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5人の女たち〜アイスクリームスプーン〜
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カーテンコールが鳴り響く。紳士も淑女も席を立ち上がり、演者たちをもう一度目に焼き付けたいと喝采を聞かせている。
彼らに応えて真っ赤な幕が上がると、順々に演者たちが再登場した。
ヒロインの父を演じたリデル・バーグ。
主役の友人を演じたジェイキン・カルディー。
キーパーソンとなる孤独の少女ミザリーを演じたリピト・エリンは歌劇団に入って初公演だったが、初とは思えないほど観客全員を虜にした。
エリンの登場に大きな拍手が起こり、その昂りの中に今回の海外演目『魔女のフルコース』を本国版でアレンジをした監督フィーザー・マンデスを迎える。
そしてその両脇には、主役とヒロイン役が並んでいた。
ヒロイン役はヴィクセン・ハンス。
主役はゲイン・リーデッヒ。
主役が登場した途端、会場の熱気は爆発したかのように熱くなった。彼の演技力や整った顔立ちによって人気が高いのも理由にあるが、ここでは彼の手の握られている銀色のスプーンが淑女たちを囃し立てている。
拍手を送り、声を浴びせ、愛を叫んでいる。
すると主役リーデッヒのマイクに電源が入ったらしい。
「ありがとう! このアイスクリームスプーンを甘いレディに送ろう!」
監督フィーザーが手掛けた名セリフを聞かせている。劇中でも、ヒロインと打ち解けるシーンで使われたリーデッヒのセリフだ。
歌劇団の看板役者リーデッヒと近付きたい。あのスプーンを受け取るのは私だと、淑女たちは幕が下がり切るまで密かに闘志を燃やしていることだろう……。
* * *
熱気を冷やしてくれるようにロビーには空調がよく効いていた。私はどこかに座りたかったけれど、待ち人用のソファーもベンチももう人で埋まってしまっている。
何度も通っている劇場ホールでも、リーデッヒが出演する時間帯だけ、まるで全てを取り替えたみたいに違って見える。劇が終わったら付近のレストランが満席になるのが普通で、だけどこの時はそうならないらしい。
「グラニータ?」
私の名前が呼ばれた。夫のものかと思ったけれど声は女性で、タバコ屋の方ではなかった。
わざわざ好んでこのマイナーな演目を観に来る友人は数少ない。でも、リーデッヒ目当てということなら、この場限りの顔見知りが何人かいた。
「まあ、ドンドゥルマ。こんにちは」
「こんにちは。お元気そうね」
人混みを掻き分けながらわざわざ私を見つけて来たみたい。その目的は分かっている。
「グラニータ。夫持ちのあなたがこんなところで遊んでいて良いのかしら?」
「……」
そう。嫌味を言いにきたのだ。
あるいはドンドゥルマが自身の真っ赤なドレスをひらひらさせ、私やその周りの女性に見せつけて来たのもある。そうする理由はただひとつ。
「夫婦でひとつのスプーンじゃ足りなくありません? 付近のレストランでしたらちゃんとお二人分のスプーンを出して下さるわよ?」
「……ええ。お気遣いどうもありがとう。でも大丈夫なの。夫は甘いものが苦手ですから、食後のデザートはひとつしか頼みませんので」
ドンドゥルマは気に入らないことがあると、歯を噛み締めて右の頬にえくぼを作る。今のように。
お互いに睨み合っていると、彼女のえくぼが消えた。
「少し冷えますわね」
そう言ったドンドゥルマ。腰に巻きつけてあった緑色のスカーフを広げて肩に掛け始めた。それも私に見せつけてのことだった。なにせ私だって、緑色のドレスで着たのだから色被りをしている。
えくぼを作らないドンドゥルマが穏やかに言う。
「流行っていますものね、この色。でもご存知かしら。染料に使うピシタチオの実は、うちの会社が生産量一番なのよね」
やれやれと首を振られてしまう。
「世界的に見て生産量、第三位よね?」
「……!!」
言い返せたのは私じゃなく。別の女性だ。私はドンドゥルマの前でドレスを着替えなさいと言われるところだった。助けてくれた女性は、この会話の中に堂々と入ってきた。
「事業家のご令嬢なのに数字が苦手でやっていける?」
ドンドゥルマより少し高い位置から見下ろし、それから私のことも上から下まで眺めた。
「はぁ……皆おんなじ格好をしているんだもの。そういう仮装パーティーなのかと思ったわ。だってドレスコードにしては品が無いじゃない?」
「何ですって!?」
「あら、怒らないで? ドンドゥルマにはピッタリよ。自社製のものが大好きだものね。そのイヤリングも靴も鞄も、あなた以外入手することが出来ない貴重品。素晴らしいですわ。ご家族も喜んでいらっしゃるでしょう。劇場ではなくて社交パーティーに出掛けた方がもっと喜ばれるとは思うけれど」
ふん、と鼻を鳴らし、ドンドゥルマを黙らせたこの女性。その後ろにもうひとり居るのを見逃すところだった。
「ね、ねえ、ソルベ。その辺りにしない?」
控えめに顔を出す彼女はファールーデ。薔薇の刺繍を施した伝統的なドレスを身に付けている。
彼女のヘアセットのリボンには、私やドンドゥルマと同じピシタチオの緑を付けていた。裕福というほどでもないファールーデでも、ここはお金を出して手に入れた流行りの色なんだろう。
そして。私を助けてくれたようで実はそうでもないソルベの衣服はというと。ピシタチオによる緑の要素は全く無い。爽やかな水色と黄色を合わせたシースルーとシルクであつらえた大人っぽいシルエットだ。
「あ、あのね。グラニータ、ドンドゥルマ。ソルベはちょっと酔っているだけで本心で言っているんじゃないのよ? ね? ソルベ」
「あら私、酔ってしまうと嘘が下手になる性格なのよね」
「……あなたね!!」
「怒ると頬のシワが残るわよ?」
ソルベとドンドゥルマは相性が悪いのだ。まるでお互い正反対の素材で出来ているみたい。
言い合う二人の横をすり抜けて、ファールーデが私のところに寄って来た。
「グラニータ。ごめんなさいね」
ファールーデは優しい女性だ。
「ううん。私は何とも思わないわ。ピシタチオの色は綺麗で好きだし、ファールーデのリボンもとっても可愛らしいと思うの」
「あ、ありがとう。わ、私ってみんなからよく変わってるって言われるから、少しでも馴染みたくって。えへへ」
ファールーデは辺りをキョロキョロと見て気にした。それから私に耳打ちするために背伸びをする。
「リ、リーデッヒ様も可愛いって思ってくれるかしら?」
「え?」
それ以上は話さないで私の返事を見つめて待たれる。
「そ、そうね。きっと思ってくれると思うわ」
「本当!? わぁ、グラニータ、ありがとう!」
「う、うん……」
何を言っているの!? リーデッヒが可愛いと思う女性は私ひとりだけよ! と、ドンドゥルマなら堂々と叫びそうだけど。私はそんなことが出来ない……。
澄ましたソルベだってきっと、愛情は平等だとか上手に言葉を返せるだろうなと思う……。
「あ、あれ? グラニータ、なんだか元気が無い?」
「ううん。平気よ。ちょっと寒いのかしら」
「だったら劇場の外に出る?」
「う、ううん。ここに居る……」
ドンドゥルマと話していた時は強気で居れたのに、なんだか私は自信を失くしてしまいそうになる。
「グラニータ! ファールーデ!」
明るい声に呼びかけられて私は嫌な思いがした。確かにリーデッヒを追いかけるひとりとして同じ目的の知り合いは沢山いるけれど、これ以上の雑念に犯されたくない思いがしている。
リーデッヒはまだ会場から出てこないのか。ロビー内の大時計を見ようとしたその方向に、まさに私とファールーデを呼びかけた人物と目が合う。
おーい! と、その女性は手を振って私たちの元に駆けつけた。
「リーデッヒはまだ出て来ていない?」
返事として、ファールーデは頷き、私は他所を向いた。
「そっかぁ。でも待っていれば出てくるわよね。ねえね、それよりも私たちみんな同じ色! 見て見て! 姉妹みたいね!」
彼女はクルフィ。やっぱり私たちと同じピシタチオの色したワンピースを着ている。……確かにこれなら。ソルベみたいに流行りの色を避けた方が目立ったかもしれない。
クルフィは、動くごとに彼女から独特の香りが振りまかれた。大きめの首飾りがジャラジャラ鳴るところも私は好みじゃない。
「週末、あなたたちに会えるのを楽しみにしていたの! だから嬉しいわ! そうだ! この後みんなでレストランに行かない? 色んな話をしたいの!」
この積極的なところも少し苦手……。
「ご、ごめんなさいね。夫を待たせてあるから。食事はまた今度にしようかしら」
「今度ね! 再来年のリーデッヒの公演は観に来るわよね? あの名演目『エヴァーアイリス』すっごく楽しみ! ねっ、ファールーデもすごく楽しみにしていたでしょう?」
「え……ああ、うん……」
そうだ! と、クルフィは手を叩いてから走り出してしまう。何を思い出してか行ってしまうならそれでも良いと思った私だが、残念ながらクルフィはすぐに戻ってきた。
「引っ付かないで。あなたの匂いが嫌いなの」と、気持ちを隠さずに言うドンドゥルマを連れてきた。クルフィの腕にはもうひとり、黙って連れてこられるソルベもいた。
決して友人なんかではない。同じ色を身に付けていても姉妹なんかと同じにされたくない。そんな五人が揃った。
唯一無二のプライドが高いドンドゥルマ。
サッパリした性格で酒癖のあるソルベ。
控えめだけど保守的とは言えないファールーデ。
主張の強さに気付いていないクルフィ。
そして私、グラニータはどう思われているんだろう。
「これで誰がアイススプーンを受け取っても恨みっこなしね!」
クルフィが言うが、賛同者はもちろん誰もいない。気遣いをするファールーデでさえ「うん」とは頷かない。
ドンドゥルマとソルベがほとんど同時にクルフィの腕を振り切り、さようならと去っていくところだった。
「あの、お嬢さん」
待ち侘びていた声がかかった。
あんなにバラバラな五人でも「はい!」と声を出して振り返るのは同時だった。
「……こんなことってありえるかしら」
「ありえないわ。絶対におかしいじゃない」
私とドンドゥルマは言う。ソルベとファールーデは声が出ないのか黙ったままだった。クルフィだけは嬉しそうだ。
「綺麗なスプーンね!」
キラリと輝く銀色のアイススプーン。てっきりリーデッヒから直接渡されるものだと思った。おそらく全員の淑女、婦人、ここで待ち侘びていた全ての女性がそう思っていた。
そして、その全ての女性の手に同じ形をしたスプーンが握られることになるなんて、誰も想像もしなかっただろう。
ドンドゥルマは怒っている。
「ひとつだから欲しいんじゃない……。リーデッヒに渡されるひとつだけのスプーンだから意味があるのに。こんなの劇場のチケットと同じものじゃない!」
それを聴きながら、私も頂いたスプーンを見つめている。スプーンに添えて小さな手紙もあった。それはリーデッヒの直筆のようだけど、印刷したもので、それだって全員の手の中に渡っていた。
『このアイスクリームスプーンを甘いレディに送ろう!』そして小さな文字で『今日はありがとうございました』の文字だ。
納得のいかない淑女が、スプーンを配ったスタッフに問い詰めている。その回答を盗み聞きすると「リーデッヒはどなたにも平等の想いを送りたいとのことですので」だ、そうだ。
「話にならないわね」
淑女の声がソルベにも聞こえたのか言い出した。
「結局、誰かが特別だと私たちが怒るからこうなるのよ。……あなたみたいに怒りっぽい女性がいると、辛い思いをする人が増えるわね」
「なっ! どうして私を見て言うのよ!」
「ドンドゥルマ、怒らないで」
「グラニータ! あなただってこんなの許せないでしょう!? それともあなたには愛する夫がいるから関係ないって思っているわけ!?」
あっ、そうだ。夫のことを忘れていた。少し背伸びをして探してみると、夫は扉のところで私を待っているみたいだ。目が合ったら軽く手を上げて居場所を教えてくれている。
……既婚のことを棚に上げたいわけではないけれど。事業家のご令嬢に対して強くなれる時は夫のことを言う時だ。
「ドンドゥルマ。クルフィが、恨みっこなしだって言っていたでしょう? 淑女は淑女らしく、落ち着いて見過ごせることが、失恋に優位なんじゃないかしら」
ソルベ、ファールーデ、それからクルフィにも聞こえただろう。
「それでは皆さん、さようなら。今夜のデザートは苦い味がしそうですわね」
ひらりと手を振って私は彼女たちの輪から離れていく。扉のところで夫と出会い、冷えてしまって寒いわと言ったら上着を貸してくれた。
もうピシタチオの色は纏わないわと心にも決めた。それから再来年のリーデッヒの演劇を観た後は、近くのレストランで食事をしようと夫と約束をした。
* * *
リーデッヒはその翌年に劇団を去ってしまった。そうであっても観劇好きな私たち夫婦は度々劇場ホールに訪れる。あの時みたいな熱烈な賑わいはなくて、やっぱり演劇が終わった後はみんなレストランに流れて行ってしまう。
ドンドゥルマのことは、流行り衣装の話題の中で時々名前を聞くことはあるけれど。ソルベ、ファールーデ、クルフィはどうだか知らない。
「あら。グラニータじゃない?」
昔の戦友たちに思いを馳せていると、このロビーで私の名前を呼ぶ女性が現れた……。
(((最後まで読んで下さり
(((ありがとうございました!!!
(((リーデッヒのその後……は、
(((長編小説『最後の女王』で登場します!!
(((是非読んでみてくださいね!!
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彼らに応えて真っ赤な幕が上がると、順々に演者たちが再登場した。
ヒロインの父を演じたリデル・バーグ。
主役の友人を演じたジェイキン・カルディー。
キーパーソンとなる孤独の少女ミザリーを演じたリピト・エリンは歌劇団に入って初公演だったが、初とは思えないほど観客全員を虜にした。
エリンの登場に大きな拍手が起こり、その昂りの中に今回の海外演目『魔女のフルコース』を本国版でアレンジをした監督フィーザー・マンデスを迎える。
そしてその両脇には、主役とヒロイン役が並んでいた。
ヒロイン役はヴィクセン・ハンス。
主役はゲイン・リーデッヒ。
主役が登場した途端、会場の熱気は爆発したかのように熱くなった。彼の演技力や整った顔立ちによって人気が高いのも理由にあるが、ここでは彼の手の握られている銀色のスプーンが淑女たちを囃し立てている。
拍手を送り、声を浴びせ、愛を叫んでいる。
すると主役リーデッヒのマイクに電源が入ったらしい。
「ありがとう! このアイスクリームスプーンを甘いレディに送ろう!」
監督フィーザーが手掛けた名セリフを聞かせている。劇中でも、ヒロインと打ち解けるシーンで使われたリーデッヒのセリフだ。
歌劇団の看板役者リーデッヒと近付きたい。あのスプーンを受け取るのは私だと、淑女たちは幕が下がり切るまで密かに闘志を燃やしていることだろう……。
* * *
熱気を冷やしてくれるようにロビーには空調がよく効いていた。私はどこかに座りたかったけれど、待ち人用のソファーもベンチももう人で埋まってしまっている。
何度も通っている劇場ホールでも、リーデッヒが出演する時間帯だけ、まるで全てを取り替えたみたいに違って見える。劇が終わったら付近のレストランが満席になるのが普通で、だけどこの時はそうならないらしい。
「グラニータ?」
私の名前が呼ばれた。夫のものかと思ったけれど声は女性で、タバコ屋の方ではなかった。
わざわざ好んでこのマイナーな演目を観に来る友人は数少ない。でも、リーデッヒ目当てということなら、この場限りの顔見知りが何人かいた。
「まあ、ドンドゥルマ。こんにちは」
「こんにちは。お元気そうね」
人混みを掻き分けながらわざわざ私を見つけて来たみたい。その目的は分かっている。
「グラニータ。夫持ちのあなたがこんなところで遊んでいて良いのかしら?」
「……」
そう。嫌味を言いにきたのだ。
あるいはドンドゥルマが自身の真っ赤なドレスをひらひらさせ、私やその周りの女性に見せつけて来たのもある。そうする理由はただひとつ。
「夫婦でひとつのスプーンじゃ足りなくありません? 付近のレストランでしたらちゃんとお二人分のスプーンを出して下さるわよ?」
「……ええ。お気遣いどうもありがとう。でも大丈夫なの。夫は甘いものが苦手ですから、食後のデザートはひとつしか頼みませんので」
ドンドゥルマは気に入らないことがあると、歯を噛み締めて右の頬にえくぼを作る。今のように。
お互いに睨み合っていると、彼女のえくぼが消えた。
「少し冷えますわね」
そう言ったドンドゥルマ。腰に巻きつけてあった緑色のスカーフを広げて肩に掛け始めた。それも私に見せつけてのことだった。なにせ私だって、緑色のドレスで着たのだから色被りをしている。
えくぼを作らないドンドゥルマが穏やかに言う。
「流行っていますものね、この色。でもご存知かしら。染料に使うピシタチオの実は、うちの会社が生産量一番なのよね」
やれやれと首を振られてしまう。
「世界的に見て生産量、第三位よね?」
「……!!」
言い返せたのは私じゃなく。別の女性だ。私はドンドゥルマの前でドレスを着替えなさいと言われるところだった。助けてくれた女性は、この会話の中に堂々と入ってきた。
「事業家のご令嬢なのに数字が苦手でやっていける?」
ドンドゥルマより少し高い位置から見下ろし、それから私のことも上から下まで眺めた。
「はぁ……皆おんなじ格好をしているんだもの。そういう仮装パーティーなのかと思ったわ。だってドレスコードにしては品が無いじゃない?」
「何ですって!?」
「あら、怒らないで? ドンドゥルマにはピッタリよ。自社製のものが大好きだものね。そのイヤリングも靴も鞄も、あなた以外入手することが出来ない貴重品。素晴らしいですわ。ご家族も喜んでいらっしゃるでしょう。劇場ではなくて社交パーティーに出掛けた方がもっと喜ばれるとは思うけれど」
ふん、と鼻を鳴らし、ドンドゥルマを黙らせたこの女性。その後ろにもうひとり居るのを見逃すところだった。
「ね、ねえ、ソルベ。その辺りにしない?」
控えめに顔を出す彼女はファールーデ。薔薇の刺繍を施した伝統的なドレスを身に付けている。
彼女のヘアセットのリボンには、私やドンドゥルマと同じピシタチオの緑を付けていた。裕福というほどでもないファールーデでも、ここはお金を出して手に入れた流行りの色なんだろう。
そして。私を助けてくれたようで実はそうでもないソルベの衣服はというと。ピシタチオによる緑の要素は全く無い。爽やかな水色と黄色を合わせたシースルーとシルクであつらえた大人っぽいシルエットだ。
「あ、あのね。グラニータ、ドンドゥルマ。ソルベはちょっと酔っているだけで本心で言っているんじゃないのよ? ね? ソルベ」
「あら私、酔ってしまうと嘘が下手になる性格なのよね」
「……あなたね!!」
「怒ると頬のシワが残るわよ?」
ソルベとドンドゥルマは相性が悪いのだ。まるでお互い正反対の素材で出来ているみたい。
言い合う二人の横をすり抜けて、ファールーデが私のところに寄って来た。
「グラニータ。ごめんなさいね」
ファールーデは優しい女性だ。
「ううん。私は何とも思わないわ。ピシタチオの色は綺麗で好きだし、ファールーデのリボンもとっても可愛らしいと思うの」
「あ、ありがとう。わ、私ってみんなからよく変わってるって言われるから、少しでも馴染みたくって。えへへ」
ファールーデは辺りをキョロキョロと見て気にした。それから私に耳打ちするために背伸びをする。
「リ、リーデッヒ様も可愛いって思ってくれるかしら?」
「え?」
それ以上は話さないで私の返事を見つめて待たれる。
「そ、そうね。きっと思ってくれると思うわ」
「本当!? わぁ、グラニータ、ありがとう!」
「う、うん……」
何を言っているの!? リーデッヒが可愛いと思う女性は私ひとりだけよ! と、ドンドゥルマなら堂々と叫びそうだけど。私はそんなことが出来ない……。
澄ましたソルベだってきっと、愛情は平等だとか上手に言葉を返せるだろうなと思う……。
「あ、あれ? グラニータ、なんだか元気が無い?」
「ううん。平気よ。ちょっと寒いのかしら」
「だったら劇場の外に出る?」
「う、ううん。ここに居る……」
ドンドゥルマと話していた時は強気で居れたのに、なんだか私は自信を失くしてしまいそうになる。
「グラニータ! ファールーデ!」
明るい声に呼びかけられて私は嫌な思いがした。確かにリーデッヒを追いかけるひとりとして同じ目的の知り合いは沢山いるけれど、これ以上の雑念に犯されたくない思いがしている。
リーデッヒはまだ会場から出てこないのか。ロビー内の大時計を見ようとしたその方向に、まさに私とファールーデを呼びかけた人物と目が合う。
おーい! と、その女性は手を振って私たちの元に駆けつけた。
「リーデッヒはまだ出て来ていない?」
返事として、ファールーデは頷き、私は他所を向いた。
「そっかぁ。でも待っていれば出てくるわよね。ねえね、それよりも私たちみんな同じ色! 見て見て! 姉妹みたいね!」
彼女はクルフィ。やっぱり私たちと同じピシタチオの色したワンピースを着ている。……確かにこれなら。ソルベみたいに流行りの色を避けた方が目立ったかもしれない。
クルフィは、動くごとに彼女から独特の香りが振りまかれた。大きめの首飾りがジャラジャラ鳴るところも私は好みじゃない。
「週末、あなたたちに会えるのを楽しみにしていたの! だから嬉しいわ! そうだ! この後みんなでレストランに行かない? 色んな話をしたいの!」
この積極的なところも少し苦手……。
「ご、ごめんなさいね。夫を待たせてあるから。食事はまた今度にしようかしら」
「今度ね! 再来年のリーデッヒの公演は観に来るわよね? あの名演目『エヴァーアイリス』すっごく楽しみ! ねっ、ファールーデもすごく楽しみにしていたでしょう?」
「え……ああ、うん……」
そうだ! と、クルフィは手を叩いてから走り出してしまう。何を思い出してか行ってしまうならそれでも良いと思った私だが、残念ながらクルフィはすぐに戻ってきた。
「引っ付かないで。あなたの匂いが嫌いなの」と、気持ちを隠さずに言うドンドゥルマを連れてきた。クルフィの腕にはもうひとり、黙って連れてこられるソルベもいた。
決して友人なんかではない。同じ色を身に付けていても姉妹なんかと同じにされたくない。そんな五人が揃った。
唯一無二のプライドが高いドンドゥルマ。
サッパリした性格で酒癖のあるソルベ。
控えめだけど保守的とは言えないファールーデ。
主張の強さに気付いていないクルフィ。
そして私、グラニータはどう思われているんだろう。
「これで誰がアイススプーンを受け取っても恨みっこなしね!」
クルフィが言うが、賛同者はもちろん誰もいない。気遣いをするファールーデでさえ「うん」とは頷かない。
ドンドゥルマとソルベがほとんど同時にクルフィの腕を振り切り、さようならと去っていくところだった。
「あの、お嬢さん」
待ち侘びていた声がかかった。
あんなにバラバラな五人でも「はい!」と声を出して振り返るのは同時だった。
「……こんなことってありえるかしら」
「ありえないわ。絶対におかしいじゃない」
私とドンドゥルマは言う。ソルベとファールーデは声が出ないのか黙ったままだった。クルフィだけは嬉しそうだ。
「綺麗なスプーンね!」
キラリと輝く銀色のアイススプーン。てっきりリーデッヒから直接渡されるものだと思った。おそらく全員の淑女、婦人、ここで待ち侘びていた全ての女性がそう思っていた。
そして、その全ての女性の手に同じ形をしたスプーンが握られることになるなんて、誰も想像もしなかっただろう。
ドンドゥルマは怒っている。
「ひとつだから欲しいんじゃない……。リーデッヒに渡されるひとつだけのスプーンだから意味があるのに。こんなの劇場のチケットと同じものじゃない!」
それを聴きながら、私も頂いたスプーンを見つめている。スプーンに添えて小さな手紙もあった。それはリーデッヒの直筆のようだけど、印刷したもので、それだって全員の手の中に渡っていた。
『このアイスクリームスプーンを甘いレディに送ろう!』そして小さな文字で『今日はありがとうございました』の文字だ。
納得のいかない淑女が、スプーンを配ったスタッフに問い詰めている。その回答を盗み聞きすると「リーデッヒはどなたにも平等の想いを送りたいとのことですので」だ、そうだ。
「話にならないわね」
淑女の声がソルベにも聞こえたのか言い出した。
「結局、誰かが特別だと私たちが怒るからこうなるのよ。……あなたみたいに怒りっぽい女性がいると、辛い思いをする人が増えるわね」
「なっ! どうして私を見て言うのよ!」
「ドンドゥルマ、怒らないで」
「グラニータ! あなただってこんなの許せないでしょう!? それともあなたには愛する夫がいるから関係ないって思っているわけ!?」
あっ、そうだ。夫のことを忘れていた。少し背伸びをして探してみると、夫は扉のところで私を待っているみたいだ。目が合ったら軽く手を上げて居場所を教えてくれている。
……既婚のことを棚に上げたいわけではないけれど。事業家のご令嬢に対して強くなれる時は夫のことを言う時だ。
「ドンドゥルマ。クルフィが、恨みっこなしだって言っていたでしょう? 淑女は淑女らしく、落ち着いて見過ごせることが、失恋に優位なんじゃないかしら」
ソルベ、ファールーデ、それからクルフィにも聞こえただろう。
「それでは皆さん、さようなら。今夜のデザートは苦い味がしそうですわね」
ひらりと手を振って私は彼女たちの輪から離れていく。扉のところで夫と出会い、冷えてしまって寒いわと言ったら上着を貸してくれた。
もうピシタチオの色は纏わないわと心にも決めた。それから再来年のリーデッヒの演劇を観た後は、近くのレストランで食事をしようと夫と約束をした。
* * *
リーデッヒはその翌年に劇団を去ってしまった。そうであっても観劇好きな私たち夫婦は度々劇場ホールに訪れる。あの時みたいな熱烈な賑わいはなくて、やっぱり演劇が終わった後はみんなレストランに流れて行ってしまう。
ドンドゥルマのことは、流行り衣装の話題の中で時々名前を聞くことはあるけれど。ソルベ、ファールーデ、クルフィはどうだか知らない。
「あら。グラニータじゃない?」
昔の戦友たちに思いを馳せていると、このロビーで私の名前を呼ぶ女性が現れた……。
(((最後まで読んで下さり
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