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I.本と人の終着地
久しぶりの医者業
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階段を登って渡り廊下を急いで、また階段を登った先の部屋に着く。途中で召し使いとすれ違ってお辞儀をされたことは感動を覚えた経験だ。
部屋というのは僕が思う『部屋』の大きさに一致し、家具や小物が揃えられた個人の場所に見える。
「こちらへ」
すでに何人かの召し使いが中にいた。案内されるまま隣の扉を潜れば寝室だ。ベッドには女性が横たわっていた。
小さな声だけど呻いていて苦しいのかと見えたなら、状況を知るため僕もベッドの横に立った。
主治医で無ければ患者に触れてはいけない。
呼吸の乱れ、発汗、どこか痛いのか悶絶して手足の末端に力が入っている。爪の血色も悪い。
「マスピスタ……感染症じゃないか」
網膜の様子を見たトリスさんが告げている。
僕もそれを聞いて見られる範囲で進行状況を確認した。医学書では手足から細胞破壊が進んで壊死が見られると書いてあったはずだ。
爪の血色が悪いのは、もしかしたらそのせいかもしれない。
こういう時、僕が医者だと名乗れないのは若干心が痛い。大学教授にも、気にするところじゃないと先行して言われた言葉だけど、やっぱり罪悪感がある。
その間にもトリスさんはシーツを軽くめくって足先などを確認した。
「おそらく初期症状だ。爪の細胞はサイクルが早いから少し炎症を起こし始めている。生魚を食べたのはいつだ? 時期と量によって使う薬を変えた方が好ましい。とにかく先に抗炎症剤だな。まだ薬局は空いている時間か?」
そこへダンボールを抱えたマーカスが入ってくる。
「薬局のものは一式用意しています」
それがあの車の助手席に乗っていた物だったんだ。
「フォルクス君、薬は分かるかな。抗炎症剤を全て箱から出してくれ」
見ているだけの偽医者に声がかけられるなんて思わなかった。
「は、はい!」
ダンボールの中には薬品の小箱がぎっしりと敷き詰められている。
特にライデン製の薬はセルジオでも主流なのか。鈴蘭マークの箱が大体を占めているようだ。
「アルケメイトがある。ジェイマックスのリヴェラーダだ……」
おそらく僕以外、誰も分かりようの無いひとりごとだろう。
一般的に使われる医薬品の横に、精神医療で使われる貴重な薬の箱も置いた。
今時の軍人は薬の知識も豊富なのかと驚かされた。それとも、あのマーカスさんだけが特別なんだろうか。計り知れない……。
トリスさんが投与した薬はライデン製の一般薬品だ。その他取り出したものは箱の中に仕舞っている。
しかし僕の専門薬で、貴重かつ高価な薬を手放してしまうのは若干気が引ける思いがする。
とは言っても実費で買える物じゃない。入国審査であれこれ説明するのも難しそうだしな。また会おうと願いを込めて、僕は全てを箱の中におさめた。
「トリスよ。母はこれと同じ病で死んだ。当時の父はお前を責めたが、あれは誰から見ても手遅れだった。しかし今度は救えるか?」
ラルフエッド王は問いかける。
トリスさんは溜め息を控えず響かせた。
「必ずとは言えない。医者は魔法使いじゃ無いのでね」
それを告げるとトリスさんは部屋を出て行こうとした。
扉の手前、僕と目が合うとこっちに歩み寄ってくる。
「君は精神医だって言ったね」
「はい、そうですけど」
トリスさんは僕の肩に手を置いた。
「心の専門であっても人を癒す医者だ。内科や外科と何も変わるところは無い。自信を持ちなさい」
僕の返事を待たずにそのまま出ていってしまった。
見なくなると僕はベッドの方に視線を向ける。
ラルフエッド王は症状の落ち着きだした女性を眺めていた。
「……奥さんですか?」
「ああ、そうだ」
王様と初めて会話をし、僕も彼女を見つめた。
発作が止まっても病に勝たなくちゃならないのは患者の体だ。医者はただ、それの手助けをするしか出来ないことを伝えるのが難しいんだよな。
「マーカス」
「はっ!」
「スティラン・トリスの処分を取り消せ。この国での製薬許可も改めて出す」
箱を持ち上げるのに手こずる僕の頭上で、何か取り決めが行われたようだ。よくは知らないけどトリスさんの汚名が免除されたということなんだろうか。
それとよく見ると、ラルフエッド王は綺麗な鼻の形をしている。
優しい顔立ちなんだろうけど、やっぱり仕事上、にこやかでは居られないのかな。
威厳というか強さみたいなものを醸し出してこそ王様の器ということなのか……。まじまじと見上げていたら、不意に彼から視線を落とされた。
「それで。お前は誰だ」
「えっ、あっ、僕……私はその」
動揺っぷりが怪しい人物で確定だ。そこへマーカスさんが答えてくれた。
「フォルクス・ティナー。精神医で、トリスを呼び戻してくれた恩人です」
「恩人!?」
王様じゃなくて僕の方が驚いている。
いいや、そんなんじゃない。と説得したところで、僕よりマーカスさんの方が信頼があるのは変えられるはずがない。
「そうか。では礼をしなければいけないな。ありがとう」
マーカスさんの解釈間違いを正されないまま、僕はこの国のトップに頭まで下げられてしまう。
僕は図々しくはなれず耐えきれない。
持ち上がらないダンボールをそのままに、気づくと部屋の外へ飛び出していた。
(((次話は明日17時に投稿します
Twitter →kusakabe_write
Instagram →kusakabe_natsuho
部屋というのは僕が思う『部屋』の大きさに一致し、家具や小物が揃えられた個人の場所に見える。
「こちらへ」
すでに何人かの召し使いが中にいた。案内されるまま隣の扉を潜れば寝室だ。ベッドには女性が横たわっていた。
小さな声だけど呻いていて苦しいのかと見えたなら、状況を知るため僕もベッドの横に立った。
主治医で無ければ患者に触れてはいけない。
呼吸の乱れ、発汗、どこか痛いのか悶絶して手足の末端に力が入っている。爪の血色も悪い。
「マスピスタ……感染症じゃないか」
網膜の様子を見たトリスさんが告げている。
僕もそれを聞いて見られる範囲で進行状況を確認した。医学書では手足から細胞破壊が進んで壊死が見られると書いてあったはずだ。
爪の血色が悪いのは、もしかしたらそのせいかもしれない。
こういう時、僕が医者だと名乗れないのは若干心が痛い。大学教授にも、気にするところじゃないと先行して言われた言葉だけど、やっぱり罪悪感がある。
その間にもトリスさんはシーツを軽くめくって足先などを確認した。
「おそらく初期症状だ。爪の細胞はサイクルが早いから少し炎症を起こし始めている。生魚を食べたのはいつだ? 時期と量によって使う薬を変えた方が好ましい。とにかく先に抗炎症剤だな。まだ薬局は空いている時間か?」
そこへダンボールを抱えたマーカスが入ってくる。
「薬局のものは一式用意しています」
それがあの車の助手席に乗っていた物だったんだ。
「フォルクス君、薬は分かるかな。抗炎症剤を全て箱から出してくれ」
見ているだけの偽医者に声がかけられるなんて思わなかった。
「は、はい!」
ダンボールの中には薬品の小箱がぎっしりと敷き詰められている。
特にライデン製の薬はセルジオでも主流なのか。鈴蘭マークの箱が大体を占めているようだ。
「アルケメイトがある。ジェイマックスのリヴェラーダだ……」
おそらく僕以外、誰も分かりようの無いひとりごとだろう。
一般的に使われる医薬品の横に、精神医療で使われる貴重な薬の箱も置いた。
今時の軍人は薬の知識も豊富なのかと驚かされた。それとも、あのマーカスさんだけが特別なんだろうか。計り知れない……。
トリスさんが投与した薬はライデン製の一般薬品だ。その他取り出したものは箱の中に仕舞っている。
しかし僕の専門薬で、貴重かつ高価な薬を手放してしまうのは若干気が引ける思いがする。
とは言っても実費で買える物じゃない。入国審査であれこれ説明するのも難しそうだしな。また会おうと願いを込めて、僕は全てを箱の中におさめた。
「トリスよ。母はこれと同じ病で死んだ。当時の父はお前を責めたが、あれは誰から見ても手遅れだった。しかし今度は救えるか?」
ラルフエッド王は問いかける。
トリスさんは溜め息を控えず響かせた。
「必ずとは言えない。医者は魔法使いじゃ無いのでね」
それを告げるとトリスさんは部屋を出て行こうとした。
扉の手前、僕と目が合うとこっちに歩み寄ってくる。
「君は精神医だって言ったね」
「はい、そうですけど」
トリスさんは僕の肩に手を置いた。
「心の専門であっても人を癒す医者だ。内科や外科と何も変わるところは無い。自信を持ちなさい」
僕の返事を待たずにそのまま出ていってしまった。
見なくなると僕はベッドの方に視線を向ける。
ラルフエッド王は症状の落ち着きだした女性を眺めていた。
「……奥さんですか?」
「ああ、そうだ」
王様と初めて会話をし、僕も彼女を見つめた。
発作が止まっても病に勝たなくちゃならないのは患者の体だ。医者はただ、それの手助けをするしか出来ないことを伝えるのが難しいんだよな。
「マーカス」
「はっ!」
「スティラン・トリスの処分を取り消せ。この国での製薬許可も改めて出す」
箱を持ち上げるのに手こずる僕の頭上で、何か取り決めが行われたようだ。よくは知らないけどトリスさんの汚名が免除されたということなんだろうか。
それとよく見ると、ラルフエッド王は綺麗な鼻の形をしている。
優しい顔立ちなんだろうけど、やっぱり仕事上、にこやかでは居られないのかな。
威厳というか強さみたいなものを醸し出してこそ王様の器ということなのか……。まじまじと見上げていたら、不意に彼から視線を落とされた。
「それで。お前は誰だ」
「えっ、あっ、僕……私はその」
動揺っぷりが怪しい人物で確定だ。そこへマーカスさんが答えてくれた。
「フォルクス・ティナー。精神医で、トリスを呼び戻してくれた恩人です」
「恩人!?」
王様じゃなくて僕の方が驚いている。
いいや、そんなんじゃない。と説得したところで、僕よりマーカスさんの方が信頼があるのは変えられるはずがない。
「そうか。では礼をしなければいけないな。ありがとう」
マーカスさんの解釈間違いを正されないまま、僕はこの国のトップに頭まで下げられてしまう。
僕は図々しくはなれず耐えきれない。
持ち上がらないダンボールをそのままに、気づくと部屋の外へ飛び出していた。
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