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lll.二人の未来のために
トリスの部屋‐穏やかな時間‐
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トリスさんが戻ってきているとレニーさんから聞く。「なら挨拶してくると良い」そう言われて僕はトリスさんの部屋を訪ねに来た。大学棟の最上階の一室だ。天井が近いからか、廊下に立っているだけでじんわりを汗をかく。
きっちり閉じた扉をノックする前に、何を話すべきなのかをまとめた方が良いだろう。まずはレーモンド伯爵のことをありがとうございました、だ。それから研究員としてよろしくお願いします、かな。……でも正直、脳裏にまだある。
セルジオの兵器開発に入ったのは本当なのか? 本当にマーカスさんからの推薦で? そもそもマーカスさんとの関係は? 真実が知りたくなっている。
それらをどのタイミングで聞けるんだろう。僕の話術で引き出せるんだろうか。精神医だけど、カウンセリング技能は大学時代良い成績を取ったことが無い僕だ。大丈夫かな……。
「考えていても暑いだけだ。よし」
ひとつ唾を飲んでからノックした。
「……」
返事がないので、もう一度ノノック……。だけど相変わらず静か。
「あれ? 留守なのかな」
失礼と思いつつもドアノブを回してみた。鍵がかかっているみたいで開かなかった。
気落ちしているのも束の間。
「あれ? フォルクス君か?」
扉の中じゃなく、廊下の向こうから一人の老人が見えた。
「いや、なに。ちょっと道に迷ってしまったんだ。この大学病院は迷宮みたいだろう。私も久しぶりに来てみると頭にあった地図が全部消えている」
鍵を開けた部屋はトリスさんの書斎。廊下よりももっと暑い空気で満たされていて、窓や扉を全開にしてもあまり風通りは良くなかった。
「秘密兵器だぞ」と言って扇風機のボタンを押す。風が流れてある程度涼しくなりつつある部屋で、僕はその「兵器」という文字からあの話題に続けないかと考えた。でも、いくらなんても無理だった。
「レーモンド伯爵の事。改めて、ありがとうございました」
「なになに、医者が助け合うのは当然のことだ。さあ、そこに座りなさい。ちょっと埃っぽいけどね」
言いながらトリスさんが一番くしゃみをしている。扇風機の風で巻き上げるから余計にだ、とは僕は思うけど言わないでおいた。
本や荷物でごった返した部屋だけど動線だけは片付いている。僕は近くにあった木椅子に腰掛けた。トリスさんは小キッチンに向かったみたい。
「わっ、これはまずい」
「どうしました?」
「何でもないよ。見ない方が良い」
うわわ、と言いながら何かガサガサと音を立てている。
「これもか。これもだ。ああ、もったいない」と残念がっているのを聞くと、おそらく何か食べ物が腐っていたんじゃないかなって思う。さっきからちょっと発酵したような香りも漂っているから……。
そうこうしているとお茶が一杯運ばれてきた。
「茶菓子はまた今度だ」
……やっぱりそうだ。
美味しいお茶をいただきながら、トリスさんの書斎を少し見回していた。医療系の本が多いのはもちろんだけど、そこに混じって地理学や天文学といった分野の資料がある。よくわからない模型もよく色んなところに転がっているのが目についた。
「トリスさんって何をしている人なんですか?」
入室前に僕が考えていたものとは違うことが口から出てしまった。
「医者だよ?」
「ですよね」
現代アートのようで何かわからない模型を見ていた僕。不思議そうにしていたつもりはないけど、トリスさんも僕の視線の先を気にしたみたい。「ああ、これね」と、その模型を持ち上げた。
「宇宙船のレプリカだよ」
「う、宇宙船ですか!?」
これを持って医者ですと名乗るのには無理がある。
「しかも驚くことになるぞ。この宇宙船は今から三千年……いや、もっと前の文明で作られていたものなんだ!」
無造作に転がっていたものをテーブルの上に置くと、確かに船のように見えなくも……ない? ずんぐりむっくりで太った魚のような形をしたそれが、宇宙に行くなんてちょっと信じ難い話だ。
「すごいだろう」
「すごいです……本当に宇宙に行くんですか」
するとトリスさんは吹き出して笑った。
「行かない行かない。この機体で宇宙まで飛ぶのは不可能だ。古代の宇宙船にはエンジンの技術が無いし、測量しの技量も足りていない」
「じゃあ、これは何のために?」
「さあね。でも夢があるだろう。おそらく神様の元へでも行こうとしたんじゃないのかな」
トリスさんがハッハッハと笑うのにつられて僕も少し笑った。
「物理的にですか」
「物理的にだね」
それがおかしくて僕はもっと笑っている。
そうえいば最近は神様についても、あんぐりとしながら受け入れることばかりだった。だからこんな風に、あり得ないことを「あり得ないな」と笑える時間が貴重にも思えた。
こんな癒しは偶然起こったのだと思った。けれど僕らの笑い声が落ち着いてきてくると、トリスさんがカップから口を離すと同時に「良かった」と漏らしていた。だからきっとトリスさんが和ませてくれたんだなって分かったんだ。
「君は私に色々と聞きたいことがあるだろう」
あっ、と僕から言いかける前に、トリスさんがさらに詳しく言った。
「医療のことじゃなく。主にセルジオ王国やマーカスのことだろうな」
その気だった。正直に僕は答える。
「はい。チャンスがあればそのことも聞けたら良いなと思っていました」
「謙虚だね。むしろそれだけ聞きに来てくれて当然だと思うのに」
僕は謙虚という言葉にもなんだか嬉しくなってはにかんでしまう。トリスさんの微笑みも柔らかなものだった。
「マーカスとの出会いを聞かせてあげよう」
天井に絵を浮かべているのか、やや上を向きながら静かに語られる。
(((次話は明日17時に投稿します
Threads → kusakabe_natsuho
Instagram → kusakabe_natsuho
きっちり閉じた扉をノックする前に、何を話すべきなのかをまとめた方が良いだろう。まずはレーモンド伯爵のことをありがとうございました、だ。それから研究員としてよろしくお願いします、かな。……でも正直、脳裏にまだある。
セルジオの兵器開発に入ったのは本当なのか? 本当にマーカスさんからの推薦で? そもそもマーカスさんとの関係は? 真実が知りたくなっている。
それらをどのタイミングで聞けるんだろう。僕の話術で引き出せるんだろうか。精神医だけど、カウンセリング技能は大学時代良い成績を取ったことが無い僕だ。大丈夫かな……。
「考えていても暑いだけだ。よし」
ひとつ唾を飲んでからノックした。
「……」
返事がないので、もう一度ノノック……。だけど相変わらず静か。
「あれ? 留守なのかな」
失礼と思いつつもドアノブを回してみた。鍵がかかっているみたいで開かなかった。
気落ちしているのも束の間。
「あれ? フォルクス君か?」
扉の中じゃなく、廊下の向こうから一人の老人が見えた。
「いや、なに。ちょっと道に迷ってしまったんだ。この大学病院は迷宮みたいだろう。私も久しぶりに来てみると頭にあった地図が全部消えている」
鍵を開けた部屋はトリスさんの書斎。廊下よりももっと暑い空気で満たされていて、窓や扉を全開にしてもあまり風通りは良くなかった。
「秘密兵器だぞ」と言って扇風機のボタンを押す。風が流れてある程度涼しくなりつつある部屋で、僕はその「兵器」という文字からあの話題に続けないかと考えた。でも、いくらなんても無理だった。
「レーモンド伯爵の事。改めて、ありがとうございました」
「なになに、医者が助け合うのは当然のことだ。さあ、そこに座りなさい。ちょっと埃っぽいけどね」
言いながらトリスさんが一番くしゃみをしている。扇風機の風で巻き上げるから余計にだ、とは僕は思うけど言わないでおいた。
本や荷物でごった返した部屋だけど動線だけは片付いている。僕は近くにあった木椅子に腰掛けた。トリスさんは小キッチンに向かったみたい。
「わっ、これはまずい」
「どうしました?」
「何でもないよ。見ない方が良い」
うわわ、と言いながら何かガサガサと音を立てている。
「これもか。これもだ。ああ、もったいない」と残念がっているのを聞くと、おそらく何か食べ物が腐っていたんじゃないかなって思う。さっきからちょっと発酵したような香りも漂っているから……。
そうこうしているとお茶が一杯運ばれてきた。
「茶菓子はまた今度だ」
……やっぱりそうだ。
美味しいお茶をいただきながら、トリスさんの書斎を少し見回していた。医療系の本が多いのはもちろんだけど、そこに混じって地理学や天文学といった分野の資料がある。よくわからない模型もよく色んなところに転がっているのが目についた。
「トリスさんって何をしている人なんですか?」
入室前に僕が考えていたものとは違うことが口から出てしまった。
「医者だよ?」
「ですよね」
現代アートのようで何かわからない模型を見ていた僕。不思議そうにしていたつもりはないけど、トリスさんも僕の視線の先を気にしたみたい。「ああ、これね」と、その模型を持ち上げた。
「宇宙船のレプリカだよ」
「う、宇宙船ですか!?」
これを持って医者ですと名乗るのには無理がある。
「しかも驚くことになるぞ。この宇宙船は今から三千年……いや、もっと前の文明で作られていたものなんだ!」
無造作に転がっていたものをテーブルの上に置くと、確かに船のように見えなくも……ない? ずんぐりむっくりで太った魚のような形をしたそれが、宇宙に行くなんてちょっと信じ難い話だ。
「すごいだろう」
「すごいです……本当に宇宙に行くんですか」
するとトリスさんは吹き出して笑った。
「行かない行かない。この機体で宇宙まで飛ぶのは不可能だ。古代の宇宙船にはエンジンの技術が無いし、測量しの技量も足りていない」
「じゃあ、これは何のために?」
「さあね。でも夢があるだろう。おそらく神様の元へでも行こうとしたんじゃないのかな」
トリスさんがハッハッハと笑うのにつられて僕も少し笑った。
「物理的にですか」
「物理的にだね」
それがおかしくて僕はもっと笑っている。
そうえいば最近は神様についても、あんぐりとしながら受け入れることばかりだった。だからこんな風に、あり得ないことを「あり得ないな」と笑える時間が貴重にも思えた。
こんな癒しは偶然起こったのだと思った。けれど僕らの笑い声が落ち着いてきてくると、トリスさんがカップから口を離すと同時に「良かった」と漏らしていた。だからきっとトリスさんが和ませてくれたんだなって分かったんだ。
「君は私に色々と聞きたいことがあるだろう」
あっ、と僕から言いかける前に、トリスさんがさらに詳しく言った。
「医療のことじゃなく。主にセルジオ王国やマーカスのことだろうな」
その気だった。正直に僕は答える。
「はい。チャンスがあればそのことも聞けたら良いなと思っていました」
「謙虚だね。むしろそれだけ聞きに来てくれて当然だと思うのに」
僕は謙虚という言葉にもなんだか嬉しくなってはにかんでしまう。トリスさんの微笑みも柔らかなものだった。
「マーカスとの出会いを聞かせてあげよう」
天井に絵を浮かべているのか、やや上を向きながら静かに語られる。
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