2 / 5
少女と穏やかな午後?
しおりを挟む翌日の朝。
「アンジェ! どこなの!? アンジェってば!」
その人物を呼ぶ幼い声は、屋敷の外まで聞こえていた。
「はいはい。アンジェじゃないけど僕はここだよ」
僕とスピカは玄関のところで出会うと、スピカは底抜けに明るい笑顔を向けてきた。
目を覚ましたら僕が居なかったので慌てて探しに来たみたいだった。
僕は彼女ほど明るくはなれないけど、大人として並の笑顔を取り繕って接している。
「お庭で何をしていたの?」
「うん? 朝の体操だよ」
実は昨夜の窓を直していた。
「ふーん。ケンコーシコーなのね」
スピカは慣れない大人の言葉を滑舌良く言っていた。
それから僕の手を取って屋敷の中へ強引に引っ張っていく。
化粧台の前に座らされた僕は自由を奪われた。少しでも動くとスピカに頭をチョップされる。
「さあ、出来たわよ。アンジェ」
鏡にはへの字口で固まる僕の顔が映っていた。
伸ばしっぱなしだった髪を一つに結われた上に、衣装とセットの髪飾りまで付けられてしまうとは……。
「ちょっと立ってみなさいよ」
「う、うん……」
姿見の前に連れられる。
そこでは異様な人物と対面した。女装に屈する情けない男の姿だった。
黒いワンピースに白エプロンなんて、どこからどう見てもメイドだよ。
「やっぱりアンジェはこれじゃないとね」
スピカは上機嫌だった。
「あの……僕、脱ぎたいんだけど。ダメかな?」
肩のフリルが動くたび視界に入ってくるし。
股のところがスースーして落ち着かないし。
頭の飾りはむず痒いし。
「ダメ! 絶対に脱いじゃダメ!」
やっぱりそうだろうなと僕は項垂れている。するとスピカは戸棚からアルバムを取ってきた。
開いて僕に渡すと、ぴったり隣に座って一緒に眺めることになった。
「ほら。これがアンジェ」
スピカは一人のメイドを指さした。どこにでも居そうな普通のメイドだった。
僕のような男と見間違うくらいだから、どんなに厳つい女性なんだと思ったけど全くだ。
当然僕とは全然似ていない。彼女は正真正銘の女性で、僕はどう見たって男。
「自分のこと思い出した?」
僕はアンジェだった頃の記憶を失くしているという事にしておいた。
だからスピカは心配そうに僕にそう言ってきた。
「うーん。どうだろう……」
アルバムをペラペラめくりながら、僕はどっちつかずの返事をする。
どこかでスピカが諦めてくれると僕は助かるんだけど、彼女はそう簡単に諦めたくないらしい。
キッチンにやってきた。さっき直したばかりの窓とこんな姿で再会するなんて辛い。
スピカは僕に「色々教えてあげる」というスタンスに変えたのだった。
僕にとっては全然ありがたい事じゃない。これだとたぶんスピカは僕に付きっきりになってしまう。
僕は宝を探すことも逃げることも難しくなってしまった……。
「アンジェはいつも私の朝食を作るのよ」
スピカはカウンター席に座って、床に届かない足を振っている。
僕は台所の方へ回るよう指示された。慣れないスカートで気を使いながら行く。
そうして僕とスピカは作業台を挟んで向かう形になった。
こんな立派なキッチンに立つと、なんだかテンションが上がるな。
こうなったら、とことん腕をふるってやろうじゃないかという気が起こる。料理は得意だ。
「何を作れば良いんだい?」
スピカは「えーっとね、えーっとね」と空中に絵を浮かべるみたいに考えた。
「オムライスとナポリタンとビーフシチュー!」
いきなり大胆な注文だった。
「それを朝に?」
「もちろん! アンジェの料理はカクベツなの」
うーん……と、僕は天井を仰いで考えている。
頭の中で構想が決まると、材料が足りているか冷蔵庫を拝見するとしよう。
これまで数々の金庫を覗いてきたけど、他所の冷蔵庫を開けるのは初めてだ。
卵と牛乳、ベーコンを取り出し、ジャガイモの場所はスピカに教えてもらった。
「うん。問題なさそうだ」
食パンを分厚くスライス。卵と牛乳を溶いた液に漬けておく。
ジャガイモとベーコンは同じサイズにカットし、フライパンでこんがりと焼こう。
食パンが十分に浸ったら、フライパンでバターを溶かし砂糖を少々。
その上にひたひたのパンを乗せると、ジュッと音が鳴った。
ひっくり返せばカラメリゼの表面が現れる。
「さあ、出来上がりだ」
外はカリッと、中はとろとろのフレンチトースト。
ジャガイモとベーコンも良い感じに仕上がった。
熱々の湯気を立てる皿をスピカの目の前に置いた。
スピカは期待に膨らんだ胸を上下させて飛び跳ねている。
「食べていいの!?」
「召し上がれ」
スピカは夢中でがっつき、注文と違うものが出されたことには文句を言ってこなかった。
朝食を全部食べた後は着替えだ。スピカと部屋へ行って彼女のワンピースを選んだ。
着替えを手伝ったら次は髪の毛を結ってと言われる。
正直、人の髪を結んだことは無い。紐を結ぶのとは違い力加減が分からなかった。
上手く結べたと思っても必ずゴムが緩んでしまい、スピカの銀色の髪がはらはらと垂れてきてしまう。
「ねえ、まだー?」
なんとか試行錯誤を積み、とんでもなく時間をかけて出来上がった。
スピカは鏡ではちょっと確認しただけで、すぐに僕の方を向いて色んな角度で見せつけてくる。
「お姫様みたい?」
「うんうん。可愛いよ……」
僕は無気力に答えている。
「わーい!」
スピカは喜んでくれたけど、僕はもうそれだけでヘトヘトだった。
「じゃあ次はお人形遊びね」
無邪気なお嬢さんは休む間もくれず、さっそく次のミッションを用意してくる。
「ねえ、スピカ。聞きたいことがあるんだけど」
「スピカじゃなくってリリィ」
手元の人形を動かしながらスピカは頬を膨らませている。
仕方がないから調子を合わせた状態で話をした。
「……リリィお姉さま。聞きたいことがあるの」
「あらメアー。いったい何かしら? なんでも言ってみて?」
人形遊びの設定は結構複雑で、僕の動かすメアー姫は、リリィ姫の腹違いの姉妹なのだそうだ。
そして今は二人でピクニック中ということになっている。腹違いでも仲良しなんだな。
「わたし、とある羅針盤を見てみたくて探しているの。お家のどこかにあると思うのだけど、リリィお姉さまはご存知ないかしら?」
「らしんばん?」
リリィではなく、スピカの方が首をかしげた。
それは家の宝について知らないという行動なのか。
それとも逆に感づいて疑っている反応なのか。一体どっちの意味なんだ……。
大人の僕は人形遊びから逸脱しそうになっている。
少しの間スピカは考える素振りを見せていて「そうだわ!」と何かひらめいた。
「ちょっと待って。今、執事に電話してみるわ」
そう言ってスピカは人形を動かし、荷物置き場と決めていた場所に移動させた。
リリィ姫は荷物置き場から電話を拾い上げたらしい。
ちゃんと電線が繋がっているのかは不明だけど、執事には繋がったみたいだ。
「もしもし……うんうん……メアーがね……そうなのよ」
すでに相手の執事が話を分かっているみたいな会話がされている。
僕はちゃんと最後まで黙って待った。
やがてスピカの「ガチャッ」という音で電話が切れた。
「羅針盤はね、少し前にお父様が持って行ってしまったらしいわ。それまではお部屋の棚に飾ってあったけど、少し前に無くなったの」
作り話なのか本当の話なのか判断しにくい。
「持っていってしまったということは、お父様の部屋にあるのかしら?」
「わからない。リベラが勝手に遊んでしまうから取り上げちゃったのよ」
……リベラ?
困っている僕の方にスピカが身を寄せて囁いてきた。
「リリィの実の妹よ」
「え? ええ!?」
思いがけない第三者の登場に僕は驚いている。
この三姉妹は今後どうなってしまうのかと急に興味すら湧いたぐらいに。
けれどもこの人形遊びはその後、何の展開も見せずにスピカが飽きたら終わりを迎えたのだった。
0
あなたにおすすめの小説
主人公の恋敵として夫に処刑される王妃として転生した私は夫になる男との結婚を阻止します
白雪の雫
ファンタジー
突然ですが質問です。
あなたは【真実の愛】を信じますか?
そう聞かれたら私は『いいえ!』『No!』と答える。
だって・・・そうでしょ?
ジュリアーノ王太子の(名目上の)父親である若かりし頃の陛下曰く「私と彼女は真実の愛で結ばれている」という何が何だか訳の分からない理屈で、婚約者だった大臣の姫ではなく平民の女を妃にしたのよ!?
それだけではない。
何と平民から王妃になった女は庭師と不倫して不義の子を儲け、その不義の子ことジュリアーノは陛下が側室にも成れない身分の低い女が産んだ息子のユーリアを後宮に入れて妃のように扱っているのよーーーっ!!!
私とジュリアーノの結婚は王太子の後見になって欲しいと陛下から土下座をされてまで請われたもの。
それなのに・・・ジュリアーノは私を後宮の片隅に追いやりユーリアと毎晩「アッー!」をしている。
しかも!
ジュリアーノはユーリアと「アッー!」をするにしてもベルフィーネという存在が邪魔という理由だけで、正式な王太子妃である私を車裂きの刑にしやがるのよ!!!
マジかーーーっ!!!
前世は腐女子であるが会社では働く女性向けの商品開発に携わっていた私は【夢色の恋人達】というBLゲームの、悪役と位置づけられている王太子妃のベルフィーネに転生していたのよーーーっ!!!
思い付きで書いたので、ガバガバ設定+矛盾がある+ご都合主義。
世界観、建築物や衣装等は古代ギリシャ・ローマ神話、古代バビロニアをベースにしたファンタジー、ベルフィーネの一人称は『私』と書いて『わたくし』です。
サレ妻の娘なので、母の敵にざまぁします
二階堂まりい
大衆娯楽
大衆娯楽部門最高記録1位!
※この物語はフィクションです
流行のサレ妻ものを眺めていて、私ならどうする? と思ったので、短編でしたためてみました。
当方未婚なので、妻目線ではなく娘目線で失礼します。
三十年後に届いた白い手紙
RyuChoukan
ファンタジー
三十年前、帝国は一人の少年を裏切り者として処刑した。
彼は最後まで、何も語らなかった。
その罪の真相を知る者は、ただ一人の女性だけだった。
戴冠舞踏会の夜。
公爵令嬢は、一通の白い手紙を手に、皇帝の前に立つ。
それは復讐でも、告発でもない。
三十年間、辺境の郵便局で待ち続けられていた、
「渡されなかった約束」のための手紙だった。
沈黙のまま命を捨てた男と、
三十年、ただ待ち続けた女。
そして、すべてを知った上で扉を開く、次の世代。
これは、
遅れて届いた手紙が、
人生と運命を静かに書き換えていく物語。
還暦の性 若い彼との恋愛模様
MisakiNonagase
恋愛
還暦を迎えた和子。保持する資格の更新講習で二十代後半の青年、健太に出会った。何気なくてLINE交換してメッセージをやりとりするうちに、胸が高鳴りはじめ、長年忘れていた恋心に花が咲く。
そんな還暦女性と二十代の青年の恋模様。
その後、結婚、そして永遠の別れまでを描いたストーリーです。
全7話
お飾りの妻として嫁いだけど、不要な妻は出ていきます
菻莅❝りんり❞
ファンタジー
貴族らしい貴族の両親に、売られるように愛人を本邸に住まわせている其なりの爵位のある貴族に嫁いだ。
嫁ぎ先で私は、お飾りの妻として別棟に押し込まれ、使用人も付けてもらえず、初夜もなし。
「居なくていいなら、出ていこう」
この先結婚はできなくなるけど、このまま一生涯過ごすよりまし
当然だったのかもしれない~問わず語り~
章槻雅希
ファンタジー
学院でダニエーレ第一王子は平民の下働きの少女アンジェリカと運命の出会いをし、恋に落ちた。真実の愛を主張し、二人は結ばれた。そして、数年後、二人は毒をあおり心中した。
そんな二人を見てきた第二王子妃ベアトリーチェの回想録というか、問わず語り。ほぼ地の文で細かなエピソード描写などはなし。ベアトリーチェはあくまで語り部で、かといってアンジェリカやダニエーレが主人公というほど描写されてるわけでもないので、群像劇?
『小説家になろう』(以下、敬称略)・『アルファポリス』・『Pixiv』・自サイトに重複投稿。
敗戦国の姫は、敵国将軍に掠奪される
clayclay
恋愛
架空の国アルバ国は、ブリタニア国に侵略され、国は壊滅状態となる。
状況を打破するため、アルバ国王は娘のソフィアに、ブリタニア国使者への「接待」を命じたが……。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる