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婚約破棄されても一向に構いません
しおりを挟む「お疲れでしょう。これは俺が片付けておきます。リヴィアンナ様は、ゆっくりお風呂にでも入って来て下さい」
床に倒れているお父様を、心底軽蔑したよう目で見て『これ』呼ばわりしたルベルは、優しくそう言ってくれた。
朝日で部屋が明るくなり始めた頃。部屋の鍵が開く音がしたと思ったら、ルベルが動かないお父様を引きずりながら入って来た時は、かなり驚いた。けれど、私にはいつも通りに接してくれて安心したわ。
「ありがとう、ルベル。じゃあ、私はお風呂に入らせてもらうわ」
ちょうど、私もお風呂に入りたいと思っていたし、素直にルベルの言葉に甘えることにする。
「どうぞ、ごゆっくり」
「あ、ちょっと待って」
大切なことを言い忘れてしまうところだったわ。
「なんでしょうか?」
「その血だらけの服で、アンジェロには会わないでね」
私は平気でも、アンジェロは幼いから怖がってしまいそうだもの。
「っ!これは、失礼しました。見苦しい姿を見せてしまいましたね」
自分の服に血が付いていることに気づいていなかったのか、ルベルは驚いて恥ずかしそうにしている。
「私は別にいいのよ。どんな姿でも、ルベルがルベルであることに変わりは無いもの。あと、私の為に色々してくれたのでしょう?何をしたかは後でゆっくり聞かせてもらうけれど、とにかくありがとう」
言いたいことを言い終え、浴室を目指して歩き出す。
昨日は、化粧を落とす暇も無かった。今の私は、かなり化粧が崩れ、髪も乱れてしまっている。とても酷い状態だわ。こんな姿、ルベルにはじっくり見られたくない。
正直に言って、私は疲れよりもそういう理由で早くお風呂に入りたかった。ルベルには、出来る限り綺麗な姿を見せたいもの。
浴室に着くと、着替えの用意など入浴に必要な準備が一通り整っていた。これもルベルがしてくれたのね。後で、またお礼を言わないと。
そういえば、ここに来るまでなぜか誰ともすれ違わなかった。公爵家というだけあって、使用人の人数も多いのに、誰ともすれ違わなかったのは不自然だわ。
きっと、魔法を使ったのね。そうでもしないと、公爵であるお父様をルベルが引きずっているところを誰かに見られて、大騒ぎになっているはずだもの。
衣服を脱ぎ終え、ようやく私は一日ぶりのお風呂にありつけた。
「ふぅーっ」
お湯の温かさで体の緊張が緩み、つい声が漏れ出てしまう。
さっき言っていた通り、ルベルは今頃お父様を片付けているのかしら?そういえば、片付けるというのは具体的にはどんな風に?
後で聞いてみることも一瞬頭をよぎったけれど。精神衛生上知らない方がいいかも知れない、と結局気にしないことにした。
……世の中、なんでも全てを明らかにすればいいというわけではないわよね。
ゆっくりとお湯に浸かりながら、ぼんやりと昨日の夜会で起きたことを思い出した。
「ーーお前のような性悪女にはうんざりだ!今日でお前との婚約は破棄させてもらう!」
このヴェルデ王国の第一王子であり、私の婚約者のフラウド・ヴェルデ様は、顔を真っ赤にして緑色の瞳をつり上げ、ご立腹の様子でそう叫んだ。金色の髪も、心なしか逆立っているように見える。
隣には、最近フラウド様がお心を寄せていらっしゃると噂のカルメン・フーリー男爵令嬢がいて、フラウド様と腕を組んで寄り添うように立っている。
彼女は男爵令嬢とは思えない程に着飾っていて、赤い髪の毛が会場の明かりを受けてキラキラ輝いていた。
約束の時間にフラウド様がいらっしゃらなかったせいで、一人で夜会に参加した私の前に、カルメン様を伴って現れるとは驚きね。一応今までは、今回のような大きな夜会にはフラウド様も嫌々ながら、婚約者である私を連れていたのに。
「一体どういうことでしょうか?」
状況がよくわからないので、こちらを睨みつけているフラウド様にしょうがなく問いかけた。
「この期に及んで、まだしらばっくれるつもりか?お前がカルメンに陰湿な嫌がらせをしていたということは、全てカルメンから聞いているんだぞ!」
「嫌がらせ?私が、ですか?」
私達の婚約は王家が決めたもので、そこに私の意思は一切関係無い。
フラウド様は、私をお高くとまった鼻持ちならない女だと言って嫌っており、普段から私を避けていた。だから、フラウド様の想い人であると噂のカルメン様と関われば、面倒なことになるだろうと、彼女には関わらないようにしていたのに。
私が彼女に嫌がらせをするなんて、ありえない。
「リヴィアンナ様、とぼけるのはやめて下さい。私はただ、今までのことを謝って頂ければそれで十分ですから」
「私をどなたかとお間違えではありませんか?」
あらあら。せっかく引き下がるチャンスを差し上げたのに。
カルメン様は、薄茶色の瞳で怯えるように私を見つめて、フラウド様にさらに体を寄せた。
なるほど。殿方の庇護欲を刺激するのが、ずいぶんお上手なのね。でも、そんな視線を向けられるような筋合いは無いわ。
「ふんっ、本当に嫌な女だな。昔からそうだった。僕よりも優秀であることを見せびらかして、見下したような目で僕を見て。僕は、ずっとお前が大嫌いだった!」
嫌われているのは知っていたけれど、そんな風に思われていただなんて。別に、私は自分をそこまで優秀だとは思わない。人並みだと思うわ。
フラウド様は思い込みの激しいところがあるから、たぶん劣等感を拗らせてそう思い込んだのでしょうね。正直、あまり頭の出来がいいとは言えない方ですし。
どれだけフラウド様に嫌われようが、痛くもかゆくもない。興味の無い方にどう思われようが、どうでもいいもの。
「お二人のおっしゃることには全く心当たりはありませんが、婚約破棄の件は承知致しました。国王様も、すでに了承されているのですか?」
「ふんっ!お前に言われなくても、父上にはこれからカルメンと伝えに行くつもりだ。もちろん、お前の悪事も全て報告する」
つまり、フラウド様の独断で勝手に婚約破棄を宣言しただけ、ということなのね。面倒なことになりそうだわ。巻き込まれる前に早く帰った方が良さそう。
「何度でも言いますが、私がカルメン様に嫌がらせをしたという事実はありません。私は、この件をお父様に報告しなければならないので、失礼します。それでは皆様、ごきげんよう」
罪を認めない私が気に入らないのか、また何かを叫ぶフラウド様の声を無視して背を向け、出口に向かって歩く。彼が何を言おうが、私には関係無い。
もう婚約を破棄したのだから、私と彼は赤の他人。ご機嫌取りは周りの方がなさればいいのよ。それこそ、フラウド様に見えない角度から私をあざ笑うような視線を向けてきたカルメン様とかが、ね。
彼女はきっと、強かな女性なんでしょう。少し頭が弱くて思い込みが強い彼には、お似合いかも知れない。
想いを寄せる方がいるのは、私だって同じ。こんな婚約、私も望んでいなかった。
ああ。婚約破棄されたとお父様に話せば、きっと酷く怒られてしまうでしょうね。
……それでも、この婚約が無くなってくれて良かったと、心の底から思うわ。
だって、私はもうずっと前から、自分の執事であるルベルを愛しているから。
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