婚約者をないがしろにする人はいりません

にいるず

文字の大きさ
1 / 16

ナリスの婚約者

しおりを挟む
 「愛しているよ」

 私の婚約者が、私ではない人に愛をささやいている。私が見るかもしれないのに。


 私はサクリウ国の筆頭公爵家令嬢ナリス・レリフォル。今王宮の庭で愛をささやいているのは、私の婚約者の侯爵家嫡男カリロン・サクストン。

 ここは王宮の大広間。王家主催のパーティーの真っ最中だ。本来なら私は、婚約者であるカリロンと一緒にいるはずなのだ。しかし今私は一人。突き刺さる視線から逃げたくて、大広間から庭に出ることが出来る広いバルコニーへ出たところだった。まさかカリロンとカリロンの愛する人がいるとは思わずに。
 
 バルコニーからちょっと離れた噴水の前にいる二人は、周りの事など気にもせず目と目を見つめあって愛をささやいている。カリロンは。普段私に見せたこともない甘い笑みを惜しげもなく彼女に見せている。私はカリロンの顔に見入ってしまった。それがいけなかったのだろう。いたずらな精霊たちの仕業か、夜風に乗ってカロリンが紡ぐ甘いささやきが私の元へ運ばれてきた。 
 
 私はやっと抜け出たあの息苦しい場所に、また戻らなくてはいけなくなった。ここにいてもつらいだけだから。

 「探したよ、ナリス。ここにいたんだね」

 不意に私のすぐそばで声がした。私は声の主を知っている。

 「ジョイナス王子、あなたがここにいてはいけませんわ」

 私は笑顔を作って彼を見たつもりだった。しかし私の顔を見た彼の顔が曇った。そして私が今まさに見ていた場所に彼も視線を移す。

 「あそこにいるのはカリロンか。隣にいるのは子爵令嬢であるライザ・フュームだな」

 彼の視線が厳しいものになった。

 「今戻るところでしたの」

 「そうか、じゃあ一緒に戻ろう。お手をどうぞ」

 さすがジョイナスは、王子だけあって流れるようなしぐさで、ナリスに手を差し出す。ジョイナス王子はこのサクリウ国の次期国王となる人だ。ナリスとは幼馴染でもある。ナリスは、ナリスの兄ランダル・レリフォルと宰相である父とともに小さい頃から王宮によく遊びに行っていた。ジョイナス王子の遊び相手に選ばれたナリスの兄のおかげで。
 父が宰相であるナリスは、小さい頃はジョイナス王子の婚約者候補であった。しかしナリスが10歳の時、サクリウ国の隣国キエイドが政情不安になった。そのためサクリウ国は、もう一つの隣国であるマドヴィ国と絆を深めて国を安定させなくてはいけなくなった。
 そして次期国王であるジョイナスは、マドヴィ国の王女と急遽婚約することになった。
 
 それまでナリスは、ジョイナス王子と自分は婚約するものとばかり思っていた。ジョイナス王子がほかの人と婚約すると聞いた時には子供ながらにショックを受けたものだ。幼いながらも好きだったから。そしてナリスもまた別な人と婚約することになった。ナリスの父もナリスにこの国で幸せになってほしいと思っていたので、身分は下でも国内から婚約者となるものを探したのだ。
 それが次期侯爵家当主となる予定の嫡男カリロンだ。決まったばかりのころは、カリロンも言い含められていたのか、ナリスに優しかった。
 しかし身分は高くても平凡な顔のナリスが不満だったのだろう。成長するにつれて、身分も高くて見目の良いカリロンは、社交界の人気者になっていった。カリロンは、身分が高くても平凡なナリスをいつでも排除できると踏んだご令嬢たちとの火遊びを繰り返していった。
 
 そしてついにどこかの社交界で出会った子爵令嬢ライザと、本気の恋をするようになっていった。カリロンは、今までの戯れの恋愛をすっぱりとやめて、子爵令嬢であるライザに対する思いを誰はばかることなく公言するようになっていった。もちろんカリロンの父侯爵には、注意されながらもカリロンはやめようとしない。侯爵も息子には甘い。ナリスを正妻に子爵令嬢を愛人にすればいいと思っているフシがある。子爵令嬢では、侯爵家の妻にはふさわしくない。あと、ナリスの実家である公爵家の手前もある。侯爵家の誰もナリス自身の心配をしてくれる者はいなかった。
 ナリスも花嫁修業ということで、何回か侯爵家に行っている。しかし侯爵や侯爵夫人も平凡すぎるナリスには冷たい。ナリスもそんな人たちを見て、自分でも努力してきたつもりだった。
 
 しかし今カリロンはこんな多くの人の目がある中でも、誰はばかることなく恋人と一緒にいるのだ。ナリスもこれ以上かばえない。いやかばいたくもない。

 「ありがとうございます」
 
 ジョイナス王子の差し出された手に自分の手をのせながら、ナリスは大広間に戻っていった。ナリスがまた大広間に現れたのを見た人々は、また噂話を始めた。

 「まあ、ナリス様やっぱり婚約者様と一緒じゃないのね」

 「だってカリロン様はあの子爵令嬢にいたくご執心じゃない!」
 
 「婚約破棄もあるのかしら」

 「いやねえ、あるわけないじゃない。結婚はされるんじゃないの?」

 「まあお可哀想に!」

 ナリスにも聞こえるようにわざと話しているとしか思えない。人々の噂話はナリスに同情しているようで、実際は面白がっているだけだ。人の不幸は蜜の味といったところだろうか。
 今日の陰の主役はナリスに決定だろう。ここまで楽しい話題を提供しているのだから。ナリスはジョイナス王子とともに歩きながら、自虐的な笑いを浮かべてしまった。
 これじゃあ貴族として失格ね、ナリスが思った時だ。ナリスをエスコートしているジョイナス王子の手にわずかに力が入った。
 ナリスがジョイナス王子の顔を見ると、ナリスの噂話が聞こえているにもかかわらず、ジョイナス王子は平然としているように見える。しかしナリスにはわかった。ジョイナスは怒っている。ナリスに代わって怒ってくれている。その気持ちだけでナリスは嬉しかった。
 
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

あなたの姿をもう追う事はありません

彩華(あやはな)
恋愛
幼馴染で二つ年上のカイルと婚約していたわたしは、彼のために頑張っていた。 王立学園に先に入ってカイルは最初は手紙をくれていたのに、次第に少なくなっていった。二年になってからはまったくこなくなる。でも、信じていた。だから、わたしはわたしなりに頑張っていた。  なのに、彼は恋人を作っていた。わたしは婚約を解消したがらない悪役令嬢?どう言うこと?  わたしはカイルの姿を見て追っていく。  ずっと、ずっと・・・。  でも、もういいのかもしれない。

【完結】あら、まだ離婚していなかったのですか?って妹が言ってますが長い婚約中の原因でした。

BBやっこ
恋愛
エレナは長い間、婚約者と婚約状態であった。その元凶は妹らしい。両親は妹を可哀想だと甘やかしている。そして、私に結婚の先延ばしをさせてきた。 それを好機と見て、婚約者に色目を使うわ。私の物を盗るわで付き合ってられない。怒ると幸せを分けてくれるくらい良いでしょ!幸せなんだからっと怒り出す。 妹のイーナを近づかせると彼が危険。 もう実家には頼れない! 私はお義母様に相談をしに婚家へ、それが作戦の始まりだった。

【完結】さっさと婚約破棄しろよ!って、私はもう書類を出していますって。

BBやっこ
恋愛
幼い頃に親同士で婚約したものの、学園に上がってから当人同士合わない!と確信したので 親を説得して、婚約破棄にする事にした。 結婚したらいいねー。男女で同い歳だから婚約しちゃう?と軽い感じで結ばれたらしい。 はっきり言って迷惑。揶揄われるし、合わないしでもう婚約破棄にしようと合意は得た。 せいせいした!と思ってた時…でた。お呼びでないのに。 【2023/10/1 24h. 12,396 pt (151位)】達成

【完結】婚約破棄の代償は

かずきりり
恋愛
学園の卒業パーティにて王太子に婚約破棄を告げられる侯爵令嬢のマーガレット。 王太子殿下が大事にしている男爵令嬢をいじめたという冤罪にて追放されようとするが、それだけは断固としてお断りいたします。 だって私、別の目的があって、それを餌に王太子の婚約者になっただけですから。 ーーーーーー 初投稿です。 よろしくお願いします! ※こちらの作品はカクヨムにも掲載しています

【完結】私は死んだ。だからわたしは笑うことにした。

彩華(あやはな)
恋愛
最後に見たのは恋人の手をとる婚約者の姿。私はそれを見ながら階段から落ちた。 目を覚ましたわたしは変わった。見舞いにも来ない両親にー。婚約者にもー。わたしは私の為に彼らをやり込める。わたしは・・・私の為に、笑う。

【完結】わたしの欲しい言葉

彩華(あやはな)
恋愛
わたしはいらない子。 双子の妹は聖女。生まれた時から、両親は妹を可愛がった。 はじめての旅行でわたしは置いて行かれた。 わたしは・・・。 数年後、王太子と結婚した聖女たちの前に現れた帝国の使者。彼女は一足の靴を彼らの前にさしだしたー。 *ドロッとしています。 念のためティッシュをご用意ください。

誤解なんですが。~とある婚約破棄の場で~

舘野寧依
恋愛
「王太子デニス・ハイランダーは、罪人メリッサ・モスカートとの婚約を破棄し、新たにキャロルと婚約する!」 わたくしはメリッサ、ここマーベリン王国の未来の王妃と目されている者です。 ところが、この国の貴族どころか、各国のお偉方が招待された立太式にて、馬鹿四人と見たこともない少女がとんでもないことをやらかしてくれました。 驚きすぎて声も出ないか? はい、本当にびっくりしました。あなた達が馬鹿すぎて。 ※話自体は三人称で進みます。

全てを捨てて、わたしらしく生きていきます。

彩華(あやはな)
恋愛
3年前にリゼッタお姉様が風邪で死んだ後、お姉様の婚約者であるバルト様と結婚したわたし、サリーナ。バルト様はお姉様の事を愛していたため、わたしに愛情を向けることはなかった。じっと耐えた3年間。でも、人との出会いはわたしを変えていく。自由になるために全てを捨てる覚悟を決め、わたしはわたしらしく生きる事を決意する。

処理中です...