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最終話 陽キャの俺は
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〈前回までのあらすじ〉
デスゲームが強制終了し、このゲームが両親の仕組んだ成長プログラムなのだと知った一也。絶望の最中に意識を失い、病院で昏睡状態から目覚める。一也は何が現実で夢なのか、母に核心に迫る質問をする。
「母さんと父さんは、あのゲームの主催者なの?」
母さんは首を傾げ、にっこりと俺を見つめた。
「可哀想に。混乱するのも無理はないわ」
母さんはそれ以上のことは何も言わなかった。
「良かった……」
デスゲームが突然終わって、母さんと父さんが映ったプロジェクター。話した内容。あれも、夢だったのかもしれない。
ほどなくして俺は母さんが用意してくれた衣服に着替えると、病院を出ることになった。
「喉乾いたでしょ。水を買っておいたから飲んでね」
「ありがとう……」
混み合う院内。二人で受付を素通りし、足早に去る。
「何か手続きとか必要ないの? 俺、入院してたんでしょ?」
「もう済ませてあるのよ。行きましょ。父さんが車で迎えに来てる」
水を思いっきり飲んで深呼吸をした。
空は高く、澄み渡っていた。あの惨劇など嘘のように。
気になる点はたくさんある。しかし今はこれ以上、何も詳細を聞きたくない。
少しずつ向き合っていけばいい。何を失ってしまったのか。これから、どんな気持ちで生きていくのか。
「お待ちしておりましたぁ」
こんなに空は澄んでいるというのに、すぐ息を詰まらせることになった。
「奥様、一也くん」
駐車場に停まった知らない黒のワンボックスカー。その前に立っていたのは――。
「何で……お前が……」
防災訓練、そして夢の中で会ったおばさんだった。
「こちら、運河さんよ。これから当分の間あなたに教えを説く人よ」
絶句。
思わずペットボトルを落とす。
「ほら、挨拶して」
母さんはボトルを拾いながらそう言い、何の説明もしない。
にたぁっと運河は目を合わせてくる。言葉が出ない。
「ごめんなさい。まだこの子、混乱しているみたいで。何せさっきまで眠っていたものですから」
陽射しが雲で陰って暗くなる。
「無理もありません。まずは精神的なケアが必要そうですねえ。詳しいことはその後」
「おーい、一也乗れよ」
薄暗いフロントガラスで気づかなかったが、父さんが助手席に乗っていた。窓から手を出して振っている。
「母さん! 教えを説くってなんだよ! 嫌だよ。こいつと何するってんだよ!」
「一也、言葉遣いが失礼よ」
母さんは至って真剣だった。
「父さん! 俺分かんないよ!」
パニックになって父さんの方へ駆け寄る。
「何が現実で、嘘で……何でこんなことするのか……」
父さんは表情一つ変えない。
「一也、母さんから貰った水ちゃんと飲んだか? 長旅になるからな。ちゃんと――」
視界がぼやける。まただ。また意識が。
「――眠ってろよ」
車に揺られる俺は、後部座席で身動きが取れなくなっていた。まだ意識が朦朧としていて動けない。両手両足が結束バンドのようなもので縛られているのが分かった。そして、あの腕時計を巻かれている感覚がある。ぼやぼやする頭で思考を巡らす。
俺のデスゲームは、まだ終わってないのか……。
「何で……こんな酷い……」
上手く喋れたかも分からないが声を発すると、助手席の父さんが振り返った。
「お、目が覚めたか。まだもうちょっとかかるから寝てていいぞ」
エンジン音は聞こえるが、他に外から物音がしない。信号で止まることもなかった。やっとの思いで黒い窓から外を見る。もう陽が沈んでいる。微かに夕焼けの名残が奥に連なる山の方に見えた。どうも田舎を走っているらしい。
「命を……弄ぶようなこと……何でするんだ……」
「あのゲーム自体は外注したものでな、正直父さんも趣味が悪いと思ったよ。まあ後から考えて見れば、いかにも愉快犯って感じがして逆にリアリティがあったがな。みんな信じて真剣に取り組めただろう?」
「カズ、あなたは今何も考えなくていいのよ。考えるから、抗うから苦しいの。受け止めて、身を委ねるのよ」
母さんはまた訳の分からないことを言っている。俺の前の席で運転していると思われる運河は黙ったままで何も声をかけてこない。
「俺だって死ぬかもしれなかったのに……」
「ないない!」
父さんは笑いながらすぐ否定した。
「うちの賢い息子がさっさと死ぬなんて考えてもなかったぞ! まあ万が一そんなことになっても死なないようにプログラムされているがな」
これは俺の成長プログラム。
「最後の方なんかカズの成長に母さん感動したよ。思わずずっと見てたくなって、システムの時間まで止めちゃったんだから」
少しずつ理解してきた。
「そうそう! 自分の過ちを認めて、今度は周りのクラスメートの心を動かしていく。さすが一也だったなあ」
俺がさっさと死んでいれば。死ぬようにしていれば、あのゲームはあんなに長引かなかったのだ。誰も、犠牲にならずに終わることだってできたのかもしれない。
目が潤んだ。
「全部、俺の……せい……?」
俺の存在が、あの惨劇を生み出した……? 俺さえいなければ、秀も、茉衣も、壮人も、希空も、誰も醜い姿を晒して死ぬことはなかったのか?
「カズ、大丈夫よ。あなたは人の陰《いん》の部分を知って受け入れた。成長したの」
「一也、お前は間違いなく人の上に立つ人間だ。これでこそ父さんの立派な後継者だ」
トンネルに入った。
「さあ、トンネルを抜けたらあと少しですよ」
運河が突然陽気に喋り出す。
仄暗いトンネルの電灯がフラッシュするように後ろへ駆けていく。
あぁ、この冷たい色味。あのデスゲームの部屋と同じだ。
「私たちの拠点へ、ようこそ」
二度と陽の当たらない場所に連れていかれるのだという直観。
これからは暗く、醜く、浮世離れした場所で、大量殺人の家族の一員としてこそこそと生きていくのだ。
トンネルは長く、奥へ、奥へと続く。
もう誰にも見つけてもらえない。
孤独な陰の世界に吸い込まれていくのが分かった。
空に輝く陽がなければ、全ては陰になる。陰は陽を認識することすらできない。
何の希望も光も見えない。
こうして、陽キャの俺は死んだのだ。
-終-
デスゲームが強制終了し、このゲームが両親の仕組んだ成長プログラムなのだと知った一也。絶望の最中に意識を失い、病院で昏睡状態から目覚める。一也は何が現実で夢なのか、母に核心に迫る質問をする。
「母さんと父さんは、あのゲームの主催者なの?」
母さんは首を傾げ、にっこりと俺を見つめた。
「可哀想に。混乱するのも無理はないわ」
母さんはそれ以上のことは何も言わなかった。
「良かった……」
デスゲームが突然終わって、母さんと父さんが映ったプロジェクター。話した内容。あれも、夢だったのかもしれない。
ほどなくして俺は母さんが用意してくれた衣服に着替えると、病院を出ることになった。
「喉乾いたでしょ。水を買っておいたから飲んでね」
「ありがとう……」
混み合う院内。二人で受付を素通りし、足早に去る。
「何か手続きとか必要ないの? 俺、入院してたんでしょ?」
「もう済ませてあるのよ。行きましょ。父さんが車で迎えに来てる」
水を思いっきり飲んで深呼吸をした。
空は高く、澄み渡っていた。あの惨劇など嘘のように。
気になる点はたくさんある。しかし今はこれ以上、何も詳細を聞きたくない。
少しずつ向き合っていけばいい。何を失ってしまったのか。これから、どんな気持ちで生きていくのか。
「お待ちしておりましたぁ」
こんなに空は澄んでいるというのに、すぐ息を詰まらせることになった。
「奥様、一也くん」
駐車場に停まった知らない黒のワンボックスカー。その前に立っていたのは――。
「何で……お前が……」
防災訓練、そして夢の中で会ったおばさんだった。
「こちら、運河さんよ。これから当分の間あなたに教えを説く人よ」
絶句。
思わずペットボトルを落とす。
「ほら、挨拶して」
母さんはボトルを拾いながらそう言い、何の説明もしない。
にたぁっと運河は目を合わせてくる。言葉が出ない。
「ごめんなさい。まだこの子、混乱しているみたいで。何せさっきまで眠っていたものですから」
陽射しが雲で陰って暗くなる。
「無理もありません。まずは精神的なケアが必要そうですねえ。詳しいことはその後」
「おーい、一也乗れよ」
薄暗いフロントガラスで気づかなかったが、父さんが助手席に乗っていた。窓から手を出して振っている。
「母さん! 教えを説くってなんだよ! 嫌だよ。こいつと何するってんだよ!」
「一也、言葉遣いが失礼よ」
母さんは至って真剣だった。
「父さん! 俺分かんないよ!」
パニックになって父さんの方へ駆け寄る。
「何が現実で、嘘で……何でこんなことするのか……」
父さんは表情一つ変えない。
「一也、母さんから貰った水ちゃんと飲んだか? 長旅になるからな。ちゃんと――」
視界がぼやける。まただ。また意識が。
「――眠ってろよ」
車に揺られる俺は、後部座席で身動きが取れなくなっていた。まだ意識が朦朧としていて動けない。両手両足が結束バンドのようなもので縛られているのが分かった。そして、あの腕時計を巻かれている感覚がある。ぼやぼやする頭で思考を巡らす。
俺のデスゲームは、まだ終わってないのか……。
「何で……こんな酷い……」
上手く喋れたかも分からないが声を発すると、助手席の父さんが振り返った。
「お、目が覚めたか。まだもうちょっとかかるから寝てていいぞ」
エンジン音は聞こえるが、他に外から物音がしない。信号で止まることもなかった。やっとの思いで黒い窓から外を見る。もう陽が沈んでいる。微かに夕焼けの名残が奥に連なる山の方に見えた。どうも田舎を走っているらしい。
「命を……弄ぶようなこと……何でするんだ……」
「あのゲーム自体は外注したものでな、正直父さんも趣味が悪いと思ったよ。まあ後から考えて見れば、いかにも愉快犯って感じがして逆にリアリティがあったがな。みんな信じて真剣に取り組めただろう?」
「カズ、あなたは今何も考えなくていいのよ。考えるから、抗うから苦しいの。受け止めて、身を委ねるのよ」
母さんはまた訳の分からないことを言っている。俺の前の席で運転していると思われる運河は黙ったままで何も声をかけてこない。
「俺だって死ぬかもしれなかったのに……」
「ないない!」
父さんは笑いながらすぐ否定した。
「うちの賢い息子がさっさと死ぬなんて考えてもなかったぞ! まあ万が一そんなことになっても死なないようにプログラムされているがな」
これは俺の成長プログラム。
「最後の方なんかカズの成長に母さん感動したよ。思わずずっと見てたくなって、システムの時間まで止めちゃったんだから」
少しずつ理解してきた。
「そうそう! 自分の過ちを認めて、今度は周りのクラスメートの心を動かしていく。さすが一也だったなあ」
俺がさっさと死んでいれば。死ぬようにしていれば、あのゲームはあんなに長引かなかったのだ。誰も、犠牲にならずに終わることだってできたのかもしれない。
目が潤んだ。
「全部、俺の……せい……?」
俺の存在が、あの惨劇を生み出した……? 俺さえいなければ、秀も、茉衣も、壮人も、希空も、誰も醜い姿を晒して死ぬことはなかったのか?
「カズ、大丈夫よ。あなたは人の陰《いん》の部分を知って受け入れた。成長したの」
「一也、お前は間違いなく人の上に立つ人間だ。これでこそ父さんの立派な後継者だ」
トンネルに入った。
「さあ、トンネルを抜けたらあと少しですよ」
運河が突然陽気に喋り出す。
仄暗いトンネルの電灯がフラッシュするように後ろへ駆けていく。
あぁ、この冷たい色味。あのデスゲームの部屋と同じだ。
「私たちの拠点へ、ようこそ」
二度と陽の当たらない場所に連れていかれるのだという直観。
これからは暗く、醜く、浮世離れした場所で、大量殺人の家族の一員としてこそこそと生きていくのだ。
トンネルは長く、奥へ、奥へと続く。
もう誰にも見つけてもらえない。
孤独な陰の世界に吸い込まれていくのが分かった。
空に輝く陽がなければ、全ては陰になる。陰は陽を認識することすらできない。
何の希望も光も見えない。
こうして、陽キャの俺は死んだのだ。
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