絵の具と切符とペンギンと【短編・完結済み】

草壁なつ帆

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息する女の子

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 新しい家の庭を歩いていただけだけど、いつの間にかお庭を超えてしまったのかもしれなかった。
 いい天気だなぁ。ただそれだけを考えたらいっか。みんなは忙しいから、僕を探す声なんかも飛んでこないし。
 森とも言い切れないこんな場所を林って言うのかな。背の高い木は時々真っ白な幹で不思議だ。だけど石で削ってみたら中は普通に茶色。
 なんだ、つまらない。と、僕はとにかくまっすぐと突き進む。前に住んでいたところみたいに建物が密集していない。どこまで行っても誰のものでもなさそうな林が続いている。
「あっ!」
 木々の陰から解放されると、なだらかな坂になって広い野原を見渡せた。するとそこに誰かがいるのを発見したから声が出た。
 立って作業をしているんじゃなく、両手足を広げて倒れていた。僕はそれを遠くから見下ろせた。緑色のキャンパスに綺麗な鳥の絵を描いているみたい。
 ……なんて言っている場合じゃない。もしも怪我をして倒れているなら大変だ。
 日向の丘は緑がよく茂っていて、僕の太ももくらいまで細い葉っぱを伸ばしている。ガサガサとかき分けて進むものだから、種をつけた植物から綿毛がふわふわと飛んでいくのもしばしば。
 そして辿り着いた。健やかな表情で目を閉じる女の子だ。特に血が垂れているなんてこともなく。注意深く見てみればお腹の辺りが上下に動いて「すーすー」と息の音が聞こえる。
 つまり……寝てる。
「……」
 僕より何歳か歳上だろうな。でも大人じゃない。あんまり派手じゃないスカートとエプロンを着ている。貴族の人じゃなさそうだし、白黒じゃないからメイドでもなさそう。
 それより黒色で長い髪が珍しい。僕みたいに茶色や金色をして歪に膨らむ髪の毛が普通だろう。だったらどこか別の国から来た人なのかな?
「……」
 っていうか全然起きないんだけど。

 上を向けた手のひらを少し触ってみようか。女の子の手を触るなんて初めてでドキドキする。……いや、僕は紳士なんだ。いけないぞ。
 ふと近くに猫の尻尾によく似た植物が生えているのを見つけた。それで鼻の辺りをこそばしてみようか。これは面白そうだと思い、僕は植物を握って力を込める。しかしこれが根深くて全然抜けない。
「んん……」
 手こずっていると女の子がもぞもぞと動き出した。どうしようと慌てても、こんな野原に隠れられる場所なんてなかった。
「あれ? 君、だれ?」
「えっ、あっ……えっと。あの……」
 考えてみたら女の子と話したことなんてない。学舎でも女の子はほとんど居ないから。
 上体を起こしたら両手を空に突きあげて、うーんと背伸びをする女の子。ひらひらの袖口がずるりと落ちたから、僕はいけないと思い目を逸らした。
「ん? なにかな?」
「な、なにが?」
「だって今、急に目を逸らしたでしょ。どうしたのかな?」
「なんでも……ない」
 もう僕は帰らなくっちゃ、と理由をつけると、女の子は平然な言い方で「そっか」とだけ言った。僕は彼女のことを見た目で女の子って言っちゃってるけど、実際喋ってみるとお姉さんみたいに落ち着いている。
「ねえ、君。絵に興味ない?」
 僕が去ろうとして帰り道を探している時だ。女の子は言った。それは僕に言っているのか確かめたくて、野原に足を伸ばしたまんまの彼女を見下ろす。たちまち目が合って僕から離す。
「ねえね、興味ない?」
「きょ、興味はあります……」
 選択科目で芸術を入れるくらいには音楽も美術も好きだから。一応。
 パチンと女の子が手を叩く。それから声色も明るくなる。
「じゃあ今から私の工房に来てよ!」
 女の子がよいしょと立ち上がったら目線が僕と同じ高さにあった。
「私の名前はミュンヘン。ほら、行こっ!」
 ターンすると真っ直ぐな黒髪が置いていかれたみたいに広がって、それから背中の位置にまとまった。それを少し見惚れてから、置いていかれると慌てて僕も歩き出す。
 綿毛の種が飛び、午後の光が降り注ぐ誰かの庭で、僕とミュンヘンは一緒に歩いて行く。
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