閉架な君はアルゼレアという‐冷淡な司書との出会いが不遇の渦を作る。政治陰謀・革命・純愛にも男が奮励する物語です‐【長編・完結済み】

草壁なつ帆

文字の大きさ
32 / 136
I.危機と恋心

家庭的な暮らし1

しおりを挟む
 あのオフィス街から二つほど通りを越えれば閑静な住宅街に入った。新しく建った高い建物に邪魔されないでさっき僕らがいた迎賓館も見えている。
「アルゼレアさんって言うのね。一人で旅をしているなんてすごいわ!」
 歩道を歩きながらリサは手を叩いて嬉しそうに言う。アルゼレアから本の解読のためにフェリーに乗ってきたという話をした。
 まさか無運賃で乗り込もうとしたことや、僕まで共犯だったなんてことは、アルゼレアも僕も暗黙の了解というやつで口を閉ざしていた。
「ティナー。あなたはどうしてこっちへ?」
「あ、ああ。僕?」
 えーっとと悩みながら民家の垣根なんかを眺めている。
 そうしているとリサから「良いニュースじゃ無さそうね」と先に笑われた。確かにその通りだから僕も苦笑する。
「実は、ちょっとしたトラブルで免停になってしまって……」
「め、免停!?」
 リサは驚いたけど、僕の方もリサがそんな「免停」を口にするのに驚いてしまう。でもやっぱり彼女は上品に咳払いをした後に言い直した。
「お医者さんにはもうなれないってことなの?」
 悪い話に対して僕を心配してくれている。
「医者じゃないよ。精神医。まあ専門職に就けないのは一年間だけだし、その期間の保証金はもらえてるから大丈夫かな」
「保証金って退職金?」
「ううん。民間裁判の対等請求って感じ。僕が専門免許を停止する代わりに、相手は僕の生活を保証してくれたんだ。もちろんトラブル相手の厚意じゃないよ。裁判長の判断で。異例中の異例だったと思うよ、たぶん……」
 冬なのに、その家の庭には大ぶりの淡いピンクの花が咲いていた。こんな季節にも咲く花があるのか、なんてぼーっと考えていた。
「あれ?」
 三人で横並びだったはずが、ふと僕だけ歩いていることに気付く。
 後ろを振り向いて見れば、リサは僕の経緯に驚くあまり歩みが遅れているようだった。そしてもう一人アルゼレアもだ。
「……言ってなかったっけ?」
 アルゼレアは僕の顔を見てぶんぶん首を横に振っている。

 すっかり昼食を忘れていた僕とアルゼレアは、リサの家に入るなりキッチンから流れてくる匂いにようやく時間を知らされた。
 そこで物をすがるようなつもりはなくても二人同時にお腹が鳴った。
「あら、大変。何か食べていくでしょう?」 
 コートをフックハンガーにかけながらリサは言う。橙色のワンピース姿になったら「少し待っていてね」とキッチンに立った。
 僕らを座らせたリビングのテーブルには、常備してあるビスケットがレースペーパーの上に乗せられて出された。
 僕はビスケットを二枚取ってひとつアルゼレアに渡す。
 それからリサと少し話をしようとキッチンの方へ向かった。
「良い家だね」
「ほんと? ありがとう」
 背中を向けたまま柔らかい声が返ってくる。
 丁寧な暮らしが垣間見える大きな家だ。家具の上には必ずキルト生地やレースが乗せられているし、ランプシェードや絨毯は雪の結晶模様があしらわれている。
 きっと季節ごとに変えているんだと思う。男で一人暮らしの家なら絶対にこうはいかない。
 知り合いの家を興味深く見回していたら、キッチンに戻った時リサと目が合った。僕は瞬時に笑顔を繕った。
「すぐに出来るものがスープぐらいなんだけど、具沢山にするわね!」
 彼女は探りをする僕に不信感を表すのではなく、暖かい笑みを返してくれる。
「う、うん。ごめんね」
「気にしないで。あなたにご馳走できるなんて嬉しいもの」
 笑顔のままで鍋の方を向いたけど、鍋に蓋をしてまたすぐに僕の方を向き直る。
 その時の表情は笑顔じゃなくて何だか落ち込んだ感じだった。
「何かあったの?」
 僕から聞いたらリサはハッとして首を振る。
 そして彼女は突然手の平を合わせて閃いたらしい。
「そうだわ! うちでハーブを育てているの。少し入れても良い?」
「うん、良いよ?」
「アルゼレアさんは苦手じゃないかしら?」
 分からないけど「多分大丈夫」と答えたら、リサは軽くステップを踏みながら裏口へと行ってしまった。

「ごめんなさいね。こんなこと……」
「いや。良いんだよ。むしろこんなことしか出来ないから……」
 僕は手首をくるりと返す。
 すると電球が眩しく光を放った。電球の付け替え作業だ。うまくいった。
 ただし間近にいた僕はその光源に目をやられて少し叫ぶ。叫ぶだけなら良かったけど、そのまま脳まで眩んで割と高い位置から地面に落ちてしまった。
「ティナー! だ、大丈夫!?」
「大丈夫。大丈夫……」
 リサはもう僕が居ない脚立を抑えたままで心配そうに見ていた。
 痛かったけど大怪我でもなかった僕は、床に這いつくばったまま視線の先でもっと危ない人を見つける。
「あっ、アルゼレア!」
 彼女もまた踏み台に乗って、戸棚の高い場所に手を伸ばしていた。
 何か木箱を上に仕舞おうとしていたらしいけど、木箱の重さによって体の軸が後ろの方へ斜めを向いている。
 まさに今後ろに倒れる……というところだ。
 僕は走り出して彼女が転倒する手前で抑え込んだ。
「あ……ありがとうございます」
「いえいえ……」
 瞬発力も走る速さも精神医にはあまり求められない。とにかくアルゼレアが怪我をしなくて良かったけど、危うく僕が肉離れを起こすところだ。
 僕は、目をパチクリさせているアルゼレアから木箱を取り上げる。彼女から聞けば木箱の中には裁縫道具が入っているんだそうだ。
「棚の上で良いの? また使うんだったら出し入れしやすい場所の方が良くない?」
 要領を考えた僕はまだ脚立を支えているリサに問いかける。
 しかしリサはあれから少しぼーっとしがちだ。この時もハッとしてから「そうよね」と微笑みながら言った。


(((次話は明日17時に投稿します

Twitter →kusakabe_write
Instagram →kusakabe_natsuho
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

あべこべな世界

廣瀬純七
ファンタジー
男女の立場が入れ替わったあべこべな世界で想像を越える不思議な日常を体験した健太の話

「魔物の討伐で拾われた少年――アイト・グレイモント」

(イェイソン・マヌエル・ジーン)
ファンタジー
魔物の討伐中に見つかった黄金の瞳の少年、アイト・グレイモント。 王宮で育てられながらも、本当の冒険を求める彼は7歳で旅に出る。 風の魔法を操り、師匠と幼なじみの少女リリアと共に世界を巡る中、古代の遺跡で隠された力に触れ——。

【魔女ローゼマリー伝説】~5歳で存在を忘れられた元王女の私だけど、自称美少女天才魔女として世界を救うために冒険したいと思います!~

ハムえっぐ
ファンタジー
かつて魔族が降臨し、7人の英雄によって平和がもたらされた大陸。その一国、ベルガー王国で物語は始まる。 王国の第一王女ローゼマリーは、5歳の誕生日の夜、幸せな時間のさなかに王宮を襲撃され、目の前で両親である国王夫妻を「漆黒の剣を持つ謎の黒髪の女」に殺害される。母が最後の力で放った転移魔法と「魔女ディルを頼れ」という遺言によりローゼマリーは辛くも死地を脱した。 15歳になったローゼは師ディルと別れ、両親の仇である黒髪の女を探し出すため、そして悪政により荒廃しつつある祖国の現状を確かめるため旅立つ。 国境の街ビオレールで冒険者として活動を始めたローゼは、運命的な出会いを果たす。因縁の仇と同じ黒髪と漆黒の剣を持つ少年傭兵リョウ。自由奔放で可愛いが、何か秘密を抱えていそうなエルフの美少女ベレニス。クセの強い仲間たちと共にローゼの新たな人生が動き出す。 これは王女の身分を失った最強天才魔女ローゼが、復讐の誓いを胸に仲間たちとの絆を育みながら、王国の闇や自らの運命に立ち向かう物語。友情、復讐、恋愛、魔法、剣戟、謀略が織りなす、ダークファンタジー英雄譚が、今、幕を開ける。  

企業再生のプロ、倒産寸前の貧乏伯爵に転生する 

namisan
ファンタジー
数々の倒産寸前の企業を立て直してきた敏腕コンサルタントの男は、過労の末に命を落とし、異世界で目を覚ます。  転生先は、帝国北部の辺境にあるアインハルト伯爵家の若き当主、アレク。  しかし、そこは「帝国の重荷」と蔑まれる、借金まみれで領民が飢える極貧領地だった。  凍える屋敷、迫りくる借金取り、絶望する家臣たち。  詰みかけた状況の中で、アレクは独自のユニーク魔法【構造解析(アナライズ)】に目覚める。  それは、物体の構造のみならず、組織の欠陥や魔法術式の不備さえも見抜き、再構築(クラフト)するチート能力だった。  「問題ない。この程度の赤字、前世の案件に比べれば可愛いものだ」  前世の経営知識と規格外の魔法で、アレクは領地の大改革に乗り出す。  痩せた土地を改良し、特産品を生み出し、隣国の経済さえも掌握していくアレク。  そんな彼の手腕に惹かれ、集まってくるのは一癖も二癖もある高貴な美女たち。 これは、底辺から這い上がった若き伯爵が、最強の布陣で自領を帝国一の都市へと発展させ、栄華を極める物語。

ブラック国家を制裁する方法は、性癖全開のハーレムを作ることでした。

タカハシヨウ
ファンタジー
ヴァン・スナキアはたった一人で世界を圧倒できる強さを誇り、母国ウィルクトリアを守る使命を背負っていた。 しかし国民たちはヴァンの威を借りて他国から財産を搾取し、その金でろくに働かずに暮らしている害悪ばかり。さらにはその歪んだ体制を維持するためにヴァンの魔力を受け継ぐ後継を求め、ヴァンに一夫多妻制まで用意する始末。 ヴァンは国を叩き直すため、あえてヴァンとは子どもを作れない異種族とばかり八人と結婚した。もし後継が生まれなければウィルクトリアは世界中から報復を受けて滅亡するだろう。生き残りたければ心を入れ替えてまともな国になるしかない。 激しく抵抗する国民を圧倒的な力でギャフンと言わせながら、ヴァンは愛する妻たちと甘々イチャイチャ暮らしていく。

同じアパートに住む年上未亡人美女は甘すぎる。

ピコサイクス
青春
大学生の翔太は、一人暮らしを始めたばかり。 真下の階に住むのは、落ち着いた色気と優しさを併せ持つ大人の女性・水無瀬紗夜。 引っ越しの挨拶で出会った瞬間、翔太は心を奪われてしまう。 偶然にもアルバイト先のスーパーで再会した彼女は、翔太をすぐに採用し、温かく仕事を教えてくれる存在だった。 ある日の仕事帰り、ふたりで過ごす時間が増えていき――そして気づけば紗夜の部屋でご飯をご馳走になるほど親密に。 優しくて穏やかで――その色気に触れるたび、翔太の心は揺れていく。 大人の女性と大学生、甘くちょっぴり刺激的な同居生活(?)がはじまる。

むっつり金持ち高校生、巨乳美少女たちに囲まれて学園ハーレム

ピコサイクス
青春
顔は普通、性格も地味。 けれど実は金持ちな高校一年生――俺、朝倉健斗。 学校では埋もれキャラのはずなのに、なぜか周りは巨乳美女ばかり!? 大学生の家庭教師、年上メイド、同級生ギャルに清楚系美少女……。 真面目な御曹司を演じつつ、内心はむっつりスケベ。

レオナルド先生創世記

ポルネス・フリューゲル
ファンタジー
ビッグバーンを皮切りに宇宙が誕生し、やがて展開された宇宙の背景をユーモアたっぷりにとてもこっけいなジャック・レオナルド氏のサプライズの幕開け、幕開け!

処理中です...