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婚約破棄されても一向に構いません

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「昨日の夜から部屋に閉じ込められていたので、さぞかしお疲れでしょう。これは俺が片付けておきますから、その間にリヴィアンナ様はゆっくりとお風呂にでも入ってくつろいで下さい」

 床に倒れているお父様を心底軽蔑したような目で見ながら『これ』呼ばわりしたルベルは、私を気づかうように優しくそう言った。

 朝陽が昇り始めた頃、部屋の鍵が開く音がしたと思ったらルベルが動かないお父様を引きずりながら入ってきた時はかなり驚いたけれど、私にはいつもと変わらない態度で接してくれるので安心したわ。

「ありがとう、ルベル。じゃあ、私はお風呂に入ってくるわ」

 気になることはたくさんあるけれど、私もお風呂に入りたいとは思っていたので、今は素直にルベルの言葉に甘えることにしましょう。

「どうぞ、ごゆっくり」

「あっ、ちょっと待って!」

 私ったら、大切なことを言い忘れてしまうところだったわ。

「なんでしょうか?」

「その血だらけの服でアンジェロには会わないでね。怖がってしまうと思うから」

「っ!失礼しました。リヴィアンナ様にお見苦しい姿を見せてしまいましたね」

 ルベルは自分の服に血が付いていることに気づいていなかったらしい。焦った顔で視線をさ迷わせている。

「いいのよ別に。私はルベルがどんな姿でも気にしないわ。だって、どんな姿でもルベルがルベルであることに変わりないでしょう?」

「……ありがとうございます、リヴィアンナ様」

 何かを噛み締めるような顔をして、ルベルは私にお礼を言った。

「うふふっ、こんなのお礼を言われるようなことじゃないわ。むしろ、私の方がルベルにお礼を言わないと」

「どうしてですか?」

「だって、私の為に色々してくれたんでしょう?何をしたかは後でゆっくり聞かせてもらうけれど、とにかくありがとう。それじゃあ、またあとで会いましょう」

 言いたいことを言い終えて、今度こそ本当に浴室を目指して歩き出す。

 色々なことがあって疲れたせいなのか、早くお風呂に入りたい気分だった。

 



 浴室に着くと、着替えの用意など一通り入浴に必要な準備が整っていた。これもルベルがしてくれたのね。後で、またお礼を言わないと。

 そういえば、ここに来るまでになぜか誰ともすれ違わなかった。公爵家というだけあって、使用人の人数も他の屋敷と比べて多いというのに、誰ともすれ違わなかったのは不自然ね。

 もしかしたら、ルベルが使用人達に魔法を使って何かしたのかも知れない。そうでもしないと、このアントーニア家の当主であるお父様をルベルが引きずっているところを誰かに見られて、今ごろ大騒ぎになっているはずだもの。

 それについても、後でルベルに聞かないと。なんだか今日は、ルベルに聞かないといけないことだらけね。

 衣服を脱ぎ終えて、ようやく私は一日ぶりの入浴にありつけた。 

 チャポンッ
 
「ふぅーっ」

 お湯の温かさに体の緊張が緩んで、思わず声が漏れてしまった。少し恥ずかしい。

 ルベルはさっき言っていた通り、お父様を片付けている頃かしら?それにしても、片付けるっていうのは具体的にどうやるんでしょうね。

 これもあとで聞けばいいのでは?と一瞬頭をよぎったけれど、精神衛生上知らない方がいいかも知れないと思って、あまり気にしないことにした。

 ……世の中、なんでも全てを明らかにすればいいというものでも無いわよね。

 ゆっくりとお湯に浸かりながら、何か別のことを考えようと思った私は、昨日の夜会で起きたことを思い出した。





「ーーお前のような性悪女にはもううんざりだ!お前との婚約は破棄させてもらう!」

 このヴェルデ王国の第一王子であり私の婚約者のフラウド・ヴェルデ様は、顔を真っ赤にして緑色の瞳を怒りに染め、金色の髪も心なしか逆立って見える程ご立腹の様子でそう叫んだ。

 隣には、最近フラウド様がお心を寄せていらっしゃると噂のカルメン・フーリー男爵令嬢がいて、フラウド様と腕を組んで寄り添うように立っている。

 彼女は男爵令嬢とは思えない程に着飾っていて、赤い髪の毛は会場の明かりを受けてキラキラと輝いていた。

 約束の時間にフラウド様がいらっしゃらなかったせいで私はしょうがなく一人で夜会に参加したのに、カルメン嬢を伴って私の前に現れるとは驚きね。

 一応今までは、今日のような大きな夜会ではフラウド様も嫌々ながら形式上、婚約者である私を連れていたので。

 それに、先程フラウド様が叫んでいたことも気になるわ。

「……一体どういうことでしょうか?」

 状況がよくわからないので、こちらを睨みつけているフラウド様に私は問いかけた。

「この期に及んでしらばっくれるつもりか?お前がカルメンに今まで嫌がらせをしていたことは全てカルメンから聞いているんだぞ!」

「嫌がらせ?私が、ですか?」

 あまりにも見に覚えが無いので驚いてしまった。カルメン嬢のことは周りから噂で聞いていて、遠目から何度かお見かけしたことはあっても、直接会話したことは無い。

 そもそも、私とフラウド様の婚約は王家が決めたもので、私達二人の意思とは関係の無いものだ。

 フラウド様は、私をお高くとまった鼻持ちならない女だと言って嫌っており、普段から私を避けていた。だから、そんな私がフラウド様の想い人であるカルメン嬢と関われば、何か面倒なことになるだろうと思ってカルメン嬢とは接触しないようにしていた。

 それなのに私が彼女に嫌がらせをしたとは、一体どんな誤解が生まれてそうなってしまったのか。

「リヴィアンナ様、とぼけるのはやめて下さい。私はただ、今までのことを謝って頂ければそれだけで十分ですから」

 カルメン嬢は薄茶色の瞳で怯えるように私を見つめて、フラウド様にさらに体を寄せた。

 なるほど。殿方の庇護欲をよく刺激しそうな方ね。

 でも、そんな視線を向けられるような筋合いは無いわ。

「お前は本当に嫌な女だな。昔からそうだ。僕よりも優秀であることを見せびらかして、僕を見下したような目で見て。僕は、お前がずっと大嫌いだった」 

 嫌われているのは知っていたけれど、そんな風に思われていたなんて。別に、私は自分をそこまで優秀だと思ったことは無い。人並みだと思うわ。

 フラウド様は思い込みの激しいところがあるから、たぶん劣等感を拗らせてそう思い込んだんでしょう。正直、あまり頭の出来がいいとは言えない方ですし。
 
 まあ、フラウド様のことは特になんとも思っていないので、別にどれだけ嫌われても痛くもかゆくも無いし一向に構わないわね。

「フラウド様とカルメン嬢のおっしゃることには全く心当たりはありませんが、婚約破棄の件は了解致しました。国王様も了承されているのですか?」

「ふんっ、お前に言われなくても父上にはこれからカルメンと一緒に伝えに行くつもりだ。もちろん、お前の悪事も全て報告する」

 ……つまり、フラウド様の独断で勝手に婚約破棄を宣言しただけということなのね。

 これは、だいぶ面倒なことになりそうだわ。巻き込まれる前に早く帰った方がいいかも。

「何度でも言いますが、私がカルメン嬢に嫌がらせをしたという事実はありません。私はカルメン嬢とお話ししたことすら無いのですから。それでは、私はこのことをお父様に報告しなければならないので失礼します。皆様、ごきげんよう」

 まだフラウド様が何かを叫んでいるのが聞こえるが、気にせず背を向けて会場の出口に向かって歩く。

 フラウド様が何を言おうが、そんなのどうでもいいわ。もう婚約は破棄したんだから、私とフラウド様は赤の他人。

 ご機嫌取りは周りの方がなさればいいのよ。それこそ、フラウド様に見えない角度から私をあざ笑うような視線を向けてきたカルメン嬢とかがね。

 彼女はきっと、強かな性格なんだろう。少し頭が弱くて思い込みが強いところのあるフラウド様にはお似合いかも知れない。

 想いを寄せる方がいるのは、私だって同じよ。こんな婚約は私も望んでいなかった。

 ああ、家に帰って婚約破棄のことをお父様に話せば、きっととてつもなく怒られてしまうんでしょうね。

 それでも、この婚約が無しになってくれて良かったわ。


 だって私は、もうずっと前から自分の執事であるルベルを愛しているから。

 
 

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