クランクビスト‐終戦した隠居諸国王子が、軍事国家王の隠し子を娶る。愛と政治に奔走する物語です‐ 【長編・完結済み】

草壁なつ帆

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lll.クランクビスト

守りたいもの

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 絶えず鳴る銃声の合間から、一人の手が伸びてきて俺の肩を揺さぶる。
「バル君! バル君! 今すぐ来るんだ!」
「リュンヒン……?」
 煙る視界だった。
 袖を掴まれ引っ張られるままにレッセルの書斎を飛び出していく。
 銃戦の中には撃たれて倒れている者が見えた。机の影に隠れたレッセルや、おそらくルイスも護身用の銃を使ったのだろう。
 廊下に出れば静かなものだ。
 そして俺を救い出した者の顔もよく見える。
「テダム! お前、何でここにいる!?」
「僕のことは良い! エセルさんが姿を消した。エシュとカイロニアの関所で居なくなったとシルヴァー殿から連絡が来たんだ!」
「シルヴァーが!?」
「たぶん君との連絡手段が無いから僕のところに来たんだと思う!」
 テダムはどこへ向かっているのか息を切らせて廊下を走る。
 俺も一緒になって走りながら、苦しい呼吸でこちらの状況を説明した。
 俺とテダムは庭から城を脱出する。裏側へと回ったところにはテダムが連れるネザリア兵士が数人待機していた。
 それに、野外に出ると地響きや砲弾の音がますます激しいものになる。
「一体何が起こっているのだ」
 混乱していればテダムが東側の方角を見やる。
「ロンドがベンブルク街への砲撃を始めている。エレンガラバ殿が痺れをきらせたか、それともレッセル殿のはかりごとかは分からない」
 建物の間から見える青空には、薄黄色がかった煙が舞いだしている。
「街を襲うとは。なんて非道なことを……」
「そうだね……。でも止めている場合じゃ無いだろう」
「ああ、そうだな」
 俺は胸元に仕舞ってあるものを掴み取るとテダムの手のひらに渡した。
 メルチ王国の王印。それと紋章を刻んだ勲章バッジだった。
「これは何?」
 後の方はテダムでも初めて見たものだと言う。
「すまん。こっちは任せても良いか。俺はエセルを助けに行く」
 不思議そうに手のひらの勲章を眺めていたテダムであったが、俺がそう言うのを聞くとシャキリと顔を上げた。
「もちろんだ。こっちは何とかするよ。セルジオが応援要請に答えるらしい。まだ希望は見える」
 あのセルジオが? と、驚いた俺の反応は想像通りだったらしい。
 馬の手綱を俺に持たせながらテダムは少し声を抑えて言う。
「たぶんだけど、シャーロット殿が説得してくれたんじゃないかな」
 俺と彼女のこじれてしまった婚約関係を知っていてか遠慮がちだった。
 俺は、シャーロットが最後に背中を向けた場面を思い出して俯いていたのだ。
 もう彼女が俺に対して何かしてあげたいと思う事など無いのだと思っていた。
「それと、もうひとつある」
「どうした?」
「いや。こっちも良い話だよ」
 俺が神妙に問うので、テダムは少し不器用にも微笑んだ。
「パニエラ王国がこちら側についたそうだ。シルヴァー殿によればエセルさんのおかげだと言っていたよ」
「ベンブルクを裏切るのか……?」
 国の事情の事はあまり聞いていないとテダムは困っている。
 しかし彼は明るい声で告げた。
「こっちの件はバル君を動かすための切り札にしようと思っていたんだけど、どうやら必要なかったみたいだね」
 俺はその意味が分からずに「俺を動かす?」と繰り返した。
「分からないなら別にいいよ。とにかく難しいんだ。バル君は」
 ますます何が言いたいのか分からん。
「ほら、さっさと乗りなよ」
「お、おう」
 尻を叩かれて急いで馬に乗る。
「エセルさんの居所だけど目星はついている?」
 馬に乗って視界が持ち上がったが、実は何も分かっていないことに気付いてしまった。
 そんな俺のことをテダムは見上げてやれやれと首を振る。
「レッセル殿はエセルさんに道案内を頼んだって言ったっけ?」
「そうらしい。だからネザリアに戻っているのではと思って」
「いいや、たぶんあの場所だ……」
 一人で考え込むようにして口にされる。
 あの場所という所は公言しにくいと言い、行き道と目印だけを教わった。

 これで今すぐにエセルの元へ飛んでいけるという時に、テダムはどうしても言っておきたいと俺をまだ引き止めていた。
 俺の顔を見上げながらハッキリとした声で告げられる。
「リュンヒンが死んでも僕は全く悲しくならなかった。それは僕が白状なんじゃないかって思って、エセルさんの前では悲しそうに装ったりしていたんだけど……たぶん分かったよ」
 こんな時でも空気を読めずに戦いの地響きが鳴る。
 そちらに目線を向けたテダムが、口だけで続きを言う。
「アイツの分までこれからちゃんと指導していかなきゃならない。僕の今やっていることをアイツが空からずっと見ているような気がするんだ。不思議だけど、生きていた頃よりも身近に居るように感じる」
 再び熱い視線が俺の方を向いた。
「共に戦おう」
 そして右手を差し出してくる。
 俺も左手を伸ばして、その手を力強く握った。
「分かった。だが、一人で全部背負うなよ。俺が三分の一くらいは持つからな」
「うん。ありがとう」
 力のこもった手のひら同士はすぐに離れ、やがてそれぞれのやる事へと向かって行った。
 俺もテダムも去る友の背中を見送りはしなかった。
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