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市場を楽しんでも一向に構いません
しおりを挟む次の日の朝。
私とルベルとアンジェロは、気になっていた市場をジュリア様に案内してもらっていた。
ジュリア様は、この市場には何度も来たことがあるらしく。どこの店でどんな品物が売っているのかを詳しく教えて下さって、非常に頼もしい。
私達だけで来ていたら、こんなにスムーズに市場をまわることは出来なかったでしょうね。
気になる物がたくさんあって目移りしていると、注意力が散漫になっていたのか。男性と危うくぶつかりそうになり、ルベルが肩を抱いて庇ってくれた。おかげでぶつからずに済んだわ。
「大丈夫ですか?」
肩を抱き寄せられた結果、私は顔をルベルの胸元にうずめるような体勢になってしまった。呼吸をするたびにルベルの香りを感じて、平静を装うのが難しい。
「ありが」
「おいっ!どこに目ぇつけて歩いてんだ!」
羞恥心に耐えて、お礼を言おうとしたのに。男性が絡んできてしまった。運が悪いわね。
「肩が少し触れ合っただけでしょう?これだけ混雑していれば、仕方がないと思いますが?」
ちなみに、運が悪いのは私ではなく男性の方。
ルベルは獲物を見つけた肉食獣のように目を細めて、男性を見つめている。早く引き下がってくれたらいいのだけれど。
「はあ?ふざけんな!こっちは骨折れてんだよ。慰謝料払え。もし払えないんなら、そっちの嬢ちゃんが体で払ってくれてもいいぞ」
骨が折れていないことは一目瞭然なのに、慰謝料を請求して下品なことまで言うなんて。あまり、ルベルを苛立たせない方がいいわよ。
「なるほど、それは失礼しました。では、ここは人通りが多いので、あちらでゆっくりとお話ししましょうか」
にっこりと綺麗な笑顔で、ルベルは路地裏の方を指差した。
「おお、わかってんじゃねぇか。よし、行くぞ」
慰謝料を払ってもらえると勘違いしたのか、上機嫌で男性はルベルの提案に頷いた。これから何が起きるかも知らず、お可哀想に。
幸い、離れた場所で店を見ているジュリア様とアンジェロは、こちらの様子に気づいていない。
ジュリア様は、アンジェロに靴を買ってあげたいみたいね。様々な靴を履かせては、どれが良いかと真剣に悩んでいる。
ルベルなら、二人に気づかれる前に『お話し』を終わらせられるでしょうから。止めずに、好きにさせることにした。
今止めると、夜に私が眠っている間にでも殺しに行きそうだもの。ここで多少痛めつけさせた方が相手の為にもなる。
「……ほどほどにね」
こんな街中で人を殺しては駄目よ。男性と共に路地裏の方へ行こうとしているルベルに、一応忠告する。
「ふふっ、心得ております」
すれ違い様、ルベルは妖しく笑ってウィンクをした。
「!!」
これから、ルベルはあの男性を痛めつけようしているのに。こんな状況でときめくなんて、私もどうかしているわね。
「これを下さい」
店の商品をぼんやり一人で眺めていると。ルベルの瞳の色によく似ている赤い花のイヤリングを発見して、すぐに購入した。
公爵家で身につけていた物と比べれば安物なのに、このイヤリングの方がはるかに価値があるように感じられる。ルベルの瞳と同じ色をしているだけなのに、不思議ね。
早速イヤリングをつけていると、すっきりとした顔でルベルが戻ってきた。
「お待たせして申し訳ありません。おや、そちらは?」
「買ったばかりなの。どうかしら?」
首を動かし、わざとイヤリングを揺らして見せる。
「よくお似合いです」
私の耳に優しく触れて、ルベルが甘く微笑む。
「うふふっ、ありがとう。あら、そろそろアンジェロの足がすり減ってしまいそうね。止めに行きましょう」
実は、あれからずっとアンジェロは、靴を脱いでは履いてを繰り返していた。こんなに買う物が決まらないなんて、ジュリア様は優柔不断なところがあるのかしら?
「助けてよ、姉さん!」
目が合うなり、アンジェロが私に助けを求めてきた。
「あの、こちらの靴なんて良いんじゃないでしょうか?」
「まあ!いいわね!それにするわ」
あんなに長く悩んでいたジュリア様は、結局私がおすすめした靴を買った。
「やっと終わったよぉ……」
相当疲れたのか、アンジェロはぐったりしている。
「お疲れ様」
労いの意味を込めて頭を撫でていると、お会計を済ませたジュリア様が戻ってきた。
「そろそろ、お昼になるわね。近くに私がよく行くお店があるの。食事はそこでいいかしら?」
「いいですね。アンジェロも、お腹が空いているでしょう?」
「うん!」
「どれにしようかしら……」
お店には、グラーノ王国の郷土料理など見たことのない料理がたくさんあり、私もアンジェロも注文を決めるまで時間がかかってしまった。
『二人は優柔不断なのね』と、ジュリア様に笑われて。私とアンジェロは、お互い微妙な顔をした。靴一つであんなに悩んでいたジュリア様には、言われたくないわ。
そういえば、外で食事をする時はルベルも必ず私と同じ物を注文する。以前理由を聞いたら、私と同じ物を食べて同じ味を共有したいのですって。せっかくだから、たまには自分が食べたい物を食べたらいいのに、と思うけれど。同じ料理を食べて感想を言い合う時間が、結局私も好きなのよね。
「お待たせ致しました」
しばらくすると、頼んだ料理が運ばれてきた。
「ここの料理は美味しいから、みんなも気に入ってくれると思うわ。さあ、召し上がれ」
「「「「いただきます」」」」
美味しい食事に舌鼓を打ち、私達は楽しい時間を過ごした。
ーー夕暮れ時。
「んぅ?」
沈む夕日に照らされた静かな路地裏で、一人の男が目を覚ました。
「なんで、こんなところに……って、痛っ!肩、どうなってんだ?」
ここで寝ていた理由が思い出せないうえに、なぜか肩がとても痛い。
折れてんのか?肩以外も、めちゃくちゃ痛ぇな。
「くそっ!なんなんだよ?」
状況を把握しようと周りを見た男は、自分の近くに数本の酒瓶が転がっているのを気づく。
「あぁ……酔ってやらかしちまったってことか?ツイてねぇな……」
こうなったのは酒に酔ったせいだ、と完全に思い込んでしまった。痛めつけられた末に、魔法で記憶を消されたとも気づかず。
わざと酒瓶を転がしておいたことが功を奏し、ルベルの狙い通りの結果となった。
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