閉架な君はアルゼレアという‐冷淡な司書との出会いが不遇の渦を作る。政治陰謀・革命・純愛にも男が奮励する物語です‐【長編・完結済み】

草壁なつ帆

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II.アスタリカとエルシーズ

エルシーズの感謝祭1

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「ヘレーの里帰り」と呼ばれる夜。ヘレーという青年が夜神を祀った村へ太陽の神を連れて帰ったという童話物語から、そう呼ばれるんだって。
 確かにこの日は夜なのにわずかに明るかった。霧がかかったかのような曇り空で、月の光が空を薄く覆っている。夜の太陽だって言い方もするみたい。
 いつもよりも不思議な雰囲気があった。特別感も。アスタリカ国民もといエルシーズと呼ばれる人々は、今日を粛々と過ごそうとしていた。

 参列者が次々に会場入りしている。男性も女性も子供も白を基調としたフォーマルな格好だ。そのせいでパーティーよりも儀式感が強い。僕とアルゼレアも溶け込めるようにと、同じ白いフォーマルスーツとツーピースを着ていた。
 場所はナヴェール神殿に近い別館。この催しのために設計された円形ドームの建物だ。それほど今夜は大事らしいんだ。
 人の流れに身を任せていた僕たちだったけど、館内に入っても大看板が無かったり手順チラシなんてものが配られなかったり。初心者には手厳しい世界かもしれないと痛感しつつ、意を決して人に尋ねてみることにする。
「すみません。初めてなんですけど。何をどうするのか全然分からなくて」
 スタッフという立場の人と、ただの参拝人の違いが分からないんだけど。とりあえず佇む男の人に声をかけてみた。彼は気立ての良い人だった。
「感謝祭へようこそ。まずは神々へのご挨拶に回ります。よければ一緒にどうですか?」
「ありがとうございます。そうして頂けると助かります」
 横でアルゼレアも丁寧に会釈をすると、彼はスマートにアルゼレアをエスコートしながら僕らに手解きをしてくれた。
 広い会場を練り歩く人で列を成していて僕らもその一員になった。ゆっくりゆっくりでしか進まないのがもどかしい気持ちになるけど。ここでは彼らの思想に従う。それが僕らの使命。
「これを、こうする……」
「なるほど。やってみます……」
 火を移した蝋燭を燭台の針に刺していく。女神像や燭台の飾りには必ずトマトの枝が模されていた。捧げ物として本物の実を置いていく人もいるみたい。赤い実は繁栄や命の象徴なんだって。少し前調べをしてきたんだ。
 オソードに描かれていたメリックとテアの石像前でも蝋燭を刺した。僕はまず「無知ですみません」と断りを入れてから彼に問いかけた。
「メリックとテアも神様という感じなんですかね?」
 怒られはしなかった。逆に、新規者にはよく聞かれることだと微笑まれる。
「今夜はエルサ神とその家族を祝う日ですから。メリック、テア、リビア、コトノギ、マノライ、エシュ。彼らはエルサ神の最初の子供たち。私たちはその子孫なので、こうしてお祈りするのです」
 ……エシュ? うーん。偶然同じ名前なだけなのかな? 気になるけどエルサ教の人にエシュ教のことをこの場所で聞くのはやめておいた方が良さそうだよね。彼も特に触れずにいるから僕はあえて黙っておくことにした。
 挨拶巡りが終わると案内してくれた彼とは離れ、僕たちは円形ホールの席につく。物見席のように高く作られてあると、挨拶巡りに参列する長蛇の列や、蝋燭の火が徐々に集まってくる光景が上から眺められた。
 白い空間に浮かぶ炎の赤色が神秘的だ。見ると天井に電気性の光源が無いから、蝋燭の火だけで淡く暖かな灯りを灯している。
「綺麗ですね」
「うん。そうだね」
 これだけだと来た甲斐があったね、ぐらい口から出てしまいそうだ。

 盛大な合奏が行われたのちにゼノバ教皇が中央に登場した。集まった信徒は教皇の登場に沸くのではなく、粛々として控えめな拍手を送ることで彼を歓迎したみたい。
 いち観光地の名イベントにでも参加したような心地はここまでだ。これからはゼノバ教皇を主導に、言葉や歌で創造神エルサを祝うというプログラムに移る。
 特に神様に思い入れのない僕には居心地の悪い時間。だって感謝なんてする前に、僕にどうしてこうも不運ばかりを降らせるんだって問いたいからね。
 エルサ教でもない僕たちが感謝祭なんてものに参加することになったのだって、僕にとってみれば最大の不運。不幸でしかないじゃないか。
 ゼノバ教皇の話が耳から入っていかない代わりに、僕の頭の中ではロウェルディ大臣の言葉ばっかりが居残っている。「君たちは、もうひとつ私に頼まれなくてはならないな」と、その理由。
 もしも全知全能の神様だったなら、僕がフェリーの時刻に押されそうな時に「応接間で静かに待っていなさい」と言って欲しかったよ。


 * * *


 激昂した声が廊下にまで響き渡っている。
「いつまでも何をやっているんだ! 時間を掛けている暇は無いんだぞ!」
 ロウェルディ大臣の声だ。その激しさを扉越しに聞きながら、手元から砂糖の甘い香りを嗅ぐという、よく分からない状況に僕とアルゼレアは置かれていた。
 シルキーバニーのお菓子箱。まさかこれの到着のことを、いつまで時間を掛けているんだと怒っているならすぐにでも扉を押し開けたよ。だけどどうやら状況は全く別のものみたいで安易に動けず……。
 大臣がいる部屋ではもう一人いるみたいで会話がされていた。明るい会話じゃなく、ロウェルディ大臣に先に怒られている人がいたみたい。
「申し訳ございません。直ちに確認を」
「確認ならもう終わっている! ゴーサインはとうに出してあるはずだ!」
「そ、その手法は少し強引じゃないかと指揮の者が」
 中で何が起こっているか分からないけど「ひいいっ」と悲鳴のようなものが聞こえた。
「セルジオから通達が来ている。遠回しに宣戦布告する意向だ。応戦するにも、あの反逆者の手綱を引いておかねば国ごとひっくり返ることになる。マーカスは必ず我々の綻びを突いてくるぞ」
 バンッと机でも叩いたかのような音。同室者の悲鳴はなかったから叩かれたりなんかはしていないと思う。おそらくロウェルディ大臣が苛立って叩いた。
「王権を剥奪しておくべきだった……」
「しかし大臣! それでは大臣の支持率に響きます!」
「ああ、その通りだ。だが先人の功績のおかげで政治的権力は一転した。そろそろ引退しても良かっただろう。貴族は貴族らしく檻の中で微笑んでいれば良いのだ。すでに死んだ権力が今更何をしてくれようと足手まといになる……」
 少しの静かな間。
「爆破でもなんでも良い。押し入ってバカ王子を連れ帰って来い」
「は、はい! ですが大事になりますと」
「何が起こるとも私達には関係のないことだ。騒動はメディアが処理してくれる。最も箔の付く形にな! 行け!!」
 そのあと僕とロウェルディ大臣が、開いた扉越しに目が合ってしまったというわけ。
 アスタリカ帝国の秘密話を聞いてしまった僕らは、その罰を受けなくてはならない。ただでさえセルジオの回し者だと思われているし。投獄か、死刑か、もっと酷い奴隷にでもされてしまうのか。
 しかしそんな想像したものとは全然違っていた。「捨て駒でも無駄にはしない」とは、最後まで僕らを利用するという意味だったんだ。


 * * *


 大きな拍手の音で、どこかに飛ばしていた意識が不時着したみたいになった。ゼノバ教皇の話はぼんやり聞いていたよ。たぶん、神様にありがとう……みたいな。周りが拍手しているから僕も手を叩く。大声援がゼノバ教皇を包んでいた。
 ふと隣を見てみればアルゼレアも拍手をしている。でも、こっそりあくびもしていたし、なんだかぼんやりしているように見えた。
 人が多い場所が苦手だったりするのかもしれない。そうじゃなくても割と問題に巻き込まれてばかりだったし、流石に疲れてもいるよな。
 大きな歓声と拍手の中で彼女に届くようにと、僕はそっと耳元に顔を寄せて聞く。
「辛くない? 大丈夫?」
 すると反射的に飛び上がったアルゼレアだった。まん丸な目で僕を見上げている。
「だっ、大丈夫です。はいっ、本当に」
 言葉がもつれて躓いている。ゆるんでいるところを見られたのがそんなに恥ずかしかったのか。
 それからアルゼレアは随分熱心に話を聞いたり拍手をしたりしている。
「別に気が抜けている事を怒っているわけじゃないよ」
「は、はい。大丈夫なので」
 何が大丈夫なんだろう。僕は首を傾げるし、彼女はいつまで経っても緊張を解かないみたい。
 もう少ししつこく彼女の心配をすると「話しかけないでください」と何故か怒られた。そんなに教皇は素晴らしいことを熱弁していたっけな。
 心なしか……席と席の間隔は変わっていないのに、体の距離で僕から若干離されているような気もしたり……。
 最近アルゼレアの機嫌がイマイチなんだ。それにも困ったな。



(((次話は明日17時に投稿します

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