではなくて何処か別のところへ向かうようだった。そんな奇妙な行動も陰湿で少し怖い。
 それより案内された扉の方が大事だと気付く。
 何の部屋だとも書かれていない片開きの扉であった。ここが城なら倉庫か書庫くらいでしかこの形の扉を開けることがないのだと思うが。
 不審さを訴えるように衛兵と目を合わせれば、その者の肝が据わった合図なのか頷かれた。とりあえずノックをしても良いという事を言っていそうだ。
 それでノックをする。
「入って構わん」
 中から少し歳を召した男の声がした。
 声だけでは特定出来なくて扉を開ける。そこではいつでも顔色の悪いレッセル国議長の姿がある。
「なんだ。貴様か。いつもとノックが違うと思ったら」
 大きな机で部屋が埋まるような書斎だった。レッセルは机に向かって何か書き物の途中だったようだ。
 俺の訪問は、思いがけない来客であったことに間違い無いらしい。だがそれにしては落ち着き払っている。敵を目の前にしてもニヤリと笑う余裕すらあるようだ。
 そしてその側にはルイスの立ち姿があった。
「お前!?」
「ん? ああ。“ウチの”に色々世話してくれたみたいだな。いつも楽しい話を聞かせてもらっていたよ」
 ルイスの代わりにレッセルが言う。
 このタイミングでルイスが手のひらを返した。それはもうこの場の誰を恨めば良いのか分からん。ヤツを信じそうになっていた俺自身にも過失はある。
「また監視させていたのか」
「情報収集と言って欲しいがね」
 ため息まじりで言ったあとは、聞き手を動かして書き物の続きを始めている。
 その様子を眺めていたらキリのいいところでレッセルが顔を上げた。
「……ふん。良い目つきだ。鏡で見てみるか?」
「話は何だ」
 俺が食えない奴だと分かると舌打ちを鳴らしている。
 そして利き手に持っていたペンを床へと放り投げた。落ちたペンは絨毯の上に転がり、それをルイスが広って机の上に正しく置いていた。
 部下の行うことなど眼中にないレッセルは身勝手に話を進めた。
「取り引きだ。貴様はそういうやりとりが好きだろう?」
 中年の身を前屈みにして、あらかじめ机の上に出してあったものを爪で弾く。
「あの異端国と同じ書類を用意しておいた。これにメルチ王国の跡取りとして判子を押してもらいたい」
 遠目ではパニエラで見た書類と同じように見えた。
 だがまさか俺がそれに判を押すわけがなく、扉の近くで立ち尽くしていた。
「手にとって内容を確認したらいい」
 俺の意志が伝わらずにレッセルからはそのように催促される。それでも俺は動かん。
 自分の言う通りに動かんことでまたレッセルは舌打ちを打つ。
 しかし話しかける時には冷静さを欠かない。
「衰退の道を歩むよりも、力のある国に身を投じてみればどうだ。そうすれば貴様の肩の荷も下りる。メルチ、クランクビスト、どうせどちらも貴様が背負う必要の無かったもののはずだろう?」
 言われる通り、メルチはシェード家のもので、クランクビストは母上のものだ。しかし俺の感情はそれとは別のところにある。
 あちらは諭しているつもりかもしれないが曲げらるわけにはいかない。
「お前のやり方は正当な改革とは違う」
「違う? 何をもってそう言いきる? ああ、そうか。リョヤンのことか。貴様はずいぶん怒りに震えていたと聞いたからな」
 レッセルがほんの少しルイスを振り返って「なあ?」と尋ねている。
 それに対してルイスは頷きもしないが、レッセルが俺にひけらかしたいのは同意するルイスの姿勢ではなく、ヤツらの連携意識の方だ。
「勘違いしないでくれよ? 私は救ってやるのだ。気量の悪い指導者を間引いてやり、迷える民どもを導いてやるのだよ」
「それが国取りであり、改革とは別物だと言っている。国内の問題は国内で解決すべきだ。お前の入るところでは無い!」
「おお、怖い怖い」
 レッセルは口を閉じたまま失笑した上に、肩をすくめておどけてきた。
「さすが王家の貴族は定着気質が抜けずに困るな」とも独り言みたいに言った。
 結局ヤツの狙いは最初からそこなのだ。
 国民を救うなどというのは建前に過ぎん。

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