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第二章 「十年ぶりの再会」
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午前中とはいえ、既に気温は三十五度近いだろう。それでも隙間の開いた雑木林に入ると、日陰のためか、ひんやりとする。
十年前は夜だったからもっと暗くて何とも不気味に映ったものだが、改めて今歩いてみるとハイキングコースとしては悪くないな、と良樹は思った。
「それにしても、またみんなでここに来るとはなあ」
それぞれの顔を眺めながらそう言うと、友作は感慨深そうに目を細める。
「あんたは近づこうともしなかったもんね」
加奈は頬を緩め、指を差して笑う。
「オレはさ、今でも時々夢に見るんだ。あの建物の中に入って、食堂にたどり着くと、そこでジリリリって黒電話が鳴っててよ、受話器を上げると聞こえてくるんだ……コイ、オマエモ、コッチに、コイってさ、安斉の声で言ってくるんだよ」
多かれ少なかれ、誰もが似たような経験をしているだろう。良樹は事件後、何度か一人で黒猫館の前まで足を運んでいる。ただ当初は規制線が敷かれ、しばらくは警官や警備員が立っていて誰も近寄れないようにされていた。その後、建物の周囲を二メートルほどの工事用のアルミパネルで囲んでしまい、立入禁止の看板が幾つも立った。
それでも周囲の雑草の生え方や雑木の伸び方を見ると、この敷地内が定期的に誰かの手が入っていることが分かる。建物は天堂コーポレーションのものだが、果たして雑木林や周辺の森も会社が買い取っているのだろうか。そこまで調べてなくて、良樹は最後尾を歩く桐生を見る。彼の興味はどこにあるのか、時折見上げてはカメラを構えていた。
と、足立里沙から返信があった。少し遅れるから先に入っていて欲しい、ということだ。
彼女は今、何をしているのだろう。
良樹はそれとなく、美雪に尋ねてみる。
「足立さん? さあ。大学を出てから就職したという噂は聞いたけど、それがどんな会社なのかは知らないわ。それより黒井君。あの黒猫館て、彼以外にも何人か失踪してるのよね?」
「ああ、そうだね。調べた限りでは安斉を入れて五名。みんなうちの学生だった」
「その人たちって、何か見つかったの……その遺留品というか」
誠一郎に関しては彼の右足首が発見されたことで、何か事件に巻き込まれたものだと考えられた。しかしそれ以外の証拠品は出てこず、警察はやがて捜査を打ち切ってしまった。
「最初の生徒は身につけていたペンダントが見つかっている。他は携帯電話だったり、指輪だったり、ピアスだったり、どれも身に着けていたものばかりみたい。だから安斉のようにすぐに事件性が高いものとは考えられなかったようだ。実際、年間十万人以上の失踪者の届け出がある訳だからね。何か目撃証言があるなりしないと、警察による捜査までには至らないんだよ」
美雪は「ありがとう」と言って、少し離れた。合流してからずっと、何か考え込んでいるように見えるが、十年も経過した今あの黒猫館に入ったところで新しい発見があるとは、良樹には思えなかった。
だからこれはずっと放置されたままだった安斉誠一郎に対する、地域文化研究会メンバーの追悼イベントのようなものだと考えている。誰だってあんな出来事を経験したら自分の人生への影響は少なからず出てくるものだ。
良樹が今の奇恐倶楽部に採用されたのも、全く関係がなかったとは言えない。心のどこかではみんな、消えてしまった安斉誠一郎に対して何らかの決着をつけたいと思っているだろう。
「あっ」
誰からともなく声を上げた。
灰色の大きな長方形がずらりと並ぶ壁が、その先で待っていたからだ。
十年前は夜だったからもっと暗くて何とも不気味に映ったものだが、改めて今歩いてみるとハイキングコースとしては悪くないな、と良樹は思った。
「それにしても、またみんなでここに来るとはなあ」
それぞれの顔を眺めながらそう言うと、友作は感慨深そうに目を細める。
「あんたは近づこうともしなかったもんね」
加奈は頬を緩め、指を差して笑う。
「オレはさ、今でも時々夢に見るんだ。あの建物の中に入って、食堂にたどり着くと、そこでジリリリって黒電話が鳴っててよ、受話器を上げると聞こえてくるんだ……コイ、オマエモ、コッチに、コイってさ、安斉の声で言ってくるんだよ」
多かれ少なかれ、誰もが似たような経験をしているだろう。良樹は事件後、何度か一人で黒猫館の前まで足を運んでいる。ただ当初は規制線が敷かれ、しばらくは警官や警備員が立っていて誰も近寄れないようにされていた。その後、建物の周囲を二メートルほどの工事用のアルミパネルで囲んでしまい、立入禁止の看板が幾つも立った。
それでも周囲の雑草の生え方や雑木の伸び方を見ると、この敷地内が定期的に誰かの手が入っていることが分かる。建物は天堂コーポレーションのものだが、果たして雑木林や周辺の森も会社が買い取っているのだろうか。そこまで調べてなくて、良樹は最後尾を歩く桐生を見る。彼の興味はどこにあるのか、時折見上げてはカメラを構えていた。
と、足立里沙から返信があった。少し遅れるから先に入っていて欲しい、ということだ。
彼女は今、何をしているのだろう。
良樹はそれとなく、美雪に尋ねてみる。
「足立さん? さあ。大学を出てから就職したという噂は聞いたけど、それがどんな会社なのかは知らないわ。それより黒井君。あの黒猫館て、彼以外にも何人か失踪してるのよね?」
「ああ、そうだね。調べた限りでは安斉を入れて五名。みんなうちの学生だった」
「その人たちって、何か見つかったの……その遺留品というか」
誠一郎に関しては彼の右足首が発見されたことで、何か事件に巻き込まれたものだと考えられた。しかしそれ以外の証拠品は出てこず、警察はやがて捜査を打ち切ってしまった。
「最初の生徒は身につけていたペンダントが見つかっている。他は携帯電話だったり、指輪だったり、ピアスだったり、どれも身に着けていたものばかりみたい。だから安斉のようにすぐに事件性が高いものとは考えられなかったようだ。実際、年間十万人以上の失踪者の届け出がある訳だからね。何か目撃証言があるなりしないと、警察による捜査までには至らないんだよ」
美雪は「ありがとう」と言って、少し離れた。合流してからずっと、何か考え込んでいるように見えるが、十年も経過した今あの黒猫館に入ったところで新しい発見があるとは、良樹には思えなかった。
だからこれはずっと放置されたままだった安斉誠一郎に対する、地域文化研究会メンバーの追悼イベントのようなものだと考えている。誰だってあんな出来事を経験したら自分の人生への影響は少なからず出てくるものだ。
良樹が今の奇恐倶楽部に採用されたのも、全く関係がなかったとは言えない。心のどこかではみんな、消えてしまった安斉誠一郎に対して何らかの決着をつけたいと思っているだろう。
「あっ」
誰からともなく声を上げた。
灰色の大きな長方形がずらりと並ぶ壁が、その先で待っていたからだ。
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