閉架な君はアルゼレアという‐冷淡な司書との出会いが不遇の渦を作る。政治陰謀・革命・純愛にも男が奮励する物語です‐【長編・完結済み】

草壁なつ帆

文字の大きさ
122 / 136
lll.二人の未来のために

取材の報酬

しおりを挟む
 出版社がある通りに戻ってきたのは日没する手前。果敢にも退勤ラッシュの電車に乗って帰ってきた。みんな自分のことで忙しいみたいで、僕みたいな人間でも無事に電車を乗り降りできたんだ。
 雑居ビルの階段では仕事上がりの社員たちとすれ違い必須だった。踊り場の窓からちょうどよく夕陽が差し込んでいて、僕は逆光の影に紛れてやり過ごすことが出来ていた。
 そして出版社へは、違う階の人とまた出会わないようにとノックも無しに入ってしまった。
「……あれ? 誰もいない」
 忙しくしているだろうと想像していて、僕がひとり紛れ込んでいても大事にならないだろう。って思ったのに。想像と反してシーンとしていた。でも電気は付いている。
「アルゼレア、いる?」
 遠慮がちに声をかけながら歩いていく。アルゼレアか、社員のひとりでも見つかったらいいなと探していた。
 散らかりっぱなしの机や、仕舞われずにあっちの方向を向いた椅子。どれも仕事はついさっきまでしていたという雰囲気を漂わせているけど。人は誰もいないみたい。
「おかしいな。鍵は空いていたんだけど」
 それにアルゼレアがここにいなくちゃおかしいんだけども。
 応接ブースにもアルゼレアはいない。たぶん社長と取材を受けただろう部屋も見てみたんだけど、誰の姿もなかった。
 何か変なトリックにでも引っ掛けられたみたいに、僕の頭に小さなパニックが起こっていた。
 まさか階数を間違えた? 情報漏洩防止のために、まるっきり同じレイアウトの部屋を用意しているとか? 普通ではないことを考えてしまうほど僕は混乱していたんだ。
 それとも夕食に出掛けたのかな? そんな考えで出入り口を振り返った時、アルゼレアが見つかった。パーティションの裏に足が見えていた。僕は咄嗟に彼女に駆け寄った。
 アルゼレアは離れた場所のソファーで横になっている。目をつぶっている。彼女に一体何が……。しかし気持ちよさそうにスースーと寝息を立てていたから大丈夫だった。
「なんだ。良かった……」
「毒なんて飲んでませんよ」
「わあああっ!?」
 突然女の人の声で言ったから、僕はびっくりして震え上がってしまった。アルゼレアは相変わらず健やかな寝息だけだし、声の主は僕のすぐ後ろからだ。
「変なことを疑われたら嫌なので」
 丸メガネを持ち上げて僕のことを睨まれる。
「疑ったことなんて……」
 でも名刺をもらった当初は『マニア研究所』なんてよく分からない集団のように感じていた。あの頃は確かに色々疑っていたかもしれないな……。
「……たぶん、ないですよ」
「誤魔化しましたね。まあいいですけど」
 ふらりと現れた社長は、またふらりと消えた。パーティションを挟んだ向こうは社員たちのデスクがある。社長はその辺にかけてある薄手のカーディガンを羽織り、鍵を手の中でジャラジャラと鳴らしだした。
「出掛けるんですか?」
「お腹がペコペコなんです。お兄さんが帰ってくるのが遅いから」
 小さな炊事場の鏡で少し容姿を整えている。
「誰かが来ても誰も入れないで下さいね」
 鏡越しに目が合うこともないけど、きっと僕に向かって言ったんだ。僕は「はい」と返事した。それに対しての反応は何もない。
 社長の支度よりもアルゼレアを眺めていた方が安らぐ。そういえばアルゼレアはいつもの服装とは違っている。社長から借りたのか、ちょっと大人びたドレスのようなものを着ていた。それについても一体何故なんだと不思議だ。
 ……とはいえ。可愛らしさの方が強いアルゼレアだけど、いつもと服装が違うだけで印象がガラッと変わった。とっても綺麗だ。
 ガチャっと音が聞こえる。社長が外出したみたい。
「……」
 こんな機会はあまりないだろうから、もうちょっと近くで見ていようかな。アルゼレアの方へ片足を出したら、もう一度ガチャっと鳴った。
「イヤらしいことしないで下さいね」
「すっ、するわけないだろう!?」
 言い訳を付け足す前にはもう扉は閉まっていたみたい。……失礼だな。ただ眺めていたいだけだよ。まったく。
 ……まったく。

 袋に入った弁当箱を取り出しながら社長が言う。
「つまらない」
 独り言のようだけど多分僕に向けてあるんだろうな。仕切り壁で孤立した会議室に僕とふたりで居るわけなんだから、どうしたって嫌味のように聞こえた。
 一方、僕の方はげんなりだ。さっきから長机に置いた小さな装置を弄んでいる。テレビのリモコンのようなそれは、録音スイッチと再生スイッチが搭載された最新の機械だった。
「人のプライベートまでスクープにしないでください」
「しませんよ。もっと上手に使うんです」
 どっちにしたって同じことだ。
 社長が出掛けてからアルゼレアと二人きりになったって事で、僕が欲に押されて風紀を乱すなんてことにはならないにしても。ただただ無言でアルゼレアの寝顔に見入っていただけだなんて運が良かったんだよ。
 無意識に口が動いて「可愛いな~」「天使だな~」なんてことを言いかねないんだから。本当に良かった。
「つまらない男です」
「なんとでも言ってください」
 辛辣な言葉を言ってくれるけど、僕の目の前にも弁当箱が配られている。なんなら袋の中にはもうひとつ。まさかアルゼレアの分なんだろうかと思って驚いた。
「頂いて良いんですか?」
「どうぞ。アルゼレアさんを取材させてくれた報酬です」
「……」
 驚いたままで弁当箱を開ける。ハンバーグと焼き野菜のお弁当で、スープもあると別の入れ物を差し出された。しかも暖かい。
「マカロニだけのお弁当じゃない……」
 少し高価な店のテイクアウトに違いなかった。
 それに、こんな風に何か成し遂げてから、お礼や報酬をちゃんと貰えるということも、実は初めてだったから僕は必要以上に感動してしまった。



(((次話は明日17時に投稿します

Threads → kusakabe_natsuho
Instagram → kusakabe_natsuho
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

あべこべな世界

廣瀬純七
ファンタジー
男女の立場が入れ替わったあべこべな世界で想像を越える不思議な日常を体験した健太の話

「魔物の討伐で拾われた少年――アイト・グレイモント」

(イェイソン・マヌエル・ジーン)
ファンタジー
魔物の討伐中に見つかった黄金の瞳の少年、アイト・グレイモント。 王宮で育てられながらも、本当の冒険を求める彼は7歳で旅に出る。 風の魔法を操り、師匠と幼なじみの少女リリアと共に世界を巡る中、古代の遺跡で隠された力に触れ——。

【魔女ローゼマリー伝説】~5歳で存在を忘れられた元王女の私だけど、自称美少女天才魔女として世界を救うために冒険したいと思います!~

ハムえっぐ
ファンタジー
かつて魔族が降臨し、7人の英雄によって平和がもたらされた大陸。その一国、ベルガー王国で物語は始まる。 王国の第一王女ローゼマリーは、5歳の誕生日の夜、幸せな時間のさなかに王宮を襲撃され、目の前で両親である国王夫妻を「漆黒の剣を持つ謎の黒髪の女」に殺害される。母が最後の力で放った転移魔法と「魔女ディルを頼れ」という遺言によりローゼマリーは辛くも死地を脱した。 15歳になったローゼは師ディルと別れ、両親の仇である黒髪の女を探し出すため、そして悪政により荒廃しつつある祖国の現状を確かめるため旅立つ。 国境の街ビオレールで冒険者として活動を始めたローゼは、運命的な出会いを果たす。因縁の仇と同じ黒髪と漆黒の剣を持つ少年傭兵リョウ。自由奔放で可愛いが、何か秘密を抱えていそうなエルフの美少女ベレニス。クセの強い仲間たちと共にローゼの新たな人生が動き出す。 これは王女の身分を失った最強天才魔女ローゼが、復讐の誓いを胸に仲間たちとの絆を育みながら、王国の闇や自らの運命に立ち向かう物語。友情、復讐、恋愛、魔法、剣戟、謀略が織りなす、ダークファンタジー英雄譚が、今、幕を開ける。  

企業再生のプロ、倒産寸前の貧乏伯爵に転生する 

namisan
ファンタジー
数々の倒産寸前の企業を立て直してきた敏腕コンサルタントの男は、過労の末に命を落とし、異世界で目を覚ます。  転生先は、帝国北部の辺境にあるアインハルト伯爵家の若き当主、アレク。  しかし、そこは「帝国の重荷」と蔑まれる、借金まみれで領民が飢える極貧領地だった。  凍える屋敷、迫りくる借金取り、絶望する家臣たち。  詰みかけた状況の中で、アレクは独自のユニーク魔法【構造解析(アナライズ)】に目覚める。  それは、物体の構造のみならず、組織の欠陥や魔法術式の不備さえも見抜き、再構築(クラフト)するチート能力だった。  「問題ない。この程度の赤字、前世の案件に比べれば可愛いものだ」  前世の経営知識と規格外の魔法で、アレクは領地の大改革に乗り出す。  痩せた土地を改良し、特産品を生み出し、隣国の経済さえも掌握していくアレク。  そんな彼の手腕に惹かれ、集まってくるのは一癖も二癖もある高貴な美女たち。 これは、底辺から這い上がった若き伯爵が、最強の布陣で自領を帝国一の都市へと発展させ、栄華を極める物語。

ブラック国家を制裁する方法は、性癖全開のハーレムを作ることでした。

タカハシヨウ
ファンタジー
ヴァン・スナキアはたった一人で世界を圧倒できる強さを誇り、母国ウィルクトリアを守る使命を背負っていた。 しかし国民たちはヴァンの威を借りて他国から財産を搾取し、その金でろくに働かずに暮らしている害悪ばかり。さらにはその歪んだ体制を維持するためにヴァンの魔力を受け継ぐ後継を求め、ヴァンに一夫多妻制まで用意する始末。 ヴァンは国を叩き直すため、あえてヴァンとは子どもを作れない異種族とばかり八人と結婚した。もし後継が生まれなければウィルクトリアは世界中から報復を受けて滅亡するだろう。生き残りたければ心を入れ替えてまともな国になるしかない。 激しく抵抗する国民を圧倒的な力でギャフンと言わせながら、ヴァンは愛する妻たちと甘々イチャイチャ暮らしていく。

同じアパートに住む年上未亡人美女は甘すぎる。

ピコサイクス
青春
大学生の翔太は、一人暮らしを始めたばかり。 真下の階に住むのは、落ち着いた色気と優しさを併せ持つ大人の女性・水無瀬紗夜。 引っ越しの挨拶で出会った瞬間、翔太は心を奪われてしまう。 偶然にもアルバイト先のスーパーで再会した彼女は、翔太をすぐに採用し、温かく仕事を教えてくれる存在だった。 ある日の仕事帰り、ふたりで過ごす時間が増えていき――そして気づけば紗夜の部屋でご飯をご馳走になるほど親密に。 優しくて穏やかで――その色気に触れるたび、翔太の心は揺れていく。 大人の女性と大学生、甘くちょっぴり刺激的な同居生活(?)がはじまる。

むっつり金持ち高校生、巨乳美少女たちに囲まれて学園ハーレム

ピコサイクス
青春
顔は普通、性格も地味。 けれど実は金持ちな高校一年生――俺、朝倉健斗。 学校では埋もれキャラのはずなのに、なぜか周りは巨乳美女ばかり!? 大学生の家庭教師、年上メイド、同級生ギャルに清楚系美少女……。 真面目な御曹司を演じつつ、内心はむっつりスケベ。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

処理中です...