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lll.クランクビスト
国境地帯‐見知らぬ軍服‐
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登山口の手前にて俺は馬から降りている。
ハイキングにはちょうど良い気候ではあるが、これから山を登っていくには遅い時間なのかもしれない。入り口と示された看板付近には誰も人が居なかった。
この山は反り立つような剣山では無く、ただの丘のような山である。
これを超えていけばあちら側はカイロニアの領地に入れるらしい。関所を通らずに不法入国というわけだ。
「よし」と気合を入れて一歩踏み入れた。
慣らされた土の上は平坦で、このまま歩みを進めれば上に向かっていくのが不思議だ。
少々の急坂なら登山用に作られた道以外も進んで登っていく。
テダムはそう遠くは無いと言っていた。だが、それよりもエセルの命の方が心配で急いていた。
その間にも爆発音はしきりに鳴り響いている。
森が開けた場所で後ろを振り返ってみれば、上からベンブルクの街が見下ろせた。そしてその東側は煙たく、全体的に薄黄色に濁っていた。
「エレンガバラめ……」
勝手なことをしてくれる。
西部のメルチ国境付近の橋ではベンブルク軍が渡っていくのが見えた。
実質、戦闘開始である。セルジオも加わるとなれば大戦になってしまうだろう。
クランクビストに居る母上とカイセイ。メルチに残してきたアルバート。それにテダムもだ。
俺のせいで巻き込んでしまっている。
「……いや。エセルのところへ行かねば」
首を振って再び上り坂を進んだ。
「うわっ!?」
足元が滑って何か分からんものを掴んでいた。
山では朝方に雨か霧があったらしい。地面がぬかるんでいてよく足元が滑る。
それでも俺は急ぐのだ。
「誰だ! 誰がいる!」
丸い山を回り込むように進むと巡回兵士と鉢合わせになった。
俺は咄嗟に朽木の裏に隠れている。見回りがいると言うことは街が近いに違いない。
「どうした!」
俺を見つけた兵士の声でもう一人が駆けつけたらしい。
しかし静かになる。おそらく身を潜める俺には聞こえんよう、耳打ちで作戦を共有しているのだと思う。
ならば先手をとるのが勝ちだ。
短剣を抜いて俺は勢いよく朽木から飛び出した。
話し込んでいた二人の兵士は驚くやいなや、ちょっとした悲鳴をあげてぬかるむ地面に倒れる。
うつ伏せになった者の腕を掴んでひっくり返した。
死んでいるように見えるが気絶しているだけだ。
「カイロニアの兵士じゃ無いのか」
国の勲章を付けていない軍服を眺めている。
人をあざむいているだけならベンブルクらしいが、あそこはあそこで別の意味の忠誠心が兵士らにはあるはずだ。
まさか貴族狩りの組織でもこの山に住み着いているのだろうか。
そうこうしていればまた「誰かいるぞ!」と見つかってしまう。
しかし今は無駄な交戦をしている時間はない。逃げると見せかけて近くの茂みに身を寄せた。
「おいどこへ行く!」
「どうしたんですか?」
兵士を止める声が聞こえてきた。女性の声でエセルに似ていたが、顔を出すのはまだ少し後だ。とりあえず話だけ聞いている。
「いや、今誰か人が居て……」
「早く行きましょう。時間がありませんので」
「はい。すみません」
足音が去っていく時に茂みから目を出したが、先ほどの兵士の背中だけで女性の方は姿が見えなかった。
しかしあの感じでは、たとえ女性がエセルだったとしても彼女が兵士らを従えているように聞こえている。
たしかレッセルが、エセルはベンブルクに協力すると決めたと言っていた。その関係でのやり取りだったのだろうか。
偶然か、俺の進む方もあの兵士が消えた方角と同じであった。ならばバレないように後ろをついて行ってみようと思う。
「……」
枯れ枝を踏んだせいで乾いた音が鳴った。
「お前はさっきの!!」
俺はルイスと違うので、こんな楽器のような道の上で尾行など出来はしなかった。
俺が短剣を握ったと見えれば相手も剣を抜く。
これから秋になろうかと腰を上げる山中で二つの剣が交えていると、どちらの足元でも落ち葉が可憐に舞うのである。
一人、また一人と突破し、前に進んでいけば謎の兵士の数は多くなっていった。
「こいつ、レイヴンの!? ……ううっ!」
倒れた兵士が俺の家名を口にする。
素性がバレると面倒かもしれんと思い、俺は兵士の上着を剥ぎ取って頭からかぶることにした。
袖のところを顎の下で縛れば防災頭巾のようになる。
そのせいかもしれん。この格好になった途端、俺と出会った兵士は「何だお前は!?」と口を揃えて言うようになった。
戦いながら進んでいくとその先に女性の姿が見える。
今、みねを突いて倒れた兵士の雄叫びに、その者はこちらを振り返った。エセルであった。腕にも体にも縄などはされていないようだ。
「何ですか、あなた!」
そして俺を見るなりやはりそう言う。
兵士はあと五人生き残っている。謎の頭巾男が現れたとなると、より警戒を高めたようだった。エセルのことより俺をどうにかしようと全員でかかってきた。
ハイキングにはちょうど良い気候ではあるが、これから山を登っていくには遅い時間なのかもしれない。入り口と示された看板付近には誰も人が居なかった。
この山は反り立つような剣山では無く、ただの丘のような山である。
これを超えていけばあちら側はカイロニアの領地に入れるらしい。関所を通らずに不法入国というわけだ。
「よし」と気合を入れて一歩踏み入れた。
慣らされた土の上は平坦で、このまま歩みを進めれば上に向かっていくのが不思議だ。
少々の急坂なら登山用に作られた道以外も進んで登っていく。
テダムはそう遠くは無いと言っていた。だが、それよりもエセルの命の方が心配で急いていた。
その間にも爆発音はしきりに鳴り響いている。
森が開けた場所で後ろを振り返ってみれば、上からベンブルクの街が見下ろせた。そしてその東側は煙たく、全体的に薄黄色に濁っていた。
「エレンガバラめ……」
勝手なことをしてくれる。
西部のメルチ国境付近の橋ではベンブルク軍が渡っていくのが見えた。
実質、戦闘開始である。セルジオも加わるとなれば大戦になってしまうだろう。
クランクビストに居る母上とカイセイ。メルチに残してきたアルバート。それにテダムもだ。
俺のせいで巻き込んでしまっている。
「……いや。エセルのところへ行かねば」
首を振って再び上り坂を進んだ。
「うわっ!?」
足元が滑って何か分からんものを掴んでいた。
山では朝方に雨か霧があったらしい。地面がぬかるんでいてよく足元が滑る。
それでも俺は急ぐのだ。
「誰だ! 誰がいる!」
丸い山を回り込むように進むと巡回兵士と鉢合わせになった。
俺は咄嗟に朽木の裏に隠れている。見回りがいると言うことは街が近いに違いない。
「どうした!」
俺を見つけた兵士の声でもう一人が駆けつけたらしい。
しかし静かになる。おそらく身を潜める俺には聞こえんよう、耳打ちで作戦を共有しているのだと思う。
ならば先手をとるのが勝ちだ。
短剣を抜いて俺は勢いよく朽木から飛び出した。
話し込んでいた二人の兵士は驚くやいなや、ちょっとした悲鳴をあげてぬかるむ地面に倒れる。
うつ伏せになった者の腕を掴んでひっくり返した。
死んでいるように見えるが気絶しているだけだ。
「カイロニアの兵士じゃ無いのか」
国の勲章を付けていない軍服を眺めている。
人をあざむいているだけならベンブルクらしいが、あそこはあそこで別の意味の忠誠心が兵士らにはあるはずだ。
まさか貴族狩りの組織でもこの山に住み着いているのだろうか。
そうこうしていればまた「誰かいるぞ!」と見つかってしまう。
しかし今は無駄な交戦をしている時間はない。逃げると見せかけて近くの茂みに身を寄せた。
「おいどこへ行く!」
「どうしたんですか?」
兵士を止める声が聞こえてきた。女性の声でエセルに似ていたが、顔を出すのはまだ少し後だ。とりあえず話だけ聞いている。
「いや、今誰か人が居て……」
「早く行きましょう。時間がありませんので」
「はい。すみません」
足音が去っていく時に茂みから目を出したが、先ほどの兵士の背中だけで女性の方は姿が見えなかった。
しかしあの感じでは、たとえ女性がエセルだったとしても彼女が兵士らを従えているように聞こえている。
たしかレッセルが、エセルはベンブルクに協力すると決めたと言っていた。その関係でのやり取りだったのだろうか。
偶然か、俺の進む方もあの兵士が消えた方角と同じであった。ならばバレないように後ろをついて行ってみようと思う。
「……」
枯れ枝を踏んだせいで乾いた音が鳴った。
「お前はさっきの!!」
俺はルイスと違うので、こんな楽器のような道の上で尾行など出来はしなかった。
俺が短剣を握ったと見えれば相手も剣を抜く。
これから秋になろうかと腰を上げる山中で二つの剣が交えていると、どちらの足元でも落ち葉が可憐に舞うのである。
一人、また一人と突破し、前に進んでいけば謎の兵士の数は多くなっていった。
「こいつ、レイヴンの!? ……ううっ!」
倒れた兵士が俺の家名を口にする。
素性がバレると面倒かもしれんと思い、俺は兵士の上着を剥ぎ取って頭からかぶることにした。
袖のところを顎の下で縛れば防災頭巾のようになる。
そのせいかもしれん。この格好になった途端、俺と出会った兵士は「何だお前は!?」と口を揃えて言うようになった。
戦いながら進んでいくとその先に女性の姿が見える。
今、みねを突いて倒れた兵士の雄叫びに、その者はこちらを振り返った。エセルであった。腕にも体にも縄などはされていないようだ。
「何ですか、あなた!」
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