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3章
49.ヤクザさんとプレゼント6
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……あれ?
火薬っぽい匂いはする。けど、何か妙だ。何かにぶつかったような音も、人の声もしなかった。もっとこう、撃ったっていう衝撃とかがくると思ってたのに。
私は恐る恐る目を開けて前を見た。
そこには目を見開いて固まっている春斗さんがいた。驚いているような、悔しがっているような、悲しそうな、そんな表情。
けど痛がっている様子も、怪我をしている様子もない。
もしかして、外した?この状態で?
「……空砲か。柳のクソジジイの孫、随分と舐めた真似してくれたもんや」
くう、ほう……?
何も起こらなかったけれど、それでも撃ったという事実に呆然としている私の手から春斗さんは拳銃を奪った。
そして慣れた手つきで持ち手の部分を開けると、中から弾丸を取り出す。
春斗さんはそれをちらりと見て、ふっと笑った。緊張がすっかり溶けた、春斗さんの素の表情。
「これな、実弾やない。音と煙しか出んようなやつや。ま、素人の楓にはわからんかったんやろけど」
指でつまむようにして持った弾丸を、春斗さん私の目の前に持ってきた。
確かに私のイメージする弾丸とはちょっと違う。先端の部分が尖ってなくて、潰されたようになっている。
「実弾やったら死んどったな。仕切り直すんやったら、それ使い。そっちはちゃんと実弾や。それとも……」
春斗さんはそこで一度言葉を切った。そして窓の外に目をやる。
「わかっとったけど、今ので外のやつらが動くわな。柳の孫が余計なことしてくれたせいで予定狂ったわ」
確かに外の雰囲気が変わった。遠くの方からパトカーのサイレンが聞こえてきた。
「警察相手にするのは嫌やなぁ。とりあえず俺と逃げるか?別んとこで仕切り……」
「条野っ!」
その声と同時に、春斗さんは体をそらす。
さっきまで春斗さんの顔があったところに、昌治さんの拳が見えた。すんでのところで拳をかわした春斗さんは数歩下がって昌治さんと距離をとった。
「関節外して抜けたんか。器用なことできるんやな」
「黙れ。よくも楓に撃たせようとしたな」
「撃たん選択肢もあったで?まあ、実弾やったら俺の負けやった。引いたるわ。今はな」
カチャリと金属音がして、春斗さんは拳銃を構えた。私の足元にあった銃だ。いつの間に拾ったんだろう。
それより、昌治さんを打たせるわけにはいかない。
私は昌治さんの前に立って両腕を広げた。
春斗さんは寂しそうに微笑む。
「やっぱり俺は悪役なんやな。俺からしたら岩峰の方が悪役やのに。ま、なんかあったら、そん時はまた迎えに行くわ」
「そんな日は来ねえよ。次はない」
「ちょいと奇襲かけたら捕まったやつが何言うとるんや。次がないんはお前の方やで、岩峰」
昌治さんはそれについては何も答えず、黙って私を引き寄せた。まだ安心はできない。けれど昌治さんに触れて、心のどこかでホッとしていた。
私は改めて春斗さんと向き合う。
「……春斗さんに選択肢を与えられなくても、自分で決められます。だからもう、私の前に現れないでください」
私はじっと春斗さんを見る。その目には寂しげに揺らいでいた。
そして何か言いたげに口を開くと、小さく首を振って拳銃とは逆の手に持っていたナイフを私の後ろ……昌治さんに向けて放り投げた。
「昌治さんっ!」
思わず振り向いてナイフを目で追った。そしてそれが昌治さんの横を通り過ぎてコンクリートの壁に当たって床に落ちる。
「ほな、行くわ」
私がナイフに気を取られている間に窓のそばに移動していた春斗さんは、そう言ってひらりと窓から飛び降りた。
ここは確か建物の3階だ。飛び降りて無事なわけがない。
しかし、慌てて窓の外を見下ろしたけれど、下の道路にも建物の壁にも、春斗さんの姿はなかった。
「……そこの雨樋つたって下に降りたな」
横から同じく下を見た昌治さんは誰にともなく呟いた。
「昌治さん、怪我とか、大丈夫なんですか……?」
少し落ち着いて昌治さんの顔を見る。殴られたような傷だけじゃなくて、切られたような跡もあった。
「擦り傷だ。大したことねぇよ。それより……すまなかった。何もしてやれなくて。むしろ俺が、お前の邪魔になった」
昌治さんは悔しそう、と言うよりは自分に対して苛立っているように言って、私を抱きしめた。
私はその背にゆっくりと腕を回して応える。
「邪魔なんかじゃありません。私が昌治さんを選んだんですから、邪魔だなんて思いません」
そう言うと、昌治さんは嬉しそうに笑って、私を抱く腕に力を込めた。
「楓、俺は……」
「楓様!ご無事ですか!?」
背後の扉の開く音がして、私は振り向いた。
拳銃片手に息を切らした大原さんが鬼も顔負けの形相で私を見た。
そして昌治さんに気付いて慌てて拳銃を下ろす。
「若頭もご無事でしたか」
「……迷惑かけたな」
「誘拐監禁なんてよくあることですから。とりあえず警察が来る前にここを離れましょう。外に車があります」
よくあっていいのかな……という突っ込みはいったんおいておこう。部屋を出ると岩峰組の人たちが並んでいて、私と昌治さんの方を見てほっとしたように息を吐いた。ご心配おかけしてすみませんでした。
「すぐ追いつく。先に楓連れて屋敷戻ってろ」
「はい」
拳銃やらの後始末のために少し残ると言って、昌治さんは私が車に乗り込んだのを確認してドアを閉めた。
そして車が動き出すと、緊張の糸が切れたのか私はシートにぐったりともたれかかるようにしてそのまま動けなくなった。
火薬っぽい匂いはする。けど、何か妙だ。何かにぶつかったような音も、人の声もしなかった。もっとこう、撃ったっていう衝撃とかがくると思ってたのに。
私は恐る恐る目を開けて前を見た。
そこには目を見開いて固まっている春斗さんがいた。驚いているような、悔しがっているような、悲しそうな、そんな表情。
けど痛がっている様子も、怪我をしている様子もない。
もしかして、外した?この状態で?
「……空砲か。柳のクソジジイの孫、随分と舐めた真似してくれたもんや」
くう、ほう……?
何も起こらなかったけれど、それでも撃ったという事実に呆然としている私の手から春斗さんは拳銃を奪った。
そして慣れた手つきで持ち手の部分を開けると、中から弾丸を取り出す。
春斗さんはそれをちらりと見て、ふっと笑った。緊張がすっかり溶けた、春斗さんの素の表情。
「これな、実弾やない。音と煙しか出んようなやつや。ま、素人の楓にはわからんかったんやろけど」
指でつまむようにして持った弾丸を、春斗さん私の目の前に持ってきた。
確かに私のイメージする弾丸とはちょっと違う。先端の部分が尖ってなくて、潰されたようになっている。
「実弾やったら死んどったな。仕切り直すんやったら、それ使い。そっちはちゃんと実弾や。それとも……」
春斗さんはそこで一度言葉を切った。そして窓の外に目をやる。
「わかっとったけど、今ので外のやつらが動くわな。柳の孫が余計なことしてくれたせいで予定狂ったわ」
確かに外の雰囲気が変わった。遠くの方からパトカーのサイレンが聞こえてきた。
「警察相手にするのは嫌やなぁ。とりあえず俺と逃げるか?別んとこで仕切り……」
「条野っ!」
その声と同時に、春斗さんは体をそらす。
さっきまで春斗さんの顔があったところに、昌治さんの拳が見えた。すんでのところで拳をかわした春斗さんは数歩下がって昌治さんと距離をとった。
「関節外して抜けたんか。器用なことできるんやな」
「黙れ。よくも楓に撃たせようとしたな」
「撃たん選択肢もあったで?まあ、実弾やったら俺の負けやった。引いたるわ。今はな」
カチャリと金属音がして、春斗さんは拳銃を構えた。私の足元にあった銃だ。いつの間に拾ったんだろう。
それより、昌治さんを打たせるわけにはいかない。
私は昌治さんの前に立って両腕を広げた。
春斗さんは寂しそうに微笑む。
「やっぱり俺は悪役なんやな。俺からしたら岩峰の方が悪役やのに。ま、なんかあったら、そん時はまた迎えに行くわ」
「そんな日は来ねえよ。次はない」
「ちょいと奇襲かけたら捕まったやつが何言うとるんや。次がないんはお前の方やで、岩峰」
昌治さんはそれについては何も答えず、黙って私を引き寄せた。まだ安心はできない。けれど昌治さんに触れて、心のどこかでホッとしていた。
私は改めて春斗さんと向き合う。
「……春斗さんに選択肢を与えられなくても、自分で決められます。だからもう、私の前に現れないでください」
私はじっと春斗さんを見る。その目には寂しげに揺らいでいた。
そして何か言いたげに口を開くと、小さく首を振って拳銃とは逆の手に持っていたナイフを私の後ろ……昌治さんに向けて放り投げた。
「昌治さんっ!」
思わず振り向いてナイフを目で追った。そしてそれが昌治さんの横を通り過ぎてコンクリートの壁に当たって床に落ちる。
「ほな、行くわ」
私がナイフに気を取られている間に窓のそばに移動していた春斗さんは、そう言ってひらりと窓から飛び降りた。
ここは確か建物の3階だ。飛び降りて無事なわけがない。
しかし、慌てて窓の外を見下ろしたけれど、下の道路にも建物の壁にも、春斗さんの姿はなかった。
「……そこの雨樋つたって下に降りたな」
横から同じく下を見た昌治さんは誰にともなく呟いた。
「昌治さん、怪我とか、大丈夫なんですか……?」
少し落ち着いて昌治さんの顔を見る。殴られたような傷だけじゃなくて、切られたような跡もあった。
「擦り傷だ。大したことねぇよ。それより……すまなかった。何もしてやれなくて。むしろ俺が、お前の邪魔になった」
昌治さんは悔しそう、と言うよりは自分に対して苛立っているように言って、私を抱きしめた。
私はその背にゆっくりと腕を回して応える。
「邪魔なんかじゃありません。私が昌治さんを選んだんですから、邪魔だなんて思いません」
そう言うと、昌治さんは嬉しそうに笑って、私を抱く腕に力を込めた。
「楓、俺は……」
「楓様!ご無事ですか!?」
背後の扉の開く音がして、私は振り向いた。
拳銃片手に息を切らした大原さんが鬼も顔負けの形相で私を見た。
そして昌治さんに気付いて慌てて拳銃を下ろす。
「若頭もご無事でしたか」
「……迷惑かけたな」
「誘拐監禁なんてよくあることですから。とりあえず警察が来る前にここを離れましょう。外に車があります」
よくあっていいのかな……という突っ込みはいったんおいておこう。部屋を出ると岩峰組の人たちが並んでいて、私と昌治さんの方を見てほっとしたように息を吐いた。ご心配おかけしてすみませんでした。
「すぐ追いつく。先に楓連れて屋敷戻ってろ」
「はい」
拳銃やらの後始末のために少し残ると言って、昌治さんは私が車に乗り込んだのを確認してドアを閉めた。
そして車が動き出すと、緊張の糸が切れたのか私はシートにぐったりともたれかかるようにしてそのまま動けなくなった。
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