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死んだことになっても一向に構いません
しおりを挟む「そうだわ。一つお願いがあるんだけど、いいかしら?」
ルベルとの国外逃亡に胸を踊らせてはしゃいだけれど、忘れてはならない大切なことが私にはある。
「はい、なんなりと」
「出来ればアンジェロも連れて行きたいの。ルベル、お願い」
そう。可愛い弟のアンジェロを放ってはおけない。
お兄様と私とアンジェロは、全員母親が違う。正妻であるお兄様のお母上のエメルリンダ様をないがしろにして、女性好きだったお父様があらゆる女性に手を出していたからだ。
侯爵令嬢だったエメルリンダ様とお父様の結婚はいわゆる政略結婚で、二人の間に愛情は無い。
それでも、最初はエメルリンダ様もお父様と良い関係を築こうと努力したようだけれど、お父様の激しい女遊びと身勝手な性格に嫌気が差してお心を病まれてしまった。
今は、公爵夫人としてどうしても外に出なければならない用事がある時以外は、別棟に引きこもって過ごしていらっしゃる。
お父様と似た性格のお兄様は私には理解の出来ない考えをお持ちで、実の母親のエメルリンダ様を大切にするどころか無視して、まるで存在しないかのように扱う。
あの程度のことで心を病むなんて軟弱で公爵婦人として恥ずかしい、というのがお兄様の主張だ。
そんなお兄様は、自分と同じく公爵家を継ぐ可能性のあるアンジェロを嫌って時々嫌がらせをしている。
お兄様が公爵位を継いで、私がこの家からいなくなってしまったら。アンジェロが一人でどれだけ肩身の狭い思いをすることになるのか。想像するだけでも恐ろしいわ。
「もちろんです。リヴィアンナ様が望むなら」
「本当!?ありがとう、ルベル!」
「ふふっ、リヴィアンナ様ならきっとそう言うと思っていました。最初から反対するつもりなんてありませんよ」
「まあ!さすがルベルね。私のことはなんでもお見通しだわ」
「いつもあなたのことを考えていますから、これくらいはわかって当然です」
どこかほの暗さを感じさせるようなドロリとした甘い表情でルベルはそう言った。
時々ルベルが見せるこの表情が、私はすごく苦手。だって、なんだか恥ずかしくて胸がざわざわして落ち着かない気分になるんだもの。
「へっ!?あっ、ありがとう。さあ、早速アンジェロの部屋に行きましょう!」
ルベルの放つ甘い空気から逃げるように廊下に出て、アンジェロの部屋を目指して歩く。
「リヴィアンナ様、お待ち下さいっ!」
慌てて私を追いかけて来たルベルは、さっきまでの甘さが消えていつも通りの様子に戻っていたので安心した。
私の心臓に悪いから、急にあんな風になるのは出来れば控えて欲しいわね。
アンジェロの部屋に入ると、ベッドですやすやと気持ち良さそうにアンジェロは眠っていた。
「ルベル、アンジェロを起こしてちょうだい」
「はい。あっ、その前に俺の髪と目の色を変えるので少し待って下さい」
そういえば、今日はずっと髪と目が元の色のままだったわね。
「変えなくていいわ」
「えっ?ですが……」
ルベルは困惑したような顔で私を見ている。
「大丈夫よ。アンジェロなら、きっとルベルを怖がったりしないわ」
髪や目の色で人を差別するような子じゃないもの。最初は驚いたとしても、怖がるようなことは無いはず。
「わかりました。リヴィアンナ様がそうおっしゃるなら。それでは、魔法を解きますね」
少し不安そうにしながら、ルベルはアンジェロの魔法を解いた。
「ううん……あれ?お姉様とルベル?おはようございます」
寝ぼけてぼんやりしているのか、まだルベルがいつもと違うことには気づいていないみたいね。
私と同じ銀色の髪には、ところどころ寝癖がついていて可愛らしい。
「ふふっ。おはよう、アンジェロ。ねぇ、何か気づかないかしら?」
「んぅ?そうですね……あっ!ルベルが色違いになってます!」
眠気が飛んだのか、大きな声でアンジェロは叫んだ。色違いって、なんだかおかしな言い方ね。
「アンジェロ様、その……怖くはありませんか?」
ルベルはおずおずとアンジェロに話しかけた。
「全然何も怖くないよ。ルベルの目、宝石みたいで綺麗だ。もしかして、こっちが本当の色なの?」
やっぱり、アンジェロはルベルを怖がったりしなかったわ。それどころか、緑色の瞳をわくわくして輝かせているくらいじゃない。
「ええ、そうなの。普段は色を変えているけれど、本当はこんなに綺麗な色なのよ。隠すのがもったいないくらいでしょう?」
「リヴィアンナ様!恥ずかしいのでやめて下さい」
さっきまで不安そうだったくせに、私とアンジェロに褒められたのが恥ずかしかったのか、ルベルはとても照れている。
「あははっ、そんなに恥ずかしいの?耳が真っ赤になっているわ」
「気味が悪いと言われることはあっても、褒められることなんてありませんから。あなた達くらいですよ。そんなことを言うのは」
髪や目の色が珍しいからといって、それが何の問題になるっていうのかしら?
今までルベルがどれほど差別されてきたのかを思うと、胸が締め付けられるように苦しい。
「髪も目も、全部何もかもを含めて私はルベルが大好きよ」
私が褒めることで、ルベルの中の差別された嫌な記憶が少しでも塗り替えられたらいいのに。
「リヴィアンナ様……」
また、さっきと同じドロリとした甘い瞳でルベルが私を見つめてきた。恥ずかしいけれど、今は許してあげるわ。
しばらくそうして見つめ合っていると、
「こほんっ、お姉様とルベルはどうして僕の部屋に来たんですか?」
アンジェロが気まずそうに咳払いをした。
やだ、アンジェロのことをすっかり忘れていたわ。ごめんなさい。
「そうだったわ!実はねーー」
これまでのことを説明して、アンジェロに旅について来る気があるかどうかを聞いた。
「お姉様とルベルがいいなら、僕もついて行きたい!いいですか?」
「もちろんよ!アンジェロも連れて行きたいって思っていたから聞きに来たの。そうと決まれば、旅の準備をしないとね」
私とアンジェロは、旅をすることに心を踊らせてはしゃいでいた。
「リヴィアンナ様、その前に提案があるんですが」
「なにかしら?」
ルベルは私達に驚きの提案をしてきた。
「ーーということにしようと思うんですが、どうでしょう?」
「そんなことを考えるなんて、ルベルは凄いね!」
「うふふっ。じゃあ、それでお願い」
アンジェロと私は、驚きながらもルベルの提案に賛成した。
その後、『公爵令嬢リヴィアンナ・アントーニアとその弟のアンジェロ・アントーニアが乗った馬車が事故で崖から転落して二人が死亡した』という痛ましい話が王都中を駆け巡った。
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