58 / 136
II.セルジオの落とし穴
穏やかなランチとはいかず
しおりを挟む
昼食に適当なカフェに入った。アルゼレアは液ノリでの本の修理作業に集中している。僕はその上手な手先をじっと見つめている。
「さすがだね」
「あ、ありがとうございます」
アルゼレアの細かい作業を眺めていると癒される心地だ。丁寧で、正確で、職人みたいな指の動きが美しくて見入ってしまう。
周りのお客が騒がしくても僕には届かなかった。テーブルに肘をついて美しいものを眺める……。有意義な時間だとも取れる。暇とは違って。
視線は彼女の指先から上へのぼって行き、赤い髪に触れた。毛先が細くて透き通っているみたい。伏せているまつ毛にも若干赤みがあるのか。
吊り目の上にほんのり色が乗っているのを今初めて気付いた。薄化粧みたいだ。それとほっぺたは白パンのようにふっくらではなく、もっとしっとりした、何かな……。
滑らかで張りがあってすべすべしたものを思い起こした。そう。チーズだな。水牛の丸いフレッシュチーズ。もちもちしていて触りたくなる不思議さがあるなぁ。
我ながら良い例えを思いついてかなり満足だったんだけど。常識的に考えて、女性の顔を食べ物で例えるのはよくない。
高揚が落ち着くのと一緒に視線もまたアルゼレアの手元に戻ってきた。手袋の黒レースから小さなバラの模様を初めて見つけた。
やっぱり若者が身に付けるには年代物過ぎる柄だよなと思う。そのせいでアルゼレアの若さと相反するミステリアスな印象を与えているんだろう。
「……」
一巡した後ぼんやりとした。
そういえば。僕ら手を繋いだって言っても、彼女の手の平から温もりと呼べるものを感じたことが無いんだよな。いつもこのレース生地越しだった。
「フォルクスさん」
「うん?」
考え事は呼ばれることで中断。ゆっくり視線を上げるとアルゼレアは僕の方を向いていた。手元が見えなければ少し幼めの可愛らしいお嬢さんなんだよ。
「悩み事ですか?」
「えっ?」
風船で浮いていた体が突然地面に落ちていくみたいな衝撃を受ける。
「どうして?」
「さっきから何度か溜め息をついていたので」
指摘されるまで気が付かなかった。
「そ、そうだった? ごめん。何でもないよ」
「そうですか……」
アルゼレアはすぐ作業に戻った。愛想は無い方だけど、それが君らしい。
いつも真面目で一生懸命で。何より本当に本が好きなんだなぁ。
「……」
チラッとアルゼレアが顔を上げた。原因は僕にも分かった。さっき指摘されたばかりの溜め息が漏れてしまっていたからだ。
「今のは、何でもないよ」
僕は苦笑しつつ言い張った。
料理が運ばれてきて「さあ食べよう!」というところ。カラトリーを渡してあげる僕をよそに、アルゼレアは少し違うところに釘付けになっていた。視線は僕の後ろを越えた後ろだ。
「フォルクスさん、見てください」
いつもの落ち着いた言い方だった。僕は言われるまま後ろを見てみる。メニュー看板や時計が目に付くけど、雑貨に紛れたディスプレイのことを指しているみたい。この時間はテレビニュースが流れていた。
「知り合いでも映ってた?」
呑気な僕だけど、内容が少しでも読み取れれば氷漬けになった。アルゼレアと同じように。テレビの音声は周りのお客の声で掻き消されても、テロップで難なく衝撃を受けることになる。
『ナヴェール神殿でオソード盗難被害』
たったその一列で灰にもなりそうだ。
料理が冷めるのも知らないで字幕を端から端まで追った。
「連日お伝えしております。エルサの民過激派集団による暴動が相次ぐなか、協会団より新しい情報が開示されました」
画面が切り替わって、知らない白髪のおじさんが現れる。
「ゼノバ教皇によりますと、二日前の明朝。ナヴェール神殿内に保管されていたオソードの記録が忽然と消えたとのことです」
そして一冊の本が表示された。よくある皮表紙の本。それから混乱するナヴェール神殿の様子も。
「あ、あれって……」
「ですよね……」
「お待たせいたしましたー! キャラメルプディングです!」
甲高い声に肩を震わせて、僕とアルゼレアは同時に店員さんの方に視線を向ける。
「あっ。えっと……僕ら頼んでないです」
「失礼しましたー!」
隣の席に料理を運ぶ店員。それを見守りつつ「ふう」と胸を撫で下ろす仕草まで僕とアルゼレアは同時だった。それより本だよ。オソードが盗まれたって。……どうする?
目と目を合わせるだけで言葉が分かるようになっている。だけどアルゼレアは僕とは違ってもう答えが出ているんだろう。咄嗟に机の下に隠したオソードを、しっかりと握りしめていると思う。
「……か、返したいよね?」
先に聞いたのは僕だ。
「はい」
返事には何も揺らぐものが無い。当然、と言うべき熱意がある。
僕は少し困った。だけどその思いはとりあえず今は隠しておいた。
オソードをただ返すだけ。ちょっと切り込みが入ったところはアルゼレアが綺麗に修復してくれたから大丈夫。
きっと大した問題には繋がらないよ。きっとそう。
(((次話は来週月曜17時に投稿します。
Twitter →kusakabe_write
Instagram →kusakabe_natsuho
「さすがだね」
「あ、ありがとうございます」
アルゼレアの細かい作業を眺めていると癒される心地だ。丁寧で、正確で、職人みたいな指の動きが美しくて見入ってしまう。
周りのお客が騒がしくても僕には届かなかった。テーブルに肘をついて美しいものを眺める……。有意義な時間だとも取れる。暇とは違って。
視線は彼女の指先から上へのぼって行き、赤い髪に触れた。毛先が細くて透き通っているみたい。伏せているまつ毛にも若干赤みがあるのか。
吊り目の上にほんのり色が乗っているのを今初めて気付いた。薄化粧みたいだ。それとほっぺたは白パンのようにふっくらではなく、もっとしっとりした、何かな……。
滑らかで張りがあってすべすべしたものを思い起こした。そう。チーズだな。水牛の丸いフレッシュチーズ。もちもちしていて触りたくなる不思議さがあるなぁ。
我ながら良い例えを思いついてかなり満足だったんだけど。常識的に考えて、女性の顔を食べ物で例えるのはよくない。
高揚が落ち着くのと一緒に視線もまたアルゼレアの手元に戻ってきた。手袋の黒レースから小さなバラの模様を初めて見つけた。
やっぱり若者が身に付けるには年代物過ぎる柄だよなと思う。そのせいでアルゼレアの若さと相反するミステリアスな印象を与えているんだろう。
「……」
一巡した後ぼんやりとした。
そういえば。僕ら手を繋いだって言っても、彼女の手の平から温もりと呼べるものを感じたことが無いんだよな。いつもこのレース生地越しだった。
「フォルクスさん」
「うん?」
考え事は呼ばれることで中断。ゆっくり視線を上げるとアルゼレアは僕の方を向いていた。手元が見えなければ少し幼めの可愛らしいお嬢さんなんだよ。
「悩み事ですか?」
「えっ?」
風船で浮いていた体が突然地面に落ちていくみたいな衝撃を受ける。
「どうして?」
「さっきから何度か溜め息をついていたので」
指摘されるまで気が付かなかった。
「そ、そうだった? ごめん。何でもないよ」
「そうですか……」
アルゼレアはすぐ作業に戻った。愛想は無い方だけど、それが君らしい。
いつも真面目で一生懸命で。何より本当に本が好きなんだなぁ。
「……」
チラッとアルゼレアが顔を上げた。原因は僕にも分かった。さっき指摘されたばかりの溜め息が漏れてしまっていたからだ。
「今のは、何でもないよ」
僕は苦笑しつつ言い張った。
料理が運ばれてきて「さあ食べよう!」というところ。カラトリーを渡してあげる僕をよそに、アルゼレアは少し違うところに釘付けになっていた。視線は僕の後ろを越えた後ろだ。
「フォルクスさん、見てください」
いつもの落ち着いた言い方だった。僕は言われるまま後ろを見てみる。メニュー看板や時計が目に付くけど、雑貨に紛れたディスプレイのことを指しているみたい。この時間はテレビニュースが流れていた。
「知り合いでも映ってた?」
呑気な僕だけど、内容が少しでも読み取れれば氷漬けになった。アルゼレアと同じように。テレビの音声は周りのお客の声で掻き消されても、テロップで難なく衝撃を受けることになる。
『ナヴェール神殿でオソード盗難被害』
たったその一列で灰にもなりそうだ。
料理が冷めるのも知らないで字幕を端から端まで追った。
「連日お伝えしております。エルサの民過激派集団による暴動が相次ぐなか、協会団より新しい情報が開示されました」
画面が切り替わって、知らない白髪のおじさんが現れる。
「ゼノバ教皇によりますと、二日前の明朝。ナヴェール神殿内に保管されていたオソードの記録が忽然と消えたとのことです」
そして一冊の本が表示された。よくある皮表紙の本。それから混乱するナヴェール神殿の様子も。
「あ、あれって……」
「ですよね……」
「お待たせいたしましたー! キャラメルプディングです!」
甲高い声に肩を震わせて、僕とアルゼレアは同時に店員さんの方に視線を向ける。
「あっ。えっと……僕ら頼んでないです」
「失礼しましたー!」
隣の席に料理を運ぶ店員。それを見守りつつ「ふう」と胸を撫で下ろす仕草まで僕とアルゼレアは同時だった。それより本だよ。オソードが盗まれたって。……どうする?
目と目を合わせるだけで言葉が分かるようになっている。だけどアルゼレアは僕とは違ってもう答えが出ているんだろう。咄嗟に机の下に隠したオソードを、しっかりと握りしめていると思う。
「……か、返したいよね?」
先に聞いたのは僕だ。
「はい」
返事には何も揺らぐものが無い。当然、と言うべき熱意がある。
僕は少し困った。だけどその思いはとりあえず今は隠しておいた。
オソードをただ返すだけ。ちょっと切り込みが入ったところはアルゼレアが綺麗に修復してくれたから大丈夫。
きっと大した問題には繋がらないよ。きっとそう。
(((次話は来週月曜17時に投稿します。
Twitter →kusakabe_write
Instagram →kusakabe_natsuho
0
あなたにおすすめの小説
「魔物の討伐で拾われた少年――アイト・グレイモント」
(イェイソン・マヌエル・ジーン)
ファンタジー
魔物の討伐中に見つかった黄金の瞳の少年、アイト・グレイモント。
王宮で育てられながらも、本当の冒険を求める彼は7歳で旅に出る。
風の魔法を操り、師匠と幼なじみの少女リリアと共に世界を巡る中、古代の遺跡で隠された力に触れ——。
ブラック国家を制裁する方法は、性癖全開のハーレムを作ることでした。
タカハシヨウ
ファンタジー
ヴァン・スナキアはたった一人で世界を圧倒できる強さを誇り、母国ウィルクトリアを守る使命を背負っていた。
しかし国民たちはヴァンの威を借りて他国から財産を搾取し、その金でろくに働かずに暮らしている害悪ばかり。さらにはその歪んだ体制を維持するためにヴァンの魔力を受け継ぐ後継を求め、ヴァンに一夫多妻制まで用意する始末。
ヴァンは国を叩き直すため、あえてヴァンとは子どもを作れない異種族とばかり八人と結婚した。もし後継が生まれなければウィルクトリアは世界中から報復を受けて滅亡するだろう。生き残りたければ心を入れ替えてまともな国になるしかない。
激しく抵抗する国民を圧倒的な力でギャフンと言わせながら、ヴァンは愛する妻たちと甘々イチャイチャ暮らしていく。
【魔女ローゼマリー伝説】~5歳で存在を忘れられた元王女の私だけど、自称美少女天才魔女として世界を救うために冒険したいと思います!~
ハムえっぐ
ファンタジー
かつて魔族が降臨し、7人の英雄によって平和がもたらされた大陸。その一国、ベルガー王国で物語は始まる。
王国の第一王女ローゼマリーは、5歳の誕生日の夜、幸せな時間のさなかに王宮を襲撃され、目の前で両親である国王夫妻を「漆黒の剣を持つ謎の黒髪の女」に殺害される。母が最後の力で放った転移魔法と「魔女ディルを頼れ」という遺言によりローゼマリーは辛くも死地を脱した。
15歳になったローゼは師ディルと別れ、両親の仇である黒髪の女を探し出すため、そして悪政により荒廃しつつある祖国の現状を確かめるため旅立つ。
国境の街ビオレールで冒険者として活動を始めたローゼは、運命的な出会いを果たす。因縁の仇と同じ黒髪と漆黒の剣を持つ少年傭兵リョウ。自由奔放で可愛いが、何か秘密を抱えていそうなエルフの美少女ベレニス。クセの強い仲間たちと共にローゼの新たな人生が動き出す。
これは王女の身分を失った最強天才魔女ローゼが、復讐の誓いを胸に仲間たちとの絆を育みながら、王国の闇や自らの運命に立ち向かう物語。友情、復讐、恋愛、魔法、剣戟、謀略が織りなす、ダークファンタジー英雄譚が、今、幕を開ける。
企業再生のプロ、倒産寸前の貧乏伯爵に転生する
namisan
ファンタジー
数々の倒産寸前の企業を立て直してきた敏腕コンサルタントの男は、過労の末に命を落とし、異世界で目を覚ます。
転生先は、帝国北部の辺境にあるアインハルト伯爵家の若き当主、アレク。
しかし、そこは「帝国の重荷」と蔑まれる、借金まみれで領民が飢える極貧領地だった。
凍える屋敷、迫りくる借金取り、絶望する家臣たち。
詰みかけた状況の中で、アレクは独自のユニーク魔法【構造解析(アナライズ)】に目覚める。
それは、物体の構造のみならず、組織の欠陥や魔法術式の不備さえも見抜き、再構築(クラフト)するチート能力だった。
「問題ない。この程度の赤字、前世の案件に比べれば可愛いものだ」
前世の経営知識と規格外の魔法で、アレクは領地の大改革に乗り出す。
痩せた土地を改良し、特産品を生み出し、隣国の経済さえも掌握していくアレク。
そんな彼の手腕に惹かれ、集まってくるのは一癖も二癖もある高貴な美女たち。
これは、底辺から這い上がった若き伯爵が、最強の布陣で自領を帝国一の都市へと発展させ、栄華を極める物語。
同じアパートに住む年上未亡人美女は甘すぎる。
ピコサイクス
青春
大学生の翔太は、一人暮らしを始めたばかり。
真下の階に住むのは、落ち着いた色気と優しさを併せ持つ大人の女性・水無瀬紗夜。
引っ越しの挨拶で出会った瞬間、翔太は心を奪われてしまう。
偶然にもアルバイト先のスーパーで再会した彼女は、翔太をすぐに採用し、温かく仕事を教えてくれる存在だった。
ある日の仕事帰り、ふたりで過ごす時間が増えていき――そして気づけば紗夜の部屋でご飯をご馳走になるほど親密に。
優しくて穏やかで――その色気に触れるたび、翔太の心は揺れていく。
大人の女性と大学生、甘くちょっぴり刺激的な同居生活(?)がはじまる。
むっつり金持ち高校生、巨乳美少女たちに囲まれて学園ハーレム
ピコサイクス
青春
顔は普通、性格も地味。
けれど実は金持ちな高校一年生――俺、朝倉健斗。
学校では埋もれキャラのはずなのに、なぜか周りは巨乳美女ばかり!?
大学生の家庭教師、年上メイド、同級生ギャルに清楚系美少女……。
真面目な御曹司を演じつつ、内心はむっつりスケベ。
レオナルド先生創世記
ポルネス・フリューゲル
ファンタジー
ビッグバーンを皮切りに宇宙が誕生し、やがて展開された宇宙の背景をユーモアたっぷりにとてもこっけいなジャック・レオナルド氏のサプライズの幕開け、幕開け!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる